48 / 62
魔法学校編
48.
しおりを挟む
「大魔法を普通の防衛魔法で防ぎながら、ミレーの玉も狙う気?」
リヒトがあげた驚きの言葉を、周囲も囁き合っている。
ミレーの大魔法とカレルの水魔法が同時に放たれる。どちらも激しい勢いを持っているものの、その威力の差は火を見るよりも明らか。
ミレーの攻撃にバリアは破られてしまうのではないかと思った。だが、カレルの顔には一切の絶望も諦めもない。きっと何か策があるに違いない。それでもたまらずセツは手をぎゅっと握りしめた。
先に相手の陣に魔法が届いたのはミレーだった。
光の瀑布はやはり、カレルのバリアを破り、透明な破片が散るが——。
「一枚じゃない」
ミレーがわずかに驚いた声をあげ、リヒトがはっと息を呑んだ。
「あの一瞬でカレルは防衛魔法をいくつも重ねて張ったってこと?」
ミレーが放った魔法はカレルのバリアをたしかに破った。しかし玉に届かず、いくつもの光の破片を散らしながらそこに停滞している。
ミレーの陣にもカレルの水流が届いたがこれも玉には届かない。
「やっぱり、こっちにはこっちでバリア張ってたか」
カレルが小さく鼻を鳴らす。
ふたりの攻撃はそれぞれが張ったバリアによって霧散していく。
この短時間で場内には凄まじい魔力が迸りながらも、どちらの球も割れず引き分けている。
あまりにレベルの高い試合を繰り広げる二人に、セツやリヒトだけでなく、会場全体が食い入るように見つめてはいるのだが——。
「それで、セツにはもう話したって? セツがそんな話を承諾したって言うのか?」
そんな彼らの話題の中心になっているのがセツだなんて。もしリヒトのような耳を持っている人が他にもいたら「セツとは誰ぞ?」と頭上に相当な疑問符を浮かべているに違いない。少しいたたまれない気持ちになりながらも、セツは引き続きふたりの試合に集中する。
ミレーはカレルの眼前に降り立つとノーモーションで蹴りをかます。カレルはさっと屈んでそれをかわすとミレーの脚を払おうとしたが、ミレーは軽やかに飛び退いた。
民を守り民の力となる職を志すのであれば、万が一魔法が使えない状況に陥っても対応すべしというのはフロリア国立魔法学校での教えのひとつである。だからこの学校の生徒は授業で魔法なしの体術も教わる。
「不思議ね」
「質問に答えてくれるかな、ミレー・ヘイズ」
「この件であなたが困ることはないと思う」
「セツは俺の世話係だよ」
「だから、なに?」
ふたりは肉体による近接戦闘をすると同時、魔法を放っては互いの陣を狙う攻防も繰り広げる。なんとも器用だと思う。
「世話係というだけで、親しい幼馴染というだけで、私がセツをもらってはいけない理由にはなる?」
「だけって、まるで君は彼と大層な関係を築いてるみたいな言い方だ」
「それとも、あなたとセツが少しでも離れてはならない理由でもあるの」
一瞬カレルの動きが止まる。ミレーはすかさずその脇腹を蹴りつけるとカレルの体が大きく傾いたが、地につくことなく体勢を立て直し、反撃をかます。
「王様にでも命じられているの」
「……そんなわけない」
「それ以外に、あなたたちが離れてはならない理由が私は思いつかない」
「義務的な理由はない」
ぱっとカレルはミレーと距離を取ると、天に手を翳し、また激しい水流を放った。それは六十メートルほどの高さまで上がると客席を守るために張られた結界魔法に当たった。
半球上に張られたそれに沿って水が流れ落ちていく。客席から見るアリーナはどしゃぶりの日の窓を隔てているかのようになる。カレルの姿が見づらくなってしまったけれど、カレルの魔法によって起こされた情景だ。
「義務的じゃない理由がある」
ふいに水流が止まった。だが客席アリーナの隔たりはいっそう厚くなっていた——カレルが放っていた水の全てが氷となったのだ。
カレルは今度は地に手を置くと石礫が無数に浮かび上がると、自分で作った氷にぶつけていく。
数多の氷と石の礫がアリーナ中に降り注ぐ。そのひとつひとつが不思議な煌めきを帯びて、まるで流星群のようだった。
玉や自身に当たればただでは済まない、そう判断でしたであろうミレーが咄嗟に手を振るが、そこにはなにも現れなかった。
黄金の瞳が見開かれる——傍目から見ても察する、ミレーの魔法が発動しなかったのだ。
このままではミレーは間違いなく傷だらけになってしまう。
魔法学校では常日頃から実技演習が行われそれには怪我のリスクも伴たうため、高度な回復魔法を扱える校医が常駐しているが——それでも、例え本気の戦闘演習だとしても、例え先にセツにまつわることで言い合っていたとしても、カレルは彼女を傷つけることはないのではないかと思った。
息を詰めこぶしを握りしめながら、セツはアリーナを見つめ続けた。
それぞれの陣の玉に、ミレーとカレルの上に、眩く尾を引いた光が降り注ぐ。
しばらくして——ミレーとカレル、それからカレルの陣の玉だけを避けるようにしてその光たちはすべて落下し尽くした。ミレーの陣の黒い玉はすべて穴がいくつも空き破れている。
審判を担当している教師が高らかに宣言する。
「両者そこまで——勝者、黒コーナー、カレル・フレーテス!」
リヒトがあげた驚きの言葉を、周囲も囁き合っている。
ミレーの大魔法とカレルの水魔法が同時に放たれる。どちらも激しい勢いを持っているものの、その威力の差は火を見るよりも明らか。
ミレーの攻撃にバリアは破られてしまうのではないかと思った。だが、カレルの顔には一切の絶望も諦めもない。きっと何か策があるに違いない。それでもたまらずセツは手をぎゅっと握りしめた。
先に相手の陣に魔法が届いたのはミレーだった。
光の瀑布はやはり、カレルのバリアを破り、透明な破片が散るが——。
「一枚じゃない」
ミレーがわずかに驚いた声をあげ、リヒトがはっと息を呑んだ。
「あの一瞬でカレルは防衛魔法をいくつも重ねて張ったってこと?」
ミレーが放った魔法はカレルのバリアをたしかに破った。しかし玉に届かず、いくつもの光の破片を散らしながらそこに停滞している。
ミレーの陣にもカレルの水流が届いたがこれも玉には届かない。
「やっぱり、こっちにはこっちでバリア張ってたか」
カレルが小さく鼻を鳴らす。
ふたりの攻撃はそれぞれが張ったバリアによって霧散していく。
この短時間で場内には凄まじい魔力が迸りながらも、どちらの球も割れず引き分けている。
あまりにレベルの高い試合を繰り広げる二人に、セツやリヒトだけでなく、会場全体が食い入るように見つめてはいるのだが——。
「それで、セツにはもう話したって? セツがそんな話を承諾したって言うのか?」
そんな彼らの話題の中心になっているのがセツだなんて。もしリヒトのような耳を持っている人が他にもいたら「セツとは誰ぞ?」と頭上に相当な疑問符を浮かべているに違いない。少しいたたまれない気持ちになりながらも、セツは引き続きふたりの試合に集中する。
ミレーはカレルの眼前に降り立つとノーモーションで蹴りをかます。カレルはさっと屈んでそれをかわすとミレーの脚を払おうとしたが、ミレーは軽やかに飛び退いた。
民を守り民の力となる職を志すのであれば、万が一魔法が使えない状況に陥っても対応すべしというのはフロリア国立魔法学校での教えのひとつである。だからこの学校の生徒は授業で魔法なしの体術も教わる。
「不思議ね」
「質問に答えてくれるかな、ミレー・ヘイズ」
「この件であなたが困ることはないと思う」
「セツは俺の世話係だよ」
「だから、なに?」
ふたりは肉体による近接戦闘をすると同時、魔法を放っては互いの陣を狙う攻防も繰り広げる。なんとも器用だと思う。
「世話係というだけで、親しい幼馴染というだけで、私がセツをもらってはいけない理由にはなる?」
「だけって、まるで君は彼と大層な関係を築いてるみたいな言い方だ」
「それとも、あなたとセツが少しでも離れてはならない理由でもあるの」
一瞬カレルの動きが止まる。ミレーはすかさずその脇腹を蹴りつけるとカレルの体が大きく傾いたが、地につくことなく体勢を立て直し、反撃をかます。
「王様にでも命じられているの」
「……そんなわけない」
「それ以外に、あなたたちが離れてはならない理由が私は思いつかない」
「義務的な理由はない」
ぱっとカレルはミレーと距離を取ると、天に手を翳し、また激しい水流を放った。それは六十メートルほどの高さまで上がると客席を守るために張られた結界魔法に当たった。
半球上に張られたそれに沿って水が流れ落ちていく。客席から見るアリーナはどしゃぶりの日の窓を隔てているかのようになる。カレルの姿が見づらくなってしまったけれど、カレルの魔法によって起こされた情景だ。
「義務的じゃない理由がある」
ふいに水流が止まった。だが客席アリーナの隔たりはいっそう厚くなっていた——カレルが放っていた水の全てが氷となったのだ。
カレルは今度は地に手を置くと石礫が無数に浮かび上がると、自分で作った氷にぶつけていく。
数多の氷と石の礫がアリーナ中に降り注ぐ。そのひとつひとつが不思議な煌めきを帯びて、まるで流星群のようだった。
玉や自身に当たればただでは済まない、そう判断でしたであろうミレーが咄嗟に手を振るが、そこにはなにも現れなかった。
黄金の瞳が見開かれる——傍目から見ても察する、ミレーの魔法が発動しなかったのだ。
このままではミレーは間違いなく傷だらけになってしまう。
魔法学校では常日頃から実技演習が行われそれには怪我のリスクも伴たうため、高度な回復魔法を扱える校医が常駐しているが——それでも、例え本気の戦闘演習だとしても、例え先にセツにまつわることで言い合っていたとしても、カレルは彼女を傷つけることはないのではないかと思った。
息を詰めこぶしを握りしめながら、セツはアリーナを見つめ続けた。
それぞれの陣の玉に、ミレーとカレルの上に、眩く尾を引いた光が降り注ぐ。
しばらくして——ミレーとカレル、それからカレルの陣の玉だけを避けるようにしてその光たちはすべて落下し尽くした。ミレーの陣の黒い玉はすべて穴がいくつも空き破れている。
審判を担当している教師が高らかに宣言する。
「両者そこまで——勝者、黒コーナー、カレル・フレーテス!」
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
1,533
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる