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正編

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「島国ペリメライドの良いところは、青い海が美しく、新鮮な魚介類が豊富なところでございます。まさに神からの贈り物……しかしながら、他国へと移動するには飛空挺か船を利用しなくてはならなりません。しかも民のうちの半数は、既に聖女フィオナ様の洗脳魔法で操り人形状態。はてさてヒメリア嬢は、本当に大丈夫ですかな」
「……つまり、爺やの見解ではヒメリアが、この国から脱出するのに手間取ると思っているのだろう? フィオナの洗脳魔法のこともあるし、僕も同意見だ」

 王太子クルスペーラの教育係である爺やが、聖女フィオナの暗躍により、ヒメリアの旅立ちが困難になりそうなことを示唆。

「今日は天候だけは良いですからなぁ……クルスペーラ様も出掛けるのにはちょうど良いかと」
「……爺や、気を遣わせてしまって済まない」

 本来ならば、婚約破棄したクルスペーラ王太子が見送りをすることはあり得なかったが、聖女フィオナが何か企んでいるとなれば話は別。洗脳魔法除けの特別なロザリオを胸にかけて、魔法の杖を手にクルスペーラは立ち上がる。今更未練がましい自分に苦笑いしつつ、『お忍びで出かける』準備を始めた。


 * * *


 同刻、ヒメリアもまた旅立ちに向けて、順調に身支度をしていた。

「これでよし、髪も切ったし。顔も日焼け止めだけ塗れば、すっぴんで充分よね。だって私はこれから修道女になるのだから」

 普段は美しく巻かれていたヒメリアの長い栗色の髪は、修道院へ入るための覚悟を表すため、バッサリとショートヘアになっている。洋服は旅行しやすい白襟のシャツとグレーのジャンパースカート、貴重品を収めたウエストタイプの小さなバッグ。その姿は旅行者特有のものだが、伯爵令嬢には見えない質素さだ。
 顔はノーメイクで、パーティー会場の華と呼ばれていたヒメリアの面影は消え失せていた。だが、生来の柔らかい少女的な魅力があり、まるで本物の聖女のようでもあった。

「ヒメリアお嬢様、本当にこの国から出て行かれるのですか? 大陸の修道院で一生シスターとして、余生を過ごしたいとのことですが。ご両親はもちろん使用人も皆、心配しているんですよ」
「ごめんなさい、迷惑かけているのは分かっているわ。けれど私は神様から、大陸で祈りに専念するようにと勅命を受けているの。神の思し召しに従うべきなのです」

 メイド達に決意を判らせるために、小さな聖書を胸に抱いてロザリオで祈りを唱えると、信仰深いメイドの数人は感動して涙を流し始めた。

「あぁっ! お嬢様は、なんと信仰深くお優しい方なのでしょう。まさか王太子の新たな恋人に王妃の座を譲るために、自ら遠い国の修道院に行くなんてっ」


 ヒメリアの両親やルーイン家の使用人達は、必死にヒメリアを止めようとした。しかし、島を守る神の意思に従うと伝えれば、逆える者は少ない。それでもヒメリアの身を案じて、引き止める使用人もいたが……。

「もし王太子が他の女性と婚姻されるのであれば、ヒメリア様には別の縁談を取り付けるとの話もありますが。大陸の貴族様がぜひ妻に……と。海外から迎えが来るまで待たれてはどうでしょう?」
「まだ、間に合いますよ。ヒメリアお嬢様!」

 別の縁談がうまくいったことは、過去四回のタイムリープにおいて一度もない。小国とはいえ王太子の元婚約者を貰い受けるような者は、外国くらいしかいない。そしてここは、移動に制限がかかりやすい島国なのだ。

 計画の中断はヒメリアだけでなく、一族全員の滅亡を導いてしまう。ヒメリアは控えめな態度で……。
「派手な社交界には未練がないの……でも気遣ってくれてありがとう」
 と、うまく誤魔化した。


 * * *


 窓の向こうを見ると家の門の入り口に迎えの馬車が用意されて、いよいよ旅立つ時間が来た。ヒメリアはようやく一族の破滅から逃れられると安堵しながら、カートとボストンバッグを手に部屋を出る。

「お父様、お母様、今までありがとうございました。みんなも御元気で」
「ヒメリア、修道院ではすぐに正式なシスターになるわけではない。お父さんは、お前が戻ってこられるように、ずっと神様にお祈りするつもりだよ」
「あぁっ! ヒメリア可哀想にっ。お母さんはね、お前がこの島から出ていくなんて心配で心配で……。どうして私の可愛い娘が……うぅ」

 名残惜しさを堪えて涙の別れを済ませた後は、すぐさま護衛付きの馬車に乗り込む……が。
 その様子を暗い目で見つめる新入りのメイドが一人。

 ――ヒメリアの逃亡は、まだ成功しているわけではないのである。
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