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花の妖精の警告

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 昼間に感じた寒気は夜になっても僅かながらセラティーナの中に残り続けた。ブティックを後にしたら、街で人気のカフェにエルサと入った。外の席になってしまったが天気も良く気温も丁度良い為了承した。
 あの時ブティックにはルナリア母娘以外の貴族もいた。父が屋敷に戻るのは『狩猟大会』開催の前日となってしまうのでセラティーナ達がルナリア家を訴える前に彼女達が面白おかしく話を広めてしまうだろう。何しろ聖女とその母が詐欺紛いな行為をしようとしたのだから。未遂に終わろうが格好の餌食であるのは違いない。


「セラ」


 両手に薬草茶を淹れたマグカップを持っていると音も気配もなくフェレスが訪れた。毎夜訪れるから、すっかりフェレスが来るのを楽しみにしている。
 ベッドに座って薬草茶を飲むセラティーナの隣に腰掛け、後ろに手を回し頭を引き寄せられ髪にキスをされた。触れるだけのキスを髪に何度もされ、気が済むと唇だけ離された。


「今日はご機嫌斜めかい? セラの魔力が少し乱れているよ」
「機嫌が悪い訳じゃないの。昼間にちょっと、ね」


 小首を傾げられ、エルサと街に行った際の話をフェレスにした。最後まで聞いたフェレスは呆れたように笑った。


「神は妖精と同じくらい気紛れな生き物ではあるがそんな外れを引く間抜けでは無かった筈だけど」
「神様も見抜けなかったのよ、ルチア様の本質を」
「あの聖女の場合は、本人の素質もあるだろうけど周囲の環境の影響も考えられる」


 自分とシュヴァルツはセラティーナのせいで引き裂かれた相思相愛の男女だと強く思い込む頭は、なるほどフェレスの言う通り周りが二人をそう常に位置付けたせいもある。

 伯爵家もだが大聖堂も甘やかし過ぎたのだ。


「セラの婚約者、あれからどうしてるの?」
「あれ以来来ていないわ。漸く諦めてくれたのよ」


 しつこいくらいあった手紙もさっぱりと来なくなった。前世フェレスの妻だったと知っても尚やり直しを願う気持ちはシュヴァルツには無かった。


「妖精狩についてはどう? 進展はあった?」
「いや? 僕を囮にして襲撃させてはいるがこれといった収穫はないよ」
「囮って……」


 フェレスは強い。妖精族の中でも上位に位置する月の妖精だと言え、捕まったら他の妖精達と同じ末路を辿る。危険な真似をしないで、と言いそうになった口を閉ざした。有力な手掛かりを掴めないのなら、危険を承知で罠を仕掛けるのもまた策の一つ。強いから安心は安易な考え。想定外の事態が起こるとも頭に入れておくのが鉄則。
 髪へのキスを再開させ、頭皮を撫でる指先の感覚がとても懐かしい。前世もよくこうやって撫でられた。マグカップを宙に浮かせ、サイドテーブルに置くとセラティーナは空いているフェレスの手を握った。


「捕まらないでね」
「勿論さ。僕は絶対に君の許へ戻る。信じてセラ」
「信じる。貴方が嘘を言わない人だって知ってるから」
「ありがとう」


 人を揶揄う事はしても、人を騙す事はしない

  

「……」


 身体を寄せ更に密着しセラティーナの体温を感じ取るフェレスは、亡くなる直前のセアラをつい思い出してしまった。年老いても変わらない愛を捧げ、死ぬ瞬間まで側にいた。


『貴方と会えて幸せだった』


 何十年経ってもずっとフェレスを愛おし気に見つめていた瞳が閉じられるその瞬間まで前世の彼女はフェレスを見続けた。感じ続けていた温もりが消えると——漸く、本当に、死んでしまったのだと実感した。
 転生させ、やっと会えた愛しい人の温もりは別人になっても変わらずフェレスの心も温めてくれる。
 セラティーナのプラチナブロンドにキスをしながら、今朝花の妖精から受けた警告をどうするかと思考が走った。現状打破を早期に目指すなら、今連中が最も狙っているフェレス自身が態と捕獲されるか、だが。


『はなうらないやったの~』
『フェレスしんじゃう~』
『フェレスようせいがりにかかわっちゃだめ~』
『しんじゃう~』


 マイペースに話すから危機感が全然伝わらないものの、花の妖精達は挙ってフェレスの死を警告する。愛しい人の髪を撫でつつ、現在進行形で扱き使っているシャルルからまだプレゼントが届かない。花占いの結果通りになるか、ならないかはシャルルの働き次第。と本人に告げたら“そう言われたら何が何でも揃えないといけなくなるのを知ってて……! このジジイは……!”と悪態をつかれた。最後素が出てるよ、と指摘したら誰のせいだと怒られ通信は切れた。


「……青い薔薇、か」
「フェレス?」
「何でもないよ……」


 自然界では咲かない青い薔薇や花に碌な花はないのが長く生きるフェレスの認識である。


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