かあさんのつぶやき

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
6 / 207

6 泣かないで

しおりを挟む
「オイッス!」

俺の名前は、沼田 和俊(ぬまた かずとし)43歳。

無職である。

小宮 富子(こみや とみこ)66歳。

二人は、共依存で別々に暮らしていた。

今日は、俺の通院日。

自分のマンションから自転車で母の家に行き、

一緒に精神科に行くことになっていた。

2.3日前から、俺のマンションのクーラーが壊れている。

連日の暑さで、毎日

「水風呂ー」

と、言う状態だった。

管理会社に連絡し、新しいクーラーがつくのが

一週間後らしい。

とりあえず、扇風機はアマゾンに注文したのだが……。

母の家に着くと、

いつもなら自転車を止める音でにこにこしながら外に出てきてくれるのに、

今日は母の姿はない。

家に入ると、寝ている。

ふざけて寝たふりをしてるのかと思ったら、

本当に眠っていた。

具合でも悪いのだろうか。

今日は、俺の診察日だが、母の診察日ではない。

母は、隔週の診察だった。

頬の口づけすると、機嫌よく目覚めてくれた。

いつものように、少しの時間、母の家で時間を過ごし、

予約の時間の45分前に母の家を出た。

雲をいくつも重ねたような少し暗い空で、

それでも気温だけはあるらしく、

坂を上ることの多い病院への道は途中で

ジュースを買いたくなるくらい暑かった。

俺は共依存とは言われたことがあるが、マザコンではない。

母は、

「かまってくれない」

と、寂しがる。

昔、母はアルコール依存症だったから、

機能不全家庭で育ったACではあるのだろうが、

愛着障害ではないと思う。

た・ぶ・ん。

病院について、いつものように検温、手のアルコール消毒を終えると、

予約時間を待って受信。

いつものように診察、カウンセリング。

何も変わらないいつもの出来事。

15年もこれの繰り返し。

中学でいじめにあって、不登校になって

統合失調症になって、

ずーとずーと病院に通っている。

ここのところ、病状も落ち着いて、

救急車に乗ることもなくなった。

本当にありがたいことだ。

なんて、俺らしくもない。

アカシジア(akathisia)は、錐体外路症状(EPSという)による静座不能の症状のことを言う。 ドーパミンD2受容体拮抗作用を持っている抗精神病薬による副作用として出現することがある。

処方の副作用だが、これはほんとにきつかったな。

寝ていることも据わっていることも出来ない。

悪性症候群(あくせいしょうこうぐん、仏: Syndrome Malin、英: Neuroleptic Malignant Syndrome, NMS)は、向精神薬の重篤な副作用である。 麻酔薬の副作用として表れる悪性高熱症と症状が類似しているが、別の疾患である。

これも処方の副作用。

意識もなくなって、呼吸さえ止まってしまったこともある。

自分にあった薬が見つかるまでに、

俺と一緒にいることさえいやになるだろうことがたくさんあった。

それでも、今日まで何とか病気と闘ってこれた。

良くがんばってる。

満足だ。

なんて、俺らしくもなく自己肯定感を高めていたのだが、

ふと、見ると、母が病院のトイレの前で座り込んでいる。

「?」

一瞬、何が起こってるのかわからなかった。

俺の母親は、決して弱弱しい人ではない。

なのに、まるでか弱いおばあちゃんのようにへたりこんでいる。

顔を真っ赤にして、うるうるした目で俺を見ている。

「どうした?かあさん」

いつもなら、理由をはっきり言うのに、

何も言わないで、おろおろしている。

俺もどうしてあげたらいいのかわからなくなる。

ぼろぼろと俺の顔を見ながら泣き出した。

昔、お酒を飲んで苦しそうに泣いているのは何度も見たことがある。

でも、最近は、かあさんが泣いているのを見たことはなかった。

いったいどうしたんだ。

「誰かよんでくるね」

俺は、カウンセラーに相談して看護婦さんを呼んだ。

看護婦さんは、優しく母に話しかけて、

へたり込んでいる母を車椅子に乗せた。

母の立ち去った後になにやら白い紙の塊がいくつも落ちている。

「なんだ、これ?」

見たこともない紙の塊。

直径4.5センチくらいの塊がいくつもいくつも落ちている。

母は、いつもは足首にゴムの入っているズボンをはいていた。

でも、今日は、ビッグパンツのようなズドーンとしたツータックのズボンだった。

しばらくして、ナース室から母が出てきた。

「どうしたの?」

「うん」

「言えないこと?」

「くしゃみをしたり、力んだりした拍子におしっこ漏らしたりしてて」

「うん、それは前に聞いた」

「尿とりパットを使うように進められて」

「費用もでるようになったんだよね?」

「うん」

「出てくるとき、装着してきたんだけど、

理由はわからないけど、ぼろぼろ紙の塊が……」

「そうか~。びっくりしたね」

母は、子宮内膜炎がひどくてビニールを敷いてねるほどだったこともあったが、

こんなことは初めてだという。

まるで、使用済みのナプキンをばら撒いてしまったように感じたという。

俺は男だから、ナプキンとかパットとかまったくわからないけど、

そんなものがぼろぼろでてきたら、そりゃあ、恥ずかしくてびっくりして、

へたり込んじゃうかもな~♪

たとえば、俺がウンチをして、便を拭いた紙を

廊下にいっぱい撒き散らしてしまったら

やっぱりびっくりするだろう。

何でこんなことになってるのって

パニくるだろう。

そんな感じなのかな。

とにかく、母はこの上ない恥だと感じたみたいだ。

昔、おじいちゃんが

「女は羞恥心がなくなったら終わりだ」

と、言っていたが、母もまだそういう意味ではかわいい女なのだろう。

べそかいてるかあさんの頭をなでて、病院の庭を一緒に少し眺めた。

処方が出るまでの間暇だから。

柏葉アジサイがとても純真な乙女のように揺れる。

キャットテールが赤いろうそくのように微笑む。

赤、白、ピンク、色とりどりのインパチェンスが

交響曲を奏でる。

大きなアマリリスが女王のように毅然として咲き誇る。

銀杏やさくらの若葉の香。

キラキラと光る木漏れ日。

せいたかのっぽのムクゲが静かにたたずむ。

小さな白いミニバラは恥ずかしそうに風にそよぐ。

ああ、初夏の安らぎのひと時。

しょんぼりしてるかあさんと一緒に久しぶりに焼肉屋さんでランチを食べた。

じゅーじゅーと煙を立ち上らせながら

肉の焼ける匂いは、飽き飽きする日常も

さっきのようなハプニングも至福のひと時に変えてくれる。

カルビーの安い肉だけど、

俺たちにはこれで十分。

肉汁が口の中いっぱい広がる。

フーフーいいながら、食べる焼肉。

ユッケジャンスープもちょっと辛いけど、

異国の香りを運んでくる。

野菜サラダ、キムチ。

電気もガスも水道も止められて、

ペットボトルを持って夜の公園に水を汲みに行った

昔が嘘のようだね。

当たり前のことなんて何もないんだ。

すべてが感謝。

ありがとうございます。

ここにきても、二人のうちのどちらかの状態がよくないと、

おいしいものをおいしいねと食べることはできなかった。

二人の心と体のバロメーター。

「ぼうが60になったら、ママは83?」

母は、たまに俺を「ぼう」と呼ぶ。

43歳の男に対して、「ぼう」はないだろうと思うのだが、

「ちゃーちゃん、もうお仕事?」

といっていたいまだに昨日のことにように思い出される。

かなわないよな。

きっと、何十年先になっても、この人の中で俺は子供なんだろう……。

ま、それもいいか。

それにしても、何であんなにぼろぼろになっちゃたんだろう。

尿とりパッド。

ネットで検索しても一つも例がない。

世の中には予想もしないことがおこるんだね。

ギフト券貸したことで、義父と喧嘩した。

寒くても、ダジャレ作れたら楽しいのかな。

オチ、ブレたKANの落ちぶれた感。

オチが思いつかないまま、終わります。

ついてきてくれてありがとう。かあさん。

長生きしてくれよ。かあさん。






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛している人に愛されない苦しみを知ってもらおうとした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:1,591

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,229pt お気に入り:2,668

公爵様は幼馴染に夢中のようですので別れましょう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:4,300

婚約者は私より友情が大事なようです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:3,030

私は側妃でございますが、陛下から偉大なる愛を頂いております

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:4

処理中です...