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サンダーランド王国編

サンダーランド王国 ~チェスター・フィンリーも苦悩する

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 チェスターは考えられる想定要素について話す。
 
 サンダーランド王国内にカゾーリア側の諜報員が相当数潜入している。
 潜入している諜報員は国内の諸侯の弱体化、もしくは独立を企てさせる。
 フレーザー家の寄騎に寄親より離反するように工作する。フレーザー家戦力の減少を狙う。
 フレーザー家に二心がありサンダーランド王国を裏切るという流言を流す。爵位、領地が剥奪される。
 兵士を少しづつ渡河させ管理が行き届かない村を占領。現地で軍備を整える。戦力が整い次第背後を突く。
 ベルフォール帝国と交渉。共同戦線を纏める。攻略目的は当然サンダーランド王国。

 全てが実現すればカゾーリア側で主張する二十万の動員は嘘ではなくなる事。
 フレーザー家だけは防ぎきれない。結果、国は滅亡する。
 
 説明を聞いたフレーザー侯爵も渋面になる。面白くもない想定である。

「実際には全て想定通りにはならないと思われます」

 チェスターは続ける。

 多少の諜報員は既に国内には潜入しているだろう。だが当家の領内では活動は困難である事。
 前線周囲は駐屯している四軍団が巡回中。お互いを見知らぬ者の潜入はまず無理である事。
 領都周辺はセシリアお嬢様が巡回している事。定期報告に不審な点はなかった事。
 他領での諜報員の行動は把握は難しい。不審な動きは把握したいがひとまず王家の様子を注視すれば急な問題は回避できる事。
 フレーザー家の寄騎については特別な理由が無い限りは従軍を承諾している事。仮に離反したとしても独力では何もできず現実的な判断でない事。
 フレーザー家の忠誠については疑う余地がそもそも無い事。王家が疑うのであれば話し合いをするのみ。それすらも拒まれるならばその時に対処を考えるべきだと。
 カゾーリア側が兵を渡河させる事は困難である事。少しづつでも船を使って渡河する以上フレーザー家の監視の目を縫う事は無理である事。
 ベルフォール帝国についてはカゾーリア側がどの程度コンタクトを取っているか全く不明である事。しかしながら友好国では無い事は確かであり。共同戦線が同意されるのは困難である事。

 現在の状況を踏まえて最悪の想定を否定できる箇所は否定するチェスター。最悪の想定は荒唐無稽な考えも含まれているのだ。
 説明を聞きフレーザー侯爵は頷く。

「ふむ。概ねそうだろう。王家の態度が少々気になる位か。我らの忠誠は疑わないと思いたい。諸侯については揺らぐ者もいるやもしれぬな。確かに少数であろうがな。だが・・帝国か・」

「そうなのです。今回のカゾーリア側の行動が通常と違う理由の一つなのですが。今回の戦争をベルフォール帝国が陰で操っている可能性ですな」
「それが一番厄介だな。だが友好国でもない限り簡単には動かないだろう。ましてや我が国を通過して意思疎通を図るのは簡単ではあるまい。しかも、我が国程ではないが帝国も少々キナ臭いのであろう?」
「その情報は少々古うございますな。帝国の騒動は収束しているようでございますぞ。勿論燻りは残っているようですが。確実に確かめようにも諜報員が足りのうございます」
「全くだな。これ以上は一介の地方領主に手に余る。王家で動いてもらわない事には限界があるぞ」
「失礼ですが、王家は期待できないですぞ。戦略的にカゾーリア王国との和議手続きの嘆願書はどうなっております?一切返事がきておりませんぞ。もう五年以上は放置されてますな。仮に交渉中であれば前線にいる我らに何らかの一報があってしかるべきでしょう」
「ではどうする?」

 なおも鋭い視線で問うフレーザー侯爵。日頃の苛々をこの場で吐き出しているようでもある。チェスターはいつも通りどこ吹く風とばかり平然としている。見た目の強面顔と反対に脳内ではあらゆるケースを想定し考えを巡らせているのだ。
 チェスターは続ける。

 最悪の想定は全てが悪い方向に向かっていた場合である事。サンダーランド王国とベルフォール帝国の同盟関係は容易に破棄はできない条約である事。
 ベルフォール側の宮廷には情報提供者がおり、万が一の事態が発生した時のみ連絡がくる事。その連絡が現在まで無い為同盟は続き、双方不可侵は堅持される事。
 ベルフォール帝国の情報は欲しいが現状を考慮すると優先度は低い事。それよりは王家の動向を注視すべきである事。ここにも情報提供者はいるが指示内容を変更する必要がある事。
 
 フレーザー侯爵は納得する。帝国については気になっている情報についての進捗を尋ねる。
 
「アノ件は皇帝が把握できていると思うか?どうにも合点がいかぬのだ。仮に把握できているのであれば何故手元におかない。見も知らぬ者に預けるほど不安な事はないだろうが。我にはそのような事できぬぞ」
「当初は認識していなかったのでは。最近になってなんらかの方法で知ったのでしょう。我が国に留学目的で人を送り込んでくるのは珍しいですからな」
「・・所在も気づいていると思うか?」
「既に知っていると考えた方が宜しいのでは?これについては全く隠蔽しておりません。寧ろ認識して頂かないと。こちら側がカードを離さぬ限り、万が一にも帝国側からの侵入はないと判断しても差支えないのかと」
「潜入していると思うか?」
「まだのようでございます。例の連絡係から不審な動きは全く無いとありました」
「・・ふむ。早速働いてくれているのか。必要なものがあれば可能な範囲で提供せよ」
「それは勿論。ですが、宜しいのですか?」

 珍しくチェスターは悲し気な表情になる。僅かな変化ではあるが長い付き合いであるフレーザー侯爵は見逃さない。

「あの時は時間がなかった。それについては我が判断した事だ。お前が気にする必要はない。関連する全ての罪を背負う覚悟はある」

 遠くを見る目をするフレーザー侯爵。その心情までをチェスターは正しく把握する事はできない。しかし自身が抱いている感情と差は無いだろうと考えている。いずれ贖罪は必要だろうとも考える。
 過去を振り返りすぎても仕方ない。チェスターは話題を変える。

「そうですな。帝国については悲嘆する程の問題はないでしょう。変わって国内での攪乱の可能性でありますが、こちらもそれ程大事にはならないかと」
「・・ふん。十年以上前か・・北の領主が独立を企んでいたな。囁かれれば転ぶ奴も多いだろうが」
「帝国への従属を企んでおりました件ですな。エッカルト伯爵は一族が帝国におりましたからな。そもそもエッカルト家が分家でしたからな。帝国に戻りたかったのでしょう。帝国に拒否され、あっさりと廃絶ですな。あの件で疑わしくなくとも諸侯の点検が行われたのが幸いでした。その事は拙者がよう知っておりまする」
「フッ。そうだったな。お前がその調査委員会の委員長だったな。お前のおかげで我も誓約書を書かされてしまったからな」
「閣下のおかげでほとんどの諸侯も王家に逆らわぬと誓約書を書いてくれましたな。あれを反故にする事は断絶を意味します。ですが、あの誓約書が有効なのは署名した本人のみ。代替わりの家は有効ではありませぬな。ですが、それも数家程です。問題ないでしょう」
「そうか。ならば諸侯達の大規模な動きは無いと考えて良いのだな?」
「これも絶対ではありません。寄騎の再確認は必要です。代替わりした寄騎に誓約書の件は伝えておりますが口頭確認のみですな。実態が伴っているか確認は必要です。閣下の領地と隣接している諸侯で代替わりもあります。合わせて確認が必要ですな」

 フレーザー侯爵は考えを整理する。
 帝国の介入は全く無いとは断言できない。しかし、その可能性は少ない。現皇帝は理知的な人物だ。それにアレもある。
 国内諸侯についても過去の騒動を知る者であれば甘言に乗らないだろう。圧倒的な武力や経済力があれば考える可能性もある。この数年は飢饉が続いているので領地経営で余裕は無い筈だ。
 代替わりした当主については一考する必要があるが独力で事を起こせるとも思えない。連携を図ろうとも主に資金難で行動を起こせないだろう。
 次に思うのは・・・一番気に入らない事ではある。その点を呟く。

「気に入らんな・・何故、我が疑われなければならない」

 呟きが聞えたチェスターは苦笑する。相当な憤りがあるのだろう。仮定の話ですら自身の叛意を問われるのは気に入らないようだ。

「閣下に二心が無い事明らかですぞ。家中の者は全員そのように思っております。残念ながら王家は滑稽な程の流言に乗ってしまう可能性はありますな。それを払拭する方法はございますが。これは最後の手段にしておくべきでしょう」
「人の心はどうにもならぬものであるな。あれ程忠誠を誓っておるのにか。領地を回復する以上武力を示さねばならぬのは必然だ。少々目立ち過ぎたのか?」
「閣下の武力と経済力があれば独立は可能であると考えてしまうのでしょうな。いずれも王家は持っておりませんからのう」
「くだらぬ。王家を護るための武力ぞ。しかも我が父は王を護って戦死をしたのだぞ。それでも忠誠を疑うものか?」

 フレーザー侯爵は嘆く。チェスターは主の心が揺るがない事を知っているし、信じている。その心を理解しない王家に諦めの気持ちが日増しに強くなる。ままならぬものだと思う。
 今回の戦は防戦ばかりだ。守るばかりの戦では兵の士気もあがらない。日々疲弊している兵を見ているのはつらいものである。

「閣下の忠誠心についてはじっくりと時間をかけて説くしかございませんな。お手間かもしれませんが継続的に王家とは連絡をお取りになられますよう。・・残る懸念は領地内の諜報員のあぶりだしですな。それを行いつつ、カゾーリアの情報収集を行うしかございますまい。消極的な手段で申し訳ございませぬ」
「仕方あるまい。兵の疲労も溜まっているだろう。領都に残している第一軍を呼び寄せよう。第二軍と交代させる。他の軍でも一時帰りたいものは希望を募っておけ。第四軍は引き続き前線周辺の警戒だ。警戒区域はもう少し広げよう。森に不審者がいないかの確認も追加指示だな。他には・・不本意ではあるが予備役の招集をかけておこう。新兵の訓練が終わているなら第四軍に組み込んで警戒にあたらせるか。これでどうだ?」
「宜しいかと。お嬢様が領都におられますから問題ないでしょう。そこでお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」
「・・セシリアの事か?あの跳ねっ返りは誰に似たのか知らぬ。我の言葉には素直に従わぬぞ。娘が何か問題でも起こしたのか?」

「少し前になりますがお嬢様がノートンの森にて魔物を討伐されたそうです。ハイイログマが魔物化したそうで。ですが少数での討伐はいただけませぬ。もう少し御身を大事にして頂きたいのです」

 あんたに似たのだろうという突っ込みを内心に固く秘めたままチェスターは伝える。フレーザー侯爵の子供はセシリアのみなのだ。見た目と違い娘を溺愛しているのをチェスターはとても良く分かっている。
 それ故に無茶は謹んで欲しいのだ。少人数での魔物討伐はもってのほかである。フレーザー家直系の血筋が絶えてしまう。これは絶対に避けないといけない。
 この事についてはフレーザー侯爵も酷く驚いたようである。

「お前・・そのような大事を何故我に報告せぬ!して、セシリアは無事であったのか?」

 驚いたとはいえ表面上は殆ど変わっていない。ように見える・・が、付き合いが長いチェスターには分かる。
 フレーザー侯爵は娘が危ない場所に行った事に驚き心配しているのだ。どっかりと椅子に腰かけていたのが、今にも動き出しそうな程腰が浮いている。
 再び感情を固く秘めたままチェスターは答える。

「お嬢様は怪我一つありません。護衛のジャネットも負傷と呼べる負傷もしていないようです。魔物は無事に討伐されたようです」
「セシリアには魔物を討伐できるような力は無い。ジャネットは護身に優れているが単独では魔物討伐はできぬだろう。誰が同行していたのだ?ジェフしか考えられぬが、領都守護を任せているのだ。外に出る訳がない。誰だ?」
「拙者も驚きました。フェリックス殿だそうです。早速力を示したようですな。ハイイログマの魔物は三メートルを超えていたそうです。結果無傷でで討伐したとか。いやはや驚きしかございませぬ。ここまで力を示すとは思っておりませんでした」
「ほう。確かに想定以上ではあるな。本人の気持ちの問題かと思っていたが。良い方向に変わってくれたようだな」
「そのようで。あのジェフが大層気に入ったそうです。見る目の無い自分を恥じていたそうですな。前線への招集がかかったらフェリックス殿を同行させたいと希望しておりました」
「あのセシリア押しをしていたヤツがか?確かに珍しいな。フェリックス殿には厳しい環境であったろうに。それにも負けず力を示したか」

 見た目にも優しい目をしたフレーザー侯爵の表情をチェスターは見逃さない。養子にして領内にいれてから厳しい環境に放り込んだのだ。チェスターは諫めたのだが聞き入れてもらえなかったのだ。
 今の表情を見るまでは何故に谷底に落とす境遇に落とすのか理解できなかったのだ。この処遇には今でも納得はいっていない。だが憎しみ等の負の感情での処遇ではないと理解をやっとしたのだ。

(それにしても酷い事をする)

 チェスターは思う。フェリックスの処遇はあまりにも酷いものであった。内密な調査を経てフェリックスの過去を確認できる範囲で確認した。それを知りながら、このような酷い扱いをするとは想定外であった。

「もう少しフェリックス殿の待遇を変えられては如何ですか?一部の騎士達はお嬢様を次のご当主と信じておりますぞ。このままでは家中が分裂してしてしまいます。外の心配より内の心配をする必要がでますぞ」
「お前が思うほどフェリックス殿は弱くはない。確かに厳しい環境にしてしまったのは反省している。それは次を目指すために必要だと思ったからだ。場合によってはフェリックス殿に家を継がせる訳にはいかぬやもしれぬ。養子の件は我が保護するための方便でもあるからな」
「そうではありますが。そうであればフレーザー家の待遇はトラジェット家より酷い扱いと思われると後々不利になりますぞ。別の手段もありましたでしょうに」
「・・分かった。我は明日領都に戻る。不在の間はお前が指揮を取れ。面談の後に待遇を変えるか検討する。寄騎達にも招集をかけ第一軍と統合した後に前線に戻る。それで良いか?」
「承知しました。待遇については良い方向に改善頂きますよう。これだけはお願いします。まだ10歳に満たない子供なのですから」
「セシリアより年下であったな。善処しよう」

 チェスターはひとまず満足する事にする。
 その後は当初報告をした目下の敵の行動について打ち合わせをした後に兵の指揮に戻ったのである。
 明日から種々の懸案に対応しないといけない。当主不在の指揮も取らないといけない。
 やらないといけない事が多すぎるのだ。夜も満足に寝れない。

 チェスターの悩みは暫く続くのである。

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