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 最近ようやくここの土地勘を掴んだから披露したい、と語っていたリヒトは嬉々としながらセツに校内を案内していった。
 食堂、図書室、庭園、演習場、部活棟……校舎内外の様々な場所を訪れるたびに授業で使った思い出だったり、部活に入りたいけれど悩んでいるという話をしてくれた。
 セツはかねがね気になっていたことがある——この世界のリヒトはいったいどのルートを目指しているのかということ。
 本人に突っ込むのはさすがに野暮がすぎるので直接は聞いていないが、彼の話から何度か推理してみようとした。同じクラスの元気な女の子についての話はアリサかなとか、たまに図書室に行くと見かける女の子がいる話についてはミレーかなとか、セグウェイを乗り回している先輩に出会った話はシャロンかなとか、そのほかにも各ヒロインと出会ってはいる様子なのだが、特定の相手と仲良くしている気配はなさそうだ。
 まぁ、でも、ゲームでいえばまだ序盤、ルートも主人公が恋愛するものばかりもではない。

「リヒトの周りは素敵な人が多いんだね」

 それでも野暮ったい心を少し堪えきれず尋ねれば、リヒトはきらりとした笑顔で「はい!」と答えてくれる。
「俺、五年生のしかも終盤からの編入だったんですよ。学長には少しでも早く学校に入って馴染んでほしいって言われてて、俺もそうしたいなって思ってたんですけど。それでも、絶対周りから浮くなぁとは思ってたんですよ。最悪卒業までぼっちあるかなとか」

 こうして直に対峙し接していると、こんなに陽のコミュ力を持っている人間でもそんな不安を抱くものなのか、と思うけれど、たしかにゲーム冒頭のモノローグでもリヒトは「クラスに馴染めるかな……」と零していた。

「それにこれまで独学でしか魔法使ったことがなかったから、最初の授業とかもうすごいぼろぼろで」

 うっかり共感の声を零してしまいそうになる。編入してすぐにクラスメイトとの戦闘演習ミニゲームチュートリアルがあるのだが、どれだけ頑張っても勝てない負けイベントになっているのだ。

「大したことないやつがぽっとでてきやがって~みたいな感じでいびられると思ったんですけど。クラスの色んな人が話しかけてくれたり、励ましてくれて。すごく嬉しかったんです」

 フロリア国立魔法学校の生徒は正義の魔法使いを志していることもあり、悪を挫き弱きを守る心を持っている真面目な子ばかりだ。他クラスのサブキャラクターの中にはリヒトを見下しマウントを取ってくる子もいたりするのだが、やり取りを経ていくと様々な事情を経て拗らせているんだなというのが透けて見える。生意気だとむっとすることはあっても、心底嫌いだと思うようなキャラクターはこの作品にはひとりもいなかった。

「その中でも一番最初に声をかけてくれたのがカレルで」
「うん」
「最初はとんでもないイケメンきたと思ってちょっと緊張して」
「わかる」
「あ、やっぱりカレルって幼い頃からイケメンだったんですか」

 今度は完全なるうっかり、ゲームでの出会いを浮かべながら相槌をしてしまっていた。だが、リヒトは怪しまず、むしろ好奇心に満ちた瞳を向けてくれた。

「えっと」

 たしかに幼い頃からカレルはイケメンである。それには違いないのだが、当時のカレルはかっこいいよりもかわいい成分の方が強かった。ふんわりとした白い頬とか、くりっと大きな青空の瞳とか、ハードカバーを両腕で抱き抱えるほどの小ささとか……やばい、思い出しただけで鼻血が出そうになる。この歳になって幼いカレルを思って胸を高鳴らせるのは変態すぎるとは思うのだが、いや当時だって精神年齢的にはアウトだったが、カレルの魅力に抗うことができない。
 その熱がうっかり口をついて出そうになったが、のちほどカレルに伝わったときに嫌がられるかもしれない、とすんでで思ってブレーキがかかった。
 セツは二、三度深く呼吸をしてから、

「それはもう、とても」

 とだけ答えた。リヒトは「気になるなぁ。見てみたかった」と言う。是非とも見てほしい気持ちでいっぱいになるけれど、あいにく当時のカレルの写真など持っていたりもしない。

「それにしても、セツさんはカレルのことめちゃくちゃ好きですね」
「えっ」

 さらりと言われて、セツはどきりとした。えっ、こんなにも熱を堪えたのに、えっ。

「お、俺がカレルを好きなのって、そんなに分かりやすい?」
「うん」

 即答。
 学長にバレていたのも彼が大魔法使いだから云々ではなく、セツが分かりやすいだけだったらしい。

「これでも隠そうとしてるんだけどね……」
「え、なんで?」
「いや、なんというか……カレル本人には我慢できなくてついカレルの好きなところを話しちゃうけど。でも、他の人の前でそれをしたら、カレルが揶揄われるかもしれない……というか、揶揄われたことあって。嫌な思いさせちゃって。それ以来反省してる」
「そうだったんだ」

 それからリヒトは、でも、と首を捻った。

「カレルなら揶揄われても気にしなさそうだけどな」

 あの頃よりもいっそう穏和なふるまいが板についた今のカレルならばたしかに、セツがうっかりをやらかしても居心地の悪そうな顔は見せないかもしれない。だがもしまた揶揄されるような状況になれば、内心では厄介だと思うに違いない。そして揶揄から開放されたら疲弊に盛大にため息を吐くに違いない。

「だって、カレルもセツさんのこと大好きでしょ」

 セツはぽかんとした。
 カレルもセツさんのこと大好きでしょ。
 どこの国の言語かと思った。咀嚼するまでにそれはもう時間がかかった。
(それなりの親しみはあるとは思うけれど……大好きはありえないだろ……)
 一体何をどう見てそんな考えが浮かんだのか。あれか。昼食時にパスタを分けてくれたところとかだろうか。それに今日のカレルはスキンシップも多かった。だが、大好きという評価になるほどだろうか。なんともいえない気持ちで推理していると、リヒトが「あ」と声を上げた。

「セツさん、あそこ、カレルいますよ」

 リヒトが指さした方向に顔を上げると、校舎上階の窓辺にカレルの姿があった。休憩時間なのだろうか、手を振るリヒトに笑顔で応えている。
 セツがそのやりとりを眺めていると、ふと、カレルと目が合ったような気がした。逸らせずにいると、カレルが窓をとんと突いた。何かを伝えるようなそれに首を傾げると、リヒトがまた「あ」と声をあげる。

「セツさん、動かないで」
「え?」

 ふいにリヒトがセツの腕に手を伸ばすと——そこに止まっていたらしい蝶を捕まえた。

「お花屋さんパワーに吸い寄せられたんですかね」
「なにそれ」

 名推理をした探偵のようなしたり顔で言ったリヒトと笑い合ってから、再び窓辺に顔を向けると、そこにはもうカレルの姿はなかった。
 休憩時間の終盤だったのだろうか。「セツさんはお花じゃないぞ~」とリヒトが捕まえた蝶を逃す。校舎の方へと羽ばたいていくその姿をセツはしばらく眺めていた。
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