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地上界にて…
ディナーパーティー
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パーティーダイニングは、1階上がった4階だ……初めて観る超巨大な円卓が固定されていて、全員が座っても数席が空く……対面に座る人とは30m弱離れるようだ……とにかくこのテーブルのインパクトが凄い……ただ大きいだけではなく、重厚で装飾も凝っている……そして何より既に並べられている料理が懐かしさを誘わせる。
「……懐かしいですね……8年前に10ヶ月間ワルシャワの営業所に出向していたのですが、ポーランド料理にはかなりハマりました……特にこのポンチキを初めて食べてからは、普通のドーナツに手が出なくなりましたよ……」
席に着いてお絞りを使いながらそう言うと、大皿に盛り付けられたポンチキを一つ摘んで一口……懐かしい甘さと薔薇の香り……スピリタスの味と香りが拡がるのを楽しむ。
「……懐かしい味との再会を祝して乾杯しましょう。どうぞ……」
アラン・アークエット代表がそう言いながら歩み寄り、私にワイングラスを手渡して濃厚な赤紫のアルコール飲料を注ぐ。
「……ああ、これはチェリーのナレワカですね。これを赤ワインのつもりで呑んでいると、倒れますよ……ありがとうございます。それでは……」
「……懐かしい味との再会を祝して……」
「……乾杯……」
これは強い。気を付けて呑まないとひっくり返る……今夜の飲酒はもうちょっと控えよう……ああ、だからズブロッカがあったのか。納得だな……ポーランド料理はスープが多種多様だ。ここにも10種類が鍋のままで置いてある……控えているウェイターに頼めば、よそってくれる……3種類を頼んでスープカップによそって貰う……サワークラフトを前菜のつもりで取った。
「……アドル主宰、現状で他に懸念されている事はありませんか? 」
そう訊きながらルイス・アーネス副代表が肉、野菜、フレッシュチーズを使ったピェロギを一皿置いてくれる。
「……あ、すみません。わざわざどうもありがとうございます。アーネス副代表……そうですね……将来的には生ずる可能性もありますが、現状ではありません……お気遣いに感謝します……」
「……では、アドル主宰……今、これがあれば好いなとか、便利だなとか、面白いなとか、そう思うものはありますか? 」
サミーア・イェニー女史からそう訊かれたのだが、ワルシャワではグヤーシュと呼ばれるビーフシチューを皿に盛り付けようとしていた処だったので、ぎこちない笑顔で会釈したら皿もお玉も取られて、代わりにたっぷりと盛り付けられた皿を受け取らされた。
「……ああ、どうも……ありがとうございます……お手数をお掛けしました……」
「……それで? 如何ですか? 」
「……ああ、そうですね……資金や装備については、まだ不足していると言う状況にはないので、大丈夫ですが……個人的には色々細々とあります……」
自分の前に置いた料理を食べ、ライトビアを飲んで応える。
「……そうですか……分かりました……」
(……何だかマズい話の流れになりそうだ……こう言う話の流れが嫌だから、これ程の布陣を敷いたのに……立食パーティーじゃないから、話の切り出し方が分からないんだな……男性艦長達にも声を掛ければ良かった……)
「……ナンバーワン、『ワルシャワ映画祭』と言う催しもあるよね? 参加した事はある? 」
「……私は主に『南方5大都市映画祭』に参加する事が多かったですので『ワルシャワ映画祭』には1回しか参加しておりません……ウチのスタッフで言えば確か……」
「……アドル主宰! 私は『ワルシャワ映画祭』に5回参加しました。8年前にも参加していましたので、同じ通りを歩いていたかも知れませんね!❤️」
弾けるような笑顔で嬉しそうに手を挙げて言ったのが『アグニ・ヤマ』で副長を務める、カーラ・ブオノ・マルティーヌだ。
「……そうか……思い出したよ! あの時、すごくスタイルの好い美人が大勢、ラフな格好で街中を歩いていたけど……『ワルシャワ映画祭』の時期だったんだね……目の醒めるような想いで眺めていたな……そうか……あの時に君も居たんだね……何処かの通りで、すれ違っていたかも知れないね……」
「……そうかも知れませんわね……お知り合いになれていれば良かったです❤️……」
「……後で、あの当時に撮っていた画像を観返してみますよ……」
「……素敵な画像があったら、送って頂けませんか? 」
「……勿論ですよ。喜んで……カーラさんにとっても、思い出の場所ですからね(笑)❤️……」
「……ありがとうございます……」
「……どう致しまして……それでカーラさんお気に入りのポーランド料理は、この中にありますか? 」
「……私が好きなのは、そこの端にある鍋のシュトゥカ・ミェンサ……オーストリアではターヘルシュピッツと呼ばれます、香味野菜のスープで茹でた牛肉です……それとそちらのカチュカ・ス・ヤブウカミ……アヒルと林檎のローストなんですが、これが絶品です❤️……」
「……どうもありがとう、カーラさん……落ち着いたら、ポーランド料理のお店に行きましょう❤️……ご馳走しますよ❤️……」
「……ありがとうございます❤️……嬉しいです……」
「……アドル艦長……父方の叔母がワルシャワに居ますので、ハイスクールの2年生まで毎年の夏休みには遊びに行っていました……『ワルシャワ映画祭』は秋の開催なので、観た事はありませんが……私もポンチキは大好物です……牛乳を飲みながら食べるのが最高です……」
懐かしそうな笑顔でそう言ったのが、トリッシュ・ヴァンサンティン……『ダルモア・エレクトス』の副長を務める。
「……そうなんだ……じゃあポーランドでのお袋の味ってのは、どんなものなのかな? 」
「……ポーランド料理とは、ほぼ総てが郷土料理で家庭料理なんです……観て貰えると解りますが、スープ料理が『第一の食事』と言われています……主要なスープ料理だけで15種類あります……それに家庭料理ですから、食材・具材・味付けも家庭毎に違いますし、違うことが正しいと言う認識です……先程マルティーヌ副長が紹介された料理も私は大好きです……そしてそこの端にあるのは、ゴウォンプキと言うポーランドの伝統的なロールキャベツなんですが、これも家庭毎に味付けの違う……お袋の味のひとつです……そしてそれはシレチ・ポ・ヤポンスクと言って、大西洋ニシンの酢漬けを茹で卵入りのマヨネーズで和えた、マリネの一種です……ポーランド料理の特徴の一つとして、とにかく茹で卵を大量に食べます……お話が長くなってすみません。どうぞ、お楽しみ下さい……」
「……ありがとう、ヴァンサンティン副長……聴いていて僕も思い出したよ……ここに並べられている料理は、殆どが好きなものだ……よく噛み締めて味わって、もっとよく思い出そう……ウチの会社と『ディファイアント』の料理長にも、ポーランド料理の話をしてみるよ……」
「……どう致しまして、アドル艦長……」
「……そう言えばアドル主宰……御社の料理長様と『ディファイアント』のセカンドシェフは御兄弟なんだそうですね? グレイス副社長からも伺いましたが、長く疎遠であったお二人をアドル主宰が引き会わせられたとか……感動させて頂きました……」
ブレンダ・イネス女史が私のグラスにライトビアを注ぎながら言う。
「……いやあ、たまたまお二人の姓が同じであると知ってもしやと思い、伺ったら御兄弟であったと言う事で……私の名前でご連絡を取り持って差し上げただけだったのですが……思わぬ処で善い行いに繋げられて良かったですよ……私にとっても感動的な件りでした……」
「……それもアドル主宰が持つ、素晴らしい人柄・為人の為せる業なのですね……」
ダイアン・ヴィジター女史が、そう言いながら私のグラスに自分のそれを触れ合わせる。
「……ありがとうございます、ヴィジター代表。恐縮です……」
「……アドル主宰……そのような行いに因る成果に於いては、謙遜されない方が良い……貴方の人柄・為人が素晴らしいからこそ、これ程の人達が貴方を信頼し敬愛して、付き従ってくれているのですから……」
そう言いながらマイケル・ウェストン副代表も、ウィスキーグラスにポーランド・モルトをツーフィンガーで置いてくれる。
「……はい……ありがとうございます……胆に銘じます……」
「……時にアドル主宰……主宰が現時点で想定されているチャレンジ・ミッションについて……宜しければ、お聞かせ頂けますでしょうか? 」
ジャック・エステン頭取が、興味深気に訊いてくる。
「……はあ…どのようなものがあり得るか、と言う事でも宜しいでしょうか? 」
「……はい…それでお願いします……」
「……そうですね……先ず、レース・ミッションがあるでしょう……」
「……レース・ミッション? 」
「……はい、これは艦のレースは勿論、シャトルのレースもあるでしょう……」
「……そうですか……」
「……ええ、短距離レースも長距離レースもマラソンも、タイムトライアル・レースもあるでしょうし……もしかしたら、リレー・レースもあるかも知れません……障害物競走のような……ミッションにミッションを組み込むミッション・レースも考えられます……そのぐらい様々なバリエーションを考え出せるジャンル、と言う事ですね……」
「……なるほど……」
「……あそこに座っているのが、エマ・ラトナー……我が『ディファイアント』のメイン・パイロットですが……レース・ミッションの場合、須らく彼女がミッション・リーダーとなります……」
そう言ってエマを指し示すと、彼女は立ち上がって一礼した……グリーンブルーの虹彩が、悪戯っぽく光を反射する。
「…おお……では貴女があの『E・X・F』(エクセレント・フォーミュラ)マスターパイロットの……いや、これは失礼……ですがこれでやっと腑に落ちましたし、充分に納得しました……配信報道で観ただけでしたが……『ディファイアント』の鋭い舵捌きが貴女の操艦に拠るものならば……敵艦が『ディファイアント』をその射程に捉えるのは、かなり困難な事となるでしょうな……」
「……お褒めに与り、ありがとうございます……」
そう言ってエマは、もう一度立ち上がって一礼した。
「……アドル主宰……他に今、想定できるチャレンジ・ミッションはありますの? 」
そう訊きながら、副頭取マリッサ・ジャレット・ウィノカー女史が、温野菜サラダを皿に盛り付けて置いてくれる。
「…! ああ、これはどうも、ありがとうございます。ウィノカー副頭取……恐縮です……もう、量としては充分ですので、お気遣いなく…お願いします……そうですね……トレジャー・ミッションも考えられますね……」
「……トレジャー・ミッション? 」
「……ええ、つまり……探しものミッションですね……隠されているものが何なのか? どこに隠されているのか? どうすれば探し出せるのか? これらを解明し、特定して確保する、ミッションになるでしょう……探し出して確保した時点でミッションクリア、と言う訳ですね……」
「……隠されるものとは? 」
「……それは色々様々で、何でもアリでしょう……物でも情報でも、人でも人以外の生物でも……又は、対象となるものを所有している他者と交渉して、譲り受けると言うパターンもあるでしょう……」
「……なるほど……確かにありそうなミッションですね……」
「……ええ、面白そうでしょ?(笑)……」
「……(笑)何だかアドル主宰とゲームミッションのお話しをしていると、こちらまで楽しくなって来ますわね(笑)……本当に、ご一緒させて頂きたくなりますわ……」
「……ありがとうございます……」
「……トレジャー・ミッションの場合、ミッションリーダーにはどなたが就かれるのでしょう? 」
フィニアス・オールマン頭取だ。
「……そうですね……クルーの中で、探索に適性の高い人を探します……今こう言って置けば、ウチのスタッフならクルーに聴き取りをして、その時には推薦してくれるでしょう(笑)……」
「……アドル主宰……しつこく伺うようで、本当に申し訳ないと思っているのですが……他に主宰が想定できるチャレンジ・ミッションの形態は、ありますでしょうか? 」
副頭取のメリット・ウェヴァー女史が、申し訳無さそうに訊く。
「…(笑)いや……私としては全然構いませんけれども……お応えする前に私からもひとつお伺いして宜しいですか? 」
「……どうぞ、何なりと……」
「……今日、我々が御招きした皆さんの中で……ゲーム大会運営推進委員会のトップコアメンバーの方は、いらっしゃいますか? 」
私の問いを聴いて招かれたゲスト達は、皆動きを止めてお互いの顔を観る。
「(笑)はっは…!…これは1本取られましたな(笑)……いや、流石にアドル・エルク主宰……その鋭い慧眼に確かな先見性……最強の洞察力に拠って引き出される、先回り迄させる最速の行動力……全く以って感服しました……この場以外での口外はご遠慮頂ける、との前提で告白しますが……投資機関法人3社の代表3名と、財務提携銀行3行の頭取3名が……ゲーム大会運営推進委員会のトップコアメンバーです……」
ハーレイ・オバニオン頭取が笑いながら言い終えて、グラスに残る酒を呑み干した。
「……なるほど……そうでしたか……お2人はいらっしゃるだろうと思っていましたけれども、まさか6人もいらっしゃるとは考えが及びませんでした(笑)……私もこれまでに接待する側として3回、参加してきましたけれども……まるで口頭審問のような話の遣り取りでしたので(笑)……思い切って、訊いてみようと思った次第です(笑)……では、他に私が想定するチャレンジ・ミッションですね……それは艦の機能や性能……若しくはゲームフィールドの全域に於いても、条件や制限を設定した上でのバトル・ミッションですね……」
「……例えば……どのようなものになりますの? 」
副頭取マウラ・ウェスト女史が、やや身を乗り出す。
「……一例として表現しますが……ゲームフィールドに条件や制限を設けて、艦の光学兵装が使用できない環境にします……すると使える兵装は各種ミサイルと、ハイパー・ヴァリアントだけになります……更にフィールド空間に条件を付けて、各種センサー・スイープの到達範囲も狭めます……するとまるで潜水艦としての行動しか、出来ないようになります……そうなると各種のミサイルだけでは敵艦に決定的なダメージを与えられませんので、ミサイルの破壊力を50倍程にアップさせます……それで本当にまるで潜水艦同士の戦いと言う事になります……その上でのバトル・ミッションですね……」
「……なるほど……なかなか難しい戦いになりますわね……」
「……そうでもありません……どのような条件や制限でも、それが彼我共に同じならそれを踏まえて目的を設定し、作戦を考えれば良い訳ですから、基本的には同じです……むしろ私は潜水艦としての行動や戦闘も好きですので、却ってやってみたいと思っています……」
「……アドル主宰……貴方はこのゲーム大会に於いて、とても前向きなポジティブ・シンキングをお持ちですね……少々怖いぐらいですよ……スタッフ・クルーの皆さんから、怖がられませんか? 」
ワイアット・オレフ氏だ。
「……私は、仲間達には優しいですよ……一人一人にもね……そうだよな? 」
お手伝いとして来てくれているスタッフ・クルーの全員が、うんうんと頷く。
「……おお~い…そろそろ助けてくれよ💦……俺ばっかり喋ってるじゃないかよ💦……」
「……アドル・エルクさんをまだあまりよく知らない人が彼の言動や考えに触れた時に、彼への理解がまだ充分に及んでいなければ、驚きや戸惑いから怖さを覚えると言う事はままあります……ですが彼への理解が深まれば、それは感動から信頼へと変わって更に理解が深まります……ですからアドル主宰を理解するには、時間を掛けて同じ事に取り組む必要があるのです……」
リサさんの説明は過不足なく充分で、対応としても的確で早い……流石だ。
「……アドル・エルク主宰の魅力は、一見しただけでは解らない……いや、むしろ……失礼ですけれども第1印象としてはあまりパッとしないのに、同じ目的の許で活動して行く中で徐々にその魅力に気付かされて行って……ふと振り返ればもう惹き込まれている……と言う感じなのかしら…?…」
副代表ブレンダ・イネス女史が、思慮深気に応じる。
「……正にその通りなのですが、私達『ディファイアント』のスタッフ・クルーにとっては、昔からのグループであった私達全員を何の苦も無く一つに纏め上げて下さったその時点で……掛け替えの無い最高の存在となられました……ですので艦長としてのアドル・エルクさんは、正しく最高の指導者であり指揮官です……初めてそのお考えに触れた時には、驚きや戸惑いもありましたが怖さは感じませんでした……懸念を表明する事はありましたが、疑義を差し挟むような事はありませんでした……それよりもゲームが始まる前から、絶大な信頼感がありました……今ではもう……全員が心酔しています……」
シエナ・ミュラー副長の物言いには、既に崇拝し過ぎているような感もあるのだが……まあ今は好いだろう。
「……何の苦も無く、と言う訳でも無かったけどね……そうだ……君達には絆を感じたんだよ……だから選び出した……何故感じ採れたのかはまだ判らないが、それを感じ採れたから私は君達を選び出した……やっと今それが判ったよ……君達に結ばれたその絆の一端に連なる事が出来て……今は私もそれが嬉しい……」
「……アドルさん……」
思わず涙を零し、口を押えて目を伏せるシエナ・ミュラー……観れば『ディファイアント』から手伝いに来てくれたスタッフ・クルーの殆どが、その状態だ……失言ではなかったと思うが、またちょっと言い過ぎたかな。
「……このように、アドル・エルク艦長は掛ける言葉でも私達を凄く感動させます……その破壊力たるや凄まじく、これが2人切りだったらイッてしまいます……加えてアドルさんが淹れて下さるミルクティーも、作って食べさせて下さるお料理も、スイーツも、カクテルも、どれもが絶品の美味しさで痺れますし、心から癒されます……その上でアドルさんが奏でるギターやピアノに乗せての歌声を聴かせられれば……どうしてこんなに最高の人がこの世に居るんだろう、とも思わされます……バラエティ配信番組が始まれば、これはお判り頂けると思います……今の私達はアドルさんと一緒に居られるだけで、最高に幸福なのです……」
「……マレット・フェントン補給支援部長……それに今日手伝いに来てくれた全員にも言う……私を褒めて吹聴してくれるのは好い……だが盲信・盲従は禁物だ……私も普通の人間だから様々な状況やレベルで、間違う事は必ずある……その間違いを見逃さずに、その場で直ぐに指摘するのも君達の任務であると心得ていてくれれば好い……後は精々吹聴して貰って、もっと目立とう……すれば敵対勢力の憎悪・敵愾心が私と『ディファイアント』に集中して、その分作戦がやりやすくなる……具体的に言えば、敵の攻撃が『ディファイアント』に集中するなら私はその攻撃を引き受けつつ後退するから、君達の艦はその間に敵の後背に廻り込んで攻撃してくれれば好い……それで敵集団は瓦解するだろう……宜しく頼む……」
「……アドル・エルクさん……今日初めてお会いしたばかりですけれども……もう私は貴方の『ディファイアント』に許されるならば同乗して、貴方の言動をこの目と耳で感じ採りたくて堪らなくなっておりますわ……でも許されないでしょうからせめて、貴方の作るカクテルを飲ませて頂けないかしら? 」
代表ダイアン・ヴィジター女史が、その身を乗り出して俺の顔をジッと観ながら言う……その瞳はもう充分に潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「……はあ…ここのシェフから許可を頂けるのでしたら私としては特に吝かでもないのですが、厨房の皆さんのお仕事に介入するのもマズいでしょうし……ねえ? 」
「……ハーマン・パーカー常務……マネージャーの方をこちらへ……」
「……分かりました……」
パーカー常務は直ぐに立って行き、40秒でフロア・マネージャーと一緒に戻って来た。
「……アドル・エルク様…何をご用意致しましょう? 」
「……では、『タンカレー』と『ゴードン』をそれぞれボトルで……少し細身で背の高いカクテル・グラス30個に、それぞれ小さいロック・アイスを2個ずつ入れて下さい……フレッシュ・ライムジュースと甘くないソーダ水のボトルを相当数お願いします……フレッシュ・ライムも10数個お願いします……あとはバースプーンとナイフだけで……」
「……畏まりました。暫くお待ち下さい……」
フロア・マネージャーは退がった……俺はもう喋らない事にした……頼んだ物が届くまでの間に俺の第1印象も含めた人柄・為人についての質問と、俺の戦略思想についての質問と戦術構想についての質問もそれぞれに出されたが、上手く応えてくれそうな人をその場で選んで目と手で話を振って答えて貰った……結構上手く応えてくれたんで、場を保たせられたのは好かった。
頼んだ物が届く……艦長1人と副長2人に手伝いを頼み、俺は調合比率を厳格に担当して30個の『ジン・リッキー』を手早く仕上げ、お客様全員と希望者にグラスを配って自席に戻ると、自分のグラスを掲げて乾杯の音頭を執った。
お客様方からは好評を博した……特に女性陣からは高評価を得られた……その後は幾つかの雑談に花が咲き、ローズ・クラーク副長が子供の頃に俺が家庭教師めいて彼女の勉強を観てあげていた事が暴露されると、ひとしきりお客様方からいじられて笑いのタネをかなり提供した。
気が付けばもう、デザートと食後酒とコーヒーが置かれている……コーヒーを飲みながらデザートを食べ終わる……かなりのレベルで満腹だ……ハーマン・パーカー常務が、食後酒のグラスを右手にして立ち上がる。
「……皆様……今夜は皆様と共に、食事やお酒と……そして有意義な語らいでこのひと時を楽しむ事が出来まして、本当に嬉しく思いますし光栄にも思います……大変に名残惜しいのですが、もう夜も更けて押し詰まって参りました……今後も定期的に、このような宴の場をご用意出来ればと考えておりますので、この場に於かれてはひと先ず、お開きとさせて頂きます……それでは皆様……今夜はお忙しくお疲れの処を、時間を取ってご参集頂きまして、本当にありがとうございました……またお会い出来ますその時まで、どうかご壮健であられますようにお願い申し上げます……それでは、皆様のご健康・ご繁栄・ご充実・ご安全を祈念致しまして…乾杯! 」
「乾杯! 」
それぞれにグラスを傾けて飲み干し、置いた……接待の席は終了した。
「……懐かしいですね……8年前に10ヶ月間ワルシャワの営業所に出向していたのですが、ポーランド料理にはかなりハマりました……特にこのポンチキを初めて食べてからは、普通のドーナツに手が出なくなりましたよ……」
席に着いてお絞りを使いながらそう言うと、大皿に盛り付けられたポンチキを一つ摘んで一口……懐かしい甘さと薔薇の香り……スピリタスの味と香りが拡がるのを楽しむ。
「……懐かしい味との再会を祝して乾杯しましょう。どうぞ……」
アラン・アークエット代表がそう言いながら歩み寄り、私にワイングラスを手渡して濃厚な赤紫のアルコール飲料を注ぐ。
「……ああ、これはチェリーのナレワカですね。これを赤ワインのつもりで呑んでいると、倒れますよ……ありがとうございます。それでは……」
「……懐かしい味との再会を祝して……」
「……乾杯……」
これは強い。気を付けて呑まないとひっくり返る……今夜の飲酒はもうちょっと控えよう……ああ、だからズブロッカがあったのか。納得だな……ポーランド料理はスープが多種多様だ。ここにも10種類が鍋のままで置いてある……控えているウェイターに頼めば、よそってくれる……3種類を頼んでスープカップによそって貰う……サワークラフトを前菜のつもりで取った。
「……アドル主宰、現状で他に懸念されている事はありませんか? 」
そう訊きながらルイス・アーネス副代表が肉、野菜、フレッシュチーズを使ったピェロギを一皿置いてくれる。
「……あ、すみません。わざわざどうもありがとうございます。アーネス副代表……そうですね……将来的には生ずる可能性もありますが、現状ではありません……お気遣いに感謝します……」
「……では、アドル主宰……今、これがあれば好いなとか、便利だなとか、面白いなとか、そう思うものはありますか? 」
サミーア・イェニー女史からそう訊かれたのだが、ワルシャワではグヤーシュと呼ばれるビーフシチューを皿に盛り付けようとしていた処だったので、ぎこちない笑顔で会釈したら皿もお玉も取られて、代わりにたっぷりと盛り付けられた皿を受け取らされた。
「……ああ、どうも……ありがとうございます……お手数をお掛けしました……」
「……それで? 如何ですか? 」
「……ああ、そうですね……資金や装備については、まだ不足していると言う状況にはないので、大丈夫ですが……個人的には色々細々とあります……」
自分の前に置いた料理を食べ、ライトビアを飲んで応える。
「……そうですか……分かりました……」
(……何だかマズい話の流れになりそうだ……こう言う話の流れが嫌だから、これ程の布陣を敷いたのに……立食パーティーじゃないから、話の切り出し方が分からないんだな……男性艦長達にも声を掛ければ良かった……)
「……ナンバーワン、『ワルシャワ映画祭』と言う催しもあるよね? 参加した事はある? 」
「……私は主に『南方5大都市映画祭』に参加する事が多かったですので『ワルシャワ映画祭』には1回しか参加しておりません……ウチのスタッフで言えば確か……」
「……アドル主宰! 私は『ワルシャワ映画祭』に5回参加しました。8年前にも参加していましたので、同じ通りを歩いていたかも知れませんね!❤️」
弾けるような笑顔で嬉しそうに手を挙げて言ったのが『アグニ・ヤマ』で副長を務める、カーラ・ブオノ・マルティーヌだ。
「……そうか……思い出したよ! あの時、すごくスタイルの好い美人が大勢、ラフな格好で街中を歩いていたけど……『ワルシャワ映画祭』の時期だったんだね……目の醒めるような想いで眺めていたな……そうか……あの時に君も居たんだね……何処かの通りで、すれ違っていたかも知れないね……」
「……そうかも知れませんわね……お知り合いになれていれば良かったです❤️……」
「……後で、あの当時に撮っていた画像を観返してみますよ……」
「……素敵な画像があったら、送って頂けませんか? 」
「……勿論ですよ。喜んで……カーラさんにとっても、思い出の場所ですからね(笑)❤️……」
「……ありがとうございます……」
「……どう致しまして……それでカーラさんお気に入りのポーランド料理は、この中にありますか? 」
「……私が好きなのは、そこの端にある鍋のシュトゥカ・ミェンサ……オーストリアではターヘルシュピッツと呼ばれます、香味野菜のスープで茹でた牛肉です……それとそちらのカチュカ・ス・ヤブウカミ……アヒルと林檎のローストなんですが、これが絶品です❤️……」
「……どうもありがとう、カーラさん……落ち着いたら、ポーランド料理のお店に行きましょう❤️……ご馳走しますよ❤️……」
「……ありがとうございます❤️……嬉しいです……」
「……アドル艦長……父方の叔母がワルシャワに居ますので、ハイスクールの2年生まで毎年の夏休みには遊びに行っていました……『ワルシャワ映画祭』は秋の開催なので、観た事はありませんが……私もポンチキは大好物です……牛乳を飲みながら食べるのが最高です……」
懐かしそうな笑顔でそう言ったのが、トリッシュ・ヴァンサンティン……『ダルモア・エレクトス』の副長を務める。
「……そうなんだ……じゃあポーランドでのお袋の味ってのは、どんなものなのかな? 」
「……ポーランド料理とは、ほぼ総てが郷土料理で家庭料理なんです……観て貰えると解りますが、スープ料理が『第一の食事』と言われています……主要なスープ料理だけで15種類あります……それに家庭料理ですから、食材・具材・味付けも家庭毎に違いますし、違うことが正しいと言う認識です……先程マルティーヌ副長が紹介された料理も私は大好きです……そしてそこの端にあるのは、ゴウォンプキと言うポーランドの伝統的なロールキャベツなんですが、これも家庭毎に味付けの違う……お袋の味のひとつです……そしてそれはシレチ・ポ・ヤポンスクと言って、大西洋ニシンの酢漬けを茹で卵入りのマヨネーズで和えた、マリネの一種です……ポーランド料理の特徴の一つとして、とにかく茹で卵を大量に食べます……お話が長くなってすみません。どうぞ、お楽しみ下さい……」
「……ありがとう、ヴァンサンティン副長……聴いていて僕も思い出したよ……ここに並べられている料理は、殆どが好きなものだ……よく噛み締めて味わって、もっとよく思い出そう……ウチの会社と『ディファイアント』の料理長にも、ポーランド料理の話をしてみるよ……」
「……どう致しまして、アドル艦長……」
「……そう言えばアドル主宰……御社の料理長様と『ディファイアント』のセカンドシェフは御兄弟なんだそうですね? グレイス副社長からも伺いましたが、長く疎遠であったお二人をアドル主宰が引き会わせられたとか……感動させて頂きました……」
ブレンダ・イネス女史が私のグラスにライトビアを注ぎながら言う。
「……いやあ、たまたまお二人の姓が同じであると知ってもしやと思い、伺ったら御兄弟であったと言う事で……私の名前でご連絡を取り持って差し上げただけだったのですが……思わぬ処で善い行いに繋げられて良かったですよ……私にとっても感動的な件りでした……」
「……それもアドル主宰が持つ、素晴らしい人柄・為人の為せる業なのですね……」
ダイアン・ヴィジター女史が、そう言いながら私のグラスに自分のそれを触れ合わせる。
「……ありがとうございます、ヴィジター代表。恐縮です……」
「……アドル主宰……そのような行いに因る成果に於いては、謙遜されない方が良い……貴方の人柄・為人が素晴らしいからこそ、これ程の人達が貴方を信頼し敬愛して、付き従ってくれているのですから……」
そう言いながらマイケル・ウェストン副代表も、ウィスキーグラスにポーランド・モルトをツーフィンガーで置いてくれる。
「……はい……ありがとうございます……胆に銘じます……」
「……時にアドル主宰……主宰が現時点で想定されているチャレンジ・ミッションについて……宜しければ、お聞かせ頂けますでしょうか? 」
ジャック・エステン頭取が、興味深気に訊いてくる。
「……はあ…どのようなものがあり得るか、と言う事でも宜しいでしょうか? 」
「……はい…それでお願いします……」
「……そうですね……先ず、レース・ミッションがあるでしょう……」
「……レース・ミッション? 」
「……はい、これは艦のレースは勿論、シャトルのレースもあるでしょう……」
「……そうですか……」
「……ええ、短距離レースも長距離レースもマラソンも、タイムトライアル・レースもあるでしょうし……もしかしたら、リレー・レースもあるかも知れません……障害物競走のような……ミッションにミッションを組み込むミッション・レースも考えられます……そのぐらい様々なバリエーションを考え出せるジャンル、と言う事ですね……」
「……なるほど……」
「……あそこに座っているのが、エマ・ラトナー……我が『ディファイアント』のメイン・パイロットですが……レース・ミッションの場合、須らく彼女がミッション・リーダーとなります……」
そう言ってエマを指し示すと、彼女は立ち上がって一礼した……グリーンブルーの虹彩が、悪戯っぽく光を反射する。
「…おお……では貴女があの『E・X・F』(エクセレント・フォーミュラ)マスターパイロットの……いや、これは失礼……ですがこれでやっと腑に落ちましたし、充分に納得しました……配信報道で観ただけでしたが……『ディファイアント』の鋭い舵捌きが貴女の操艦に拠るものならば……敵艦が『ディファイアント』をその射程に捉えるのは、かなり困難な事となるでしょうな……」
「……お褒めに与り、ありがとうございます……」
そう言ってエマは、もう一度立ち上がって一礼した。
「……アドル主宰……他に今、想定できるチャレンジ・ミッションはありますの? 」
そう訊きながら、副頭取マリッサ・ジャレット・ウィノカー女史が、温野菜サラダを皿に盛り付けて置いてくれる。
「…! ああ、これはどうも、ありがとうございます。ウィノカー副頭取……恐縮です……もう、量としては充分ですので、お気遣いなく…お願いします……そうですね……トレジャー・ミッションも考えられますね……」
「……トレジャー・ミッション? 」
「……ええ、つまり……探しものミッションですね……隠されているものが何なのか? どこに隠されているのか? どうすれば探し出せるのか? これらを解明し、特定して確保する、ミッションになるでしょう……探し出して確保した時点でミッションクリア、と言う訳ですね……」
「……隠されるものとは? 」
「……それは色々様々で、何でもアリでしょう……物でも情報でも、人でも人以外の生物でも……又は、対象となるものを所有している他者と交渉して、譲り受けると言うパターンもあるでしょう……」
「……なるほど……確かにありそうなミッションですね……」
「……ええ、面白そうでしょ?(笑)……」
「……(笑)何だかアドル主宰とゲームミッションのお話しをしていると、こちらまで楽しくなって来ますわね(笑)……本当に、ご一緒させて頂きたくなりますわ……」
「……ありがとうございます……」
「……トレジャー・ミッションの場合、ミッションリーダーにはどなたが就かれるのでしょう? 」
フィニアス・オールマン頭取だ。
「……そうですね……クルーの中で、探索に適性の高い人を探します……今こう言って置けば、ウチのスタッフならクルーに聴き取りをして、その時には推薦してくれるでしょう(笑)……」
「……アドル主宰……しつこく伺うようで、本当に申し訳ないと思っているのですが……他に主宰が想定できるチャレンジ・ミッションの形態は、ありますでしょうか? 」
副頭取のメリット・ウェヴァー女史が、申し訳無さそうに訊く。
「…(笑)いや……私としては全然構いませんけれども……お応えする前に私からもひとつお伺いして宜しいですか? 」
「……どうぞ、何なりと……」
「……今日、我々が御招きした皆さんの中で……ゲーム大会運営推進委員会のトップコアメンバーの方は、いらっしゃいますか? 」
私の問いを聴いて招かれたゲスト達は、皆動きを止めてお互いの顔を観る。
「(笑)はっは…!…これは1本取られましたな(笑)……いや、流石にアドル・エルク主宰……その鋭い慧眼に確かな先見性……最強の洞察力に拠って引き出される、先回り迄させる最速の行動力……全く以って感服しました……この場以外での口外はご遠慮頂ける、との前提で告白しますが……投資機関法人3社の代表3名と、財務提携銀行3行の頭取3名が……ゲーム大会運営推進委員会のトップコアメンバーです……」
ハーレイ・オバニオン頭取が笑いながら言い終えて、グラスに残る酒を呑み干した。
「……なるほど……そうでしたか……お2人はいらっしゃるだろうと思っていましたけれども、まさか6人もいらっしゃるとは考えが及びませんでした(笑)……私もこれまでに接待する側として3回、参加してきましたけれども……まるで口頭審問のような話の遣り取りでしたので(笑)……思い切って、訊いてみようと思った次第です(笑)……では、他に私が想定するチャレンジ・ミッションですね……それは艦の機能や性能……若しくはゲームフィールドの全域に於いても、条件や制限を設定した上でのバトル・ミッションですね……」
「……例えば……どのようなものになりますの? 」
副頭取マウラ・ウェスト女史が、やや身を乗り出す。
「……一例として表現しますが……ゲームフィールドに条件や制限を設けて、艦の光学兵装が使用できない環境にします……すると使える兵装は各種ミサイルと、ハイパー・ヴァリアントだけになります……更にフィールド空間に条件を付けて、各種センサー・スイープの到達範囲も狭めます……するとまるで潜水艦としての行動しか、出来ないようになります……そうなると各種のミサイルだけでは敵艦に決定的なダメージを与えられませんので、ミサイルの破壊力を50倍程にアップさせます……それで本当にまるで潜水艦同士の戦いと言う事になります……その上でのバトル・ミッションですね……」
「……なるほど……なかなか難しい戦いになりますわね……」
「……そうでもありません……どのような条件や制限でも、それが彼我共に同じならそれを踏まえて目的を設定し、作戦を考えれば良い訳ですから、基本的には同じです……むしろ私は潜水艦としての行動や戦闘も好きですので、却ってやってみたいと思っています……」
「……アドル主宰……貴方はこのゲーム大会に於いて、とても前向きなポジティブ・シンキングをお持ちですね……少々怖いぐらいですよ……スタッフ・クルーの皆さんから、怖がられませんか? 」
ワイアット・オレフ氏だ。
「……私は、仲間達には優しいですよ……一人一人にもね……そうだよな? 」
お手伝いとして来てくれているスタッフ・クルーの全員が、うんうんと頷く。
「……おお~い…そろそろ助けてくれよ💦……俺ばっかり喋ってるじゃないかよ💦……」
「……アドル・エルクさんをまだあまりよく知らない人が彼の言動や考えに触れた時に、彼への理解がまだ充分に及んでいなければ、驚きや戸惑いから怖さを覚えると言う事はままあります……ですが彼への理解が深まれば、それは感動から信頼へと変わって更に理解が深まります……ですからアドル主宰を理解するには、時間を掛けて同じ事に取り組む必要があるのです……」
リサさんの説明は過不足なく充分で、対応としても的確で早い……流石だ。
「……アドル・エルク主宰の魅力は、一見しただけでは解らない……いや、むしろ……失礼ですけれども第1印象としてはあまりパッとしないのに、同じ目的の許で活動して行く中で徐々にその魅力に気付かされて行って……ふと振り返ればもう惹き込まれている……と言う感じなのかしら…?…」
副代表ブレンダ・イネス女史が、思慮深気に応じる。
「……正にその通りなのですが、私達『ディファイアント』のスタッフ・クルーにとっては、昔からのグループであった私達全員を何の苦も無く一つに纏め上げて下さったその時点で……掛け替えの無い最高の存在となられました……ですので艦長としてのアドル・エルクさんは、正しく最高の指導者であり指揮官です……初めてそのお考えに触れた時には、驚きや戸惑いもありましたが怖さは感じませんでした……懸念を表明する事はありましたが、疑義を差し挟むような事はありませんでした……それよりもゲームが始まる前から、絶大な信頼感がありました……今ではもう……全員が心酔しています……」
シエナ・ミュラー副長の物言いには、既に崇拝し過ぎているような感もあるのだが……まあ今は好いだろう。
「……何の苦も無く、と言う訳でも無かったけどね……そうだ……君達には絆を感じたんだよ……だから選び出した……何故感じ採れたのかはまだ判らないが、それを感じ採れたから私は君達を選び出した……やっと今それが判ったよ……君達に結ばれたその絆の一端に連なる事が出来て……今は私もそれが嬉しい……」
「……アドルさん……」
思わず涙を零し、口を押えて目を伏せるシエナ・ミュラー……観れば『ディファイアント』から手伝いに来てくれたスタッフ・クルーの殆どが、その状態だ……失言ではなかったと思うが、またちょっと言い過ぎたかな。
「……このように、アドル・エルク艦長は掛ける言葉でも私達を凄く感動させます……その破壊力たるや凄まじく、これが2人切りだったらイッてしまいます……加えてアドルさんが淹れて下さるミルクティーも、作って食べさせて下さるお料理も、スイーツも、カクテルも、どれもが絶品の美味しさで痺れますし、心から癒されます……その上でアドルさんが奏でるギターやピアノに乗せての歌声を聴かせられれば……どうしてこんなに最高の人がこの世に居るんだろう、とも思わされます……バラエティ配信番組が始まれば、これはお判り頂けると思います……今の私達はアドルさんと一緒に居られるだけで、最高に幸福なのです……」
「……マレット・フェントン補給支援部長……それに今日手伝いに来てくれた全員にも言う……私を褒めて吹聴してくれるのは好い……だが盲信・盲従は禁物だ……私も普通の人間だから様々な状況やレベルで、間違う事は必ずある……その間違いを見逃さずに、その場で直ぐに指摘するのも君達の任務であると心得ていてくれれば好い……後は精々吹聴して貰って、もっと目立とう……すれば敵対勢力の憎悪・敵愾心が私と『ディファイアント』に集中して、その分作戦がやりやすくなる……具体的に言えば、敵の攻撃が『ディファイアント』に集中するなら私はその攻撃を引き受けつつ後退するから、君達の艦はその間に敵の後背に廻り込んで攻撃してくれれば好い……それで敵集団は瓦解するだろう……宜しく頼む……」
「……アドル・エルクさん……今日初めてお会いしたばかりですけれども……もう私は貴方の『ディファイアント』に許されるならば同乗して、貴方の言動をこの目と耳で感じ採りたくて堪らなくなっておりますわ……でも許されないでしょうからせめて、貴方の作るカクテルを飲ませて頂けないかしら? 」
代表ダイアン・ヴィジター女史が、その身を乗り出して俺の顔をジッと観ながら言う……その瞳はもう充分に潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「……はあ…ここのシェフから許可を頂けるのでしたら私としては特に吝かでもないのですが、厨房の皆さんのお仕事に介入するのもマズいでしょうし……ねえ? 」
「……ハーマン・パーカー常務……マネージャーの方をこちらへ……」
「……分かりました……」
パーカー常務は直ぐに立って行き、40秒でフロア・マネージャーと一緒に戻って来た。
「……アドル・エルク様…何をご用意致しましょう? 」
「……では、『タンカレー』と『ゴードン』をそれぞれボトルで……少し細身で背の高いカクテル・グラス30個に、それぞれ小さいロック・アイスを2個ずつ入れて下さい……フレッシュ・ライムジュースと甘くないソーダ水のボトルを相当数お願いします……フレッシュ・ライムも10数個お願いします……あとはバースプーンとナイフだけで……」
「……畏まりました。暫くお待ち下さい……」
フロア・マネージャーは退がった……俺はもう喋らない事にした……頼んだ物が届くまでの間に俺の第1印象も含めた人柄・為人についての質問と、俺の戦略思想についての質問と戦術構想についての質問もそれぞれに出されたが、上手く応えてくれそうな人をその場で選んで目と手で話を振って答えて貰った……結構上手く応えてくれたんで、場を保たせられたのは好かった。
頼んだ物が届く……艦長1人と副長2人に手伝いを頼み、俺は調合比率を厳格に担当して30個の『ジン・リッキー』を手早く仕上げ、お客様全員と希望者にグラスを配って自席に戻ると、自分のグラスを掲げて乾杯の音頭を執った。
お客様方からは好評を博した……特に女性陣からは高評価を得られた……その後は幾つかの雑談に花が咲き、ローズ・クラーク副長が子供の頃に俺が家庭教師めいて彼女の勉強を観てあげていた事が暴露されると、ひとしきりお客様方からいじられて笑いのタネをかなり提供した。
気が付けばもう、デザートと食後酒とコーヒーが置かれている……コーヒーを飲みながらデザートを食べ終わる……かなりのレベルで満腹だ……ハーマン・パーカー常務が、食後酒のグラスを右手にして立ち上がる。
「……皆様……今夜は皆様と共に、食事やお酒と……そして有意義な語らいでこのひと時を楽しむ事が出来まして、本当に嬉しく思いますし光栄にも思います……大変に名残惜しいのですが、もう夜も更けて押し詰まって参りました……今後も定期的に、このような宴の場をご用意出来ればと考えておりますので、この場に於かれてはひと先ず、お開きとさせて頂きます……それでは皆様……今夜はお忙しくお疲れの処を、時間を取ってご参集頂きまして、本当にありがとうございました……またお会い出来ますその時まで、どうかご壮健であられますようにお願い申し上げます……それでは、皆様のご健康・ご繁栄・ご充実・ご安全を祈念致しまして…乾杯! 」
「乾杯! 」
それぞれにグラスを傾けて飲み干し、置いた……接待の席は終了した。
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そこが企画した、超大規模ヴァーチャル体感サバイバル仮想空間艦対戦ゲーム大会。
『サバイバル・スペース・バトルシップ』
この『運営推進委員会』にて一席を占める、データストリーム・ネットワーク・メディア。
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だがこの配信会社は、艦長役演者に当選した20名を開幕前に発表しなかった。
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彼の目的はこのゲーム大会を出来る限りの長期間に亘って楽しむ事。
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