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サンダーランド王国編

フェリックス・フレーザー

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 ボクは当主同士の合意でフレーザー家の養子になってしまった。
 子供のボクにはどうにもならないことだ。でも急な決定だと思う。ボクが思う所は無い。”無”に近い心境。
 だって良い事なのか全く分からないもの。クレアはボクにとっては養子となる事は吉とは思ってないみたいだ。・・そうなのか。
 突然の事過ぎて理解が追いつかない。フレーザー家の事を全く知らないし。トラジェット家よりは良い待遇になるのかとは思うのだけど。・・不安だ。
 トラジェット家の反応はどうだったのだろう。体よく追い出せたと思っているのだろうか。ボクは厄介者みたいだったし。理由は・・分かる気がするんだ。
 これについてはクレアはボクと違う意見だった。
 ボクを手放したくなかったんじゃないかと言う。なんで?あり得ないと思うのだけど。理由を聞いてもクレアは明確に応えてくれなかった。珍しい反応だった。少しだけ気になるけどクレアが大丈夫というから大丈夫にしよう。
 
 フレーザー家は後継者がいない事で悩んでいたらしい。
 後継者は当然いたんだけど戦死や病死で次々と亡くなってしまったそうだ。現在は女性が一人しかいないらしい。国内で唯一といっていい程戦闘が多いレッドリバー地方。そこを治めるフレーザー家で生き残るのは大変という事だ。
 そのような危険な場所の家の養子になるのは相当危ないというのがクレアの意見だ。
 残っている女性一人が当主になればいいのに。こちらの世界では女性でも当主になれる。なんだけど・・・この領地では難しいらしい。弱い者では生き残れないのではないかとクレアは言う。
 現当主であるフレーザー侯爵も前線生活の比重が高いらしい。当主たるもの常に前線にいないといけない。
 前線は当然危険な場所だ。侯爵ですら戦死する可能性はある。
 家を続けるため、止む無く国中から養子となる子供を探していたらしい。ボクとフレーザー家には多分血縁関係は無い・・と思う。であればボクでなくても他に優秀な人はいると思うんだけど。
 フレーザー侯爵の考える事はボクには分からない。クレアも分からないと言う。

 ボクが候補となった理由をチェスターさんに聞いた。
 トラジェット家のお披露目で参加した時に噂を聞いたそうだ。気になって接触を考えたらしい。
 ボクを街の外で見つけ・・いきなりの仕合。見込みありと判断したんだって。・・・アレだけで?どうも怪しいんですけど。そこから半年程かけて身辺調査をしたとか。・・怖えよ。

 そんな事を聞きながらボク達は侯爵の領地であるレッドリバーへ向かっている。全員馬での移動。
 侯爵はフットワークが軽い。自身と腹心のチェスターさんと護衛の騎士一名で移動している。いくらトラジェット家の領地と隣接しているからといっても。軽くね?
 明日の昼までに屋敷に戻らないといけないから徹夜で馬を走らせるんだって。本気かと聞き直したかったけど話かけづらかった。
 馬は中継点で乗り換えるとの事。ボクとクレアはトラジェット家の馬を二頭借りて中継点まで移動している。そう・・馬は借りているのだ。貴族の子息なら自分用の乗馬は既に所有しているものらしい。・・知らなかった。
 ボクが馬を所有していない事にチェスターさんは呆れていた。謝罪するとトラジェット家当主が悪いから気にするなとの事。こんな事もボクは知らない。
 乗馬は最近やっていなかった。でも庶子に落とされるまでは毎日やっていたから乗馬は問題ない。長距離は不安があるけどね。そんで、クレアはボク以上に乗馬が上手い。最初は一緒に乗りますか?と言われたけど・・遠慮した。クッ・・恥ずかしいっす。
 
 もう少しで領地の境界だ。つまりカーライルから出るんだ。
 領地を出るのは初めてじゃないけど。今回は意味が違う。この土地に戻る事は無いんだ。・・なんだか実感が湧かない。ちょっと前までは養子でもなかったんだし。
 そもそも養子になるという事が既に実感が無い。侯爵はボクに何を感じたのだろう。そこについては説明が今の所無いから、尚気になる。


 ボクはカーライルを出る。短かったのか、長かったのか・・・トラジェット家での暮らしは終わったんだ。次はフレーザー家という未知の家で暮らす事になる。
 今の所ドキドキ、ワクワクという感情は無い。色々整理がついていないからかもしれない。




「疲れはありませんかな?」
「いえ。今の所大丈夫です。残りの距離どの位ですか?それが気になっています」

 中継点の一つで馬を変えた。馬具を取り換える作業をしてもらっているので少しの休憩だ。そこでチェスターさんが話しかけてくる。
 とっくに夜になっている。時間が分からない。一応予定通りに来ているみたいだ。結構疲れている。けど、あまり口にしたくない。なんとなく見せてはいけない気がしたからだ。

「時間が無いとは言いましたが、我慢する必要はないですぞ。まだ半分も走ってませんからのう。ここまでくれば連絡もつくので一安心ですぞ。我らを気にせずにゆっくりこられても大丈夫ですぞ。道案内を兼ねた護衛一人を残しておきますから。気にせず後からついてきなされ」
「いえ、大丈夫です。どうしても駄目だったら次の中継点でお願いします。それまではご一緒します」
「そうですか。良い心がけですな。では容赦なく行軍しますぞ」

 ハハハと高い笑いを残してチェスターさんは馬へ戻っていく。侯爵は何やら書類を確認している。移動中も執務をしているのか・・。本当に忙しそう。トラジェット家とは違うんだな・・・。
 そこにボクの背後から手が触れる。背中や腰を揉んでくれているようだ。クレアか。

「レイ様。無理は禁物よ。久しぶりの乗馬だから今は興奮状態だと思うのだけど。これからきつくなると思うわ。無理なら無理ときちんと伝える事。レイ様は大人に我儘言うのができない人だから」
「もう・・。でも確かに疲れているね。でもさ、なんか大丈夫な気がするんだ。それに侯爵の領地に入ってから走りやすくなったよね?この道が続くなら大丈夫だと思うな」
「確かに道は綺麗に整備されているよね。これなら疲労は少なくなるかもしれないけど。でもやっぱり無理は禁物よ」
「了解。気をつけるよ。クレアを心配させたくないからね。気をつけてくれてありがとう」
「いいえ、レイ様の体を気にかけるのもクレアの仕事よ。良くないけど、倒れたらきちんとお世話しますから心配しないで」
「う、うん」

 クレアはボクの事をよく見てくれている。いつも無理をして倒れるように寝てしまうからだろうか。心配性になったのはボクのせいかもしれない。でも、それはボクがいけないよね。気をつけないといけない。
 事実最近の半年でも疲れ果てて倒れてしまった事は何回かある。その都度心配かけてしまっているしな。まだ自分の体力の底をきちんと把握できていないからなんだけど。
 ボクは思っているより体力は無い。9歳児の標準的な体力を僕は知らないもの。前世の時もずっと病院に入院しっぱなしだったし。だから体が動かせるのは楽しいんだ。
 その中でも乗馬は楽しい。風を切る馬との一体感が味わえる乗馬は楽しい。・・頑張るぞ。


 その後も馬を走らせる。数時間の仮眠をして走る。日が昇ってもひたすら走る。・・・侯爵の領地は広い。既に馬を何回交換したのか思い出せない。
 目的地である領都はトラジェット家の境界から比較的近いらしい。むしろ領都から南のほうが広いらしい。南の端はこの地方名と同じレッドリバーという大河がある。
 侯爵の領地は相当広い。トラジェット家の何倍あるんだろう。

 大河レッドリバーを境界として河の南側にカゾーリア王国がある。領都からは休みなくこのペースで走っても三日以上かかるそうだ。広すぎでしょ・・。
 カゾーリア王国とは現在も戦争が続いている。ボクの祖父の代からずっと続いているとは聞いている。領土も取られたり、取り返したりしている。
 現フレーザー侯爵が当主になってから国境をレッドリバー河まで回復したそうだ。元々の国境であるためサンダーランド王国としてはこれ以上の領土拡大はするつもりはないらしい。
 大河を境界としたため大規模な戦闘は無くなり、散発的な戦闘は継続しているようだけど。
 カゾーリア王国軍が侵攻してくる理由は人と食料を確保するためらしい。実際にレッドリバー地方は穀倉地帯が多く領民も多い。それを狙った侵攻のようだ。

 これは移動中にチェスターさんから聞いた話。他にも色々話してくれた。

 カゾーリア王国では新王が即位した。レッドリバー河を渡ろうと絶え間なく兵を送り込んでいるそうだ。だが他にも何か企んでいるらしい。フレーザー家では現在情報収集中らしい。兵の動員数が以上に多いようで今後大規模な戦闘が発生する可能性が高いらしい。
 万が一を考慮して後継となる養子を決めるのを急いでいたという結論を聞く。怖いんだけど・・後継者という意味では前線に贈られる事はないのかもしれないな。
 ボクはとびぬけて優れているとは思っていない。寧ろ出来ない事が多い。本当に養子になれた理由が分からない。勿論努力はするけど。ボクより優れた人は多いと思うのだけどさ。

 時間が許す限りチェスターさんからは話を聞いた。少しはフレーザー家を知っておかないといけないし。



「やっと領都がみえてきましたぞ。脱落しないで良くついてこられましたな」

 ふらふらになりながらチェスターさんの声を聞く。
 言葉が出ない。
 まともに思考ができない。
 体が動いているのかも分からない。
 たまにクレアに支えて貰っている状態だ。
 でも・・・なんとか一緒に移動する事ができそうだ。

 それにしても皆タフだ。クレアもまだ余裕があるように思う。ボクの面倒を見ていられるんだから。
 到着が近いと知らされて安心したのか・・・それからの事はよく覚えていない。

 領都に入り。侯爵の屋敷に入る。相当な人数の人達に侯爵は迎えられたようだ。ボクは侯爵と別れて部屋に案内される。クレアに助けて貰いながらベットに転がり込んだ。

 多分そんな感じだったと思う。
 疲れたけど、やり遂げたという満足感で一杯だった。それだけしか考えられなかった。


 次の朝。
 ボクは目覚めた。時間は分からない。カーテンから陽の光が横から入り込んでいる。朝なんだろうとぼんやりと考えていた。

 思考が鈍い。まだ疲れが取れていないかも。でも自分が今どこにいるのかは分かる。

 夢でなければ領都のフレーザー家の屋敷の一室だ。

 今日からはフェリックス・トラジェットからフェリックス・フレーザーだ。
 実感は未だに無い。
 名前が変わるのは何度目になるんだろう。今はフェリックス・フレーザーだ。
 後継者となるべく努力をしないといけない。養父となる侯爵に見捨てられないよう日々精進する。
 一人では無理かもしれない。クレアが側にいてくれる。そうだ、クレアと一緒に頑張るんだ。
 トラジェット家の時も二人で・・いやクレアが助けれくれた所が大きい。ボク一人では生きていなかったかもしれない。
 

 そういえば・・クレアは?

 トラジェット家で庶子扱いされ別邸に移されてからは殆どクレアと一緒に行動していた。部屋も狭かったからクレアと一緒に寝てもいた。
 今日は一人で寝ていた。
 
 そりゃそうか。
 ・・フレーザー家の一員になったんだ。前と同じような事はできないのだろう。クレアが近くにいないのが寂しく感じる。
 それに全く考えていなかったのだけど・・・これからクレアはどのような扱いになるのだろう。今までと同じく侍女兼従者で側に置いて欲しい。侯爵は聞き入れてくれるのだろうか?
 ボクにはクレアがいない生活は考えられない。

 ふとサイドボードにある紙に目が留まる。
 侯爵からの指示書だろうか?
 まだ重い体を起こし紙を手に取る。記載されている内容を確認する。

 そこに書いてあった内容をボクは到底受け容れられなかった。


 それは暇を貰うメッセージだった。
 筆跡は間違いない・・・クレアだ。本人が書いた文書で間違いない。
 書いてある内容は信じられない。
 どういう事だ?

 まさか強制されて・・・いや、それにしては筆跡の乱れは無い。強制されてはいないだろう。そのような事があれば暗号を書く事をお互いに確認している。

 ・・強制されていない。クレアが自分の意志で書いている事になる。

 ボクが寝ている時に部屋に入れる使用人はいないと聞いている。侯爵やチェスターさんもゆっくり眠れと言っていたから入って来る事はないと思う。

 クレアが部屋にはいってこの紙を置いて出て行ったんだ。
 

 クレア・・・。
 
 ・・・クレアが・・・。

 クレアが・・・ボクの・・
 
 クレアがボクの元を去ってしまった。

 どうしてなのか。ボクは全く理解できなかった。理解したくなかった。

 目の前が真っ暗になる。

 クレアはボクを見放したという事か。

 ずっと側にいると言っていたのに。どうして・・・。
 
 何も分からないこの土地で・・ボクは一人で頑張らないといけないのか。
 
 なんでだ?なんでこんな事になる。

 養子になったのがいけなかったのか。いや、クレアはそんな事全く言って無かった。

 本当に一人になってしまった・・・・。
 
 ・・クレア・・。

 体中の力が一気に抜けてしまう。

 何か”ブッ”・・と切れた感じがする。

 どうしてこうなる・・。
 
 ボクの意識は切れていく。

 

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