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身代わりβの恋の行く先2
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当然だと思った。あのときのパーティに来ていたのなら僕がβだということも知っているはずで、「じつはΩだったのか?」なんて噂が流れても信じなかっただろう。いまだって、実際に僕を前にして「やっぱりβじゃないか」と思っているに違いない。
(やっぱり偽物の僕が修一朗さんの隣にいていいはずがない)
修一朗さんは毎日のように僕を好きだと言ってくれる。僕だってそれに負けないくらい修一朗さんのことが好きだ。でも、この関係はやはり間違っている。
(あの香水だって、きっとαの香りがわからない僕のために用意してくれたんだ)
そうだ、僕が毎日嗅いでいる修一朗さんの香りは香水のものだ。本物のαの香りに僕は気づけないし、万が一気づけたとしてもβである僕のための香りじゃない。αの香りは修一朗さんにふさわしいΩのためのもので、僕のようなβの男のためのものじゃないんだ。
(そうだ、結婚したとしてもαである修一朗さんの全部が僕のものになることはないんだ)
そう思ったら急に体がカッと熱くなった。何かが体の中をグルグルと駆け巡るせいで少し息苦しくなる。そのせいか目眩のようなものまでしてきた。
「修一朗様と結婚されたと聞いたとき、とても驚きましたのよ。だってわたくし、あなたのことをずっとβだと思っていたんですもの。それに、あなたのお父様もそうおっしゃっていましたし」
ふと、声と一緒に不快な匂いが漂っていることに気がついた。もしかして誰かの香水の匂いだろうか。少し匂いを嗅ぐだけで頭が痛くなる。
「それなのに、いまさら本当はΩだったなんて言われても納得できませんわ」
あぁ、そうか。この匂いは目の前から漂っているんだ。目の前の……誰だったか……とにかく、この人からこめかみが痛くなるほど嫌な匂いがしている。
「ねぇ、どうしてβだなんて嘘をついていらっしゃったの? しかも家族ぐるみでだなんて、どういうことかしら」
あまりにも不快な匂いに段々と眉が寄っていく。
「それとも、まさか本当はβなのにΩだと偽って修一朗様と結婚したなんてことはありませんわよね? もしそうだとしたら大変なことよ? お祖父さまだって黙っていらっしゃらないわ。きっと珠守家に問いただすでしょうし、そうなれば寳月家も大変なことになるでしょうね」
嫌な匂いが気になって声がよく聞こえない。早くこの匂いから離れたいのに、体が熱くて手足をうまく動かすことができなかった。
「ご自分と寳月の家が大事なら、早く身を引かれるべきだわ。そのほうが修一朗様にとってもよいと本当はおわかりなのではなくって? それともまさか、修一朗様にふさわしいのは自分だと勘違いされているのかしら」
頭が痛い。同じくらい体が熱くて息苦しくなる。
(この嫌な匂いのせいだ)
僕が嗅ぎたいのはこんな匂いじゃない。僕がほしいのは大好きなあの香りだけだ。清々しくて少し甘い、僕が大好きな香り。嗅ぐだけでホッとして、同じくらい興奮する僕のための香り。
(そうだ、あの香りは僕だけの香りだ)
間違ってもこの不快な匂いと混じるなんて許されるはずがない。
「そうだわ、殿方がいなくては困るとおっしゃるのなら、お祖父さまにお願いしてどなたか紹介して差し上げますわ。華族でも、もし宮家のどなたかがよいとおっしゃるならお声をかけることもでき……」
「とても不快な匂いがします」
僕の言葉が聞こえなかったのか、目の前から「え?」と戸惑うような声がした。
「あなたからはとても嫌な匂いがします。そんな匂いなのに、どうして修一朗さんに近づこうなんて思ったんでしょうか」
「……っ」
僕の言葉を聞いた途端に、目の前の人の頬がカッと赤くなった。眉をつり上げ鋭い眼差しで僕を睨みつけている。どうしてそんな顔で僕を見るのだろう。僕はただありのままを話しているだけだというのに、おかしな人だ。
「それに、あなたの匂いを修一朗さんが好むとは思えません。修一朗さんの清々しくて甘い香りに、こんなにも頭が痛くなるような匂いは似合わない」
あまりにも不快な匂いのせいで、ますます目眩がしてきた。体がカッカと熱くなって足元が覚束なくなる。
「さっきから何て無礼な……! ……っ。あなた、その香りは、」
体がグラッと揺れた。踏ん張ろうとしたけれど、なぜか体のどこにも力が入らない。「あぁ、地面にぶつかってしまう」と目を閉じたところで、肩と腰を大きな手に支えられるのを感じた。
「千香彦くん、大丈夫かい?」
目を開けると大好きな人が僕を見ていた。「修一朗さん」と呼ぶ自分の声がやけに甘く聞こえる。
「そろそろじゃないかと思ってはいたけど、予想どおりだったね。……あぁ、とてもいい香りがする」
首の近くをクンと嗅がれて肌が粟立った。背中がぞくりと震えるのがなぜか気持ちいい。
「そちらは都留原の……あぁ、申し訳ない。お名前を失念してしまいました。もしかして僕の伴侶がご迷惑でもかけましたか?」
「いえ、あの、」
「そろそろ発情が来るとわかってはいたんですがね。僕一人でこうした場所に来ると何やら勘繰る人たちがいるようで、今夜は無理を言って同行してもらったんです。千香彦くん、大丈夫かい? ほら、僕にしっかり掴まって」
促されるまま修一朗さんの背中に両手を回す。途端に大好きな香りに包まれて「ふぅ」と熱いため息が漏れた。
「香りがどんどん強くなってきたね。あぁ、きみの香りは何てすばらしいんだろう。こんなに可憐で華やかな、それでいて涼やかに凜と漂う香りはほかにない。まさに僕を夢中にさせる僕のための香りだ」
「ん……」
うなじを撫でられて、お腹の奥がカッと熱くなった。気のせいでなければ下着が少し濡れているような気がする。
「どうやら本格的な発情が始まってしまったようだ。申し訳ないが、僕たちは先に失礼させてもらいますよ」
修一朗さんの大きな手が僕の腰をグッと引き寄せた。それだけでお腹の奥がゾクッとして、はしたなくも股間が熱くなる。
「そういえば先ほど何やら余計なことを口にしていたようですが、都留原のご隠居には黙っておいてあげましょう。今夜の僕はとても気分がいい。ただし、今夜はという話です。次に余計なことを口にすれば、あなたも都留原の家も僕が全力で潰すことになる」
「抱き上げるよ」と言う声にこくりと頷き、爪先立ちをしてから今度は首に両手を回す。すると、いつもどおり修一朗さんが軽々と僕を抱き上げてくれた。
「さぁ、僕たちの部屋に帰ろう」
それだけで僕の体は苦しくなるくらい熱くなった。
(やっぱり偽物の僕が修一朗さんの隣にいていいはずがない)
修一朗さんは毎日のように僕を好きだと言ってくれる。僕だってそれに負けないくらい修一朗さんのことが好きだ。でも、この関係はやはり間違っている。
(あの香水だって、きっとαの香りがわからない僕のために用意してくれたんだ)
そうだ、僕が毎日嗅いでいる修一朗さんの香りは香水のものだ。本物のαの香りに僕は気づけないし、万が一気づけたとしてもβである僕のための香りじゃない。αの香りは修一朗さんにふさわしいΩのためのもので、僕のようなβの男のためのものじゃないんだ。
(そうだ、結婚したとしてもαである修一朗さんの全部が僕のものになることはないんだ)
そう思ったら急に体がカッと熱くなった。何かが体の中をグルグルと駆け巡るせいで少し息苦しくなる。そのせいか目眩のようなものまでしてきた。
「修一朗様と結婚されたと聞いたとき、とても驚きましたのよ。だってわたくし、あなたのことをずっとβだと思っていたんですもの。それに、あなたのお父様もそうおっしゃっていましたし」
ふと、声と一緒に不快な匂いが漂っていることに気がついた。もしかして誰かの香水の匂いだろうか。少し匂いを嗅ぐだけで頭が痛くなる。
「それなのに、いまさら本当はΩだったなんて言われても納得できませんわ」
あぁ、そうか。この匂いは目の前から漂っているんだ。目の前の……誰だったか……とにかく、この人からこめかみが痛くなるほど嫌な匂いがしている。
「ねぇ、どうしてβだなんて嘘をついていらっしゃったの? しかも家族ぐるみでだなんて、どういうことかしら」
あまりにも不快な匂いに段々と眉が寄っていく。
「それとも、まさか本当はβなのにΩだと偽って修一朗様と結婚したなんてことはありませんわよね? もしそうだとしたら大変なことよ? お祖父さまだって黙っていらっしゃらないわ。きっと珠守家に問いただすでしょうし、そうなれば寳月家も大変なことになるでしょうね」
嫌な匂いが気になって声がよく聞こえない。早くこの匂いから離れたいのに、体が熱くて手足をうまく動かすことができなかった。
「ご自分と寳月の家が大事なら、早く身を引かれるべきだわ。そのほうが修一朗様にとってもよいと本当はおわかりなのではなくって? それともまさか、修一朗様にふさわしいのは自分だと勘違いされているのかしら」
頭が痛い。同じくらい体が熱くて息苦しくなる。
(この嫌な匂いのせいだ)
僕が嗅ぎたいのはこんな匂いじゃない。僕がほしいのは大好きなあの香りだけだ。清々しくて少し甘い、僕が大好きな香り。嗅ぐだけでホッとして、同じくらい興奮する僕のための香り。
(そうだ、あの香りは僕だけの香りだ)
間違ってもこの不快な匂いと混じるなんて許されるはずがない。
「そうだわ、殿方がいなくては困るとおっしゃるのなら、お祖父さまにお願いしてどなたか紹介して差し上げますわ。華族でも、もし宮家のどなたかがよいとおっしゃるならお声をかけることもでき……」
「とても不快な匂いがします」
僕の言葉が聞こえなかったのか、目の前から「え?」と戸惑うような声がした。
「あなたからはとても嫌な匂いがします。そんな匂いなのに、どうして修一朗さんに近づこうなんて思ったんでしょうか」
「……っ」
僕の言葉を聞いた途端に、目の前の人の頬がカッと赤くなった。眉をつり上げ鋭い眼差しで僕を睨みつけている。どうしてそんな顔で僕を見るのだろう。僕はただありのままを話しているだけだというのに、おかしな人だ。
「それに、あなたの匂いを修一朗さんが好むとは思えません。修一朗さんの清々しくて甘い香りに、こんなにも頭が痛くなるような匂いは似合わない」
あまりにも不快な匂いのせいで、ますます目眩がしてきた。体がカッカと熱くなって足元が覚束なくなる。
「さっきから何て無礼な……! ……っ。あなた、その香りは、」
体がグラッと揺れた。踏ん張ろうとしたけれど、なぜか体のどこにも力が入らない。「あぁ、地面にぶつかってしまう」と目を閉じたところで、肩と腰を大きな手に支えられるのを感じた。
「千香彦くん、大丈夫かい?」
目を開けると大好きな人が僕を見ていた。「修一朗さん」と呼ぶ自分の声がやけに甘く聞こえる。
「そろそろじゃないかと思ってはいたけど、予想どおりだったね。……あぁ、とてもいい香りがする」
首の近くをクンと嗅がれて肌が粟立った。背中がぞくりと震えるのがなぜか気持ちいい。
「そちらは都留原の……あぁ、申し訳ない。お名前を失念してしまいました。もしかして僕の伴侶がご迷惑でもかけましたか?」
「いえ、あの、」
「そろそろ発情が来るとわかってはいたんですがね。僕一人でこうした場所に来ると何やら勘繰る人たちがいるようで、今夜は無理を言って同行してもらったんです。千香彦くん、大丈夫かい? ほら、僕にしっかり掴まって」
促されるまま修一朗さんの背中に両手を回す。途端に大好きな香りに包まれて「ふぅ」と熱いため息が漏れた。
「香りがどんどん強くなってきたね。あぁ、きみの香りは何てすばらしいんだろう。こんなに可憐で華やかな、それでいて涼やかに凜と漂う香りはほかにない。まさに僕を夢中にさせる僕のための香りだ」
「ん……」
うなじを撫でられて、お腹の奥がカッと熱くなった。気のせいでなければ下着が少し濡れているような気がする。
「どうやら本格的な発情が始まってしまったようだ。申し訳ないが、僕たちは先に失礼させてもらいますよ」
修一朗さんの大きな手が僕の腰をグッと引き寄せた。それだけでお腹の奥がゾクッとして、はしたなくも股間が熱くなる。
「そういえば先ほど何やら余計なことを口にしていたようですが、都留原のご隠居には黙っておいてあげましょう。今夜の僕はとても気分がいい。ただし、今夜はという話です。次に余計なことを口にすれば、あなたも都留原の家も僕が全力で潰すことになる」
「抱き上げるよ」と言う声にこくりと頷き、爪先立ちをしてから今度は首に両手を回す。すると、いつもどおり修一朗さんが軽々と僕を抱き上げてくれた。
「さぁ、僕たちの部屋に帰ろう」
それだけで僕の体は苦しくなるくらい熱くなった。
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