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スパーリング
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何をやっている、、、?
扉の隙間、銀縁メガネの縁がキラリと輝く。
刈谷だ。
この匂い、、、これは何だ?
練習場から漂ってくる不思議な匂い。
ハーブのような、だが、土臭く、カビ臭い。
決して、いい香りではないが、なぜか、ザワザワと胸が掻き立てられるような不穏な香り。
練習場の中では、サポーター姿の部員達が、スパーリングを始めていた。
顧問の大石、そして、高尾という名だったか、新任の教師の二人がスパーリングトレーナーとなっている。
ふぅ、、、
と溜め息をつき、刈谷は額の汗を拭う。
嫌な汗だ。
脂汗、、、
先程までの奇妙なウォーミングアップ。
原始の祭儀のように、円陣となり単調なリズムを刻み続けたウォーミングアップ。
一糸乱れぬ奇妙ともいえる動きに、覗き見する刈谷の内にゾワゾワと気色の悪い震えが生じていた。
いくら常に練習しているといっても、不気味なほど乱れがなかった。
唯一、新任教師のみ、動きが乱れ、部員達に着いていくのに苦労しているのが分かった。
そして、馬跳びの時、新任教師の背を飛ぶ時のみ、部員達の背中への手の打ち付け方が強くなっているのが分かった。
新任教師の体力が、生徒の手が背中に打ち付けられる度にまるで吸い取られるようで、次第に消耗が激しくなっていくのが見て取れた。
太く鍛えられた足が軽く震えている。
そして、意図的にされたのか、唯一身体を覆った白い布が次第にずれていき、尻が剥き出しになっていくのも気づいていないようだ。
それを覗き見していた刈谷の脳内が幻惑されるように渦巻き始めたとき、ようやくウォーミングアップが終わった。
ホッとしたところに、階段の方から、カツカツと靴音がした。
鞄下げた白衣の研究員が、やってくる。
「用意はしてくれましたか?」
白衣の研究員が頷き、容器を鞄から取り出した。
「そこの練習場です。くれぐれも中に気付かれないよう採取してください」
白衣の男は、頷くとそっと扉を開け、容器を差し入れる。
隙間から刈谷が中を覗く。
そして、思う。
“何なんだ?このスパーリングは、、、”
※
ガシッ
腰を下げ、前傾姿勢で腕を広げ、生徒と組む。
不思議な肌の感触、、、ネットリと雄一の肌に張り付いてくるようだ。
雄一はスパーリングトレーナーの立場だ。
守りにまわり、生徒の技を受ける。
最初の生徒、貧血を起こした生徒、川崎が前に立つ。
細身だ、、、だが、しなやかな筋肉。
開始の合図とともに、腕を開き、生徒の動きを待つ。
ぬるっ、、、という感触で、生徒の腕が雄一の太い腕に絡み付く。
うっ、、、
滑らかで素早い動きに、雄一は戸惑う。
力任せの体当りがくると構えたが、違う感触だ。
ぶつかられるというよりも、絡め取られる感覚。
顔を雄一の肩に当ててくる。
そして、首筋の辺りをゴリゴリと押す。
生暖かい息が肌に当たる。
雄一が、加減をしながら生徒を押す。
川崎は足を突っ張り耐え、雄一の方へと肩を入れてくる。
それは、雄一を押し返すとか、技を掛けるタイミングを狙っているような感じではない。
雄一と肌を密着させようと押し付けてくるようだった。
首から肩辺りに押し付けられた川崎の顔が、グリグリと動く。
息が粗い。
雄一はゾワゾワとした嫌な感触を首筋に感じる。
思わず、投げ技で振り払いたくなるが、先程の話では川崎は1年生だ。
貧血を起こしたばかりでもある。
そんな生徒に荒業を掛けていいものかと悩む。
真剣に生徒に対していた雄一は気付いていないが、扉の外から覗いていた刈谷は、まだ幼さを残す顔を雄一の首筋に吸い付こうと押し付けているようにしか見えなかった。
「止めっ」
ストップウォッチを、持った松本が3分たったことを告げる。
雄一は、さほど力は使っていないはずなのに、どっと疲れる。
川崎の肌と触れていたところが、ジーンとしびれるような気がする。
次の生徒、次の生徒、、、
3分刻みで相手が変わる。
隣の大石と上級生達は、激しい技の応酬をしているが、雄一の組は、下級生のせいか、地味に組み合い、互いの身体を密着させる押し合いを仕掛けてくる。
そして、スパーリングごとに雄一は、自分が消耗しているのを感じる。
訳が分からない。
そして、雄一は、自分の中に沸いてくる嫌悪感に戸惑っている。
絡み付く相手の肌が、そして、その肌を合わせることで自分の肌につく生徒の汗が、気色悪いのだ。
こんな経験は、初めてだ。
そして、最後、副部長の松本と組むことになる。
高校生にしては、胸厚の身体。
骨太の体格。
錨肩で腕も足もがっしりしている。
甘いマスクだけれど、表情はふてぶてしく、闘争心を隠していない。
そのマスクと表情の落差と、がっしり体躯で、雄一を圧倒してくる。
室内競技だからから、肌は焼けておらず、陶磁器のような白く艶やかな肌だ。
そして、ピッチリしたサポーターの前面でグッと突き出たボリュームある股間が、重い凶器のようにも見える。
薄ら笑いさえ浮かべ、リングに立つ。
手強い相手だ、、、
雄一は気を引き締める。
背は雄一の方が高い。
だが、背が高い方が有利というものではない。
ゆっくりと両腕を動かし、腰を低くしていく松本。
足は前後に開き、マットを踏みしめている。
隙がない、、、
白い筋肉の壁が雄一の前に現れた気がする。
そして、おそらく、その筋肉の壁は、俊敏に動くはず。。。
松本は、甘い顔に不適な笑いを更に増し、好戦的なサディスティックな輝きを瞳に浮かべている。
獲物を見つめる狩人のような眼。
雄一の腹の底に嫌な痺れのような震えが生じる。
怯えている?
俺が?
まさか、、、
雄一は、気を奮い立たせようとする。
相手の気迫に飲まれたら敗けだ。
だが、四肢には、いつものように力が入らない。
ウォォッ!
雄一は、気合いの声をあげ、自分の両頬を両手で叩いた。
ブルンッ、、、
雄一の肌が震え、周囲に気迫の層が生まれたように見える。
松本の眼に、驚いたような色が混じる。
雄一もリングの中で構え始める。
雄一は、良く陽に焼けている。
男らしさの目立つ褐色の肌に、大人の成熟した筋肉のラインが浮かぶ。
松本の色白で、雄一と比べれば、まだ幼くなだらかな筋肉の瘤とは対照的だ。
これまでのスパーリングとは違うビリビリするような空気が、二人を中心にリングに流れる。
睨み合うように視線をぶつける二人。
集中した雄一は気付いていない。
大石の組みがスパーリングを止め、雄一の組みの生徒とともに、リングをぐるりと囲んでいる。
※
ウ~ウ~ッ
獣のような呻き声が地下の廊下に響く。
そして、激しくもがく音。
ブーッ
振動音がする。
刈谷です、、、
……
ふっ、やはり覗き見してらっしゃいましたか、、、
……
この“キ”、、、確かこの部の関係者でしたね、大石さんにイビり倒されたという、、、
……
あなたも興味があるのではないのですか?せっかくの検証の機会ではないですか、それとも、この“キ”を封じ込まなければならない理由でも?
……
納得する説明をいただけないようであれば、通話を切らせていただきたい。せっかくの機会を少しでも無駄にはしたくないんでね。
携帯電話で話す刈谷の後ろ、白い拘束衣を付けられた若い筋肉質の男が、呻きながら身体を揺すっていた。
扉の隙間、銀縁メガネの縁がキラリと輝く。
刈谷だ。
この匂い、、、これは何だ?
練習場から漂ってくる不思議な匂い。
ハーブのような、だが、土臭く、カビ臭い。
決して、いい香りではないが、なぜか、ザワザワと胸が掻き立てられるような不穏な香り。
練習場の中では、サポーター姿の部員達が、スパーリングを始めていた。
顧問の大石、そして、高尾という名だったか、新任の教師の二人がスパーリングトレーナーとなっている。
ふぅ、、、
と溜め息をつき、刈谷は額の汗を拭う。
嫌な汗だ。
脂汗、、、
先程までの奇妙なウォーミングアップ。
原始の祭儀のように、円陣となり単調なリズムを刻み続けたウォーミングアップ。
一糸乱れぬ奇妙ともいえる動きに、覗き見する刈谷の内にゾワゾワと気色の悪い震えが生じていた。
いくら常に練習しているといっても、不気味なほど乱れがなかった。
唯一、新任教師のみ、動きが乱れ、部員達に着いていくのに苦労しているのが分かった。
そして、馬跳びの時、新任教師の背を飛ぶ時のみ、部員達の背中への手の打ち付け方が強くなっているのが分かった。
新任教師の体力が、生徒の手が背中に打ち付けられる度にまるで吸い取られるようで、次第に消耗が激しくなっていくのが見て取れた。
太く鍛えられた足が軽く震えている。
そして、意図的にされたのか、唯一身体を覆った白い布が次第にずれていき、尻が剥き出しになっていくのも気づいていないようだ。
それを覗き見していた刈谷の脳内が幻惑されるように渦巻き始めたとき、ようやくウォーミングアップが終わった。
ホッとしたところに、階段の方から、カツカツと靴音がした。
鞄下げた白衣の研究員が、やってくる。
「用意はしてくれましたか?」
白衣の研究員が頷き、容器を鞄から取り出した。
「そこの練習場です。くれぐれも中に気付かれないよう採取してください」
白衣の男は、頷くとそっと扉を開け、容器を差し入れる。
隙間から刈谷が中を覗く。
そして、思う。
“何なんだ?このスパーリングは、、、”
※
ガシッ
腰を下げ、前傾姿勢で腕を広げ、生徒と組む。
不思議な肌の感触、、、ネットリと雄一の肌に張り付いてくるようだ。
雄一はスパーリングトレーナーの立場だ。
守りにまわり、生徒の技を受ける。
最初の生徒、貧血を起こした生徒、川崎が前に立つ。
細身だ、、、だが、しなやかな筋肉。
開始の合図とともに、腕を開き、生徒の動きを待つ。
ぬるっ、、、という感触で、生徒の腕が雄一の太い腕に絡み付く。
うっ、、、
滑らかで素早い動きに、雄一は戸惑う。
力任せの体当りがくると構えたが、違う感触だ。
ぶつかられるというよりも、絡め取られる感覚。
顔を雄一の肩に当ててくる。
そして、首筋の辺りをゴリゴリと押す。
生暖かい息が肌に当たる。
雄一が、加減をしながら生徒を押す。
川崎は足を突っ張り耐え、雄一の方へと肩を入れてくる。
それは、雄一を押し返すとか、技を掛けるタイミングを狙っているような感じではない。
雄一と肌を密着させようと押し付けてくるようだった。
首から肩辺りに押し付けられた川崎の顔が、グリグリと動く。
息が粗い。
雄一はゾワゾワとした嫌な感触を首筋に感じる。
思わず、投げ技で振り払いたくなるが、先程の話では川崎は1年生だ。
貧血を起こしたばかりでもある。
そんな生徒に荒業を掛けていいものかと悩む。
真剣に生徒に対していた雄一は気付いていないが、扉の外から覗いていた刈谷は、まだ幼さを残す顔を雄一の首筋に吸い付こうと押し付けているようにしか見えなかった。
「止めっ」
ストップウォッチを、持った松本が3分たったことを告げる。
雄一は、さほど力は使っていないはずなのに、どっと疲れる。
川崎の肌と触れていたところが、ジーンとしびれるような気がする。
次の生徒、次の生徒、、、
3分刻みで相手が変わる。
隣の大石と上級生達は、激しい技の応酬をしているが、雄一の組は、下級生のせいか、地味に組み合い、互いの身体を密着させる押し合いを仕掛けてくる。
そして、スパーリングごとに雄一は、自分が消耗しているのを感じる。
訳が分からない。
そして、雄一は、自分の中に沸いてくる嫌悪感に戸惑っている。
絡み付く相手の肌が、そして、その肌を合わせることで自分の肌につく生徒の汗が、気色悪いのだ。
こんな経験は、初めてだ。
そして、最後、副部長の松本と組むことになる。
高校生にしては、胸厚の身体。
骨太の体格。
錨肩で腕も足もがっしりしている。
甘いマスクだけれど、表情はふてぶてしく、闘争心を隠していない。
そのマスクと表情の落差と、がっしり体躯で、雄一を圧倒してくる。
室内競技だからから、肌は焼けておらず、陶磁器のような白く艶やかな肌だ。
そして、ピッチリしたサポーターの前面でグッと突き出たボリュームある股間が、重い凶器のようにも見える。
薄ら笑いさえ浮かべ、リングに立つ。
手強い相手だ、、、
雄一は気を引き締める。
背は雄一の方が高い。
だが、背が高い方が有利というものではない。
ゆっくりと両腕を動かし、腰を低くしていく松本。
足は前後に開き、マットを踏みしめている。
隙がない、、、
白い筋肉の壁が雄一の前に現れた気がする。
そして、おそらく、その筋肉の壁は、俊敏に動くはず。。。
松本は、甘い顔に不適な笑いを更に増し、好戦的なサディスティックな輝きを瞳に浮かべている。
獲物を見つめる狩人のような眼。
雄一の腹の底に嫌な痺れのような震えが生じる。
怯えている?
俺が?
まさか、、、
雄一は、気を奮い立たせようとする。
相手の気迫に飲まれたら敗けだ。
だが、四肢には、いつものように力が入らない。
ウォォッ!
雄一は、気合いの声をあげ、自分の両頬を両手で叩いた。
ブルンッ、、、
雄一の肌が震え、周囲に気迫の層が生まれたように見える。
松本の眼に、驚いたような色が混じる。
雄一もリングの中で構え始める。
雄一は、良く陽に焼けている。
男らしさの目立つ褐色の肌に、大人の成熟した筋肉のラインが浮かぶ。
松本の色白で、雄一と比べれば、まだ幼くなだらかな筋肉の瘤とは対照的だ。
これまでのスパーリングとは違うビリビリするような空気が、二人を中心にリングに流れる。
睨み合うように視線をぶつける二人。
集中した雄一は気付いていない。
大石の組みがスパーリングを止め、雄一の組みの生徒とともに、リングをぐるりと囲んでいる。
※
ウ~ウ~ッ
獣のような呻き声が地下の廊下に響く。
そして、激しくもがく音。
ブーッ
振動音がする。
刈谷です、、、
……
ふっ、やはり覗き見してらっしゃいましたか、、、
……
この“キ”、、、確かこの部の関係者でしたね、大石さんにイビり倒されたという、、、
……
あなたも興味があるのではないのですか?せっかくの検証の機会ではないですか、それとも、この“キ”を封じ込まなければならない理由でも?
……
納得する説明をいただけないようであれば、通話を切らせていただきたい。せっかくの機会を少しでも無駄にはしたくないんでね。
携帯電話で話す刈谷の後ろ、白い拘束衣を付けられた若い筋肉質の男が、呻きながら身体を揺すっていた。
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