10 / 72
正編
10
しおりを挟む
「では、出発致しましょう。まずは、港近くの飛空挺乗り場まで」
ガラガラ、ガラガラ……。
走り出した馬車の中では馬が土を蹴る音を聞きながら、静かに深呼吸するヒメリアの姿があった。自慢の長髪を襟足ほどの長さまで短く切った彼女は、ようやく悲願叶って追放される安堵を味わっているようにも見えた。
「ヒメリア様、飛空挺は風の向きによって、いくらか揺れると聞いております。今から、酔い止めのお薬を飲んでおいた方が、無難ですわ」
ふと、お付きの新人メイドが薬入れのポーチから小さなカプセルを取り出し、隣で座るヒメリアに【それ】を手渡す。その仕草は半ば強引で、無理やりでも、薬を飲ませたいという意思が感じられる。
「えっ……酔い止めの薬? ごめんなさい、私って初めての薬は念のため控えているの」
「そうでしたか、ヒメリア様。警戒心がお強いですのね、けれど……甘いですわっ」
「きゃあっ!」
ドスッ! ヒメリアの首に突然、何かの注射が打ち込まれる。メイドの狙いはヒメリアに薬を飲ませることではなく、薬に気を取られている隙に彼女の首筋に麻酔薬を打つことだった。
(うぅ……頭が朦朧とする。ピリピリとした不思議な感覚、身体が動かない!)
「ヒヒーン! ブルルッ」
(外から馬の悲鳴、馬車が止まった?)
「残念でしたわね、ヒメリア様。貴女を島から出さないようにと、聖女フィオナ様から命じられております。まぁ表向きは、海外へ向かう旅路の途中で、行方不明になった設定になるのでしょうが」
どうやらメイドも馬車の運転手も両方、聖女フィオナサイドの人間だったようで、馬車が急に止まってしまう。
「そ、そんな……! 私をこれからどうするつもり、このまま殺すの?」
「さあ? この後の処遇は聖女フィオナ様がお決めになるので、私の預かり知ることではありません。ですが……どうやら、お迎えが来たようですわね」
「迎え……あうっ」
ズシャァアアアッ!
メイドは暗殺者が本業なのか、いきなりヒメリアの頭を掴んで、馬車のドアから外へと放り投げた。
『命令です。悪魔の化身ヒメリアをここで、亡き者にしなさいっ』
何処からともなく、若い娘の声が聞こえてきて、ヒメリア抹殺を命じる。おそらく聖女フィオナがどこかで指示を出しているのだろう。
すると待ち構えていたかのように、別の黒ずくめの暗殺者が、ヒメリアを羽交い締めにする。そしてメイドの手には、ギラリと光る鋭いナイフが。
「この世は、神が選ばれし聖女フィオナ様のシナリオに、全て従わなくてはいけないっ。フィオナ様のシナリオから外れようとする輩は……死ねぇええっ」
身体が痺れて動けないヒメリアが抵抗できるはずもなく、万事休すと思われた時。突然魔法の詠唱が聞こえて、ヒメリアと暗殺者が引き離された。
ズガァアアアアンッ!
(あれっ? 私、まだ生きているの。誰かが私を庇ってくれたんだわ。暗殺者から守るようにして、杖を持つあの後ろ姿は……まさか!)
「くぅっ! この魔法防壁は、一体……。おっお前はまさか、クルスペーラ王太子? 何故だっ聖女フィオナ様の洗脳で、すっかり木偶人形になっているはず」
「これでも王太子という肩書のほかに、王家直系の魔法使いなんでね、舐めないでもらいたい。けれど、いずれは洗脳により理性を失う身。となれば、遠慮は要らない。思う存分、暴れさせてもらうとしよう」
窮地に陥ったヒメリアを魔法により救い出したのは、一度は別れを告げたはずの『元・婚約者クルスペーラ王太子』だった。
ガラガラ、ガラガラ……。
走り出した馬車の中では馬が土を蹴る音を聞きながら、静かに深呼吸するヒメリアの姿があった。自慢の長髪を襟足ほどの長さまで短く切った彼女は、ようやく悲願叶って追放される安堵を味わっているようにも見えた。
「ヒメリア様、飛空挺は風の向きによって、いくらか揺れると聞いております。今から、酔い止めのお薬を飲んでおいた方が、無難ですわ」
ふと、お付きの新人メイドが薬入れのポーチから小さなカプセルを取り出し、隣で座るヒメリアに【それ】を手渡す。その仕草は半ば強引で、無理やりでも、薬を飲ませたいという意思が感じられる。
「えっ……酔い止めの薬? ごめんなさい、私って初めての薬は念のため控えているの」
「そうでしたか、ヒメリア様。警戒心がお強いですのね、けれど……甘いですわっ」
「きゃあっ!」
ドスッ! ヒメリアの首に突然、何かの注射が打ち込まれる。メイドの狙いはヒメリアに薬を飲ませることではなく、薬に気を取られている隙に彼女の首筋に麻酔薬を打つことだった。
(うぅ……頭が朦朧とする。ピリピリとした不思議な感覚、身体が動かない!)
「ヒヒーン! ブルルッ」
(外から馬の悲鳴、馬車が止まった?)
「残念でしたわね、ヒメリア様。貴女を島から出さないようにと、聖女フィオナ様から命じられております。まぁ表向きは、海外へ向かう旅路の途中で、行方不明になった設定になるのでしょうが」
どうやらメイドも馬車の運転手も両方、聖女フィオナサイドの人間だったようで、馬車が急に止まってしまう。
「そ、そんな……! 私をこれからどうするつもり、このまま殺すの?」
「さあ? この後の処遇は聖女フィオナ様がお決めになるので、私の預かり知ることではありません。ですが……どうやら、お迎えが来たようですわね」
「迎え……あうっ」
ズシャァアアアッ!
メイドは暗殺者が本業なのか、いきなりヒメリアの頭を掴んで、馬車のドアから外へと放り投げた。
『命令です。悪魔の化身ヒメリアをここで、亡き者にしなさいっ』
何処からともなく、若い娘の声が聞こえてきて、ヒメリア抹殺を命じる。おそらく聖女フィオナがどこかで指示を出しているのだろう。
すると待ち構えていたかのように、別の黒ずくめの暗殺者が、ヒメリアを羽交い締めにする。そしてメイドの手には、ギラリと光る鋭いナイフが。
「この世は、神が選ばれし聖女フィオナ様のシナリオに、全て従わなくてはいけないっ。フィオナ様のシナリオから外れようとする輩は……死ねぇええっ」
身体が痺れて動けないヒメリアが抵抗できるはずもなく、万事休すと思われた時。突然魔法の詠唱が聞こえて、ヒメリアと暗殺者が引き離された。
ズガァアアアアンッ!
(あれっ? 私、まだ生きているの。誰かが私を庇ってくれたんだわ。暗殺者から守るようにして、杖を持つあの後ろ姿は……まさか!)
「くぅっ! この魔法防壁は、一体……。おっお前はまさか、クルスペーラ王太子? 何故だっ聖女フィオナ様の洗脳で、すっかり木偶人形になっているはず」
「これでも王太子という肩書のほかに、王家直系の魔法使いなんでね、舐めないでもらいたい。けれど、いずれは洗脳により理性を失う身。となれば、遠慮は要らない。思う存分、暴れさせてもらうとしよう」
窮地に陥ったヒメリアを魔法により救い出したのは、一度は別れを告げたはずの『元・婚約者クルスペーラ王太子』だった。
2
お気に入りに追加
929
あなたにおすすめの小説

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる