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 会場に戻りしばらくの後、カレルの挨拶をもって誕生パーティーはつつがなく閉会した。
 帰途ではなにひとつ言葉を交わさなかったし、閉会まではまた離れた位置でそれぞれの時間を過ごしていたが、会場から客人がいなくなるとカレルはセツのそばに近づき「行くぞ」と声をかけてきた。
 澱みない足取りで先を歩くカレルの後ろ姿を見つめる。タキシード姿のかっこよさにやっぱりくらくらすると同時に、これからの未知にそわそわしていた。予行練習とはい一体何をするのか、カレルの部屋は一体どんな感じなのか。
 ゲーム上でカレルの寮室は登場しても、王宮での私室は出てこない。この世界に転生してからは王宮に定期的に訪れているけれど、それでもカレルの私室には花飾りがないため足を踏み入れることはなかった。
 カレルが生まれてからずっと使用してきた、カレルのためだけの部屋。そこにはカレルの生活や嗜好、人生が詰まっていると思うだけで胸が高鳴る。同時に、カレルの秘密基地だったコンサバトリーに入ったときのような、聖域を侵す背徳感を覚えてしまう……しかもそこで、多分、おそらくきっと、性的なことをするわけだから余計に。
 なんて思っているうちに気づけば一室の前に辿り着いていた。セツを中へ促すように、カレルが扉を開けて待つ。

「お邪魔します……」

 セツはどきどきとしながら、足を踏み入れた。
 広がるのは、カレルのイメージにぴったりな青と白を基調とした部屋。天井からさがるシャンデリア、見たことのない大きさかつ天蓋のついたベッド、繊細な彫りが施された机や背丈の高い本棚。いかにも高貴な身分であることが伝わってくる豪華絢爛な調度品だが、過度な派手さはなく品がいい。それらが置かれてもなお、そこら中でラジオ体操をしてもものにぶつからないであろうあまりある空間。

「ここが、カレルの部屋……」

 カレルが王子であることを改めて実感すると同時に、そこに散らばる生活と嗜好の痕跡にセツはどうしようもない興奮を覚えた。机上に置かれた魔術書の数々、そこからさきっぽだけ飛び出しているしおり。棚に飾られた香水瓶やガラス細工、花をあしらった雑貨——。

「あれ、昔うちでやったワークショップで作ったやつ?」

 棚に飾られたハーバリウムには見覚えがあった。
 あるとき、たまに文通している従弟から、花を見るのは好きなのだが嗅覚が過敏で楽しめるのは押し花などばかりであることを聞いたセツは、前世で母に付き合い一度だけ体験したハーバリウム作りを思い出した。そして、父に提案してみたのだ。こういうのを作ったら従弟や他のお客さん喜んでくれるかも、と。ドライフラワーや押し花などの作品はこの世界にもあるのだが、ハーバリウムはなかったらしく、あのときの父母の「セツは天才か?」という持て囃しっぷりは凄まじかった。
 従弟は喜んでくれたし、店でもとても好評で、何度かワークショップも開催した。そしてその日偶然にもカレルがお忍びで訪れたから、一緒に作っていかないかと誘ったのだ。外套を纏って王族の身分を隠しながらではあるけれど、周囲の子たちに混じりながら、真剣に花を厳選し悩みハーバリウムを作るカレルはそれはもうかわいらしかった。

「カレルが作ったハーバリウムすごい綺麗だなぁって思ってたんだよね」
「思ってたっていうか、言ってたろ、あのとき……綺麗だなんだって馬鹿みたいに何度も」
「だって本当に綺麗だったからさ。カレル自身も美しければカレルが生み出すものも美しいってもう、カレルは至上の星、銀河の宝、素晴らしい作品に再会できて感激……」
「そんなに気に入ってるなら、やるけど」
「え、だめだよ、こんな尊いものを簡単に人にあげちゃ。俺もあれが同じ空間にあったらずっと見惚れちゃって落ち着いて寝られないし」

 頑として拒めば、カレルは目を眇めてふんと鼻を鳴らした。

「じゃあ今夜寝られないな」
「え?」
「お前もこの部屋で過ごすんだから」
「あ」
「もっともあれに見惚れてる余裕がお前にあればだが」

 いや、それは。
 そもそもカレルが同じ空間にいるのだからカレルに見惚れちゃって寝られないというか、なんというか、余裕があればって、それって、いや、なにを言いたいのかは分かっているし腹は決めたのだけれど……!

「こっちこい」

 ベッドのふちに腰を下ろしたカレルが手招く。
 セツの心臓は今にも胸をぶち破ってどこかに飛んでいってしまいそうなほどにどきどきとしている。
 セツは数度深呼吸をしてから、カレルのそばに近づく。天蓋の影に入り、カレルを見下ろす。

「……あの、ひとつ、我儘を言ってもよろしいでしょうか」
「なに」

 青空の瞳がセツを仰ぐ。

「俺、予行練習がうまく行かなくても、その、カレルへの気持ちを伝えるのはやめられないと言いますか、多分カレルが近づくと爆発しちゃうんですけど……」

 堪えようと頑張って失敗した前例があるので、それはもう確実に。

「もし、カレルが気まずいとか迷惑とかだったら、ちゃんと言って欲しいというか。カレルが嫌がることはしたくないし、もちろん夜伽の口裏はちゃんと合わせるから——」

 全てを言いきる前にセツの視界はぐるりと回った。

「バカじゃねぇの」

 気づけば、背中にはふんわりとやわらかな感触、満ちる清涼な香り、なぜか動かない両手首はシーツに縫いつけられていて、仰げばカレルがセツに覆い被さっていた。
 もしかしなくても——俺、カレルに押し倒されてる?
 ほうほうなるほどこれがカレルに押し倒される画角、初見初体験とんでもない景色、影を纏ったカレルが視界いっぱいに映り、アンニュイな雰囲気もあいまった強い色気がこれでもかというほど降り注がれる。うわ、やばい、鼻血が出そう……って。

「へ」

 腰まわりが急に緩くなるのを感じた。
 まさかまさかと恐る恐る視線を下に動かしてみれば——カレルの白く美しい指が、セツのスラックスを寛げていた。
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