空飛ぶ大どろぼう

八神真哉

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第11話 知恵比べ

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「知恵――ですか?」
翔太はめずらしく慎重になった。
鬼山の印象はそれほど悪かったのだ。

「まず、わしが、犯人をここにおびき出す」
「どうやって?」
漣の質問に答えるでもなく、鬼山は、にやりと笑って話を続ける。
「――問題はそれからだ。一度、この家に入れて、次に、その犯人を逃がしてやる」

「ええっ?」
「それじゃ、なんにもならないよ」
漣と優斗が不満の声をあげる。

「たしかに、犯人を捕まえればすべてが解決するだろう。だが、それは、われわれの仕事ではない――考えてもみたまえ。なにも危険をおかしてまで捕まえることはないんだ。ここに、犯人が現れさえすれば」
「そうか! 犯人が逃げたあと、そいつがだれだったかわかるような証拠を残させればいいんだ――たとえば、防犯ビデオを取りつけておくとか」
漣が、興奮して立ち上がる。

「そういうアイデアを出せばいいんですね?」
「わたしたちは、ここにいなくてもいいってこと?」
さくらが漣に問いかけるが、それに答えたのは鬼山だった。

「その通りだ。もし、それができれば、きみたちは、泥棒との知恵くらべに勝ったことになる。もちろん、警察にもだ。なにしろ、警察は、やつの指紋どころか、足あとひとつ見つけておらんのだからな」
なるほど、警察に顔がきくようだ。ふつう、こんな情報は外にもれてこないだろう。

「おおっ、カッコいい!」
「できるかしら?」
みんなは、自分にもできそうだとわかると、いっせいにしゃべりだした。

しかし、美月のひとことで、静かになった。
「警察のじゃまをすることになりませんか?」

鬼山が笑う。
「そう思うのも無理はない。だが、実際はまったく逆だ。――というのも、今からやろうとしていることは、警察のためになるんだ。手がかりを与えてやろうというんだからな――むろん、わし自身のためであることも否定せんよ」

少し間を置き、一人一人の顔を見ながら続ける。
「思い出したことがあったら、警察より先に教えてもらいたいといったのもそうだ。犯人が、同業者である可能性が高いからだ。顔見知りだと安心していたら、突然、刃物を振り回してきた……では、やっかいだからな。しかし、犯人の特徴のひとつでもわかっておれば、事件が片づくまで、それに該当する人物に会わずにいることもできる――ちがうかな?」

「――それは」
美月も、それには反論できなかった。

「さあ、アイデアがうかんだら遠慮なくいってくれ。犯人逮捕は君たちの頭脳にかかっている」
鬼山の言葉で、応接室はハチの巣をつついたような騒ぎになった。

それも無理はないだろう。
考えただけで、わくわくしてくる話ではないか。
もし、警察が証拠ひとつつかめていないどろぼうを、自分たちのアイデアで捕まえることができたとしたら……

先生やクラスメイト。そして、お父さんやお母さんのおどろく顔が目にうかぶ。

新聞は、なんて書くだろう?
【小さな名探偵「空飛ぶ大泥棒」を捕まえる】
これでは、長すぎるだろうか?

のんきなもので、空を飛ぶ泥棒と間違われたらと、びくびくしていたことは、すっかり頭から消えていた。むしろ、わくわくしてきた。
翔太は、推理小説はもちろん、『警察24時』というテレビ番組も大好きなのだ。

使えそうなアイデアは思ったほど出てこなかった。
それも無理はない。
なにしろ、泥棒に入ってもらい、そのうえで、証拠も残してもらわなければならないのだ。
これは、泥棒を家の中に入れなくする方法を考えるよりはるかに難しかった。

話し合いの結果、使えそうなアイデアは3つほどだった。
ひとつめは、漣が提案した、防犯カメラを家の中にも取りつけて犯人の姿を隠し撮りしようというもの。
ふたつめは、さくらのアイデア。
庭中に粘土か石灰をまいて、犯人の足あとをとろうというもの。

最後が翔太のアイデアで、300坪はあるだろう広い庭のあちこちにある庭木用と、防火用の散水機を使おうというものだ。

まず、家のドアや窓が開くと、自動的に散水機が水をまき散らすようにセットしておく。
さらに、専用の貯水タンクに蛍光塗料を入れておくのだ。

これが上手く機能すると、犯人にはふたつの道しか残されていない。
体中に蛍光塗料をつけたまま逃げだすか、貯水タンクが空になるまで家の中で待ち続けるか、だ。

翔太にしてみれば、これは非常ベルや、ほかのアイデアよりはるかに良いものだという自信があった。
だれにも話せないが、『空飛ぶ大泥棒』が鬼山の家に侵入するとしたら、夜しか考えられなかったからだ。
夜の空こそが泥棒にとって最高の逃げ道だからだ。

きげん良く聞いていた鬼山が、話がまとまり始めたところで席をはずした。
気楽になった翔太はアイデア切れのみんなにかわって、ほかの方法を10ばかりあげて見せる。

漣たちは、合いの手を入れて楽しんだ。
翔太がアイデアマンだということはみんなが認めている。
先生でさえ、運動会や文化祭の出し物を変えたいときは翔太に意見を求めるほどだ。
それは、多くの場合、生徒たちからは圧倒的な支持をうける。

しかし、それが採用されることはほとんどない。
奇抜すぎてPTAから苦情が出そうだったり、お金がかかりすぎるためだ。

今回も……天井が落ちてくる。にせものの念書を何百もコピーして家中にばらまいておき、犯人が迷っているうちに警察が駆けつける。部屋中を鏡張りにして……とアイデアを披露していると玄関の方が騒がしくなってきた。

何事かと耳をすませていると、鬼山が戻ってきて、にやりと笑った。
「さあ、みんな! テレビ局が取材にやってきたぞ。画面の向こうにいる、空飛ぶ大泥棒とやらに挑戦状をたたきつけてやろうじゃないか。『少年少女探偵団』からな」

「えっ? うそーっ!」
「すげー。本格的!」
「おい。どこのテレビ局だと思う? 生放送なら、家に電話して録画してもらわなきゃ」

テレビで挑戦状をたたきつけるというのは確かに面白い方法だった。
子どもに挑戦されて、逃げ回っていたのでは『大泥棒』の名がすたるというものだ。

「明日にしてもらえないかしら。黒い服の方がやせて見えるのよね」
「髪直さなくっちゃ。ねっ、むすぶの手伝って」

みんなすっかり、その気になっていた。
たった一人をのぞいて。
「ごめんなさい。わたし、これからピアノのレッスンがあるの」
美月だった。

翔太は、ようやく美月が大泥棒逮捕の話し合いにくわわっていないことに気がついた。
さくらたちが引きとめたが、美月は「厳しい先生だから」と、部屋を出て行った。

気まずい雰囲気は流れたものの、あわただしさがそれをかき消してくれた。
女子は洗面所で髪型や身だしなみを整えることにいそがしく、漣たちは鬼山やテレビ局との打ち合わせにいそがしかった。

階段の踊り場の窓から、美月がテレビ局の車の横をすりぬけ、門を出ていく様子が見える。
美月は、そこに停まっていた白い車に乗りこんだ。
漣ほど詳しくはないが、あれが国産の最高級車だということは知っている。

家族がむかえにきたのだろう。
それにしても、ここにいることを、いつ連絡したのだろう。
子機は、この部屋にあるから、別の電話機を鬼山に借りたのだろうか。

ピアノのレッスンと言い、どうやら本物のお嬢様らしい。
住む世界が違うのかもしれない。
翔太は、ため息をつき、ゆっくりと漣たちのもとに向かった。

もう一組、黒いベンツに乗った人相の悪い男二人が見えたが、この時は気にならなかった。
鬼山の秘書か関係者だろうと思ったのだ。

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