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『特別な人』92

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 この時魚谷はちゃっかりと派遣会社の担当者にその男性社員の
プロフィールみたいなものを訊き出していた。



 聞けたのは氏名と正社員ということ、そして独身だということくらい
だったのだが。


 知りたいことのふたつが入っていたのでその場で
『行きます、お受けします』
と答えたという経緯があった。


 そう、当時結婚を焦っていた魚谷は相馬付きになった当初から
彼をターゲットに絞っていたのだ。




 過去の不運のこともあり、余裕のない魚谷は相馬の
『自分にはトラウマがあって一生誰とも結婚しない生き方に決めている』
と言う言葉も馬耳東風、異性の気持ちを虜にするのは今まで簡単なことだった
魚谷にしてみれば、自分のほうから積極的にいけば、そんな普通では
信じられないような考えを変えることなど、いとも簡単なことだと
気にも留めていなかった。




 思った通り、自分がデートに誘えば相手にしてくれた。




 好きだとは一度も言われていなかったが、当初あんなふうな言葉を
語った手前、そうそう自分に好きだなんて言えるわけもないだろうと、
そんな風に自分勝手な解釈でいた為、結婚の話を出した時も
少しの勇気を出すだけで話題に持ち出せた。




 それなのに彼は……
『魚谷さんの中でどうして僕たちが付き合ってるっていうことになってるのか
分からないけど最初宣言していた通り僕は誰とも結婚しないから、
その提案は無理です』
とはっきりと自分に告げたのだ。



 一瞬何を相馬が言っているのか分からなかった。



 過去の男たちは皆、私の気を引く為に必死だったのよ。


 ふたりの男性ひとたちから切望されたことも1度だけじゃないのよ。

 そんな私が結婚を考えてあげるって言ってるのに、何、それ。

 信じられない、信じられない。




 私は気がつくと彼を詰り倒し店を出ていた。



 家に帰り冷静になると、自分のしてきたことが如何に恥ずかしいことだったのか
ということに思い至り、病欠で一週間休み続け、そのまま病気を理由に
辞職した。



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