上 下
33 / 72
初めてのループ

11

しおりを挟む

 極力幼い花嫁候補二人を怖がらせないように、優しいお兄さんとして接することに決めたクルスペーラ王太子。突然違う場所に連れてこられては二人とも不安だろうと、クルスペーラ王太子自ら教会で行われるいつもの勉強会に、ゲストとしてやってきた。

「やぁヒメリアちゃん、久しぶりだね。フィオちゃんは、きちんとお話するのは初めてかな。僕は、この国の王太子クルスペーラと言います。一応、キミ達は僕のお嫁さん候補ということになっているけど、今は僕のことは歳上のお兄さん、お友達だと思ってくれればいいよ」
「お友達、フィオはヒメリア以外にもクルスペーラさんともお友達になっていいの?」
「うん、もちろんだ。そっか、ヒメリアとは本当に先にお友達になっていたんだね。安心したよ。はい、町で一番のパティシエにお願いして作ったマンゴーフルーツ入り南国ケーキだ。後でみんなで食べようね」

 勉強後のお茶会のためにマンゴーフルーツがたっぷり乗ったケーキを持参して、幼い女の子達のご機嫌取りからコミュニケーションをスタートする。

「わぁ美味しそう! 流石王太子様、ここのケーキっていつも予約でいっぱいなんだって」
「ふふっ僕も王太子だからと言ってケーキ屋さんには贔屓して貰えないからね、みんなで食べるために数日前から予約したんだ」
「えぇっ? 本当に。嬉しい……ありがとう王太子様」

 初めのうちは心配していた教会の司祭も、想像よりクルスペーラ王太子が子ども相手の態度に徹しているためようやく肩の荷が降りたと胸を撫で下ろした。そして、これまでは司祭も王宮関係者も知らなかったが、意外とクルスペーラ王太子という人は小さな子ども相手に話をするのが上手である。

「では、今日は王太子様も交えての聖書の勉強会です。何か質問は……」
「司祭様、子ども相手に教えるのであれば聖書の内容を直接読むよりも、イラストや図解を使用した方がイメージ出来ると思うんですが。実は僕が昔使っていた図解式のテキストを持って来たんです。こちらを今日は使いましょう」
「わぁお魚さんの絵が載ってるね。なんでお魚さんなんだろう?」
「このお魚さんは、ジーザスクライストがパンとお魚をみんな見分けたエピソードから、ジーザスの象徴、トレードマークとして使われているんだ。ヒメリアちゃんのおうちは網元さんがご先祖様だから、きっと縁が深いと思うよ」

 さらに勉強を教えるのも相手の学力の合わせて指導できるため、家庭教師としても優秀だ。もし彼が王太子でなかったら、学校の先生や家庭教師などが適職だっただろう。

 いつもよりも捗った聖書の勉強会に、これまで活かされなかったクルスペーラ王太子の隠された才能を周囲の人々は知った。彼が王太子として生まれず平民に生まれていたら、みんなの教師役として頼られる人生があったかも知れない。
 だが、人には宿命がありクルスペーラ王太子がどんなに勉学や教えることに才能があっても、彼に求められることは国民の支持を上げることと嫁取りだった。

 美味しいマンゴーケーキを三人で食べて、淹れたての紅茶を飲み、いずれどちらかの女の子を選ばなくてはいけないなどという予感は一切なく初日が終了する。
 今後もクルスペーラ王太子が勉強会を仕切るつもりらしく、教会以外にも出かける計画を立てていた。

「これからは、三人で神様について学んだり、あとは図書館や博物館で島の歴史について学んでいこう。博物館には島の伝統的な蚕の資料館もあってね、昔の島のは南国蚕の糸を取って服を作っていたんだよ」
「えっ! 博物館にも行っていいんですか? 良かったね、フィオちゃん。ようやく蚕のグルグル糸巻きの本物が見られるよ」
「えへへ。私ね、ずっと蚕さんの糸巻きを見てみたかったんだ」

 フィオの故郷である中央大陸でも南国蚕の存在は知られているらしく、むしろフィオはペリメライドを南国蚕のいる島と思っているようだった。

 まさかその南国蚕の糸巻き機が、タイムリープ魔法の発動装置になっているとは……昔の因果の内容を知らない三人は気づくことが出来なかった。

 ――時の糸車が音を立てて、徐々に回り始める。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

あなたをかばって顔に傷を負ったら婚約破棄ですか、なおその後

アソビのココロ
恋愛
「その顔では抱けんのだ。わかるかシンシア」 侯爵令嬢シンシアは婚約者であるバーナビー王太子を暴漢から救ったが、その際顔に大ケガを負ってしまい、婚約破棄された。身軽になったシンシアは冒険者を志して辺境へ行く。そこに出会いがあった。

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

馬鹿王子にはもう我慢できません! 婚約破棄される前にこちらから婚約破棄を突きつけます

白桃
恋愛
子爵令嬢のメアリーの元に届けられた婚約者の第三王子ポールからの手紙。 そこには毎回毎回勝手に遊び回って自分一人が楽しんでいる報告と、メアリーを馬鹿にするような言葉が書きつられていた。 最初こそ我慢していた聖女のように優しいと誰もが口にする令嬢メアリーだったが、その堪忍袋の緒が遂に切れ、彼女は叫ぶのだった。 『あの馬鹿王子にこちらから婚約破棄を突きつけてさしあげますわ!!!』

だから、私を追放したら国が大変なことになるって言いましたよね? 今さら戻るつもりはありませんよ?

木嶋隆太
恋愛
私はこの国の聖女。聖女の仕事は、国に発生する危機を未然に防ぐ仕事があった。でも、どうやら城にいた王子を筆頭に、みんなは私が何もしていない『無能者』だと決めつけられてしまう。そして、呼び出された私は、その日婚約者だった王子に婚約を破棄され、城から追放されてしまった! 元々大変な仕事で、自由のなかった私は、それならばと喜んで受け入れる。私が追放されてすぐに国の危機が迫っていたけど、もう私は聖女じゃないし関係ないよね? これからは、自由にのんびり、好きなことをして生きていこうと思います!

処理中です...