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魔法学校編
47.
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「俺の気持ち」
セツは思わず自分の胸に触れる。セツを見据えたリヒトがそっと微笑む。
「なにとも比べられないほどに、誰かに惹かれる気持ちが」
たしかに、セツのカレルに惹かれる気持ちはなにとも比べられない。それ以外のすべてをどうでもいいわけじゃない、ただ、セツにとってカレルはどうしようもなく特別なのだ。命よりも世界よりも誰よりもなによりも、尊く美しく思えて仕方がないのだ。
正直なことを言えば、まだ胸に蟠るものはある。けれど、逸したタイミングは取り戻せない。ミレーを絶対に傷つけないためには大人しく身を引いたほうがいいのかもしれない。だが、身を引いたところでセツのミレーに対する罪悪感は失われることはない。
もやもやするか、もやもやを晴らすか。
傷つけてしまうかもしれないけれど、許されなくてもいいから、ミレーにちゃんと伝えいたい。ミレーの賭けを望めなかったことも、それでもミレーの手伝いをしたいという思いも。自己満足でも、誠実になりたい。
「ありがとう、リヒト。カレルを目に焼き付けるのに集中できそう」
「それはよかったです」
第二十九試合が終わりを告げ、第三十試合の号令がかかる。
アリーナの黒コーナーにミレーが、白コーナーにカレルが現れ、対峙する。
魔法学校の中でも優秀な二人の試合に客席の期待感も一気に高まるのを感じる。
と、遠目ながらにもミレーの口が小さく動いているのが見えた。それに、カレルが驚いたように目を見開くのも。
「あれ、杞憂だったかな」
瞬いたリヒトが、ふいにセツの方を見た。
「セツさん。多分、ミレーは知ってますよ」
「知ってるって」
「セツさんとカレルが親しいこと」
ぽかんとするセツに、リヒトが続ける。
「俺、結構耳いいんですよ。だから、二人が話している声、聞こえるんですけど」
そういえば、リヒト——主人公は自然豊かな田舎町でのびのびと育ったがゆえか、身体能力だけでなく視力や聴力も人一倍優れているところがあった。
「ミレー宣戦布告していました——私が勝ったらあなたのお世話係をもらうって言ってます」
なんでそんなことを、そのことを。
だが思えば、ミレーは学長の養子である。学長がミレーの話をセツにするように、セツの話をミレーにしていてもおかしくはない。セツがカレルのことを推していることも、彼のお世話係であることも。その上でミレーはセツにあの賭けを投げたのだとしたら、なんとも強かというか。
「セツさん、手貸して」
リヒトにそう言われるまま、彼の手に自分の手を重ねた瞬間。
「——それ、どういう意味」
遠くながらも明瞭にカレルの声が聞こえた。
「え、リヒト、これ」
「感覚共有魔法です。俺が聞こえているものをセツさんに共有している状態です」
感覚共有魔法もステータス上げで身につくのだが、どれだけ周回してもなかなか獲得できないレアなものだ。とある隠しルートを攻略するためには獲得必須の魔法で、ゲーム中では主人公しか覚えることができない。リヒトがそれを扱えるようになっていることに対する驚きもあるが、意識は続く二人の会話に吸い寄せられる。
「そのままの意味」
「は」
「私には彼が必要」
「おい、ちょっと」
「お互い、いい試合にしましょう」
「やっぱりセツさん、強い人にモテますね」
「修羅場みたい」とリヒトが呑気なことを言うが、セツの背には変な背がだらりと滲んでいた。
(カレル大丈夫かな……)
突然そんなことを宣言をされたら誰だって困惑するだろう、カレルは明らかに動揺している様子だった。だが、試合開始の号令はそこに容赦なく下される。
「それではただいまより、第三十試合を開始いたします」
ミレーは躊躇なく手に光を集めると、それをカレルに向かって放った。
「危ない」
たまらず声をあげてしまったが、カレルは危うげなくそれを自身の魔法で相殺した。
「さすが。避けないのね」
「彼が必要ってなんだ」
カレルが放つ声はセツ以外と接するときのやわらかさを持ちながら、しかしそこには微かな険が滲んでいる。
「さっきセツと会った。彼は不思議な人。彼と一緒にいると心が温まる」
「だからって人の世話係を奪っていいことにはならないと思うけど」
「奪ってはいない。セツにはちゃんと伝えてある」
「は?」
たしかに伝えられはしたけれども。
ミレーは自身の胸にあてた手を横に一振りし、数多の光を浮かべては撃つ。同じ手にはかからないとばかりにカレルはまたそれを打ち払って眩い光が弾けると同時、ミレーは地を蹴り高く舞い上がった。太陽と青空を背にしたミレーは涼やかな声で大魔法を詠唱し、手のひらをカレルの陣にある白い玉へと向ける。
ミレーの手のひらを中心に金色の魔法陣が浮かび上がると、先のヴィレットよりも遥かに強大な魔力が凄まじい速度を持って集まる。放たれればひとたまりもなさそうだが——。
「宙に浮いてくれて助かった——そこなら魔力遮断の圏外だ」
カレルは小さく笑って防衛魔法を唱えるとすぐに、ミレーの陣へ向かって手を向けた。そこからは青く澄んだ水が生まれ飛沫をあげた。
セツは思わず自分の胸に触れる。セツを見据えたリヒトがそっと微笑む。
「なにとも比べられないほどに、誰かに惹かれる気持ちが」
たしかに、セツのカレルに惹かれる気持ちはなにとも比べられない。それ以外のすべてをどうでもいいわけじゃない、ただ、セツにとってカレルはどうしようもなく特別なのだ。命よりも世界よりも誰よりもなによりも、尊く美しく思えて仕方がないのだ。
正直なことを言えば、まだ胸に蟠るものはある。けれど、逸したタイミングは取り戻せない。ミレーを絶対に傷つけないためには大人しく身を引いたほうがいいのかもしれない。だが、身を引いたところでセツのミレーに対する罪悪感は失われることはない。
もやもやするか、もやもやを晴らすか。
傷つけてしまうかもしれないけれど、許されなくてもいいから、ミレーにちゃんと伝えいたい。ミレーの賭けを望めなかったことも、それでもミレーの手伝いをしたいという思いも。自己満足でも、誠実になりたい。
「ありがとう、リヒト。カレルを目に焼き付けるのに集中できそう」
「それはよかったです」
第二十九試合が終わりを告げ、第三十試合の号令がかかる。
アリーナの黒コーナーにミレーが、白コーナーにカレルが現れ、対峙する。
魔法学校の中でも優秀な二人の試合に客席の期待感も一気に高まるのを感じる。
と、遠目ながらにもミレーの口が小さく動いているのが見えた。それに、カレルが驚いたように目を見開くのも。
「あれ、杞憂だったかな」
瞬いたリヒトが、ふいにセツの方を見た。
「セツさん。多分、ミレーは知ってますよ」
「知ってるって」
「セツさんとカレルが親しいこと」
ぽかんとするセツに、リヒトが続ける。
「俺、結構耳いいんですよ。だから、二人が話している声、聞こえるんですけど」
そういえば、リヒト——主人公は自然豊かな田舎町でのびのびと育ったがゆえか、身体能力だけでなく視力や聴力も人一倍優れているところがあった。
「ミレー宣戦布告していました——私が勝ったらあなたのお世話係をもらうって言ってます」
なんでそんなことを、そのことを。
だが思えば、ミレーは学長の養子である。学長がミレーの話をセツにするように、セツの話をミレーにしていてもおかしくはない。セツがカレルのことを推していることも、彼のお世話係であることも。その上でミレーはセツにあの賭けを投げたのだとしたら、なんとも強かというか。
「セツさん、手貸して」
リヒトにそう言われるまま、彼の手に自分の手を重ねた瞬間。
「——それ、どういう意味」
遠くながらも明瞭にカレルの声が聞こえた。
「え、リヒト、これ」
「感覚共有魔法です。俺が聞こえているものをセツさんに共有している状態です」
感覚共有魔法もステータス上げで身につくのだが、どれだけ周回してもなかなか獲得できないレアなものだ。とある隠しルートを攻略するためには獲得必須の魔法で、ゲーム中では主人公しか覚えることができない。リヒトがそれを扱えるようになっていることに対する驚きもあるが、意識は続く二人の会話に吸い寄せられる。
「そのままの意味」
「は」
「私には彼が必要」
「おい、ちょっと」
「お互い、いい試合にしましょう」
「やっぱりセツさん、強い人にモテますね」
「修羅場みたい」とリヒトが呑気なことを言うが、セツの背には変な背がだらりと滲んでいた。
(カレル大丈夫かな……)
突然そんなことを宣言をされたら誰だって困惑するだろう、カレルは明らかに動揺している様子だった。だが、試合開始の号令はそこに容赦なく下される。
「それではただいまより、第三十試合を開始いたします」
ミレーは躊躇なく手に光を集めると、それをカレルに向かって放った。
「危ない」
たまらず声をあげてしまったが、カレルは危うげなくそれを自身の魔法で相殺した。
「さすが。避けないのね」
「彼が必要ってなんだ」
カレルが放つ声はセツ以外と接するときのやわらかさを持ちながら、しかしそこには微かな険が滲んでいる。
「さっきセツと会った。彼は不思議な人。彼と一緒にいると心が温まる」
「だからって人の世話係を奪っていいことにはならないと思うけど」
「奪ってはいない。セツにはちゃんと伝えてある」
「は?」
たしかに伝えられはしたけれども。
ミレーは自身の胸にあてた手を横に一振りし、数多の光を浮かべては撃つ。同じ手にはかからないとばかりにカレルはまたそれを打ち払って眩い光が弾けると同時、ミレーは地を蹴り高く舞い上がった。太陽と青空を背にしたミレーは涼やかな声で大魔法を詠唱し、手のひらをカレルの陣にある白い玉へと向ける。
ミレーの手のひらを中心に金色の魔法陣が浮かび上がると、先のヴィレットよりも遥かに強大な魔力が凄まじい速度を持って集まる。放たれればひとたまりもなさそうだが——。
「宙に浮いてくれて助かった——そこなら魔力遮断の圏外だ」
カレルは小さく笑って防衛魔法を唱えるとすぐに、ミレーの陣へ向かって手を向けた。そこからは青く澄んだ水が生まれ飛沫をあげた。
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