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さわこさんと、春のこんな夜

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 今夜も居酒屋さわこさんには多くのお客様がご来店くださっています。

「エンゲツ、あんたは飲み過ぎたら暴れだすんだからしっかり食べなさいよ」
「そ、そんなことはないはずなのですが……」
「いやいや、バテアさんの言う通りだって。こないだも酔っ払いまくってエミリアちゃんに抱きつこうとしてたじゃないか」
「え……そ、そんなことがあったのですか……これはエミリアさん、とんだ失礼を……」
「ノープロブレム。しっかり張り飛ばさせていただきましたので結果といたしましては何もおきませんでしたわ」
「……そ、それでこのあいだ、頬に大きな張り手の跡が……」

 そんなエンゲツさんの一言に、店内からは大きな笑い声が起きております。
 お酒の上で、少々羽目をはずしてしまう方はおられます。

 ですが

 そういった方は、バテアさんがしっかり把握してくださっていますので、そういう方にはお酒を控えめにお出しする用にしてくださっていますので、基本的にそういった問題は滅多に起きておりません。
 それに、そういうことが起きますと、すさかずバテアさんとリンシンさんが駆けつけてくださいますので、本当に助かっております。

 春になりまして、ワノンさんの酒造工房から新酒が届いております。

 ほんのりピンク色をしている甘口のお酒『パルマ桜』と、すっきりとした喉越しが楽しめる辛口のお酒『パルマ雪おろし』の2種類です。

 どちらも、エミリアのお姉さんで、さわこの森で農作物の改良研究を続けていらっしゃいますアミリアさんが作り出したお米、アミリア米を使用して作られている、この世界ならではのお酒でございます。
 この世界には、果実酒的なお酒や、ワイン的なお酒が主に流通していたのですがそんな中に、この日本酒の技法を用いて製造されたお酒が出回り始めたものですから、このお酒を扱っています私の居酒屋さわこさんや、ジュチさん達中級酒場組合の皆さんが経営なさっておられる酒場はどこも大盛況になっているそうでございます。

 パルマ桜とパルマ雪おろしは、居酒屋さわこさんでも一押しさせていただいております。

 そういったお酒は、雪解けとともにトツノコンベへやってこられた冒険者の方々に、特に気に入っていただけているように思います。

「俺もあちこちの都市を回ってきたが、この酒に匹敵する酒は口にしたことがねぇ」

 はじめてご来店くださった冒険者のテラさんも、目を丸くしながらお酒を飲まれておいでです。

「しかし、だ、酒もいいが、飯も食う! 肉だ、肉をもってこい!」
「はい、喜んで」
 
 こういったお客様も少なくありませんので、私もその度に腕をふるっております。

 お肉といたしましては、流血狼などを最近多く入手しておりますので、そのお肉を使用した料理をあれこれ考案させていただいております。

 シンプルな串焼きやステーキ、照り焼きなんかもなかなかいけるんですよ。
 ジャルガイモとも相性がいいので、薄切りにして肉ジャルガイモにしたりもしております。

 串焼きでは、すっかり定番メニューになりましたクッカドゥウドルやタテガミライオンの串焼きも相変わらず大人気です。
 こういう串焼き用に、厨房の一角に炭火焼きコーナーを設置してもらっているのですが、これのおかげで調理がしやすくなっていて、本当に助かっております。

「やぁ、さわこ。来たよ」
 そんな中、楽しそうに笑いながらご来店くださったのはゾフィナさんでした。

 神界の使い魔のゾフィナさんです。
 
「お久しぶりですゾフィナさん、お仕事がお忙しかったのですか?」
「えぇ、ちょっとねぇ……詳しくは言えないけど、ちょっと問題が起きてたのよ。同僚のクリアノやレオナってヤツ達と一緒にあれこれやっててね……」
「はいはい、仕事の愚痴はそれくらいにして、さぁさぁまずはこれをいっときなさいな」
「甘酒か。うむ、ありがたい。この店の甘酒とぜんざいが食べたくてたまらなかったんだ、ありがとうバテア」
 
 そう言うとゾフィナさんは、バテアさんが差し出した甘酒をあっという間に5杯もお飲みになられました。
 その間に、私も料理を勧めております。

 御注文はまだ頂いておりませんが……ゾフィナさんの御注文はいつも決まっておりますので……
 焼きたてのおもちを入れたぜんざいでございます。

「はい、ゾフィナさん。ぜんざいあがりました」
「うむ、これこれ! これを何度夢見たことか!」

 ゾフィナさんは満面の笑みをその顔に浮かべながらお椀を受け取られました。
 そして、お箸で一気にそれを口の中へと流し込んでいかれます。

 甘い匂いが店内に広がっていきます。
 すると、

「お、この匂いは……やっぱりゾフィナさんか」
「おや、久しぶりじゃないか。元気だったかい?」

 お店のあちこちからそんな声が聞こえてまいりました。
 それほど、甘いぜんざいの匂い=ゾフィナさんとして、鋤簾客の皆様にも認知されているということなのでございます。

 ちなみに、ゾフィナさんがお代わりをなさるのは毎回のことですので、私はすでに次のお餅を焼き始めております。
 久しぶりのご来店ですし、少し大目に準備しておいた方がいいかもしれませんね。

 今夜の居酒屋さわこさんも、ワイワイ楽しい話声がいっぱいな、楽しい一時と相成りました。

◇◇

 
 本日の営業も無事終わりまして、お店の片付けを終えた私達は順番にお風呂に入っては、リビングに集合していました。

 春が到来しておりますが、バテア家のリビングには私が持ち込んだコタツがいまも鎮座しておりまして、リンシンさんとベル、それにミリーネアさんの3人が、これに足を突っ込んで寝ておられます。
 もちろん、冬の最中に比べて温度を低めにしてあるのは言うまでもありません。

 いつもベルがリンシンさんの横で寝ているのですが、最近はこれに白銀狐のシロまで加わっています。
 人型になれるようになったシロですが、いつもは仲間の方々と一緒に、白銀狐の姿で眠っていたのですが、リンシンさんと一緒に山菜採りにいったり狩りの手伝いをしているうちに、シロってばすっかりリンシンさんに懐いてしまいまして、

「リンシン、好き!」

 そう言って、その側から離れなくなっているんです。

 晩酌をしている今もですね、シロはリンシンさんの頭の上にのっかるようにして眠っています。
 まだまだお子様ですので、夜遅くまでは起きていることが出来ないんです。

 気持ちよさそうに寝息をたてながら、リンシンさんの角をしっかりと掴んで落ちないようにしながら寝ているシロ。

「しっかし、古代怪獣族のベルといい、白銀狐のシロといい……鬼人なのによく懐かれるわね、リンシンってば」

 バテアさんが、少しびっくりした感じでそうおっしゃいました。

「鬼人族の方々は、あまり懐かれないものなんですか?」
「そうねぇ……いつも殺気をまき散らしているような戦闘種族だからねぇ……」
「戦闘種族……ですか?」

 バテアさんの言葉を聞いた私は、思わずリンシンさんを凝視してしまいました。

 いつも温厚で、のんびりした雰囲気のリンシンさん。
 戦闘種族なんて言葉がつけいる隙がどこにもございません……

「……私は、そういうのは苦手」

 リンシンさんはそう言うと、優しい笑顔をその顔に浮かべられました。
 そうですね、リンシンさんにはこの笑顔が一番お似合いです。

「じゃ、まぁ、まずは乾杯しときましょうか」
「そうですね」

 そう言いながら、私達はコップをあわせていきました。

 この一時、本当にたまりません。

ーつづく
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