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第一章:聖女から冒険者へ
56.北の森へ①
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一応ゼロの泊っている部屋を訪れてはみたが、残念ながら不在で彼に会うことは出来なかった。
その為、私はイザナと二人で北の森を目指すことになった。
「北の森って、ここから近いの?」
私は街の中を移動しながらイザナに問いかけた。
「遠い距離ではないけど、外は吹雪いているから徒歩で行くしかないかな」
「あ……、そっか。この街にいたから天候のことは全然気にしてなかったけど、ここは空の上でドームによって守られているんだった」
私はイザナの言葉を聞いて、思い出したように呟く。
暫くの間地上にいなかった所為か、天候のことはすっかり頭から抜けていた。
「でも、そんな吹雪の中歩けるの? 視界が悪いのなら、道だって分からなくなっちゃうよ」
「多分、その心配はないよ。ギルド員が道案内をしてくれているそうだから、北の森までは問題なく辿り着けるはずだ」
私は少し不安に思ったけど、慎重派のイザナが心配してないのだから恐らく問題ないのだろう。
北の森に行く順路は確保出来たが、一番の問題はその後のことだ。
「イザナは、本当に大丈夫だと思う?」
「ダクネス法国のこと?」
私が不安そうな顔で再びイザナの方に視線を向けると、彼は私の表情を見て理解してくれた。
「うん。私、すごく嫌なことばかり考えちゃって。突然魔物の大群が現れるのってさ、昔あったよね。私がまだ聖女だった時に……」
そのことを思い出すと、私の足は重くなり止まってしまった。
それはこの先には行きたくないと、全身で訴えていたのかもしれない。
――――スタンピード。
それは、突然数千以上の魔物が大量発生すること。
私がまだ聖女として災厄と戦っていた時、突然何処からともなく魔物が大量発生したことは決して珍しくはなかった。
災厄から生まれた魔物は聖女の浄化の力を使えば、一瞬で消し去ることが可能だ。
だから数千と大きな数であっても、格段に強い魔物でなければ一瞬で消し去ることが出来る。
それだけ聖女は特別な力を持つ存在だった。
逆を言えば災厄が訪れた時に聖女がいなければ、世界を救うのは困難になる。
そして今回、数千の魔物が突然現れたと聞いた。
私はその話を聞いた時、スタンピードが起こっているとしか思えなかった。
それは災厄の前兆とも言われている。
もしそうだとすれば、私はまた世界の為に戦わないといけないのだろうか。
私にはもう聖女の力は残っていないと言われたけど、こんな事態をみすみす見逃すことなんて出来ない。
(折角自由になれて、イザナと新しい道を歩き出したのに……。こんなのってない)
私が俯いてると、イザナは私の手を優しく握ってくれた。
それに気付いた私は不安そうな瞳でイザナを見つめていた。
もしかしたら今の私は、泣きそうな顔をしているのかもしれない。
「ルナの言いたいことは分かる。だけど、まだそうと決まった訳じゃないよ。それに、ルナはあの時たしかに災厄を封印した。私もその場に立ち会っていたからそれはしっかりと確認した。だからもう、ルナの聖女としての力は無くなっているはずだよ」
「そう、だよね」
彼の言葉を聞いて、私は少しだけ安堵することが出来た。
もしこれが新たな災厄の始まりだとしたら、別の聖女がどこかで召喚されたのかもしれない。
私はもう聖女ではない。
人々の希望という名の重圧に押し潰されることもなければ、私が責任を負うこともない。
『聖女』という地位にあり続けることは、精神的かなり辛いものだった。
私の表情が緩んでいくと、イザナも少しほっとしたような顔を浮かべていた。
***
転送装置を使って地上に降りると、視界の先には一面雪景色が広がっていた。
天空の上にあるジースは、外界から遮断された都市なのだと改めて感じた。
(やっぱりジースってすごいな。別世界って感じがする……)
「結構、吹雪いてるね。歩いて行けるかな……」
神殿から外に出ると、来た時以上に吹雪いていて私は不安そうに呟いた。
視界は悪いし、同じ景色しか見えないので方向感覚も鈍りそうだ。
「ルナ、向こうを見てみて」
イザナの言葉に促されるように視線を傾けると、淡い緑色の光が直線状に続いているのが見えた。
「あれって……」
「この光の道を辿っていけば森に着けるはずだよ」
光の道を見て、先程イザナが言っていたことの意味が分かり『これのことだったんだ』と今になって漸く納得出来た。
「これだったら迷わず行けそうだねっ! すごいなぁ、こんな魔法もあるんだね」
「ルナはこれを見るのは初めてだよな。大人数で移動する時などに使われることが多いかな」
(魔法って本当に色々あるんだなぁ)
「あれ?」
「どうした?」
光の道の正面に立つと、私はあることに気付いた。
「この光っている道だけ吹雪が消えてる……」
「そうだね。これもまた別の魔法かな。薄いシールドがかかているから、小さな力であればダメージを通さないようになっているんだ。便利だよな」
私は感動するかのように目を輝かせていると、不意にイザナに手を握られて我に返った。
「……っ!」
「ルナ、急ごうか。この道を進めば森まではすぐだ」
私は始めて見る魔法に夢中になってしまい、急いでいることを忘れていたようだ。
「ごめん……、忘れてた」
「ふふっ、謝らなくていいよ。ルナが驚くのは当然だからね」
歩きながらイザナの手を離そうとしても、何故か私の手を離してはくれない。
「手は離してあげないよ。迷うことは無いかもしれないけど、まだデートは終わった訳ではないからね。っていうのは冗談で、一応地面は雪道だから転ばないようにゆっくり進んで行こう。特にルナは小さいから足を取られやすいと思うからね」
「……っ! でもっ、こんなところ誰かに見られたら……」
イザナはいつも通りさらりと答えていたが、私は恥ずかしさを隠すことが出来なかった。
頬の奥がじわじわと熱くなるのを感じる。
(こんな時に浮かれて駄目だよね。でも、嬉しいな……)
「別に見られても問題はないよ。戦闘中はパートナーだけど、私達は夫婦だよ」
「パートナー……?」
その言葉に顔を上げて、私は少し驚いた表情で彼のことを見ていた。
(今、パートナーって言った、よね?)
つい先程の言葉を何度も頭の中で私は再生していた。
その度に胸が高鳴り、ドクドクと鼓動が揺れる。
「わ、私ってイザナのパートナーなの?」
私はごくんと息を呑み込むと、ドキドキしながらイザナに問いかけた。
するとイザナは柔らかく微笑んだ。
「私はそう思っていたけど、ルナは違うの?」
「ううんっ! そんなことないっ……」
彼の言葉を聞いて嬉しさが込み上げ、私の表情からは笑みが零れていた。
(嬉しい! イザナにパートナーって言って貰えた……)
学生時代にソフィアとパートナーだったと聞いてから、ずっと心の奥でもやもやしていた。
だけど今イザナは、私のことをパートナーだと言ってくれた。
たったそれだけのことだけど、私は嬉しくて仕方がなかった。
「ふふっ、ルナはそんな事で喜ぶの? 可愛いな」
「……っ」
可愛いと言われる照れてしまい、私はイザナから視線を外した。
それから私達は更に奥へと進んで行く。
光の道の上を歩いてから暫くすると、奥のほうに薄っすらと森らしきものが見え始めてきた。
「あ……! あれが北の森、かな?」
「光の方向もあちらを向いているようだし間違いなさそうだね」
光の道の上だけは何も妨げる物がない。
吹雪のせいで多少視界は悪いが、直線であれば奥のほうまで見渡すことは可能だった。
(あれが、北の森……)
「魔物って強いのかな? 数も多いみたいだし、集まった冒険者は結構いるのかな?」
私は不安のせいで、隣にいるイザナに質問責めしていた。
「それは実際に確認してみないと分からないかな。私達が倒せる程度の魔物であることを願うけど、今回は周りの救援に徹しようか。状況が何も見えていない時点で深追いするのは危険だからね」
動揺している私とは違い、イザナは落ち着いた口調で話していた。
(たしかに、イザナの言う通りかも。状況が分かるまでは、慎重に動いたほうがいいってことだよね。ゼロもいないし)
「そうだね! 分かった……。近くなって来たし、補助魔法だけはかけておくね」
「ありがとう、ルナ」
私は手袋の上から握っている杖に集中すると、心の中でプロテクトと唱えた。
すると私の周りから青白い光が放たれ、すうっと消えていく。
(とりあえず、これで安心かな)
防御バフを掛け終わると、再びイザナは私の手を握ってきた。
私が戸惑っていると、イザナはクスッと小さく笑った。
「まだ森には到着していないからね」
彼は悪戯っぽく言ってきたので、私は恥ずかしそうに小さく頷いた。
手袋は付けているけど、手を繋いでる感覚のおかげで安心出来ている部分もあった。
これから戦場に赴くのだから、出来る限り心は落ち着かせておいたほうがいい。
そう自分に言い訳するように心の中で呟いた。
そんなやり取りをしながら歩いて行くと、目の前に大きな森が迫ってきた。
森をすっぽりと包み込むように、紫色のぼやけた光が薄らと霧のように立ち込めている。
「なに、あれ……。すごく不気味」
「どうしたの?」
私は思わず口に出してしまった。
「森全体が紫色の霧に覆われているみたい」
「え? 私には何も見えないけど」
私の瞳にははっきりと異様な光が見えているのに、イザナには見えていない様子だ。
私はその言葉に戸惑い再び森のほうへと視線を向けると、やはり見間違えではなかった。
(どういうこと……? なんで私にしか見えないの? あんなにはっきりと出ているのにっ!)
「ほ、ほんとに変な紫の霧がかかってるのっ!」
私は慌てるようにもう一度同じことを告げた。
「ルナは聖女だったから何か不思議な力が働いているのかもしれないね。そう考えると、気を抜かないで行ったほうが良さそうだ。良くないことであるのは、間違いなさそうだからね」
「うん……。今言ったこと、イザナは信じてくれるの?」
私は戸惑った顔で問いかけると、イザナは優しく微笑んで「信じるよ」と答えてくれた。
その言葉を聞くと私はほっとした表情を浮かべた。
「ルナはこんな時に冗談なんて言わないだろうからね」
「うんっ! なんか嫌な予感がするから、イザナも気を付けてねっ!」
森に近付くに連れて、なにか胸騒ぎを感じていた。
私はそんな気持ちを抑えながら、ぎゅっと杖を握りしめて森の奥へと足を踏み入れていく。
その為、私はイザナと二人で北の森を目指すことになった。
「北の森って、ここから近いの?」
私は街の中を移動しながらイザナに問いかけた。
「遠い距離ではないけど、外は吹雪いているから徒歩で行くしかないかな」
「あ……、そっか。この街にいたから天候のことは全然気にしてなかったけど、ここは空の上でドームによって守られているんだった」
私はイザナの言葉を聞いて、思い出したように呟く。
暫くの間地上にいなかった所為か、天候のことはすっかり頭から抜けていた。
「でも、そんな吹雪の中歩けるの? 視界が悪いのなら、道だって分からなくなっちゃうよ」
「多分、その心配はないよ。ギルド員が道案内をしてくれているそうだから、北の森までは問題なく辿り着けるはずだ」
私は少し不安に思ったけど、慎重派のイザナが心配してないのだから恐らく問題ないのだろう。
北の森に行く順路は確保出来たが、一番の問題はその後のことだ。
「イザナは、本当に大丈夫だと思う?」
「ダクネス法国のこと?」
私が不安そうな顔で再びイザナの方に視線を向けると、彼は私の表情を見て理解してくれた。
「うん。私、すごく嫌なことばかり考えちゃって。突然魔物の大群が現れるのってさ、昔あったよね。私がまだ聖女だった時に……」
そのことを思い出すと、私の足は重くなり止まってしまった。
それはこの先には行きたくないと、全身で訴えていたのかもしれない。
――――スタンピード。
それは、突然数千以上の魔物が大量発生すること。
私がまだ聖女として災厄と戦っていた時、突然何処からともなく魔物が大量発生したことは決して珍しくはなかった。
災厄から生まれた魔物は聖女の浄化の力を使えば、一瞬で消し去ることが可能だ。
だから数千と大きな数であっても、格段に強い魔物でなければ一瞬で消し去ることが出来る。
それだけ聖女は特別な力を持つ存在だった。
逆を言えば災厄が訪れた時に聖女がいなければ、世界を救うのは困難になる。
そして今回、数千の魔物が突然現れたと聞いた。
私はその話を聞いた時、スタンピードが起こっているとしか思えなかった。
それは災厄の前兆とも言われている。
もしそうだとすれば、私はまた世界の為に戦わないといけないのだろうか。
私にはもう聖女の力は残っていないと言われたけど、こんな事態をみすみす見逃すことなんて出来ない。
(折角自由になれて、イザナと新しい道を歩き出したのに……。こんなのってない)
私が俯いてると、イザナは私の手を優しく握ってくれた。
それに気付いた私は不安そうな瞳でイザナを見つめていた。
もしかしたら今の私は、泣きそうな顔をしているのかもしれない。
「ルナの言いたいことは分かる。だけど、まだそうと決まった訳じゃないよ。それに、ルナはあの時たしかに災厄を封印した。私もその場に立ち会っていたからそれはしっかりと確認した。だからもう、ルナの聖女としての力は無くなっているはずだよ」
「そう、だよね」
彼の言葉を聞いて、私は少しだけ安堵することが出来た。
もしこれが新たな災厄の始まりだとしたら、別の聖女がどこかで召喚されたのかもしれない。
私はもう聖女ではない。
人々の希望という名の重圧に押し潰されることもなければ、私が責任を負うこともない。
『聖女』という地位にあり続けることは、精神的かなり辛いものだった。
私の表情が緩んでいくと、イザナも少しほっとしたような顔を浮かべていた。
***
転送装置を使って地上に降りると、視界の先には一面雪景色が広がっていた。
天空の上にあるジースは、外界から遮断された都市なのだと改めて感じた。
(やっぱりジースってすごいな。別世界って感じがする……)
「結構、吹雪いてるね。歩いて行けるかな……」
神殿から外に出ると、来た時以上に吹雪いていて私は不安そうに呟いた。
視界は悪いし、同じ景色しか見えないので方向感覚も鈍りそうだ。
「ルナ、向こうを見てみて」
イザナの言葉に促されるように視線を傾けると、淡い緑色の光が直線状に続いているのが見えた。
「あれって……」
「この光の道を辿っていけば森に着けるはずだよ」
光の道を見て、先程イザナが言っていたことの意味が分かり『これのことだったんだ』と今になって漸く納得出来た。
「これだったら迷わず行けそうだねっ! すごいなぁ、こんな魔法もあるんだね」
「ルナはこれを見るのは初めてだよな。大人数で移動する時などに使われることが多いかな」
(魔法って本当に色々あるんだなぁ)
「あれ?」
「どうした?」
光の道の正面に立つと、私はあることに気付いた。
「この光っている道だけ吹雪が消えてる……」
「そうだね。これもまた別の魔法かな。薄いシールドがかかているから、小さな力であればダメージを通さないようになっているんだ。便利だよな」
私は感動するかのように目を輝かせていると、不意にイザナに手を握られて我に返った。
「……っ!」
「ルナ、急ごうか。この道を進めば森まではすぐだ」
私は始めて見る魔法に夢中になってしまい、急いでいることを忘れていたようだ。
「ごめん……、忘れてた」
「ふふっ、謝らなくていいよ。ルナが驚くのは当然だからね」
歩きながらイザナの手を離そうとしても、何故か私の手を離してはくれない。
「手は離してあげないよ。迷うことは無いかもしれないけど、まだデートは終わった訳ではないからね。っていうのは冗談で、一応地面は雪道だから転ばないようにゆっくり進んで行こう。特にルナは小さいから足を取られやすいと思うからね」
「……っ! でもっ、こんなところ誰かに見られたら……」
イザナはいつも通りさらりと答えていたが、私は恥ずかしさを隠すことが出来なかった。
頬の奥がじわじわと熱くなるのを感じる。
(こんな時に浮かれて駄目だよね。でも、嬉しいな……)
「別に見られても問題はないよ。戦闘中はパートナーだけど、私達は夫婦だよ」
「パートナー……?」
その言葉に顔を上げて、私は少し驚いた表情で彼のことを見ていた。
(今、パートナーって言った、よね?)
つい先程の言葉を何度も頭の中で私は再生していた。
その度に胸が高鳴り、ドクドクと鼓動が揺れる。
「わ、私ってイザナのパートナーなの?」
私はごくんと息を呑み込むと、ドキドキしながらイザナに問いかけた。
するとイザナは柔らかく微笑んだ。
「私はそう思っていたけど、ルナは違うの?」
「ううんっ! そんなことないっ……」
彼の言葉を聞いて嬉しさが込み上げ、私の表情からは笑みが零れていた。
(嬉しい! イザナにパートナーって言って貰えた……)
学生時代にソフィアとパートナーだったと聞いてから、ずっと心の奥でもやもやしていた。
だけど今イザナは、私のことをパートナーだと言ってくれた。
たったそれだけのことだけど、私は嬉しくて仕方がなかった。
「ふふっ、ルナはそんな事で喜ぶの? 可愛いな」
「……っ」
可愛いと言われる照れてしまい、私はイザナから視線を外した。
それから私達は更に奥へと進んで行く。
光の道の上を歩いてから暫くすると、奥のほうに薄っすらと森らしきものが見え始めてきた。
「あ……! あれが北の森、かな?」
「光の方向もあちらを向いているようだし間違いなさそうだね」
光の道の上だけは何も妨げる物がない。
吹雪のせいで多少視界は悪いが、直線であれば奥のほうまで見渡すことは可能だった。
(あれが、北の森……)
「魔物って強いのかな? 数も多いみたいだし、集まった冒険者は結構いるのかな?」
私は不安のせいで、隣にいるイザナに質問責めしていた。
「それは実際に確認してみないと分からないかな。私達が倒せる程度の魔物であることを願うけど、今回は周りの救援に徹しようか。状況が何も見えていない時点で深追いするのは危険だからね」
動揺している私とは違い、イザナは落ち着いた口調で話していた。
(たしかに、イザナの言う通りかも。状況が分かるまでは、慎重に動いたほうがいいってことだよね。ゼロもいないし)
「そうだね! 分かった……。近くなって来たし、補助魔法だけはかけておくね」
「ありがとう、ルナ」
私は手袋の上から握っている杖に集中すると、心の中でプロテクトと唱えた。
すると私の周りから青白い光が放たれ、すうっと消えていく。
(とりあえず、これで安心かな)
防御バフを掛け終わると、再びイザナは私の手を握ってきた。
私が戸惑っていると、イザナはクスッと小さく笑った。
「まだ森には到着していないからね」
彼は悪戯っぽく言ってきたので、私は恥ずかしそうに小さく頷いた。
手袋は付けているけど、手を繋いでる感覚のおかげで安心出来ている部分もあった。
これから戦場に赴くのだから、出来る限り心は落ち着かせておいたほうがいい。
そう自分に言い訳するように心の中で呟いた。
そんなやり取りをしながら歩いて行くと、目の前に大きな森が迫ってきた。
森をすっぽりと包み込むように、紫色のぼやけた光が薄らと霧のように立ち込めている。
「なに、あれ……。すごく不気味」
「どうしたの?」
私は思わず口に出してしまった。
「森全体が紫色の霧に覆われているみたい」
「え? 私には何も見えないけど」
私の瞳にははっきりと異様な光が見えているのに、イザナには見えていない様子だ。
私はその言葉に戸惑い再び森のほうへと視線を向けると、やはり見間違えではなかった。
(どういうこと……? なんで私にしか見えないの? あんなにはっきりと出ているのにっ!)
「ほ、ほんとに変な紫の霧がかかってるのっ!」
私は慌てるようにもう一度同じことを告げた。
「ルナは聖女だったから何か不思議な力が働いているのかもしれないね。そう考えると、気を抜かないで行ったほうが良さそうだ。良くないことであるのは、間違いなさそうだからね」
「うん……。今言ったこと、イザナは信じてくれるの?」
私は戸惑った顔で問いかけると、イザナは優しく微笑んで「信じるよ」と答えてくれた。
その言葉を聞くと私はほっとした表情を浮かべた。
「ルナはこんな時に冗談なんて言わないだろうからね」
「うんっ! なんか嫌な予感がするから、イザナも気を付けてねっ!」
森に近付くに連れて、なにか胸騒ぎを感じていた。
私はそんな気持ちを抑えながら、ぎゅっと杖を握りしめて森の奥へと足を踏み入れていく。
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