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馬車に乗り込むと、向かいに座ったカレルはすらりと長い足を組み、窓辺に頬杖をついた。あまりにも絵になる光景に垂涎しそうになるのを堪えつつ心のシャッターを切りながら、そういえば、とセツはカレルに尋ねた。
「さっき取りに行ったのって、誕生パーティーのプレゼント?」
カレルの青い瞳がちらりとセツの方に向く。
「ふぅん、察しがいいな」
どうやら予想は当たりだったらしい。だが、戻ってきたカレルは手ぶらだったし、ポケットに入るくらいの小さなものだろうか。それとも逆に大きすぎて持って来れなかったとか。
「どんなプレゼント——」
そこまで言ってから、セツは、は、と気づいた。出かけ際にわざわざ戻るほどカレルが気になるプレゼント……もしかして、昨夜のパーティーにカレルの好きな人が来ていた、とか。だとしたら、これはセツが触れていい話題なのだろうか。
「今日はいい天気だな」
「なんで露骨に話を逸らした」
「い、いや……よくよく考えたら他の人がどんなプレゼントを贈ったのか聞くのはよろしくないかなぁと思って」
「別に俺がもらったプレゼントを俺が誰に話そうが問題ないだろ。そもそも」
次の言葉を模ったカレルの唇は、しかし音を発さず閉ざされていく。カレルは視線を窓の外に戻すと、ふん、と鼻を鳴らした。
そもそもに続く言葉が気になったが、カレルが言わないと選んだことだ。それに、セツとしてもこの話題をあまり蒸し返したくはない。思えば、朝食時に見聞きしたやり取りからしてハルニレの王族はカレルも含め色事にだいぶ寛容というか、もしかしたら夜伽相手に好きな人の話をすることに躊躇いはないのかもしれない。だが、セツとしてはかなりだいぶ気まずい。昨夜の行為を受け入れ、少なくてもセツの方からもう夜伽をやめようと言える気がしていないからなおさら。
「そっちは」
「え?」
「俺が外している間、兄上と何話してたんだ」
むすっとした声が問うてくる。何話してた、とは、また難しいことを。
リュカと話していたのは主に、昨夜のこと、カレルのプレゼントのこと、カレルの貞操のこと……はギリギリ踏みとどまったが。いずれも話題と気まずさがループしかねない内容だ。セツは少し悩んでから、
「花のこと」
と答えた。
「リュカが、マリッカを買いたいと思ってるって言ってて」
「ふぅん」
「季節の花で、色も鮮やかで綺麗だし匂いもいいから、花屋としてはぜひ楽しんで欲しいなぁって思ってるんだけど。あー……ちょっと、迷ってるみたい?」
ちょっとたどたどしい物言いになってしまった気もするが、嘘は言っていない。
「今度リュカが店に遊びに来たときに、マリッカを使った花束でも提案してみようかな」
「……フレミアは」
「フレミア? あれもたしかに夏時期の花で、紫が綺麗だよな。開いた花弁が星みたいな形なのもかわいいし。マリッカの蜂蜜みたいな少しとろみのある甘い匂いに比べて、フレミアはすうっと抜ける涼しい甘さっていうか」
頬杖をついている手の指先で自身の頬を軽くとんと打ってから、カレルは言った。
「兄上はそっちの方が気にいると思う。兄上はあまり夏の暑さが得意ではなく、寝つきも悪くなるらしい。涼しい匂いがそばにあったら、少しは安らぐだろ」
セツはきょとんとした。それから、思わずわっと口元を押さえた。
(兄上はそっちの方が気にいると思う……!? 少しは安らぐだろう!?)
花屋としても友人としてもこれまで接してきた中の印象から、リュカはマリッカ系統の匂いが好きだろうと思い、だから朝食時の話中でも勧めた。しかし、夏場のリュカがそんな悩みを抱えていることは知らなかったし、カレルは把握しているうえに兄を慮って、こうしてセツに提案をしてくれた。
カレルはセツが思うよりもずっとリュカへの愛情と親しみを持っているではないか。本当にお前が気にするほど兄弟仲は悪くないぞと今すぐリュカに話してあげたい。
こういうときスマホのひとつでもあればもう即刻メッセージを飛ばせるのだが、この世界には存在しない。一応通信魔法というのはあるらしいのだが高度な技術を要するものだし、基本的には魔族の争い中の伝令や状況共有など非常時に使うものである。そういう手軽な通信手段がないからこそ、手紙だったり直接会いに行って会話するコミュニケーションが主なこの世界もあたたかくて大好きなのだが、こういうときは少しもどかしい。
常にカレルにはときめいているのだけれど、こういった一際激しい供給が来たときは、萌えに悶えて自分の体内だけで処理することが困難になる。限界まで空気を注入された風船のような、ちょっとでも刺激があれば爆発してしまいそうな感覚に陥る。リュカにメッセージを入れて分かちたい、SNSの鍵アカウントで吐き出したい、でも手段がない。
「誠心誠意リュカ様に勧めさせていただきます」
「なんだその口調」
ついつい荒くなってしまった呼吸をおさめきれないまま言えば、怪訝な眼差しを向けられる。が、おかしそうに微かに緩んだ口端が、ほんの少し傾けられた首が、その表情が画角がなんともよすぎて——まさに最後の刺激となった。心の中でなにかがぱんと破裂したセツはカレルに向かって両手を合わせ、眦にちょっぴり涙を滲ませた。嗚呼、今日も今日とてカレルが尊く愛おしい。
後日「SETSU」を訪れたリュカにこの話と共にフレミアを勧めたら、なぜか腹を抱えるほど盛大に笑われたのは、また別の話。
「さっき取りに行ったのって、誕生パーティーのプレゼント?」
カレルの青い瞳がちらりとセツの方に向く。
「ふぅん、察しがいいな」
どうやら予想は当たりだったらしい。だが、戻ってきたカレルは手ぶらだったし、ポケットに入るくらいの小さなものだろうか。それとも逆に大きすぎて持って来れなかったとか。
「どんなプレゼント——」
そこまで言ってから、セツは、は、と気づいた。出かけ際にわざわざ戻るほどカレルが気になるプレゼント……もしかして、昨夜のパーティーにカレルの好きな人が来ていた、とか。だとしたら、これはセツが触れていい話題なのだろうか。
「今日はいい天気だな」
「なんで露骨に話を逸らした」
「い、いや……よくよく考えたら他の人がどんなプレゼントを贈ったのか聞くのはよろしくないかなぁと思って」
「別に俺がもらったプレゼントを俺が誰に話そうが問題ないだろ。そもそも」
次の言葉を模ったカレルの唇は、しかし音を発さず閉ざされていく。カレルは視線を窓の外に戻すと、ふん、と鼻を鳴らした。
そもそもに続く言葉が気になったが、カレルが言わないと選んだことだ。それに、セツとしてもこの話題をあまり蒸し返したくはない。思えば、朝食時に見聞きしたやり取りからしてハルニレの王族はカレルも含め色事にだいぶ寛容というか、もしかしたら夜伽相手に好きな人の話をすることに躊躇いはないのかもしれない。だが、セツとしてはかなりだいぶ気まずい。昨夜の行為を受け入れ、少なくてもセツの方からもう夜伽をやめようと言える気がしていないからなおさら。
「そっちは」
「え?」
「俺が外している間、兄上と何話してたんだ」
むすっとした声が問うてくる。何話してた、とは、また難しいことを。
リュカと話していたのは主に、昨夜のこと、カレルのプレゼントのこと、カレルの貞操のこと……はギリギリ踏みとどまったが。いずれも話題と気まずさがループしかねない内容だ。セツは少し悩んでから、
「花のこと」
と答えた。
「リュカが、マリッカを買いたいと思ってるって言ってて」
「ふぅん」
「季節の花で、色も鮮やかで綺麗だし匂いもいいから、花屋としてはぜひ楽しんで欲しいなぁって思ってるんだけど。あー……ちょっと、迷ってるみたい?」
ちょっとたどたどしい物言いになってしまった気もするが、嘘は言っていない。
「今度リュカが店に遊びに来たときに、マリッカを使った花束でも提案してみようかな」
「……フレミアは」
「フレミア? あれもたしかに夏時期の花で、紫が綺麗だよな。開いた花弁が星みたいな形なのもかわいいし。マリッカの蜂蜜みたいな少しとろみのある甘い匂いに比べて、フレミアはすうっと抜ける涼しい甘さっていうか」
頬杖をついている手の指先で自身の頬を軽くとんと打ってから、カレルは言った。
「兄上はそっちの方が気にいると思う。兄上はあまり夏の暑さが得意ではなく、寝つきも悪くなるらしい。涼しい匂いがそばにあったら、少しは安らぐだろ」
セツはきょとんとした。それから、思わずわっと口元を押さえた。
(兄上はそっちの方が気にいると思う……!? 少しは安らぐだろう!?)
花屋としても友人としてもこれまで接してきた中の印象から、リュカはマリッカ系統の匂いが好きだろうと思い、だから朝食時の話中でも勧めた。しかし、夏場のリュカがそんな悩みを抱えていることは知らなかったし、カレルは把握しているうえに兄を慮って、こうしてセツに提案をしてくれた。
カレルはセツが思うよりもずっとリュカへの愛情と親しみを持っているではないか。本当にお前が気にするほど兄弟仲は悪くないぞと今すぐリュカに話してあげたい。
こういうときスマホのひとつでもあればもう即刻メッセージを飛ばせるのだが、この世界には存在しない。一応通信魔法というのはあるらしいのだが高度な技術を要するものだし、基本的には魔族の争い中の伝令や状況共有など非常時に使うものである。そういう手軽な通信手段がないからこそ、手紙だったり直接会いに行って会話するコミュニケーションが主なこの世界もあたたかくて大好きなのだが、こういうときは少しもどかしい。
常にカレルにはときめいているのだけれど、こういった一際激しい供給が来たときは、萌えに悶えて自分の体内だけで処理することが困難になる。限界まで空気を注入された風船のような、ちょっとでも刺激があれば爆発してしまいそうな感覚に陥る。リュカにメッセージを入れて分かちたい、SNSの鍵アカウントで吐き出したい、でも手段がない。
「誠心誠意リュカ様に勧めさせていただきます」
「なんだその口調」
ついつい荒くなってしまった呼吸をおさめきれないまま言えば、怪訝な眼差しを向けられる。が、おかしそうに微かに緩んだ口端が、ほんの少し傾けられた首が、その表情が画角がなんともよすぎて——まさに最後の刺激となった。心の中でなにかがぱんと破裂したセツはカレルに向かって両手を合わせ、眦にちょっぴり涙を滲ませた。嗚呼、今日も今日とてカレルが尊く愛おしい。
後日「SETSU」を訪れたリュカにこの話と共にフレミアを勧めたら、なぜか腹を抱えるほど盛大に笑われたのは、また別の話。
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