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102 エビフリャー
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「エビフライ弁当食べる?」
「あ、じゃあ、飲むの辞めようかな」
沼田 和俊(ぬまた かずとし)45歳は、掴みかけていたテーブルの上のエンシュアの缶を戻した。
1.5kcal/mLの経腸栄養剤 。
投与時間の短縮や投与容量を減らし たい患者さんなど、
効率的な栄養摂取に適しています。
彼は今、絶賛、拒食症中。
とりあえず、必要な栄養が補充できる。
顔色を見て、寝起きじゃないこと、下痢をしてない事を確認しながら食事に誘う。
OKを出してくれたので、貯金残高5000円をおろしに郵便局へとニコニコしながら向かう。
菜種梅雨の花冷えは、3月の末だというのにしまったはずのジャンバーを引っ張り出して
羽織るほど「寒い」と、感じてしまう。
びちゃびちゃぱちゃぱちゃ、桜散らしの憂いの中を自転車を走らせる。
溢れるほどに咲き誇った小さなアパートのマイ・ガーデンもしとどに濡れ、
重そうに花弁を垂らしている。
「ドイツ鈴蘭すずらん。」「イチハツ。」「クライミングローズフワバー。」「君子蘭。」「ホワイトアマリリス。」「西洋錦風。」「流星蘭。」「長太郎百合。」「ヒヤシンスグランドメーメー。」「リュウモンシス。」「鹿の子百合。」「長生蘭。」「ミスアンラアス。」「電光種バラ。」「四季咲ぼたん。」「ミセスワン種チュウリップ。」「西洋しゃくやく雪の越。」「黒竜ぼたん。」
太宰治のめくら草子に記された花々。
どうして、扇形の花壇で「胸の中の秘めに秘めたる田舎くさい
鈍重を見つけてしまうにきまって居る」と涙するのかどうしても富子には理解できなかった。
東京温度11℃。湿度98%。
別れたいのに別れられない腐れ縁の男女のように、アンニュイな感覚がへばり付いてくる。
気を取り直して、口角をあげ、余所行きの顔になる。
小宮 富子(こみや とみこ)68歳。
貰うばかりではなく、社会にお返しできる人になりたくて、必死に作り笑顔を繰り返す。
Win-Winとは、「自分も勝ち、相手も勝つ」ということから、
ビジネスでは取引行う双方にメリットがあり、
円満な関係を築ける状態のことをいいます。
「Win-Winの関係」というように使われます。
また、取引を行う2者(社)間だけではなく、
第3者にもメリットがあるときには
「Win-Win-Win」という表現が使われます。
赤いジャンバーが少しずつ濡れていく。
傘もささずに自転車に乗ってるんだから濡れてしまうのは計算づくのはずなのだが……。
心地のいいもんじゃない。
何台もすれ違う自動車を交わしながら、
自己肯定感のなさが傲慢の風船を膨らませてバランスを取ろうとする。
「ちっともかわっちゃいないな」
謙虚を身に着けたはずなのに、相変わらず地球は富子を中心に回っていた。
「変われない」のではない。
「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。
アドラー心理学の刺さる言葉を思い出しながら、ふっと自虐的に微笑んでみた。
「投げない。逃げない。諦めない」
わたしはわたしを変えていく。
『地球は貴方のために回っているのではありません』
たしか、中学校の通信簿にも書かれたような……。
統合失調症でアディクションの塊。
発達障害の特性がはなはだしい富子を担任は自制心を失うほど、厄介者に感じたのだろう。
具体的にどんな出来事があって、そう書かれたの皆目思い出せないから、
なおしようもないのが歯がゆかった。
こんな土砂降りの日曜日の午前中だというのに、
郵便局の3台のATMは、並ばなきゃいけない程混んでいた。
記帳をした。残高10524円。
この中から、和俊に5000円を返さなきゃ。
下流老人にも程がある。
お金がないんだから、あるものですませればいいのに
「エビフライ食べる?」
なんていうもんだから、ばかだよな~🎶
8000円を下ろし、お弁当屋さんに向かう。
ぷりぷりのエビフライ弁当。
最近、これなら、和俊も食べてくれる。
濡れた道路のリフレクションの中を滑らないように注意しながら、自転車をこいだ。
富子の発達障害、注意欠陥多動性障害は、衝動性と注意力の欠如から何度も車にぶつかっている。
ふと気づくと、交差点の真ん中にいたということも何度もあった。
「頑張ります。助けてくださいね」
神に祈りながら、いつも自転車をこいでいる。
たまに和俊と一緒に出掛けると、
「信号赤だったよ」
と、叱られる事が多かった。
手袋をしていない手の指が寒さと持病の糖尿病のせいで痛い。
やっとお弁当屋さんに着いたのだが、何故かお昼近いというのにシャッターが半分しまっている。
「え?」
扉を開けて、中に恐る恐る入ると薄暗い。
「お休みですか?」
左横のソファーに寝転がっていたご主人が慌てて起きて来て、
「そうなんです。おやすみなんです」
そのとたん、やかん人間の富子。
なんだよ~。もう。
土砂降りの雨の中、自転車走らせて、このわたしが、そうこの富子さまが
きてあげたのに。
あううう。
まったく、ついてないったらありゃしない。
「なんでもいいから、さっさとエビフライ弁当2個作れよ」
と、叫びそうになるのを必死に我慢した。
ああ、50年以上たっても何一つ変わっていない。
やっぱり、地球は富子を中心に回っているのだった。
ところで、日曜日は定休日?
ネットで検索すると、定休日:毎週日曜日
がびーん。エビフリャーが飛んでいく。
「あ、じゃあ、飲むの辞めようかな」
沼田 和俊(ぬまた かずとし)45歳は、掴みかけていたテーブルの上のエンシュアの缶を戻した。
1.5kcal/mLの経腸栄養剤 。
投与時間の短縮や投与容量を減らし たい患者さんなど、
効率的な栄養摂取に適しています。
彼は今、絶賛、拒食症中。
とりあえず、必要な栄養が補充できる。
顔色を見て、寝起きじゃないこと、下痢をしてない事を確認しながら食事に誘う。
OKを出してくれたので、貯金残高5000円をおろしに郵便局へとニコニコしながら向かう。
菜種梅雨の花冷えは、3月の末だというのにしまったはずのジャンバーを引っ張り出して
羽織るほど「寒い」と、感じてしまう。
びちゃびちゃぱちゃぱちゃ、桜散らしの憂いの中を自転車を走らせる。
溢れるほどに咲き誇った小さなアパートのマイ・ガーデンもしとどに濡れ、
重そうに花弁を垂らしている。
「ドイツ鈴蘭すずらん。」「イチハツ。」「クライミングローズフワバー。」「君子蘭。」「ホワイトアマリリス。」「西洋錦風。」「流星蘭。」「長太郎百合。」「ヒヤシンスグランドメーメー。」「リュウモンシス。」「鹿の子百合。」「長生蘭。」「ミスアンラアス。」「電光種バラ。」「四季咲ぼたん。」「ミセスワン種チュウリップ。」「西洋しゃくやく雪の越。」「黒竜ぼたん。」
太宰治のめくら草子に記された花々。
どうして、扇形の花壇で「胸の中の秘めに秘めたる田舎くさい
鈍重を見つけてしまうにきまって居る」と涙するのかどうしても富子には理解できなかった。
東京温度11℃。湿度98%。
別れたいのに別れられない腐れ縁の男女のように、アンニュイな感覚がへばり付いてくる。
気を取り直して、口角をあげ、余所行きの顔になる。
小宮 富子(こみや とみこ)68歳。
貰うばかりではなく、社会にお返しできる人になりたくて、必死に作り笑顔を繰り返す。
Win-Winとは、「自分も勝ち、相手も勝つ」ということから、
ビジネスでは取引行う双方にメリットがあり、
円満な関係を築ける状態のことをいいます。
「Win-Winの関係」というように使われます。
また、取引を行う2者(社)間だけではなく、
第3者にもメリットがあるときには
「Win-Win-Win」という表現が使われます。
赤いジャンバーが少しずつ濡れていく。
傘もささずに自転車に乗ってるんだから濡れてしまうのは計算づくのはずなのだが……。
心地のいいもんじゃない。
何台もすれ違う自動車を交わしながら、
自己肯定感のなさが傲慢の風船を膨らませてバランスを取ろうとする。
「ちっともかわっちゃいないな」
謙虚を身に着けたはずなのに、相変わらず地球は富子を中心に回っていた。
「変われない」のではない。
「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。
アドラー心理学の刺さる言葉を思い出しながら、ふっと自虐的に微笑んでみた。
「投げない。逃げない。諦めない」
わたしはわたしを変えていく。
『地球は貴方のために回っているのではありません』
たしか、中学校の通信簿にも書かれたような……。
統合失調症でアディクションの塊。
発達障害の特性がはなはだしい富子を担任は自制心を失うほど、厄介者に感じたのだろう。
具体的にどんな出来事があって、そう書かれたの皆目思い出せないから、
なおしようもないのが歯がゆかった。
こんな土砂降りの日曜日の午前中だというのに、
郵便局の3台のATMは、並ばなきゃいけない程混んでいた。
記帳をした。残高10524円。
この中から、和俊に5000円を返さなきゃ。
下流老人にも程がある。
お金がないんだから、あるものですませればいいのに
「エビフライ食べる?」
なんていうもんだから、ばかだよな~🎶
8000円を下ろし、お弁当屋さんに向かう。
ぷりぷりのエビフライ弁当。
最近、これなら、和俊も食べてくれる。
濡れた道路のリフレクションの中を滑らないように注意しながら、自転車をこいだ。
富子の発達障害、注意欠陥多動性障害は、衝動性と注意力の欠如から何度も車にぶつかっている。
ふと気づくと、交差点の真ん中にいたということも何度もあった。
「頑張ります。助けてくださいね」
神に祈りながら、いつも自転車をこいでいる。
たまに和俊と一緒に出掛けると、
「信号赤だったよ」
と、叱られる事が多かった。
手袋をしていない手の指が寒さと持病の糖尿病のせいで痛い。
やっとお弁当屋さんに着いたのだが、何故かお昼近いというのにシャッターが半分しまっている。
「え?」
扉を開けて、中に恐る恐る入ると薄暗い。
「お休みですか?」
左横のソファーに寝転がっていたご主人が慌てて起きて来て、
「そうなんです。おやすみなんです」
そのとたん、やかん人間の富子。
なんだよ~。もう。
土砂降りの雨の中、自転車走らせて、このわたしが、そうこの富子さまが
きてあげたのに。
あううう。
まったく、ついてないったらありゃしない。
「なんでもいいから、さっさとエビフライ弁当2個作れよ」
と、叫びそうになるのを必死に我慢した。
ああ、50年以上たっても何一つ変わっていない。
やっぱり、地球は富子を中心に回っているのだった。
ところで、日曜日は定休日?
ネットで検索すると、定休日:毎週日曜日
がびーん。エビフリャーが飛んでいく。
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