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【236 ドミニクの申し出】

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「えっと、手合わせですか?私と?」

戸惑う私に、ドミニクさんは、はい、と強く頷いた。
なんで急に私と?そう疑問に思った事がそのまま顔に出てしまったのか、ドミニクさんは、すみません、と頭を下げた後、言葉を続けた。

「いきなりこのような話しで申し訳ありません。ですが、俺は剣士として、あなたの実力を直接見たくなったのです。あの、セシリア・シールズに興味を持たれたあなたの本当の力を・・・・・模擬戦として、刃を潰した稽古用の剣で一戦お相手いただけないでしょうか?」

「でも・・・」

返事に窮すると、私の頭の中に声が聞こえた。
それが私と弥生の、初めての会話だった。

【アタシはいいよ。ヤヨイ、受けてやりな】

「え!?ちょっと、弥生・・・なの?」

思わず言葉が口から出ると、ドミニクさんも、ロペスさんも、事情を知らない二人は怪訝な顔を私に向ける。

「あ・・・そのですね、実は・・・」

ハッとして、私は、私の中のもう一人の弥生について説明をした。




「・・・なるほど、お話しは分かりました。にわかに信じがたい話しではありますが、やはりこうして向かい合ってみると・・・なるほどと頷けるところがあります。それに、リンダもブレンダン様も、みんなが証言してくれている。信じない理由がありません」

ドミニクさんは、みんなに目を向けた後、私に顔を向け頷いてくれた。

「・・・興味深い話しだな。自分の中にもう一人、か・・・普段穏やかな人が急に狂暴になる、などの似たような話しは聞いた事はあるが、ヤヨイさん程ではないな。ヤヨイさんは、身体能力まで完全に別物で、さらに少なからずそのもう一人と意思の疎通もとれていると・・・・・一人の肉体に、二人の精神が入っているという事か・・・・・」

ロペスさんは、顎を撫でながらしげしげと私を見やる。
信じ切れてはいないようだけど、疑ってもいないようだ。


「それで、どうするかね?ドミニクとの試合を受けるかい?」

ロペスさんは、二度三度軽く頷いた後、先ほどのドミニクさんの申し出の確認をしてきた。
ドミニクさんも、確かな意思をもった真っすぐな目で私を見て返事を待っている。


「その・・・弥生、あ、もう一人の私は、受けてもいいと・・・」

遠慮がちに答えると、ドミニクさんの目に力が入ったように見えた。

「そう、ですか・・・受けていただけると・・・」

「ドミニクさん・・・?」

「あぁ、失礼・・・いえ、この前お話ししたでしょう?ヤヨイさんは、おそらく私より強いと・・・・・あの時から、ずっと興味はあったのです。一体、どれほどの実力者なのだろうと・・・・・一剣士として、やはり強者との試合は、高ぶるものがありましてね」

少し緊張しているように見えたけれど、武者震いというものかもしれない。

私は、試合を了承した旨を、心の中で弥生に呼びかけたけれど、今度は何も反応が無かった。
返事をしないのか、できないのか、そういつでもお話しができるわけではないようだ。

でも、弥生が出て来る時、いつも私は眠ってしまうらしく、今回は初めて起きている時に、弥生の声を聞くことができた。会話らしい会話とは言えないと思うけれど、それでもほんの少しでも、触れ合う事ができた事を嬉しく思う。


「さて、一度中へ戻ろうか。すっかり暗くなってしまった。相手もなかなかのやり手だったな。これほど長引くとは思わなかった。ブレンダン様、部屋を用意するので、今日は泊まっていってください。皆さんもよろしいですか?」

話しの区切りがついたところで、ロペスさんが右手で左の肩を揉みながら、少し疲れた様子を見せる。

みんな、そう言えば疲れたな、と口々に話している。

言われてみれば、私ももうクタクタだ。これは気疲れだ。
それに、セシリア・シールズから受けた攻撃の影響もまだ残っているのだろう。


あれは、おそらく瞳を合わせる事で効果を発揮するのだと思う。

落ち着いて考えてみると、私はセシリアと話しをしている最中、肌が熱いとか、そういう外的な要素は何も感じなかった。
話し終え、セシリアが離れた後、急に汗がどっとでて、動悸が早くなり、眩暈を覚えたんだ。
そう、まるで体の内側から一気に体温を上げられたかのように。



「いや、申し出はありがたいのじゃが、今日は友人に孤児院を頼んで出てきたんじゃ、面倒をかけとるから帰らねばならん。すまんが、馬車の手配を頼めんか」

今日はレイジェスは休みにした。
孤児院は、モニカさんとナタリーさん、そしてジョルジュさんが応援に来てくれている。
お城から孤児院まで、馬車で1時間近くかかるけれど、用事が終わったのならば、できるだけ早く帰らなければならない。

事情を説明すると、ロペスさんは、残念ですがしかたありませんね。と言って、城門に待機していた兵士に馬車を用意するよう指示を出した。

ロペスさんは、魔法使いとしても一流で、魔法兵団団長のロビンさんと遜色ない実力者だ。
残念そうな声色に、ロペスさんはブレンダン様と、魔法についてお話ししたい事もあったのかもしれないと感じた。


「・・・それじゃあ、私も一緒に帰るか。隊長ごめんね。私、今はほとんど孤児院で寝泊まりしててさ。ニコラも寂しがってるだろうし、今日は帰るよ」

リンダさんは、泊まっていくつもりだったようだけれど、私達が帰るので、合わせるようだ。

「・・・そうか、久しぶりにお前と酒でも飲みかわしたいところだったが、しかたない。またの機会にしよう」

少し未練を残すドミニクさんの言葉を聞いて、ジャニスさんがリンダさんに近づいた。

「リン姉さん、私達4人が帰れば孤児院は人数的には大丈夫だよ。ニコラさんには言っておくから、たまにはドミニクさんの相手してあげたら?明日ゆっくり帰ってきなよ」

「え、いいの?なんか、いっつも孤児院に入り浸ってるのに、私だけ残るのもさ・・・」

「あ、入り浸ってるって自覚はあったんだ?」

ジャニスさんが意地悪そうな目を向けると、リンダさんは両手を胸の前で振って、たじたじと言い訳を始める。

「い、いやぁ~、だって居心地いいんだもん!私もね、そりゃ家に帰らなきゃって思うけど、ほら、仕事終わる頃って丁度お腹すくじゃん?でも自分で作るの面倒じゃん?メアリーちゃんの料理最高じゃん?そうすると・・・ね?」

リンダさんの言い訳に、ジャニスさんも、横で聞いてたブレンダン様も、ウィッカーさんも大きく溜息をついた。

「リン姉・・・」
「リンダ、お前は全く・・・」

「あは、あはははは!・・・ごめんなさい」

笑ってごまかそうとしたが、諦めて素直に謝るリンダさんを見て、ドミニクさんがかばうように口をはさんだ。

「ま、まぁまぁ、リンダも言ってるように、それだけ孤児院が良いところって事じゃないか?ウィッカーもジャニスも、リンダがいると楽しいだろ?一緒の店で働いてるんだし、大目に見てやってくれよ」

ちょっと作った感のある笑顔でフォローに回るドミニクさんを見て、ウィッカーさんも、ジャニスさんも、ほぅ、と言わんばかりにドミニクさんに意味深な目を向ける。

「あの~、隊長」

「ん、どうした?」

隣に立つドミニクさんを見上げるように、顔を向けていたリンダさんが、胸の位置で手を挙げて口を開いた。

「もう、隊長アレですよね?私の事好きですよね?」

「な!?お、お前、お前なぁ!それはストレート過ぎないか!?」

あからさまにうろたえるドミニクさんに対し、リンダさんは、私の事好きですよね?認めたらどうなんスか?と言いながら、ドミニクさんの周りをぐるぐる回り言葉責めにする。


「・・・そう言えば、リンダが隊を抜けた時、ドミニクのヤツ目に見えて落ち込んでたな」

「・・・全く、城門でこいつらは何をやっているんだ?」

黙って成り行きを見ていたロビンさんとロペスさんは、呆れ顔で二人を見ている。



結局、私とブレンダン様、ウィッカーさん、ジャニスさんの四人は馬車で孤児院へ帰り、リンダさんは城へ一拍していく事になった。

別れ際、私はロペスさんへ、セシリアの瞳の力は、目を合わせる事で体の内部にダメージを与えるという仮説を伝えた。目を合わせなければ大丈夫という保証はできないけれど、今回のケースは何度考えてもそうとしか思えなかった。
外れているかもしれないけれど、可能性として話しておいた方がいいと判断した。

ロペスさんは、真面目に聞いてくれて、その可能性は高いと答えてくれた。

私の症状と照らし合わせると、ロペスさんも体の内部にダメージを与えると言う点は同じ考えだったようだ。
そして、目を合わせて効果を発揮するという点では、瞳の力は一つとは限らない。
だから、目を合わせなければ大丈夫とは思わない事だ。と指摘を受けた。


今回の力は、目を合わせて体の内部にダメージを与えるという考えは合っていたとしても、それ以外の攻撃方法があるかもしれない。

なるほど、と考えをあらためさせられた。ロペスさんに話して良かった。
もし、自分一人の考えで完結していたら、私はきっと目を合わさなければ大丈夫と思い込んでいただろう。


「必要以上の警戒は、自分の動きも鈍くしてしまうが、こうすれば大丈夫という思い込みも危険だ。目を合わせる事で体の内部を攻撃できるなら、外からの攻撃もあるかもしれない。そのくらいの想定はしておいた方がいい」


ジャニスさんは馬車へ乗るとき、ドミニクさんに向かって、もう36歳でいい年なんだから、ハッキリしときなさいよ!と発破をかけていた。

リンダさんはニヤニヤとドミニクさんを見ながら、肘で脇腹をつついている。

ドミニクさんは、もうすっかり意識してしまったようで、やめろよ!とちょっぴり強く言っているけど、リンダさんの肘をよけるだけで精一杯の抵抗になっていた。

仕事の時や私と話す時なんかはビシっとしているけど、なんだか、年齢より子供っぽい人なのかもしれない。

私とドミニクさんは、1週間後に城の訓練場で手合わせをする事で約束をした。

セシリア・シールズが興味を持ったと言う弥生の力、共有している記憶で、私は弥生がどれほど薙刀に打ち込んできたのかはよく分かっている。

だけど、男女の筋力にはどうしても差が出る。

だから、レイジェスに襲撃をかけてきた元剣士隊副隊長のゲーリーを圧倒した事や、一国の剣士を束ねる剣士隊の隊長のドミニクさんにさえ、自分より強いと言わせるとは、私には少し疑問だった。

これも風の精霊さんの力なのだろうか?

それとも、この魔法が存在する世界で新たな命をもらった事で、私が気付いていないだけで、
なにか秘められた力でもあるのだろうか?

帰りの馬車に揺られながらそんな事を考えていると、やはり疲れは大きかったようだ。

いつの間にか私は眠りに落ちていた。
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