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ここからの始まり

13. お茶会へ向かう馬車のなか

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「かぼちゃの馬車じゃないのね…」

フルーリリが呟く。
今は王宮へ向かう、カスティル家の馬車の中だ。

「かぼちゃ…?リリ姉さん、大丈夫?」

困惑した顔をして姉の様子を伺うエリックに、フルーリリはハッと意識を戻して、恥ずかしそうに小さく笑って説明する。

「ほら、この国には私達と同世代の王子様がいないでしょう?
だから違うって分かってはいるけど、こうして馬車に乗って王宮に向かうシチュエーションは、かぼちゃが合うと思うの。あとガラスの靴があれば完璧よね。…王子様はいないけど」

寂しげな様子で話す姉の言葉の意味が、エリックには分からない。



前世では誰もが知っている物語なので、フルーリリは分かっているものとして言葉を続ける。

「もちろん私がシンデレラのはずはないけど。
でも今日一日限定だけれど、お姫様みたいに加工してもらったでしょ?悪役取り巻き令嬢じゃなくてお姫様じゃないか、ってちょっと夢を見たくなっただけだから、心配しないで」

身の程知らずな内容に、自分で話しながら羞恥で顔が赤く染まる。



向かいに座った、恥ずかしそうに真っ赤になって俯く姉は本当に可愛らしい。シンデレラが何なのか分からないけど、物語の中のお姫様はきっと姉のような姿をしているだろう。――口を開かなければ。



しばらくの沈黙があってから、またフルーリリが口を開いた。

「今日は、私が取り巻きたくなるご令嬢を選抜するつもりよ。高貴な身分で、気が強そうで、つり目でクールな美人が必須条件よ。
貴族年鑑ではそれに当たりそうなご令嬢は見つけられなかったけど。悪役令嬢は、こういうお茶会で能力を発揮するものなのよ」

饒舌に語り出す。

「誰よりも派手なドレスを着た子、カップの紅茶を他のご令嬢に浴びせる子、高位貴族御子息に挨拶する事さえ許さない子、こんな感じの子が本人の確率が高いわね。」

――かなりヤバいご令嬢らしい。

「リック、ちゃんと聞いてる?貴方も無関係じゃないのよ。悪役令嬢と私がまとめて断罪される時、イケメン取り巻き達に一緒に立ち向かってくれる約束でしょう?」

しっかりして、困った子ね、というように諭される。
エリックは心の中でため息をつく。それでもお茶会前の、楽しげな姉の気持ちを下げたくはない。

「分かったよ。一緒に探そう」
そう適当に話題を流して、困ったように微笑んだ。




ふと気づき、フルーリリに訊ねる。

「乙女ゲームってさ。王子様は絶対いなきゃいけないの?リリ姉さんがしてたゲームには全部、王子様がいたの?」

「…え?」
カチリと固まるフルーリリ。
前世の記憶を辿る。さらに深く深く辿ってゆく。



「私は乙女ゲームをした事がないわ…」


「!!!!……ええええ!!!」
衝撃的な姉の返事に、珍しく激しくエリックは動揺する。


「乙女ゲームはした事がないけど、乙女ゲームに転生する物語はたくさん読んだのよ。だから王子様は必須なはずよ。ただこの国に同世代の王子様がいないから、それに代わって、公爵家御子息様とか辺境御子息様とかが王子様代役になるんじゃないかしら。…多分」
「…でも本当にそうなのかしら?王子様代役で乙女ゲームは成り立つのかしら?そもそも乙女ゲームって一体…?」

ブツブツと呟きながら、混乱に陥っていく。
前人生では、乙女ゲーム自体には興味がなかったのだ。甘いお菓子を作るのは好きだが、甘い言葉を聞きたいわけじゃない。
接客業に疲れていたのか、ゲームといえど自分に対しての言葉を聞くより、サラリと物語で読み流したかっただけなのだ。気晴らし程度に。

この世界の乙女ゲーム設定が、根本的なところから崩れていく気がした。もはや何をどう捉えたらいいかすら分からない。
え?もしかしたらここは乙女ゲームの世界じゃないの?
食の伝道師でも救世主でもなく、悪役令嬢取り巻きでもないなら、通行人Aでもない気がする。
他に読んできた物語の世界には何があっただろう。


混乱の極みに陥ってブツブツと思ったことを漏れ流し続ける姉。
エリックは、念の為に馬車に用意しておいた小さなチョコレートをそんな姉の口に運ぶ。
「大丈夫だよ。リリ姉さんには僕が付いてるから」

口の中で溶ける甘いチョコレートと、優しい義弟の声にホッと息をつく。悩んでいてもしょうがない。この世界の設定を、自分が変えられるわけじゃない。
こういう時は、諦めるのが1番だ。悩んで解決する事じゃないなら、悩まなくてもいい。

長年こだわり続けてきた設定を、この時フルーリリはあっさりと手放した。
国外追放対策としての6年間の努力も、知識を身につけることで、得るものが多くある事を知っているからだ。

――勉強しなさい。知識は人生を豊かにするんだよ。
前世のおじいちゃんが口ぐせのように言っていた言葉だ。
おじいちゃん、ありがとう。



「そうね。私にはリックがいるわ。今日はもう乙女ゲームの事は忘れて、お茶会を楽しみましょう」

優しい義弟にも感謝しながら、フルーリリはにっこりと微笑んだ。



――「私にはリックがいる」
フルーリリが何気なく返した言葉に、エリックの心が嬉しさで震えていることをフルーリリは知らない。

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