かあさんのつぶやき

85 饅頭こわい

色ガラスを張り詰めたような透き通った青い空に、

小さなオレンジ色の十字の花が香る。

ぱらぱらとアスファルトに落ちて可憐さをアピールしてる。

金木犀。九里先まで香ることから「九里香」と呼ばれる。

子どものころ、俺は、トイレの臭いだと思っていた。

消臭剤の臭いだったんだろう。


第四十八候　秋分　末候

『水始涸』(みずはじめてかる)

田んぼの水を抜いて稲刈りに備える季節。

わ～い、収穫だ。

田舎だったら、稲刈り休みになるんだよな。

って、東京育ちの俺は経験ないんだけど……。



今日の東京は、１９時なのに、温度２６度、湿度６７％。

公園の落ち葉の上をまるで箒で掃いたようにあっちこっちに小さな吹き溜まりを作っている。

アメリカン花見月の赤い木の実がちらちらと覗いて愛らしさを添える。

葉は、赤く黄色く染まり始め、涼やかな風と戯れている。


「あれ?」

「あれ?」

「あれれれ?」

上機嫌で洋楽を聴いていたかあさんがいきなり探し物を始めた。

「どうした?」

「お饅頭がないの」

「えええええ?これは俺のだよね?」

「うん」

「かあさんのは?」

「ないのーーー」

今にも泣き出しそうな顔で母さんの座っている所にあるバスタオルをどけたり、

大きな薬の袋をどけたり、タオルをどけたり……。

テーブルの上にもパソコン台の上にも買い物袋の中にもない。

「なんでだろう?」

少しイライラして来ているかあさんの空気が伝わってくる。

俺はアスペルガー症候群で空気が読めないと言われているがあれ、嘘だね。

子どものころから、年中親の顔色伺っているもの。

台所に見に行くがやっぱりない。

玄関にもないみたい。

さっき買ってきた珈琲とアップルパイはあるのに、饅頭1つだけが行方不明。

最近、コンビニやスーパーの袋が有料化されてこういう何処に入れたか無いという問題は急に増えた。

たぶん、母さんの注意欠陥多動性障害が買った物をしまっている時に

急に他の事を考えてうわの空になってしまい、訳が分からなくなるんだろう。

お財布の入ってるバッグに入っていない時は、大抵自転車の籠の中にあったりする。

まして、さっき買い物に行った場所は、レジでコンビニのように袋詰めしてくれる。

５円ケチったばかりにこんな醜態をさらす。

よしよし、かあさん。

そして、饅頭一個、自転車の籠に残っていた。

これもまた、自転車の鍵に気を取られて注意力散漫になるからなんだろうな。

かあさんの発達障害。遅刻、忘れ物の天才。

そんなどじな自分を受け入れるのに、大変苦労しているみたい。

そのわりには、のど元過ぎるとケロッと忘れて良く笑う。

「にわとりなのよ、３歩歩くと忘れちゃうの」

全くいいんだか悪いんだか。

上機嫌でおいしそうにこしあんの饅頭をほおばっている。

食べおわって満足したのか、ごろんと布団に横になっている。

「よかったー」

俺はほっとして、動画を見ていた。

突然、大声で笑い始めるかあさん。

「どうした?」

「思い出し笑い」

ツボにはまったのか、お腹を抱えて大笑いをしている。



２０歳の時に、芸者の置屋さんに住み込みだったかあさんは、

正月明けに疲れ果てて自分に玉代を付けて友達のいるお寿司屋さんに遊びに行ったそうだ。

そこで、こっくりさんをしたり、野球拳をしたりして遊んだあと、

思ったよりも遅くなってしまって置屋に帰るのが怖くなったんだって。

叱られるに決まってる。

そう思ったそうだ。

そして、よせばいいのに、仮病でお腹が痛いと病院に行ったんだって。

そしたら、瓢箪から駒。

腹膜炎と診断され、そのまま入院になったらしい。

もともと、仮病なんだからどこも痛くないし、元気。

男の人たちの大部屋で花札をして遊んでいたら、いきなり後ろからあたまをぱっこーんて叩かれた。

はーーーー?って振り返ったら、

置屋のお母さんが鬼のような形相でたっていた。

「帰ってこないから心配したでしょう」

と、大きな声で怒鳴られた。

ひーーーー。

ごめんなさい。

って謝って。

それが１月１０日くらいだったのかな。

昔は、１月１５日が成人式で、退院の許可が出ないから、

病室に置屋のお母さんが振袖を飾ってくれたらしい。

あれは、ほんとに病気だったのかな?っていまだに首をかしげてる。

饅頭こわい　仮病こわい

真実は何時も一つ。

昔々のお話し。