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サンダーランド王国編

サンダーランド王国 ~フレーザー侯爵の苦悩

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 サンダーランド王国はリーゼンフェルト王家が長らく統治している王国である。
 過去に広大な領土を治め繁栄していた。隣国のベルフォール帝国より強大な王国だったのである。
 月日が経つにつれ王家の権威は落ちていく。
 諸侯の独立、他国からの侵入等が続く。王国は国土を減らしていく。過去の繁栄は影もない。
 リーゼンフェルト王家の王は統治能力を失う。現在の領土も各地の諸侯が治め保っている状態だ。
 王家直轄の軍は少ない。各地の諸侯から派遣される兵で隣国との戦争に備える事になる。
 フレーザー家が所有する領土も十年前は半分もなかった。先代当主の代に隣国のカゾーリア王国の侵入を受け奪われたのだ。
 現当主であるウォルト・フレーザーが当主になった。武力でカゾーリア王国を退ける。過去に所有していたレッドリバー河以北を回復したのである。

 そのカゾーリア王国の現状の動きに怪しむべき事がある。
 潜伏させている諜報員からの報告によればだ。
 近々大規模な軍事行動があるようであると。動員数は噂のレベルではあるが二十万らしい。
 これは明らかにおかしい。過去の情報から分析してもカゾーリア王国の最大動員数は十万を超える事はない。自国の防衛に何割か残すとしても多くて七万の想定だ。
 過去の記録だとカゾーリア王国の最大動員数は四万だった。加えてこの十数年は大損害を与えている。推定最大動員数の一割は損耗させているはずなのだ。

 二十万という数字はどこから出て来たのだ?

 カゾーリア王国は隣接国は北部に接しているサンダーランド王国しかない。東側は大森林に塞がれ、その大森林の向こうは海だ。南と西も海しかない。
 南にはいくつかの小国はあるが島の国のため兵力はあって無いものだと推測できる。その島国から海の彼方にある大陸は確認されていない。そもそもカゾーリア王国に交易先はないと確認されている。
 
 実態として二十万の兵力はあり得ないのである。
 諜報員が偽の情報を掴まされている可能性もある。追加で何名か潜入させる必要があるのかもしれないとフレーザー侯爵は考える。
 仮に二十万が本当だとすれば渡河を阻止する工作が必要になる。その作戦を考える必要がある。
 当然だが大軍を駐屯させるには兵糧が必要だ。その糧食をカゾーリア王国は準備できない筈なのだ。十分な食料が自国にないからだ。食料確保のためカゾーリア王国はサンダーランド王国に侵入してきているのだ。
 国土が貧しいカゾーリア王国は戦争による肥沃な土地を確保する必要があるのだ。戦争を諦める事はあり得ない。

 大規模な戦闘は発生していないが、小競り合い程度の戦闘は毎月何度も起こっている。その都度撃退しているのだが、絶え間なく精鋭が投入されている気配だ。

 レッドリバー河を抜けられぬように対処しているが前線の兵も疲弊している。寄騎の兵はそれ以上に疲弊しているようで色々理由をつけて出兵を断ってくる。
 このままでは十分な兵力を保てない。場合によってはベルフォール帝国に救援を請う必要がある。
 ベルフォール帝国はサンダーランド王国の北東に隣接する巨大な帝国だ。帝国はサンダーランド王国の同盟国ではある。しかし、その実態は違う。
 サンダーランド王国はベルフォール帝国の属国に近い扱いを受けている。

 国力の差は圧倒的。
 毎年使節を帝国に送っている。実質朝貢だ。
 これで同格を主張できる訳もない。

 カゾーリア王国の動員数が二十万が真実だとすれば、今の兵力ではとうてい対抗できない。
 現状の兵力でも前線を保てない。従って急使を王都に送っている。救援交渉の歎願だ。それが正しく処理される確率は低いとフレーザー侯爵は考えている。
 現国王は現状を正しく把握していない。しようとしないからだ。どのような歎願も一顧だにしない。
 だが、何もしないよりはマシである。

 考えたくもないがサンダーランド王国内も不穏である。
 王家の統治力が衰えているのが原因だ。現国王は芸術に逃避し政務を執らない。これで忠誠を誓えというのは難しい。
 諸侯達には隙あらば独立を考えている者達までいる。心配事は他にもある。枚挙にいとまがないのだ。

 一番の問題は目の前のカゾーリア王国だ。
 正確な実態が欲しい。潜入する諜報員を増やす必要がある。急ぎ各地に放った諜報員を戻し、調査に向かわせないといけない。
 その調査の結果によっては各所に強い要請を出さないといけなくなる。最悪国が滅ぶのだ。

 フレーザー侯爵の悩みは尽きない。
 それまでにカゾーリア王国の軍事行動が小規模である事を願うのみである。


 ノックの音にフレーザー侯爵は思考を中断する。
 ここは前線の砦の一室。当主専用の部屋だ。ここに来る者は限られている。

「入れ」

 太い体を揺らしながら入室してきたのは腹心のチェスターであった。戦地にいながらも痩せないのは七不思議の一つである。

「閣下。河向こうの軍が動いております。夜半にも関わらず上流に向かっているようですぞ」

 机の上に広げた周辺の地図に目を向ける。燭台の明かりが消えかかっている。チェスターは代わりの燭台を机の上に置く。明かりに照らされた地図を眺める。
 レッドリバー河は西から南東に流れている。南東の下流域は広く浅瀬は少ないため渡河にはむかない。西の上流は急流で容易に渡河できない。
 中流域の数か所が適切な渡河地点がある。その地点には砦を配置して万全の警戒をしている。それぞれ騎士団の一軍を配置して対処し防衛しているのだ。
 故に簡単に渡河を許す事はない。

 チェスターの報告はその上流にカゾーリア王国が向かっているという事である。
 フレーザー侯爵は再び地図に目を落として地形を確認する。どう考えても渡河にむくポイントはない筈である。

「敵が渡河地点を見つけたのか?」
「どうでしょうな。我々のほうでも奇襲のための渡河地点は探しておりました。未だ見つけられません。工作隊も橋を架けるのは無理だと申しておりますので」
「こちらの工作兵より敵が優秀な工作兵を派遣してきた可能性は?」
「通常であればあり得えませんな。ですが、不審な情報が次々転がり込んでおりますから。無いとは断定できませぬ。二十万動員の可能性ありと聞いたときは流石に驚きましたぞ」
「・・当然だ。虫もその数に入れているのではないかと思ったぞ」
「ご冗談を。いずれにしても敵の国情を再度探る必要はあるのですが、何人かの諜報員に連絡がつかないようで難渋しております」

 軽口をいって気を紛らわしている所に見逃せない情報を伝えるチェスター。その目は相変わらず鋭い。フレーザー侯爵も鋭い視線を返す。

「事故か?調査が中断できぬのか?」

「いずれかの可能性がありますし、違うやもしれませぬ。ハトは既に飛ばしておりますが、ひとつも戻ってきておりませぬ。五日も経過すれば警戒するべきでしょう」
「どう読む?」

 ハトは彼らが使う呼称である。正式名は制作者の趣味なのか長いネーミングのため覚える気がなかった。
 鳥のような形状をした魔道具である。使用用途は秘密文書を遠隔地に送り届ける事だ。
 鳥のような形状をしているものが送信機。巣のような形状をしているのが受信機になる。
 ハト(送信機)は専用の巣(受信機)の発信する魔力の波を捉えて飛んでいくのである。
 ハトを使った通信で返信が来なかったケースは最近は無い。今回は複数のハトを複数個所に飛ばしている。それが全て戻らない。何らかの異常が発生している事になる。
 原因を探るにも通信先は遠く離れている。現実的では無い。
 再度ハトを飛ばそうとしてもこの魔道具は非常に高価だ。数が限られている。しかも受信機となる巣を対象者は一つしか持っていない。人間の使いを現地に派遣するしかないのである。
 これは判断が難しい。

「国内で我らが知らぬ謀が進んでいる可能性もございますな。それをカゾーリア側が主導できるかなのです。気になりますな・・」
「理由は?」
「目下の上流に向かっている報告ですが、明らかに気づいて欲しいという行動のように見て取れます。あの数が渡河できる地点はありませぬ。工作兵は連れていないようですし」
「陽動にしてはお粗末であろう。我々を河の前に食い止めておきたいのか?」
「注意をひきつけておきたいのでないでしょうか。こちらの諜報員も河を渡ってカゾーリア側で活動しております。同様の事はカゾーリア側にも可能ですぞ。諜報員をこちらの国内に潜伏させている可能性もあります」
「あまり面白くない可能性だな。要するにカゾーリアに知恵者がついたという事か」
「それは間違いないかと。知恵の程度を推測するしかありませんが最悪の事態を想定すると非常に面白くございませんな」

 チェスターは最悪の想定の説明を続ける。

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