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第一章:聖女から冒険者へ

64.空の旅

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 飛竜の乗り場へと到着すると、そこには数匹の竜の姿が目に入った。
 全身が灰色で、今まで対峙してきたドラゴンに比べたらかなり小ぶりだが、近くで見るとやっぱり圧倒される。

(うっ……、これに乗るんだよね。大丈夫かな……)

 最初は圧倒的な存在感に少し恐怖心を抱いてしまうが、ここにいる飛竜からは敵意も感じないし、傍には元竜騎士が付いていてしっかりと従えている。
 それに気性が荒いと聞いていたが、私がこの場に来ても飛竜が暴れることはなかった。
 そのことで、私の不安も少しづつではあるが徐々に取り除かれていく。

「あ、ゼロ殿に、イザナ殿下。それから、ルナ様ですよね」
「ああ。今日はよろしく頼むな!」

 私達の姿に気付いたのか、傍にいた中年の男が声を掛けてきた。
 ゼロが挨拶を返すと直ぐに「ご準備がよろしければ、早速出発されますか?」と聞き返してくる。
 それにゼロが頷くと、早速乗ることになった。

「ルナ、大丈夫か?」
「う、うん。多分……」

 強張った表情の私に気付いたのか、イザナは心配そうに問いかけてきてくれる。
 私が思わず引き攣った笑顔で答えてしまうと、イザナは「ルナは乗っているだけで大丈夫だよ」と困った顔で言った。

(今回はイザナと一緒には乗れないんだよね……)

 私の不安の一つはそれだった。
 ここにいる飛竜は小型なものなので、二人しか乗ることが出来ない。
 よく見ると、飛竜の背中には背凭れのあるシートが置かれていて、しっかりと体に巻き付けられている。
 これがあるので、きっとバランスもとりやすくなるのだろう。

「まずはルナから乗せてもらえるか?」
「畏まりました。ルナ様、こちらにどうぞ」

 そう言われて、私は中央にいる飛竜の傍へと近づいていく。
 傍にはイザナも付いていてくれて、私が乗るまで見守ってくれるつもりなのだろう。
 飛竜の傍にはスラッとした体形の女性が立っていたが、身に付けている服装からして恐らく竜騎士なのだろう。

「は、はいっ」

 飛竜の前には足台が置かれていて、乗るのには苦労はしなかった。
 それに実際に座って見ると、シートはすごくしっかりとしていて体を安定することが出来そうだ。
 私のほっとしている顔を見て、イザナは「大丈夫そうだな」と言うと彼も別の飛竜へと移動していく。
 イザナと離れてしまうのは少し寂しかったが、二時間の辛抱なので我慢することにした。

「ルナ様、それでは飛行を開始しますね」
「よ、よろしくお願いしますっ!」

 私が慌てて答えた直後、飛竜の羽が大きく羽ばたきゆっくりと地面から離れていく。

(う、浮いてるっ!)

 最初は興奮と恐怖感に支配されたが、割と直ぐに慣れることが出来た。
 飛竜が舞い上がると目的地に向かい前進していき、視界に真っ白な雪景色が広がる。
 空から降り注ぐ日光がキラキラと反射し、幻想的な姿に見えて私の心は高揚感に包まれていく。

「うわぁ、すごい……」
「今日はご依頼主の意向により、低空飛行しています」

 私が思わず感動の声を上げると、前に座る女竜騎士が声を掛けてきた。

「そうなんですか? えっと、何か目的があるんですか?」
「ルナ様は空の移動が初めてなんですよね? 上空はさらに温度が低いですし、何よりも地上を見下ろすように飛んだほうが楽しんでもらえるかと」

「ゼロが……?」

 彼もいつも私のことを色々と気遣ってくれている。
 そんなことを考えていると、胸の奥がじわりと熱くなる。

「昨日まであんなにも荒れていたのに今日は晴天ですし、空の旅を楽しんでいってくださいね」
「はいっ!」

 彼女の言葉を聞いて喜ぶが、少し出来すぎていることに疑問を感じた。
 
(ダクネス法国の人って魔法に長けてる人が多いって聞くけど、天候まで自由に操れるのかな)

 聖女であった私にも出来なかったことだし、今までそんなにすごいことが出来る人間に会ったことはない。
 そんな凌駕した力を持つ者がいるとすれば、それは神に近い存在なのではないだろうか。

(考え過ぎ、かな。それに今は空の旅を楽しもう!)

 変なことを考えて少し不安を感じてしまったが、今は余計なことを考えるのをやめることにした。
 折角ゼロが与えてくれた機会なのだから、楽しまなければ勿体ない。
 事前に防寒対策をしっかりとしてきたこともあり、思った程寒さは感じなかった。
 もしかしたら、低空飛行をしてくれているおかげなのかもしれないが。

「あれ?」
「どうされましたか?」

 一時間くらい飛空した頃、私はあることに気付いた。
 周囲をいくら見渡しても、傍にゼロやイザナの姿が見えない。

「あのっ、他の二人の姿が見えませんっ!」

 私が慌てた声で問いかけると、直ぐに「大丈夫ですよ」と返ってきた。

「どういうことですか?」
「お二人はこちらの飛竜よりも速いスピードで飛んでいるはずです。先に目的地であるアイリスに到着して、何かやることがあるそうなのですが窺っていませんか?」

 アイリスと言うのは魔法都市ジースから西に向かい、私達が目的としているラーズ帝国との中間地点にある街のことだ。
 そのままラーズ帝国に行くことも可能だが、あの国も少しきな臭い噂があるらしく、情報を得るために中間地点のアイリスへと向かうことになった。
 本当に急遽決まったことであり、私も詳細を聞かされてはいない。
 今後の経緯いきさつは聞いていたが、街名は今この女竜騎士から聞かされて知ったくらいだった。

「……はい」

 私の知らない所で色々と動いていることもあり、暗い声を漏らしてしまう。

「恐らくは、ルナ様に余計な不安を与えないために言わなかったのではないでしょうか?」

 彼女の言葉に納得は出来る。
 今までの出来事や、二人の性格を考えたらそうしてくれているのが容易に想像出来たからだ。

「ご安心ください。私は二十年飛竜に乗っていますので、安全は保障しますよ」
「二十年!?」

 初見で見た印象では二十代に見えたため、私は少し動揺してしまう。

「私の家系は代々飛竜と共に過ごして来たので、私も幼い頃からこの子達と共に過ごしていたのですよ」
「そう、なんですね! すごく素敵ですねっ!」

(竜騎士の家系なんて、かっこいいっ!)

 その話を聞いて私は興奮してしまった。
 今の話が本当だとすれば、彼女は飛竜に乗ることには慣れているはずだ。
 それに街に到着すればきっと二人に直ぐに会う事も出来るだろう。
 
(大丈夫……! 今は、空の旅を楽しもう……)
 
 飛竜に乗りながら地上を見下ろすと、いくつもの小さな集落が目に入る。
 徒歩であれば気付くことも無かった小さな村なのだろう。
 特別な経験をさせてもらっていると思うと、わくわくとした好奇心に塗り替えられていく。

 気付けば、不安は消え私は空の旅を楽しんでいた。
 
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