上 下
1 / 21
アスレ編

妻が妊娠したが俺の子ではないらしい

しおりを挟む
 「妊娠した」

目の前にいる妻は冷めた目つきで俺に告げた。

「貴方の子ではないのよ」

数ヶ月前の妻から手紙で既に妻の子は俺の子ではない事など知っていた。
それも魔王の子である事も。
魔王に脅されて……なんて一縷の希望に賭けて家を飛び出して数ヶ月の旅の果てに魔王城に着くと城の王の間に通された。
魔王の玉座に通された俺の目の前には魔王と妻、アリシアが並んで玉座に座っている。

「魔王に脅されているんだろ!?なぁアリシア!」

「愛想尽きたのよ。私は自由に冒険したかった。でも貴方は束縛したわ。だから家を飛び出して、魔王イベルマン様と出会ったのよ」


怒り憎しみ憎悪それら全ての感情から全身の血の気が引いて絶望感が湧き上がり自然と涙が溢れる。
俺は剣に手をかけた。

「イベルマン様、やって!」

魔王イベルマンは立ち上がり杖を振り上げた。
すると俺の体は黒いオーラに包まれ、身動きを封じた。
オーラと共に縛り上げるように宙に浮く。

「ぐぅわぁぁ!」


「最後の愛よ」

アリシアが呟いたのを最期に俺の意識は消えた。


 

「逃がして」

 その一言と共に真っ暗な世界から突然目の前が明るくなった。次第に視界がはっきりすると上半身を起こした。
薄暗い部屋の硬い木製のベッドの上から周りを見回す。木造の部屋には大した物は置いてない。
俺が住む地域では石造りの家が一般的だから、おそらく最北に位置する魔王城から西の地方の家に助けてもらったのか。
どうも胸と頭がズキズキ痛む。
胸を見ると傷に効くリーキの葉が貼ってあった。額にもリーキの葉が貼ってある。傷を癒したら魔王城に乗り込み、今度は魔王を倒して妻を取り返そう。そう考えていた矢先、突然部屋の扉が開いた。

「おはよう。大丈夫?」

扉を開けて部屋に入ってきた子ども。
長髪の髪を三つ編みにした女の子は俺の伸ばした脚の上に勢いよく乗り、胸のリーキの葉を手際良く取り替えた。

「君が看病を?」

子どもの手が止まった。
不思議そうに青い瞳で顔を覗き込み、眉間にシワを寄せて眉をハの字にした。

「君?」

「君は君だろ?」

「私の名前は?」

「会ったばかりだから、分からないよ」

みるみる内に青ざめて、部屋を飛び出すと部屋の外から「お母さーん!」と叫び声が聞こえてきた。

今度は先程の子どもが連れてきた大人が部屋に入ってきた。
子どもに似た大柄の女性。鼻は高く目鼻立ちは良い。眉は細くて唇は薄く、耳がツンと長い。
おそらくエルフかエルフのハーフだろう。

「自分の名前は分かる?」

「グリムス・アーリエット・リュウベンバーグです」
女性は驚いて大きな叫び声を上げた。

なぜだ?俺は一応大陸の四大国家が一つ、リュウベンバーグ家の遠縁でありリュウベンバーグ随一の冒険者のグリムス。大陸では結構有名な方だと自負しているが知らないのか?

「歳は?自分の歳は?」

「32歳」

「ここは?」

「リュウベンバーグではなさそうだ。西のアルムス地方ですか?」

大人は急いで部屋を出た。そしてローブを着た魔術師の老婆を連れてきた。
老婆は杖を俺の額に当てるとゴニョゴニョと呪文を唱えた。
そして杖の先が光り部屋全体を照らした。

「桶に水を一杯入れて持って来なさい」

老婆の指示通りに大人の女性は動いた。
桶に張った水は俺の伸ばした脚の上に置かれた。

「さぁ覗き込みなさい」

俺は水が張った桶を覗き込むと、知らない顔が映っていた。

「だれ?」

卒倒した大人を支える子ども。
魔術師の老婆は大人に杖を当てると大人は目覚めた。

「すみません」

「しっかりしなさい。母親である貴女には聞いてもらわねばならない話だよ」

「はい。アスレが名前さえ忘れてしまったのが不憫で」

母親……老婆は悲しむ大人の女性を母親と言った。
それにアスレとは俺のことか?

「お前さんは魔王しか使えない転生魔法で転生したんじゃ。このアスレの体にな」

「俺はリュウベンバーグの……俺は俺の記憶がある。ならばアスレの記憶や魂は?」

「おそらくロスト……失われた」

またも卒倒しそうな母親。しかし今度は堪えた。

「アスレの事を教えてやりなさい」

「ありがとうございます。ロキ様」

俺は母、マーレからアスレの事を教えてもらった。
アスレは14歳。西の国の辺境の地のゴモラ村出身で農耕をしながら母親マーレと妹のペリシアと過ごしている。
父親は冒険者で冒険に出たきり帰ってこないという。
アスレは働き者で農耕をする傍ら、村を守る兵士見習いも務めていた。
見習いの訓練で森に入った際、魔獣に襲われて頭と胸を怪我した。
そして目覚めたら転生した俺、グリムス・アーリエット・リュウベンバーグの意識がアスレの体に入っていた。






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生ナメてました!異世界ニート生活始めます

三毛猫
ファンタジー
異世界転生して剣士になった早田和也は初めて討伐クエストに挑む。 しかし仲間は次々と殺され、残酷でリアルな世界にすっかり臆病になり家に引きこもりニートになる。 ある日、家に訪れたのは怪我をしたモンスターだった…。 モンスターを治癒し、保護してフィールドに返した翌日、思いもよらない事態へと発展していく。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

拝啓、無人島でスローライフはじめました

うみ
ファンタジー
病弱な青年ビャクヤは点滴を受けに病院にいたはず……だった。 突然、砂浜に転移した彼は混乱するものの、自分が健康体になっていることが分かる。 ここは絶海の孤島で、小屋と井戸があったが他には三冊の本と竹竿、寝そべるカピバラしかいなかった。 喰うに困らぬ採集と釣りの特性、ささやかな道具が手に入るデイリーガチャ、ちょっとしたものが自作できるクラフトの力を使い島で生活をしていくビャクヤ。 強烈なチートもなく、たった一人であるが、ビャクヤは無人島生活を満喫していた。 そんな折、釣りをしていると貝殻に紐を通した人工物を発見する。 自分だけじゃなく、他にも人間がいるかもしれない! と喜んだ彼だったが、貝殻は人魚のブラジャーだった。 地味ながらも着々と島での生活を整えていくのんびりとした物語。実は島に秘密があり――。 ※ざまあ展開、ストレス展開はありません。 ※全部で31話と短めで完結いたします。完結まで書けておりますので完結保障です。

私の人生リスタート

雷衣
ファンタジー
1度目の人生で、皇太妃という理由だけで貴族派の男爵に暗殺されてしまったルーチェ。再び目を開けると、そこは暗殺される8年前の公爵邸だった。あんな悲劇を二度と繰り返さないために、ルーチェはどう運命を変えていくのか!

処理中です...