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サンダーランド王国編
セシリア・フレーザー
しおりを挟む「足さばきが疎かになっておりますぞ!このように打ち込まれたらどうしますか!」
言いながら激しく打ち込んでくる。
くっ!
余裕を見せてくる・・。
ボクは打ち込みを捌き切れない。脇腹に一撃を受けてしまう。
ぐが・・。
弾けるような熱い痛み。そして天地が分からない程回転する。吹き飛ばされる。・・これで加減してるのか・・。
勢いを押さえつけられず地面を転がる。力を振り絞って停止する。息ができず・・苦しい。
・・・これ刃引きじゃなかったら・・即死だ。
今の一撃だけでも相当なダメージだ。訓練用の防具はかなり衝撃を吸収してくれるのだけど・・・。意味ないんじゃないか。・・骨折れたかも。痛い。
だがまだ終わりじゃない。痛みを堪えて立ち上がる。
その時には目の前にボクの訓練相手がゆっくりと迫っている。無造作に一撃を出してくる。この動きは・・突きだ。型を思い出し突きを避ける。・・早い。
「おお!よく避けましたな!」
無駄に遠くまで届く声量だ。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。戦闘狂め!
矢継ぎ早のもう片方の剣は払ってくる。辛うじて剣で受ける。受け止めたけど踏ん張れない。力の差がありすぎる。踏ん張る事を諦め自分でステップを踏んで後方に飛ぶ。不利な立ち位置から早く逃れないと・・。
「まだ甘い!」
くっ!初見のフェイントを混ぜているぞ。簡単に引っかからないか。寧ろ・・誘導されているような・・。
ゴツン!
痛っ!・・・剣の腹で殴られた。背後にあっさりと回られ拘束されてしまう。こうなると駄目だ。万力のような馬鹿力からは逃げられない。
「・・参りました」
「まだまだでしたな。剣の捌きはようやく良くなってきました!だが!体捌きがまだまだですな!」
降参を認め拘束から逃れる。・・今日も勝てなかった。と、いうか勝てる気が全くしない。
「ボクはまだ9歳だよ。大人用の剣じゃ振り回れされるよ」
「体力の問題ですな!走り込みや筋肉の基礎練が足りないのです!それが出来上がっていればきちんと芯が通ります!」
「そうは言っても訓練始めてまだ十日も無いよ。そんな簡単に体力はつかないよ」
「戦場では待ったはしれくれません!今日の訓練はこれまでです。が!走り込みをきちんとするんですぞ!」
「・・・走るよ。ボクだって訓練で死にたくないもの」
「そうです!その意気です!努力なされよ!」
完全な脳筋発言だ。なんだけど、目の前の相手はそんな相手じゃない。文武が優れた人物だもの。
ジェフ・オールドフィールド。
フレーザー軍の第一軍副軍団長を務めている騎士だ。前の世界の十種競技のトップアスリートのような体格をしている。筋肉量が凄い。れなのに戦場では知略を使うと言うんだ。
聞くところによると侯爵の養子候補だったみたい。詳しい事は知らないけど。ボクがその養子になったから話すつもり無い。と、厳しい目で言われた。
それで次期当主になるのであれば少なくても剣では他の騎士を圧倒しないといけないと言われた。・・・毎日訓練三昧の理不尽な日々を強制的に過ごしているのだ。
侯爵もチェスターさんもボクを領都に運んだら、どこかに行ってしまった。代わりに来たのが目の前の訓練相手であるジェフさんなのだ。
それで相当に厳しい訓練を受けてます。クリフォードとの稽古がお遊戯だったと思うくらいだもの。最初の二、三日はボクは塩を振られたナメクジになってしまったかと思う位ドロドロだった。・・あ、生きていたという感じだ。
ここの所やっと慣れて来た・・と思う。筋肉痛もなく、訓練後もまともに思考できているし。正直生き残るためには必死にならざるを得なかったよ。
無我夢中だった。
それこそ・・・クレアの事を忘れるくらいに。
それを思い出すと今も気持ちが昏くなる。何も手につかなくなる。もう最悪だ。何度この場所から逃げようと思ったか。
その都度警護の騎士や使用人に見つかり捕縛される日々だった。
今は逃げようとは・・・それほど考えていない。もう少し力をつけたら考えてみよう程度かな。絶対に諦められる問題では無いんだ。直接クレアに会って確かめないと。
ボクには知恵や力が無い。
色々な事に考えが及ばない。大人の事情に巻き込まれて養子になってしまったんだ。何年かかるか分からないけど自分自身の考えや力で乗り切れるような強さを身につけたい。
目下の目的はそれだけだ。フレーザー家は思った以上に自由が無い。自由時間って何?・・とんだブラックだ。
ジェフさんが引き上げる姿を見送りながら今日の残り時間を何に使うか考える。
走れとは言われたけど。それだけじゃ力が偏りすぎるとも思う。
やりたい事は多い。
チェスターさんから屋敷内の入っていい箇所は説明を受けていた。その中には蔵書が多量にある書庫も含まれている。
体力ばかりじゃ本当に脳筋になってしまう。どのような本があるかチェックしにいこう。
疲れた足を引きずりながら書庫のある棟に向かおうとしたら・・・。
「訓練でジェフ相手に一撃も入れられぬか。そのような様では次期当主は無理であろうな」
背後から声が掛かる。思わず振り返る。
女性が二人いた。
一人はまだ少女。弓を肩に掛け、矢筒を腰に下げている。手に持っているのは見た事がない杖だ。錫杖なのだろうか。ヘーゼルの瞳の目力が凄い。
一人は大人の女性。いろいろでかい。身長はクレアくらいか。簡易な鎧を着用しているけど中身の体がでかい。胸部や臀部がとにかくでかい。・・ハジメテ見た。燃えるように赤い髪、獰猛なブラウンの瞳。只者じゃない。
少女のほうは鎧は着用していない。胸部と左腕に革製のガードを着用。右上腕に小手のようなものを着用している。見た目通り弓使いか。
この二人今まで見た事が無い。ここの訓練場に入れるのは騎士でも限られたメンツにに限られている。軍団長と副軍団長だ。その人達には全員面会している。その中にこの二人はいなかった。
となると誰かは絞られてくる。
聞いていた所では国境警備と周辺魔物の討伐。それで当分は屋敷に戻らないと聞いていた。おそらくその人物が帰還したんだ。その推測を確かめるべく返答する。
「お初にお目にかかります。貴女様はセシリア様でしょうか?私はこの度ご当主様の・・」
「結構。父から聞いている。寄騎の家から養子を迎えたと。見どころがあると聞いてたが、このような子供とは想定外だ。ジェフにすら敵わぬ実力で、どこに見どころがあるのか」
な、なんだこの女性は。いきなりの物言いに、どう反応すればよいのか。
「下郎!失礼であるぞ!次期領主であるセシリア様である!騎士であるなら跪け!」
後ろに控えていた女性に叱責というか怒鳴られた。表情は完全に怒りだ。・・なんで怒っているんだ。ボクは突っ立たまま質問をしただけなのだけど。今にも殺されそうな気配だ。
この二人ヤバくないか?
ファーストインプレッション最悪なんですけど。空気読めない?
現当主であるフレーザー侯爵の娘がセシリア様だ。目の前の少女だ。・・。全く父親と似ていないんですけど。母親は東の避暑地で暮らしているらしい。なんとなくだけど・・母親似かも。
とにかく・・嚙み殺されそうだ。空気を呼んで跪く。トラジェット家と変わらないような気がする。
それに次期領主・・・と言っていたぞ。これはちょっと聞いていなかった。もし本当だとするとボク要らなくない?
「其方はフェリックスと言うたか?」
「はい。フェリックスと申します。先日ご当主様の養子となりました」
「次期当主たる私は聞いておらぬぞ。父上は何故其方を養子としたのだ?私がいるのだから不要であろう」
「その通りでございます。剣術くらいできれば一兵卒として使えたでしょう。あの程度の技術では意味がありません。放逐しますか?」
「いきなり放逐とはさすがジャネットだ。だが普通に放逐するのではつまらぬ。そもそも本当にこのモヤシが父上の養子なのか?」
セシリア様の声に赤い髪の女性が応じる。名前はジャネットというのか・・・。ボクの目の前で穏やかでない会話が続く。
そう・・ボクそっちのけだ。
貴族という連中はこれが標準の考え方なの?どこの土地もこんな考えの輩ばかりなんだろうか。このままだとボクの居場所は無くなるかもしれない。
現当主のフレーザー侯爵は暫く戻らない。騎士軍団も殆どがボクを疎んじている。もしくはジェフさんのように憂さ晴らし相手に丁度いいと思っているのだろう。
現状ボクの味方になる者はこの屋敷にはいない。
そう思った瞬間に目の前が暗くなる。トラジェット家にいた時はクレアがいた。だから全くではないけど絶望する事はなかった。
今のボクは一人だ。側には誰もいない。
二人の会話はボクの耳には入ってこなかった。近づいてくるような気配は感じたけど・・どうでもよかった。
ボクに居場所は無い。追い出すなら好きにすればいい。
「姫様!何をやっておいでなのですか!」
遠くから大きな声がする。その声で我に返る。あの声は・・・ジェフさんだ。戻ったと思っていたのに何故来たんだ?跪いたままジェフさんのほうを見る。
ん?走っているぞ?
「おう。ジェフか。何、我が父の養子を騙る痴れ者を追い出そうとしていた所だ。貴様も参加するか?」
「何をおっしゃいますか!閣下が某に教育を一任されたのです!お気持ちは理解しますが、閣下の許可なく放逐はできませぬ!」
鎧を鳴らしてジェフさんはセシリア様達とボクの間に入る。あの距離からここまで時間はかかってないはずだ。凄い脚力だと・・別の事を考えてしまった。
が、ジャネットが大ぶりな剣を抜いていたのを見てしまった。もしかしてジェフさんはボクを守ってくれたのか。
突然な事に血の気が引く。・・・この二人は殺さないまでも剣で嬲るつもりだったのか?それでジェフさんが焦っていたように聞こえたのか。ボクを疎んじてはいるけど命令は守らないといけないという一心かも。
「ジェフ殿。それは誠か?姫は何も聞いておらぬと申しておりますぞ」
「ジャネット殿。連絡に行き違いがあったのだと思う。この方の養子届は王都に送付済みのようだ。もう受け付けられているのではなかろうか」
「なんと。それにしても姫の視察はそれ程長くなかったはずだ。姫様に事前に相談はあって然るべきではないのか?」
「某には閣下の考えは分からぬ。だが今回の手続きは突然であった。閣下とチェスター殿で決められたようだ。十日と少し前に決められたらしい。実は某も事後に聞いたのだ」
それを聞いたクレアが憤るのが見える。短気なのか、ボクが相当に気に入らないのか。・・・どっちもか。ボクは何も言えない、言わない方がいいかも。
「信じられぬ。母はともかく私に一言も無いとはおかしいであろう?」
「某に申されても当事者ではございません。この決定に異議があっても聞き入れぬと閣下は宣言されました。いずれ閣下かチェスター殿から何らかの書状があるのではございませんでしょうか」
「・・・お主が偽りを申すはずがないか。この件については父に確認しよう」
「お願い致します」
ジェフさんはちょっと安堵したようだ。二人は不満と怒りか・・表情で丸わかりだ。ジェフさんは今は冷静な声だけど・・・自分に聞くなという感じだ。
なんとなくだけどボクを守ろうとしているの?ボクは疎まれているんじゃないの?
「まずは書状を出してみよう。父は前線にいるのだな?」
「その通りでございます。某の第一軍のみ防衛に残し、全兵力を率いて出陣されました」
「前線にか。カゾーリアの蛮族めが。いい加減に父には勝てぬ事を覚えぬのか」
「ご周知のようにここ数年活発な動きをしております。しかしながら戦い方は全く変わらず。兵を損耗させては退く事を繰り返しております。他の国境を警戒させておりますが、そちらも動きもなく。不気味ではありますな」
「成程のう。決めたぞ。私が他の国境を哨戒してこよう。私の隊は一緒に戻っておる。しばらく休んだ後に出陣しよう。父にもそのように書状をしたためるか」
「お待ちを。姫がそのような危険な任務に当たられる事はないかと。哨戒は第三軍団が行っております。その報告を確認されてからでも遅くないかと」
「・・忍びか。して、いつ報告がくるのだ?」
「・・本日の夜半に某が受け取ります」
「うむ、ならば私も同席しよう。良いな?」
「はっ!承知しました」
「ならば行軍の疲れを取った後に報告を聞くとしよう。ジャネット行くぞ」
「・・承知」
セシリア様はボクを一瞥したけど・・何も言わずに立ち去って行く。ジャネットは舌打ちしながら刀を収めてセシリア様についていく。
隣国との争いが絶えないとはトラジェット家にいた時から話に聞いていた。聞いているより相当忙しいのは現地にきてやっと理解してきた。屋敷の人の出入りが激しい。
それで・・ボクの扱いだけど・・・。急な追放は免れたと思っていいのだろうか?大丈夫なんだよね?
目の前では大柄な偉丈夫の溜息が聞えた。ジェフさんもボクを護るのは不本意なんだろうな。
良くない予感しかしないし。完全アウェーの気分だし。針の筵だし。
セシリア様という後継者がいた事をボクは聞かされていなかった。フレーザー侯爵は何を考えているのだろう。チェスターさん含めて全く説明してくれていないぞ。
フレーザー侯爵様。
早く戻ってきてください。
全員ボクを追い出そうと機会を窺っているようです。
そしてセシリア様という女性の存在です。ボクを目の敵にしておられます。どう接すれば良いのでしょうか?
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