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初めてのループ
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しおりを挟む「今日は、約束通り南国蚕の資料が展示されている博物館へ行ってみよう。ヒメリアちゃんは何度か見学しているけど、フィオちゃんは初めてだよね」
「うん。私ね、この島に連れて来られる時に蚕さんがいるからおいでって、軍の人に誘われたの。だから、ようやく蚕さんに会えて嬉しいな」
「まぁ蚕さんに会うというよりは、蚕さんのお家を見学するって感じかな。どうやって絹糸を作っているのかとか、島の特産品に詳しくなれるし関心が高いのはいいと思うよ」
フィオの念願が叶い、南国蚕の糸車を展示する博物館へと見学しに行くことになった。花嫁会の目的は王太子に相応しい女性になることで、島の伝統を学ぶこともその一環だとされている。中央大陸からやってきたフィオにとっては、珍しい南国蚕の歴史を学べること自体とても嬉しいことなのだろう。
いつもの教会で集合した三人は、馬車で博物館へと移動する。馬車に乗りながらヒメリアはふと気になって、何故それほどフィオが南国蚕に興味を持っているのか理由を訊ねてみた。
「ねぇ、フィオちゃんはどうして南国蚕を好きになったの? それとも絹糸が中央大陸では有名とか」
「死んだママが遺してくれた形見が南国蚕で作ったシルクのハンカチなの。だから、ママとの思い出を作ってくれてありがとうって、お礼しに行きたいんだ」
フィオがポシェットから美しいシルクのハンカチを取り出して、ヒメリアに見せてくれた。おそらく、いつも肌身離さず持ち歩いているものなのだろう。ヒメリアは、まさかそんな大変な理由で南国蚕をフィオが気にしているとは思わず、もしかするとフィオを不安にさせてしまったかも知れないと落ち込んで俯いてしまった。
「……! ごめんね、フィオちゃんのお母さんが亡くなっているのにこんな話して」
「ううん。教会の司祭様が、天国では苦しくなくてみんな穏やかだって教えてくれたでしょう? だからね、ママも天国では幸せに暮らしてるって信じてるんだ。ママにもう一度会えるまで、蚕さんのハンカチがママの生きた証拠なの」
ヒメリアの家は両親が揃っていてまだ小さい弟もいて、爺やとメイドと他にも使用人が同じ屋敷の敷地内で暮らしていた。一方でフィオは大陸の公爵家の縁戚だという噂だが詳しい事情は分からず、母親が亡くなり孤児院に預けられていたという話だ。あまりにも境遇が異なる二人が、同じ王太子相手に花嫁候補として残ったのが不思議なくらいだった。
(フィオちゃんはもし王太子様のお嫁さんになれなかったら、一体どうなってしまうのだろう?)
将来は恋敵になるであろうフィオの行く末が、王太子様のお嫁さんになれなかった場合には、とても昏いものになる気がしてヒメリアは怖くなった。だが、それを気のすることは自分が花嫁候補を辞退することになるし、家族や周りもヒメリアの将来に賭けている気がして辞退を申し入れることは出来ない。
花嫁候補という宿命から逃げ場が用意されていないのは、ヒメリアもフィオも同じと言えるだろう。
* * *
博物館に到着すると学芸員の男性が出迎えてくれて、島の伝統について詳しく説明してくれた。ヒメリアの先祖に当たる網元が昔は大きな大きな魚を捕獲していたことや、島の神殿付近には昔巫女が住んでいたことを教えてもらう。
南国蚕の説明コーナーに着くと、本物の糸車とそれを操り絹糸を作る女性の人形が展示されていた。ヒメリアは以前、この博物館に遊びにきた時に説明を受けたがフィオは初めて南国蚕の実態を知る。
「桑の葉などを食べてすくすく育った蚕は、繭を作り大釜で茹でられて美しい絹糸を残してくれます。糸車は絹糸を美しく加工するために、欠かせない道具のひとつです」
「蚕さんは茹でられた後は、どんな暮らしをするの?」
実際の南国蚕について何も知らなかったフィオが、さりげなく学芸員に南国蚕のその後を質問する。学芸員は少しだけ困った顔をして、それから蚕の生涯について語り始めた。
「……とても熱いお湯で茹でられるから、繭から絹糸を取る時に蚕達はみな死んでしまうんですよ。可哀想ですが、蚕はそういう生き物なんです。だからこそ、絹糸は貴重でありその品々は一生ものだといえます」
「えっ……南国蚕さん、死んじゃったの。じゃあ、ママの形見のハンカチは蚕さんの形見なの?」
「形見の品が南国蚕のハンカチですか……きっとあなたのお母さんは、一番良いものをあなたに遺してくれたんでしょう。大丈夫、南国蚕もあなたのお母さんも、そのハンカチに心を遺してくれているんですよ。大切にしてくださいね」
学芸員の男性はフィオの心が傷つかないように、優しくシルクのハンカチの大切さを教えてくれた。けれど、思ってもいない話の展開だったのか、フィオはハンカチを握りしめたまま黙って頷くだけだ。
『貴女のお母さんも魔女だったから、南国蚕みたいに釜茹でになって死んだのかしら?』
誰かの意地悪な声がフィオの心の傷を深く抉っていく。だが、その声の主が誰であるかはフィオ自身にも分からないのだった。
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