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117:ダスティン・ガザフ辺境伯

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 ガザフ辺境伯の執務室には、ダスティン・ガザフ辺境伯本人の他に、呼び出されたギルド長のレイラ、そして領営工房の主任技師長のサリナの姿があった。
 
「それでエルフィーデ側の技術団の調査結果をどう思うかね」ダスティン辺境伯は招集した二人に開口一番そう尋ねた。

 ダスティン辺境伯は齢六十を超え老境に差し掛かっているといえたが、その白髪になった髪と顔に刻まれた皺の厳しい表情からは、まだまだ衰えを感じさせる物ではなかった。

 それでも次代の領主の育成の為と、息子のリザール・ガザフを執政官に任命し、自由都市ガザフの都市運営を任せて十年、最近までは半隠居状態だったのだが……世界の情勢はこの過去の英雄たる男の隠悽を許してはくれないようだった。

「報告された、[転移魔法陣]についてでしょうか?」レイラが緊張した面持ちでそう答えた。

「そうだ、この報告にあった転移というものが本当に実現可能なのであれば、停滞している階層攻略に弾みがつく。稼働実験は済んでいると記されているが、エルフィーデはこの技術を解明済みだと考えて良いのだろうな」

 ダスティンは、エルフィーデから提出された書類を確認しながら、主任技師長のサリナの顔を見た。

「派遣されてきた技師に聞いた話だと、魔物を使っての転移実験をエルフィーデは行ったようです。ですが……地上での実用化には問題があるようです」

 あまり良い知らせではないのだろう、報告するサリナの表情は優れない。

「問題?」ダスティンに厳しい表情を向けられ、サリナは若干萎縮した様子で「起動するのに大量の魔石が必要なようです」と告げた。

「試算は出来ているのか? 具体的にはどのくらいだ?」

 実務を離れて久しいとはいえ、ダスティンが為政者らしい常に他者に結果を求める者の口調で尋ねた。こういう癖はなかなか抜けないらしい。

「仮にガザフに設置して、十人程度の人をギルド本部から旧市街中央付近に飛ばすだけで、都市の一日の流通量の一割程度が必要のようです」

「話にならんな……地上と言ったな、では?」

 一瞬、失望の様子を見せたダスティンだったが、ある事実に気が付いたようだった。

「はい、エルフィーデも地上での実用化は難しいと考えているようです。今回の実験も、転移魔法陣の実証実験という意味合いで実施されたようです。……しかし、ダンジョン内の転移魔法陣はダンジョンの魔素を吸収して稼働する仕組みのようですから、もしこの仕組みが解明されればあるいは……」

「エルフィーデから、始まりの遺跡への研究施設の設置要請と転移先の予定である二十層の遺跡への調査隊と施設部隊の派遣許可が来ていると聞きましたが」

 サリナの報告が横道に逸れそうになったので、今まで黙って聴いていたレイラが話を引き取った。

「ああ、エルフィーデも簡単に言ってくれる。しかし、二十層への調査隊の派遣は理解出来るが、施設部隊までも同時に派遣するつもりなのか……エルフィーデの焦りの原因は何だと思う?」

 本来なら調査隊の報告を待って、施設部隊を派遣するのが順当な手順と言えた。転移施設の存在を確認もせず施設部隊を派遣するような真似は普通ならしないのだ。

「何か二十層に存在する情報を掴んでいるのかもしれません。エルフィーデが事を急ぐのは、最近討伐された変異種が関係しているのでしょう。変異種の発生原因はダンジョンの魔素濃度の高まりが影響していると考えているようです」

 変異種討伐後、ミリアから直接聞いた話なので断定事項として報告するレイラだった。

「なるほど、転移魔法陣を稼働する事で大量の魔素を消費するつもりかもしれんな……エルフィーデが焦っているのではなく我々が悠長すぎたのかもしれん……息子はどう判断した?」

 息子というのは、リザール執政官の事なのだが四十歳にもなって公的な場所でも時たまそう呼ばれる事を息子が嫌がっているのを、言っている本人は全く気が付いていなかった。

 レイラは気が付いていたが余計な事は言わず「エルフィーデの要請を受け入れて研究施設の建設にとりかかる決定をされました。調査隊の派遣も承認されたようです」

「わかった、それにしても始まりの遺跡に、今さら転移魔法陣が見つかるとはな……」

 始まりの遺跡とはダンジョンで初めて見つかった遺跡として、そう呼ばれるようになった。

 遺跡からは様々な魔法具や文献が見つかり、それがエルフィーデ女王国の遺跡研究所で解明されガザフにもたらされた。

「我々の階層攻略が物資輸送の問題で停滞を始めた矢先に、転移魔法陣の発見か……今までもダンジョンは我々が現状で満足しようとすると、新たな発見品で階層攻略熱を刺激してきた。まるで導びくようにな……勿論偶然に違いないが」

「神々が作りしダンジョン遺跡か……」

 このダンジョンの事を人々は、いつしかそう呼ぶようになった。

 (このダンジョンは誰か作ったのだ? 遥か昔の古代文明と言われているが……本当にそれらは我々と同じ人間なのか?)

 ダスティンはその不意に浮かんだ恐ろしい考えを振り払い、今後の対応について二人との話し合いを続けたのだった。
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