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【234 話し合い②】

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ブロートン帝国は大陸一の軍事国家であり、火の精霊の加護を受けている。

その加護は、風の精霊、土の精霊、水の精霊とは一線を画き、ブロートン帝国が大陸一の軍事国家と示すものだった。


「火の加護を受けた装備をすると、少しだけど筋力が上がるわ。そして元々の体力が低い魔法使いには、その少しが大きいの。火の加護のおかげで、ブロートンの魔法使いは他国の魔法使いより機動力があるの。
師匠やウィッカーのレベルとは比べられないけれど、普通の魔法兵レベルだったら、苦戦は免れないでしょうね。
魔力で上回っていても、ブロートンの魔法兵はその速さを生かして、かく乱して来るから。
そして深紅の武器は剣でもナイフでも炎を宿し、深紅の防具は炎に対する耐性が強いのよ。効かないわけじゃないけど、普通の黒魔法使いは、火魔法以外での攻撃をするしかないし、火の魔道具もあまり効果は見込めないわ」


「筋力アップと、武器や防具、装備に属性が付く・・・つまり、二種類の加護があるって事?風の精霊の加護は魔力アップの一つだけなのよ?」

ジャニスさんの説明に、私は疑問を投げかける。
属性は違えど、同じ一国を加護を与える精霊に、なぜそのような違いがでるのだろう?

「・・・火の精霊は好戦的と言われているの。だからだと思う。戦うための協力って言うのかな・・・そういう力は惜しまず与えてるんじゃないかな?特に武器に火の属性が付くのは本当にやっかいなのよ。弓兵が放つ矢は、放たれた瞬間に火矢になるし、剣で斬りつけた物は燃え上がる。これなら、戦い方を知らない素人でも、ナイフ一本持つだけでそこそこの戦力になる。これが、ブロートンが大陸一の軍事国家と呼ばれる所以よ」






ブロートン帝国、大臣ジャフ・アラムと、カエストゥス国、大臣代理のエマヌエル・ロペスの話し合いは、すでに二時間に及んでいた。

ブロートン帝国からは、バッタに対しての賠償の要求も上がったが、ロペスは拒んだ。
ロペス自身、内心認めてはいたが、素直に要求を受けてブロートンに足元を見られるわけにはいかなかったからだ。
仮にバッタの件でなんらかの譲歩をするのであれば、ブロートンからディーロ兄弟の襲撃と、先日のゲーリーの件での責任を認めさせ、こちらが賠償を通してからである。



「ふぅ・・・そちらも、話しつかれたでしょう?少し、休憩を挟みませんか?部屋を用意してありますので、お寛ぎください」

「・・・そうですな。もう二時間・・・ここまで長くなるとは思いませんでしたよ。ではお言葉に甘えて少し休ませていただきましょうか」

そう話しジャフ・アラムが席を立つと、入り口に控えていたカエストゥス国の侍女が近づき、廊下へ促した。
ジャフ・アラムに続き、ブロートン帝国の7人の護衛が会議室を出て行く。
ロペスさんに絡んだ2メートル以上の長身の、セルヒオ・コバレフという男は部屋を出るまでずっと私達を睨み付けていた。

最後に、レイピアという武器だろう。
細身で先端の鋭く尖った深紅の片手剣を腰に携え、深紅のマントを羽織った女性が部屋を出たところで立ち止まると、くるりと振り返り会議室内に戻り、一直線に私に向かい歩き進んで来た。



「え・・・あの、なにか?」

「・・・ふ~ん、どういう事だか分からないけど、ずいぶん変わった人なのかな?あなた・・・名前教えてくれない?」


身長は170cm程だろう。私と同じ目線だ。
切れ長の瞳の色は血のように赤く、腰まである長い髪も瞳の色と同じ赤だった。
気の強さを表すような、シュッとしたシャープな顎のライン、その肌は瞳や髪の色を引き立てるかのように、雪のように白かった。

胸当て、鉄鋼、膝当て、脛当ても全て深紅に染められている。
素早さ、動きやすさを重視しているのか、お腹や腰の周りには甲冑が当てられていなかった。


「・・・新庄・・・弥生、です」

「シンジョウ・・・ヤヨイ、ね?うん・・・シンジョウ、ヤヨイか・・・覚えた」

形の良い赤い唇が私の名前を二度口にする。まるでその名前が極上の料理かのように、女性は嬉しそうに微笑んだ。

だが、その目は友好的なそれではなく、まるで観察するかのように好奇に満ち、冷たく妖しい光を宿していた。


「私はセシリア。 セシリア・シールズ。ブロートン帝国、第一師団長よ。覚えておいて、あなたとはまた会うと思う」


そう告げると、セシリアはその身をひるがえし、今度こそ振り返らずに部屋を出て行った。




「・・・ヤヨイさん?・・・ヤヨイさん!?ちょっと、大丈夫!?すごい汗だよ!」


セシリア・シールズの姿が見えなくなると、ジャニスさんが私の肩を掴み、驚きと心配の混じった表情を見せる。


「・・・え?・・・汗?・・・・・」

ジャニスさんの言葉に、額に手を当てると汗で手が湿った。
四月の終わりと言っても、今日はそこまで暑くもなく、気温は丁度良く心地よい。
こんなに汗をかく事は無いはずだ・・・・・

気が付くと、胸元や背中にも汗をかいたようで気持ちが悪い・・・一体どうして・・・・・


「ヤヨイ、少し休んだ方がいい・・・多分、セシリアの気に当てられたんだろう・・・・・無理もない・・・噂には聞いていたが、あれ程とはな」

リンダさんが、私の背中に手を回し、イスを引いて私を座らせた。

「ヤヨイさん、大丈夫ですか?」

ウィッカーさんがグラスに水を注ぎ、私に手渡す。

「・・・えぇ・・・大丈夫、よ・・・・・でも、私、なんでこんなに・・・・・」

水を一口飲み、一つ大きく息を吐く。
緊張が解けたのだろう。どっと疲れが押し寄せて来る。眩暈がして思わず両手で頭を支えた。

「ヤヨイさん!大丈夫!?リン姉さん、あの女・・・一体ヤヨイさんに何をしたの!?」

ジャニスさんがしゃがんで、私の体を支えるように手を回した。


「・・・私も、噂でしか聞いた事はないんだけど・・・あの女、セシリア・シールズは、特に強い火の加護を受けているようで、その目は相手に熱を帯びた気を当てる事ができるらしい」

「・・・じゃあ、ヤヨイさんは、今あの女と話した時に、その気でやられたって事?」

「あぁ、そうとしか考えられない。ヤヨイの汗が物語っている。短い時間で良かった・・・私も見るのは初めてだが・・・まさか本当に視線だけで、これほど消耗させるなんて・・・・・」


「・・・許せない・・・あの女、戻ってきたらただじゃ・・・ヤヨイさん?」

「大丈夫よ・・・私は大丈夫・・・ジャニスさん、ありがとう。でも、抑えて・・・ロペスさんがおっしゃってたでしょ?ここは話し合いの場よ・・・・・手を出したら負けなの・・・だから、ね?」

感情に任せて立ち上がったジャニスさんの袖を引っ張り、私は笑顔を見せた。

まだ動悸が早く、呼吸も落ち着かないけれど、ここで怒ったら負けだ。

私は力も無く、この場にはふさわしくない。
だけど、自分が何をすべきかは分かっているつもりだ。


「ロペスさん・・・私、大丈夫です・・・・・ここで休んで、話し合いが再会する時には、また護衛としてこの場に立ちます」

「・・・うむ。そうしてくれると助かる」

だって、話し合いが再会した時、私がその場にいなかったら、カエストゥスの護衛が甘くみられてしまう。弱みを見せちゃ駄目なんだ。

「ロペスさん!でも・・・」

「ジャニス、落ち着くんじゃ・・・ロペスが怒っておらんと思うか?ロペスが胸を痛めておらんと思うのか?」

なおも食い下がろうとするジャニスさんに、ブレンダン様は遮るように少し強く言葉を発した。

「あっ・・・」

ジャニスさんの視線の先のロペスさんは、目を瞑り、イスに腰をかけ、テーブルの上で拳を握っていた。

ただ、その体からは微かに殺気をはらんだ魔力がにじみ出し、ロペスさんの心の内を表しているかのようだった。


「・・・ジャニス、俺もな・・・ヤヨイさんを、娘を傷つけられて、はらわたが煮えくり返っているんだ。だが、俺達の頭はロペスだ。ロペスが耐えているんだ・・・お前もここは耐えてくれ」

ロビンさんは、少し険しい顔をしているけれど、感情を押し殺しているかのように、悔しさをにじませつつも冷静な言葉をジャニスさんにかけた。


「ヤヨイさん、すまない。まさかあんな攻撃を仕掛けてくるとは予想もできなかった。だが、次は無い。必ず俺が・・・俺が義父ちちとしてあなたを絶対に護る!」

ロビンさんは、私の隣に来てかがむと、私の手を握り、力強い言葉をかけてくれた。


モニカさんも、ロビンさんも・・・本当に私にはもったいないくらいの・・・・・

パトリックさんとまだ結婚していないけれど、もう呼んでもいいよね・・・・・



「ありがとう・・・・・お義父さん・・・・・」



少し目頭が熱くなった。


ロビンさんは、目を開いて唇を少し震わせている。
顔を下に向け、少し肩を震わせた後、黙ったまま何度か頷いて、私に顔を見せないようにして立ち上がり、右手で顔を隠すように押さえながら、窓際に歩いて行った。


「・・・ロビンさん、よっぽど嬉しかったんだね」

ジャニスさんが私の隣にしゃがみ、窓際のロビンさんに目を向けながら囁いた。


「・・・・・うん。私もロビンさんの娘になれて嬉しいの・・・ねぇ、欲張りかもしれないけど、結婚してもずっとジャニスさんのお姉ちゃんでいいよね?」


「・・・・・もぅ・・・私まで泣かせないでよ・・・ヤヨイ、お姉ちゃん・・・・・」



ジャニスさんが私を抱きしめられる。
胸に感じる温もりは、私がこの世界で受けた愛情、優しさ、絆と呼ぶものだろう。

私はこの世界で本当に沢山のものをもらった。

どれだけ感謝してもしきれない。

だから、私は立ち向かわなければならない・・・・・


私はあの女・・・セシリア・シールズと戦う事になるだろう。
あの女は私の中の弥生を捉えていた。

あの女は危険だ・・・・・いくつか言葉を交わしただけの、ほんの短い間だったけれど、あの女の底冷えするような目は忘れる事ができない。


私が護る・・・絶対に・・・みんなを、孤児院を・・・・・

ジャニスさん・・・この温もりをくれたあなたを、私は絶対に護ってみせる。

私は、私自身が強くならなければと心に決めた。
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