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「君の話を聞いて今度マリッカを買って飾ろうと思っていたんだけれどね。嫌がられるかな」
「嫌がられるって、カレルに?」

 もしカレルが今年もセツからのプレゼントを受け取ってくれた場合に、カレルが所持することになるしおりの花と兄が買ってきて飾っている花が被ったら……ということだろうか。
(そんな嫌がることないと思うけどなぁ)
 たしかにカレルの劣等感やリュカの格好付けは根深く変わらずあり、二人が顔を合わせると微かなぎこちなさは生まれる。だが、昔から今まで、彼らが談笑したり一緒に稽古をしたり魔術剣術について語らっているところを両手では足りないほどに見ている。王宮に常駐しているわけじゃないセツですらそれだけ見ているということは、ふたりはかなりの時間を共有しているに違いない。
 今のカレルには、心に誰にも言えない暗い部分を抱えているように見えないし、遊びはしてもそれは逃げからのものではないと思う。花を買いに来る時のカレルは近くの魔道書店の紙袋を抱えていることがままある。たまにリュカが嬉々と語る魔法学校で見かけたり手合わせをしたときのカレルの様子からしても、カレルはリュカに対しても自身の立場に対しても一魔法使いとしても前向きな情熱を持っているように感じる。だから、兄弟仲はゲームのときと比べて悪くないはずだ。

「リュカはもう少し自信を持っていいと思うけどな。あとはちょっとぐらいカレルの前で格好をつけるのをやめるとか」
「ううん、そういうことじゃないんだけどな」
「え?」
「先は長いね」

 リュカはやれやれというように苦笑し肩を竦めた。セツはまたこてんと首を傾げつつふとあることが引っ掛かった。
(そういえば、昨日のパーティー中にカレルは誰のことも口説いてなかったような)
 様々な思考やら緊張やらに耽って忘れていたが、カレルの誕生パーティーでは主人公が選ばなかったヒロインたちをカレルが甘やかに褒めて口説くシーンがあったはずだ。おそらく彼女たちのドレス姿のお披露目も兼ねているのだろう。しかし、遠くから見ている限りではあるが、友人たちに囲まれたカレルが特段女の子を贔屓にしているような様子はなかった。それこそ、男女問うことなくただただ旧友と等しく親しくしているように見えて——あれ?
 そこから連なるように気づく。カレルがセツの花屋にひとりで花を買いに来るようになったのは、彼が十三歳になったとき。この国では大人への階段をひとつのぼったとされる歳だったからこそ、ガールフレンドと遊ぶようになっての手土産かと思っていた。だが、現実でカレルが女の子を口説いているところは……思えば一度も見たことがない。
 カレルが友人たちに向ける微笑みは爽やかで甘く、相手の心を射抜く褒め言葉も躊躇なく口にする。しかしそこに、遊びに誘う文句がついているのは聞いたことがなかった。カレルが友人といるところを見るのは、パーティーのときか仕事の打ち合わせで魔法学校に訪れた際に遠くから眺めるくらいのものだから、たまたまの可能性もある。あるけれど……もしたまたまじゃなかったら。
(カレルってもしかして、ちっとも遊んでない……?)
 もしかして、ゲームでのイメージに引っ張られていたのでは——浮かんだその考えを否定しきることはできない。なにせ、カレルには本命の相手が……おそらく好きな男がいる。だから他を褒めても口説くとはせず遊びもしない、というのはあり得る話だ。
 ひどく傷ついたカレルが闇落ちし生死が危ぶまれるという点を除けば女の子を平等に愛し遊んでいる色気と甘さたっぷりのゲーム時のカレルも尊いのだが、魔法にも恋にもひたむきで一途な今のカレルも当然最高に尊い。応援したいし、できることがあるのなら全力で力になりたいとも思う。思うけれど……やっぱり、セツの中には本当にこれでよかったのだろうかという思いがいまだある。頑張り屋で真面目でちょっぴり自分に自信がないカレルのことだ、いつか恋が実ったときに相手にかっこ悪いところを見せたくない、きちんとリードできるようになりたいという気持ちがあるのかもしれない。そしてセツとしても、カレルが与えてくれる快楽を知ってしまった、最後のチャンスも泡となった今では、それを口にすることはもうできそうになかった。
 しかし、そうなると、もしかして昨夜のカレルは性的なことをするのは初めてだったりするのだろうか——。
(いやいやいやまさか)
 あれだけセツを翻弄する色香……は天性かもしれないが技術を持っていてはじめてということはないだろう。そもそも、カレルがいつ本命への恋を抱いたかもわからない。十三歳そこらの時点ではまだガールフレンドを持ち、そこら辺で初体験を済ませている可能性は十分にある。

「百面相してどうしたの?」
「いや……ちょっと色々考え事を」
「カレルのこと?」
「そう、カレルの貞操について……」
「ほう」

 うっかり思っていたことをそのまま口に出して、は、とする。正面のリュカはひとつ瞬き、にっこりと微笑んだ。てっきりなにか突っ込まれるかと思ったが。

「ああ、そうだ、セツ。出立前に届けようと思っていたものがあってね」
「え、なに?」

 リュカがセツの手を取ってなにかを乗せたそのとき。

「兄上」

 聞こえた声にぱっと振り返れば、そこには少し眉を顰めたカレルがいた。

「やあ、カレル。忘れ物は無事回収できたかな」
「……まぁ」
「それはよかった。そうだ、また魔法学校で実践演習のゲスト講師を頼まれてね。仕事が立て込んでいて明確な日取りはまだ決まっていないが、是非とも受けたいと思っていているんだ。成長したお前とやりあえるのを楽しみにしているよ」
「……私も楽しみにしております。兄上」
「じゃあ、私はこれで。二人も健康に気をつけて、いってらっしゃい」

 セツは何度も頬が緩みそうになったが堪えきった。弟が大好きが故に弟の前で格好をつけたいお兄ちゃんであるリュカは、カレルが登場するなり声をわずかに低くし、温厚と怜悧をあわせもった顔つきをいっそう凛とさせた。それが面白くてちょっとかわいくて、でも笑ってしまうのも悪いなと必死に我慢していた。やっぱり素直になるのは難しいらしい。まぁ、セツもかつては兄だったから弟にいいところをみせたい気持ちはわからないこともない。それでも喉まで迫り上がっていた笑いを飲み下したセツに、カレルが「おい」と声を掛けてきた。

「なに貰ったんだ」

 ちょっぴり不機嫌そうな声。道中でなにかあったのだろうかと思いつつ、セツもリュカがなにを渡してきたのか気になって、手のひらに目を向ければ。

「……キャンディ?」

 赤色のキャンディが一粒あった。
 なぜわざわざこれを届けに……? と不思議に眺めていると、ひょいと横から奪われていく。
 追えば、カレルがぽんと自身の口に放り入れた。
 ぽかんとしている間に、カレルはセツの横を通り過ぎ步いていく。

「いくぞ」
「え、あ、うん」

 セツは空になった手のひらとカレルの背を交互に見てから、慌ててその後を追いかけた。
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