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サンダーランド王国編
フェリックス・トラジェットの死亡 ~その後のカーライル地方
しおりを挟むフェリックス・トラジェットは死亡した。
遺体はあまりにも見るに堪えない状態だった。すぐに火葬。簡素ではあるが埋葬も済ませた。
トラジェット家の後継者は既にスタンリーと宣言している。今回の事故で後継はスタンリー一人のみとなった。
縁者、使用人、関係者は増々スタンリーを補佐し家を盛り上げていくように。
との通達が現当主の通達があった。
スチュアート・トラジェットにとって寄り親であるフレーザー侯爵からの養子の件は渡りに船であった。
使用人は殆ど入れ替えたがフェリックスを後継者と疑わない者達・・特に使用人・・を大人しくさせるには家から追い出すしかなかった。
追い出すにしても相応しい理由が必要だ。フェリックスは我慢強く賢いようで、どんな無理難題を押しつけても乗り越えてしまうのだ。後押しする使用人も多かった。
このままでは後々のスタンリーの代になったときに禍根が残ってしまう。
スチュアートは焦っていたのだ。
そこにフレーザー侯爵から養子の要請があった。
どこから知ったのかはこの際どうでもいいとばかりに、フェリックスを気に入ったのならくれてやったのだ。
当初は突然の訪問に驚いてしまった。これはある種の弱みがあったからだ。
実は・・寄り親であるフレーザー侯爵の軍役を色々な理由をつけてトラジェット家は拒否していた。それを理由に家の取り潰しをされるのかと警戒していたのだ。
とんだ取り越し苦労だったので安堵したのだ。安堵した後に邪な考えが浮かぶ。
この件を上手く利用しよう。
幸いフェリックスの養子の件を知る者は殆どいない。フレーザー侯爵の動きが素早かったためだ。この件を知っている者達へ口裏を合わせさせる。死んだ事にした。
名簿まで嘘は記載できない。だが、閲覧する者は領内にはいないだろう。よって死亡偽装は誰も気づかれない。
スチュアートは速やかにフェリックスを死亡という事で家内を周知する。
嘘はついていない。
フェリックス・トラジェットはこの世にはもういないのだ。フェリックス・フレーザーは存在する。しかし同一人物であると関係者が詮索する事はないだろう。
こうしてフェリックスは死亡した。
スチュアートはこの成果に大満足する。上手く行っていない領内統治をも忘れたのだ。誰にもその理由が分からないが、有頂天になる程興奮しているのは確かであった。
家内は少しのさざ波が発生したが、すぐに収束する。いつものトラジェット家に戻る。
フェリックスの侍女であったクレア・フォレットが戻って来たのはその頃である。
事情を聞くとフェリックスに暇を出してきたと言うのである。実家に戻りたいが無一文のため暫く働かせてほしいと懇願してきた。
スチュアートは内心の喜びを隠しつつフェリックスの元から去った理由を問う。
侍女は言う。
フェリックスは養子になった。しかし実際には当主になれないと。フレーザー侯爵は元々一人娘を後継者に指名している。フェリックスが当主になる芽は無い。飼い殺しになるため去ったと言うのだ。
この返事にスチュアートは大いに満足する。この侍女を当面の間雇う事にした。後妻を迎えるため女の使用人は多い方が良いとの判断だった。
フェリックスの将来が明るいものではない事が分かった。この事を知らせてくれた褒美のようなものである。が、普通の使用人と同じ扱いをするつもりはない。使い潰れないよう上手く使ってやろうと考える。
スチュアートはしつこかった。フェリックスの将来が良いものであってはならないという点に固執する。あまりにも病的だ。
養子先で良い暮らしを送るのをスチュアートは願わない。万に一つの可能性も潰したいのだ。
万が一、将来フェリックスがフレーザー家の当主となったらば・・。トラジェット家はフレーザー家の寄騎である。寄り親の指示を断る事はできない。
このようになってしまう事が許容できないのだ。
そのためには裏でもなんでも使って動く。
養子の件は驚きだった。どうにもならないと悔やんでいた。
侍女の話から考えるとフレーザー家の当主になる芽は無いようだ。
スチュアート自身が策謀を練った訳ではない。がスチュアートの願うように進んでいるようだ。
自分は運が良い。何もかもが上手く運び絶頂の中にいるスチュアートであった。
他の案件の進捗状況も順調である。自分の器は伯爵では収まらない。もっと上の地位を望んでいる。
フェリックスの扱いを変えてから順調すぎる。笑いを堪えるのが大変で困っているのが唯一の困り事かもしれない。
トラジェット家を自分の手腕で大きくする決意を固めたようだ。
フェリックスの死亡。
この一報に驚いたのはフェリックスを知る者達であった。
特にエイブラムは悲しみにくれた。半年以上まともに会う事もできなかった。最近の聞いた噂が死亡だ。魔法の秘伝を伝える弟子を失った事は相当ショックであったようだ。
暫く自室に引きこもる。後にトラジェット家での職を辞する事を当主に報告するのは、それから暫く経過してからである。
武術面での稽古をつけていた元執事のクリフォード・ブラックバーンは悲報を聞いても表情は変わらなかった。疑念も悲しみもなかったらしい。
職責を全うし一年後に老齢を理由にスタンリーの従者から退く。そのままトラジェット家から去っていく。消息を知る者はいない。
フェリックスの乳母であり元侍女長であったアラベラ・アボットは既にトラジェット家から去っていた。領内の代官の妻であったため自身の家に戻ったのだ。忙しい夫と子供と平穏に暮らしている。
彼女がフェリックスの悲報を聞くのは数年後の事であった。
レックス商会の会長代理であるコリン・フォレットはフェリックス死亡の一報を一般人としてはかなり早く掴んでいた。
死亡については意外とすんなりと納得していたようだ。フェリックスがトラジェット家で酷い扱いを受けている事を知っていたからだ。
しかしクレアが近くにいて簡単に死亡してしまうものかという少しばかりの疑問は持っていた。そのクレアも自分の元を一向に訪ねて来ない。なんらかの事情があると判断するしかなかった。
コリンが入手できた情報はそこまでだった。
その後コリンはレックス商会を解体。自身が名付けた商会に全てを移していくのであった。カーライル地方の店の規模は縮小、その後閉店となる。王都への進出を果たしていく。事実上の乗っ取りであった。
フェリックスの友人であり将来の部下候補である子供達がいる。
彼らにはフェリックス死亡の情報は伝わらなかった。
メンバーのリーダー役のコーディが最初に知る事になる。親からフェリックス死亡の知らせを聞くのは一年経過した後であった。コーディの親はトラジェット家の寄子であったが、主家の事情は簡単に知る事はできない。
ボビー、トムやネイサンはコーディから聞いた。全員悲しみにくれる。特にコーディは成人になるため自身の将来をフェリックスに委ねていた。将来の予定が崩れてしまった事もあるようだ。
彼らは今後の事をそれぞれ考える事になる。
ウエストブリッジの街の住人でフェリックスと交流があった人達はフェリックスが訪れてこない事を心配はしていた。
しかし貴族の子息が何らかの理由で街にこれなくなってしまったのだろうとしか思わなかった。
できれば連絡だけはして欲しかったと残念に思う程度であった。
こうして情報の内容や伝達速度に差はあるがフェリックスの死亡という情報はじわじわと知れる事になっていったのであった。
本人が生存しているにも関わらずの死亡通知であった。
この件についてフェリックスの受け入れ先であるフレーザー家からも公式な発表や反論はなかった。
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