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23 檻の中-2

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「師匠、急に居なくなるんですもん……あそこが嫌ならボクも一緒に出て行ったのに」
「……」
「ボクはあなたの弟子なのに、なんで何も言わないで出て行っちゃうんですか……?」
「……」

 妖精の光で淡く光る檻の中、涙声が反響する。

〈ま、真の者よ!〉
〈約束はどうなったのだ?!〉
〈山に、管理者に!〉
〈またお戻りいただけますか?!〉

 光る蒼が舞う。そこには悲痛な声と表情が、とてもくっきりと映っていた。

「……煩いな」

 少しだけギニスタから身体を離したシャルプが、低く、冷たい声を出す。

「そもそも、誰のせいだと思ってるの?」
〈……ッ!〉

 妖精達に向けられた顔は、冷え冷えとした怒りを湛え。
 それが自分に向けられてないと分かっていても、ギニスタの背筋にも緊張が走った。

「事ある毎に師匠を悪し様に言って、止めろと言っても止めなくて。それがこんな──」
「……違うぞ。シャルプ」

 遮って、ギニスタは続ける。

「アタシが山を下りたのは、君の事を考えてだ」
「……え」

 バッと振り向いたその顔は一転して困惑に染まり、そしてまた、泣きそうにもなっていた。

「な、ど、」
「君の独り立ちを促そうと思ったんだが、まさか半日と経たず見つかるとはな」
「……独り、立ち……? 何言ってるんですか?!」

 混乱したシャルプに揺さぶられ、視界がガクガクと揺れる。

「……あのな、」
「ひ、独り立ち、独り立ちって!なんで?!」
「シャル──」
「ボクはあなたの弟子です!あなたと居るんです!独り立ちしても一緒なんです、ずっと!!」
(それは、師弟とは言わないよ)

 シャルプが持つのは、ギニスタへの執着心だ。それは十五年で肥大化し、今や絡まり解けない糸玉のようになりながら、自身の精神にへばりついている。

「ねえ師匠!」
「シャルプ!!!」

 びくりと肩を震わせて、シャルプの手が止まる。そこに自分の手を添えて、ギニスタはゆっくりと言葉を発した。

「……ここから、助け出そうとしてくれた事には、感謝する。だが」

 重々しい口調と厳格な表情に、シャルプの喉がこくりと鳴った。

「そこまでで、聞きたい事がある。アタシが出て行った後、君はどうやってここまで来た?」
「……ぇ、えっと」

 シャルプもゆっくりと、そしてどこか恐々と答える。

「……山を出て、すぐに師匠を探しに行こうとしたんです。あなたを見つけたら、一緒にどこかへ行こうとも思ってました。だって、師匠にとってあそこは、あまり良い所ではないと思ったから……」

 表情を変えず、ギニスタは続きを促す。

「……けど、……彼らが行かないでと、戻ってくれと言うから『じゃあ師匠を探すのを手伝って、何か貢献したら考えても言いよ』って……」

 だんだんと、その二色の瞳が揺らぎ始める。
 心許ないようなカオになり、その声も細くなってゆく。

「力は補助するからって……それで、師匠を探して……ここまで……騒ぎになると面倒だから、上にいた元気そうなヤツらは全員眠らせましたけど……」
「なるほどな」

 ギニスタは頷いて、シャルプをまっすぐに見る。

「すると、管理者という立場を置いてきたんだな?」
「っ……そんなもの!あなたに比べたら!」
「比べるな。【管理者】は山の大事な歯車だ。おいそれと外して良いものではない。それは【真の者】であろうと【仮の者】であろうと同じ事だ」

 乱暴に無くせば、守りが消えるどころか山が荒廃しかねない。


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