115 / 207
113 南部風鈴の涼やかな音色
しおりを挟む
自転車で息子、和俊のマンションへ向かっている。
お金が320円しかない。
わかば500円の煙草が買えないのだ。
ずどんとしたビッグTシャツの袖口から風が入るのか、
背中を大きく膨らませ、はたはたとはためいている。
まるでゴーストバスターズのマシュマロマンみたいに膨らんでいく。
頭の中を「Ray Parker Jr. - Ghostbusters」が流れる。
家族4人で見て楽しかったな。
昔々の物語。
ハンドルを軽く握り、曲に合わせて体をねじってみる。
うんうん、今日も私は健康。
やっぱり、ネタが悲しいほど古いね。
「絆ノ奇跡」なら、ましなのかな?
狼の着ぐるみでも着ましょうか。
闇夜を駆け抜けて 何処へむかう
月明かりだけがただ一つの道標
人の記憶の走馬灯は、とっても不思議。
見るものや聞く音や香りで誘発される。
ふっと、和俊を産んだ葛西の一軒家を思い出した。
都市計画化された壮大な埋め立て地。
きちんと区画整理がされた巨大な分譲マンションが立ち並ぶ場所だった。
その家の軒先にほうずき市で買ったほうずきの鉢がぶら下がっていた。
富子は小さな時から、お祭りや縁日が好きだった。
今、確かめるために調べたらほうずき市は、今年は7月9.10日。
だとしたら、記憶に残っているのは和俊が生まれた年ではなく、
前の年なのだろう。
だって、和俊は6月15日生まれ。
いくら、注意欠陥多動性障害の富子が衝動的で後先考えずに行動してしまうとしても
生後一ヵ月にもならない赤ちゃんを抱いて人ごみに行ったとは思えない。
そして、少しずらした場所に南部風鈴が
「ちりりーん、ちりん」
と、涼やかな音を奏でていた。
その風鈴は、和俊の父親におねだりして買ってきてもらったものだった。
和俊の生まれた年は、長雨が続き、布おむつを使っていた富子は、
その洗濯物の多さに、乾かないことに閉口していた。
それにしてもこの記憶はおかしい。
南部風鈴は、和俊が生まれた時に手に入れたもの。
ほうずきはどこから来た?
ま いっか。
記憶はいつも曖昧。
過去の住人ではないのだから。
それまで、まともに家事をするという習慣も無かったから、
和俊のおかげで整理や片づけ、掃除、お料理を覚えていった。
女としての生きるしつけが全くされていなかった。
いや、覚えなかっただけなのかもしれない。
そして、片づけ方を知らない「片づけられない女たち症候群」は、
ユーチューブの動画を富子が65歳過ぎて見るまで身につくことはなかった。
洗ったら干して干しっぱなし。
アイロンをかけたり、たたんでしまったりさえ上手にできなかった。
まあ、いいや。
話を元に戻そう。
南部風鈴は、和俊の父親におねだりをして買ってきてもらったのだが、
なかなか手に入れることが出来ず、陶器の物だったり、ガラス製だったり。
「これなら、喜んでくれるかな?」
と、買ってくる和俊の父親に富子はお礼を言うこともなく、
悲しそうに首を横に振った。
発達障害は、物凄くこだわりが強い。
思い込んだら、それしかダメなのだ。
妥協が出来ない。
そして、やっと手に入れたその風鈴は、青銅色の釣り鐘のような形をしていた。
釣忍の下にぶら下がっていて、紙の短冊が施されていた。
時折、潮風さえ感じる葛西の木々のない街の中で夏の入道雲によく映える。
幾重にも重なったいつまでも梅雨明けしない薄灰色の湿っぽい雲にもよく似合っていた。
和俊がいたから、富子は生きてこれた。
和俊がいたから、自殺しないですんだ。
あの頃のことを思い出す度、和俊に心から
「ごめんね。ありがとうね」
って、首(こうべ)を垂れる富子だった。
ちりりーん、ちりん。
軒下で今日も南部風鈴の軽やかな音。
そして、なぜかユーチューブはランダムで
FFVII REMAKE: 片翼の天使。
脈絡のない調べを奏。
「セフィロス、いけめんだよね」
人間七十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
次から次へと頭の忙しいこと……。
お金が320円しかない。
わかば500円の煙草が買えないのだ。
ずどんとしたビッグTシャツの袖口から風が入るのか、
背中を大きく膨らませ、はたはたとはためいている。
まるでゴーストバスターズのマシュマロマンみたいに膨らんでいく。
頭の中を「Ray Parker Jr. - Ghostbusters」が流れる。
家族4人で見て楽しかったな。
昔々の物語。
ハンドルを軽く握り、曲に合わせて体をねじってみる。
うんうん、今日も私は健康。
やっぱり、ネタが悲しいほど古いね。
「絆ノ奇跡」なら、ましなのかな?
狼の着ぐるみでも着ましょうか。
闇夜を駆け抜けて 何処へむかう
月明かりだけがただ一つの道標
人の記憶の走馬灯は、とっても不思議。
見るものや聞く音や香りで誘発される。
ふっと、和俊を産んだ葛西の一軒家を思い出した。
都市計画化された壮大な埋め立て地。
きちんと区画整理がされた巨大な分譲マンションが立ち並ぶ場所だった。
その家の軒先にほうずき市で買ったほうずきの鉢がぶら下がっていた。
富子は小さな時から、お祭りや縁日が好きだった。
今、確かめるために調べたらほうずき市は、今年は7月9.10日。
だとしたら、記憶に残っているのは和俊が生まれた年ではなく、
前の年なのだろう。
だって、和俊は6月15日生まれ。
いくら、注意欠陥多動性障害の富子が衝動的で後先考えずに行動してしまうとしても
生後一ヵ月にもならない赤ちゃんを抱いて人ごみに行ったとは思えない。
そして、少しずらした場所に南部風鈴が
「ちりりーん、ちりん」
と、涼やかな音を奏でていた。
その風鈴は、和俊の父親におねだりして買ってきてもらったものだった。
和俊の生まれた年は、長雨が続き、布おむつを使っていた富子は、
その洗濯物の多さに、乾かないことに閉口していた。
それにしてもこの記憶はおかしい。
南部風鈴は、和俊が生まれた時に手に入れたもの。
ほうずきはどこから来た?
ま いっか。
記憶はいつも曖昧。
過去の住人ではないのだから。
それまで、まともに家事をするという習慣も無かったから、
和俊のおかげで整理や片づけ、掃除、お料理を覚えていった。
女としての生きるしつけが全くされていなかった。
いや、覚えなかっただけなのかもしれない。
そして、片づけ方を知らない「片づけられない女たち症候群」は、
ユーチューブの動画を富子が65歳過ぎて見るまで身につくことはなかった。
洗ったら干して干しっぱなし。
アイロンをかけたり、たたんでしまったりさえ上手にできなかった。
まあ、いいや。
話を元に戻そう。
南部風鈴は、和俊の父親におねだりをして買ってきてもらったのだが、
なかなか手に入れることが出来ず、陶器の物だったり、ガラス製だったり。
「これなら、喜んでくれるかな?」
と、買ってくる和俊の父親に富子はお礼を言うこともなく、
悲しそうに首を横に振った。
発達障害は、物凄くこだわりが強い。
思い込んだら、それしかダメなのだ。
妥協が出来ない。
そして、やっと手に入れたその風鈴は、青銅色の釣り鐘のような形をしていた。
釣忍の下にぶら下がっていて、紙の短冊が施されていた。
時折、潮風さえ感じる葛西の木々のない街の中で夏の入道雲によく映える。
幾重にも重なったいつまでも梅雨明けしない薄灰色の湿っぽい雲にもよく似合っていた。
和俊がいたから、富子は生きてこれた。
和俊がいたから、自殺しないですんだ。
あの頃のことを思い出す度、和俊に心から
「ごめんね。ありがとうね」
って、首(こうべ)を垂れる富子だった。
ちりりーん、ちりん。
軒下で今日も南部風鈴の軽やかな音。
そして、なぜかユーチューブはランダムで
FFVII REMAKE: 片翼の天使。
脈絡のない調べを奏。
「セフィロス、いけめんだよね」
人間七十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
次から次へと頭の忙しいこと……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる