居酒屋“おがた”はムテキのお城

＜4＞

☆☆☆

　暫く、三人で黙然と佇んでいた。
　クラブハウス棟は、時々ざわめいて他の部活生が出入りして。
　そしてまた静かになる。
　野球部の小さな部室の中、ただただ三人で黙り込んでいて。

「……莉沙、大丈夫？」
　最初に声を出したのは櫂斗だった。
「あたしの心配より、自分の心配しなさいよ」
　茫然としすぎていて、まだ乱れたままの制服の櫂斗が、言われてもそもそと整える。
　ベルトを止め、制服のボタンを締める。
　まだ震えが止まらないから、もたもたしていたら制服のボタンは莉沙が締めてくれた。

「びっくりし過ぎて、なんかもう、どうしていいかわかんないんだけど？」
　一度声を出したら落ち着いたのか、莉沙がそう言って穂高を見た。
「レイプされたのが、莉沙じゃなくて良かったよ」という櫂斗を、
「ふざけてんじゃねーよ、櫂斗」穂高が睨みつける。

「あのまま帰らせるって、櫂斗、おまえ正気かよ？」
「いんだよ。莉沙が無事だから。俺は男だし、それに未遂だっつったじゃん」
「未遂だろうと、誰だろうと、されたことはされたことだろうがよ！」
「しょーがないじゃん。好きだったんだろ、俺のこと」
「なんそれ？　何気持ち悪いこと平気で受け入れてんだよ？」
「気持ち悪い、かな？」
「え？」

　櫂斗の問いに、穂高も莉沙も目を見開く。
「男が、男好きになるのは、気持ち悪い？」
　呟くような櫂斗の言葉に、二人が目を見合わせた。

「俺、さ。莉沙たちに、隠してること、ある」

　一度、深呼吸した。
　そして。

「俺。付き合ってんの、相手、男だから」
　突然の櫂斗の告白に、穂高と莉沙は息を呑んだ。

「あの時会ってたのは、ただのバイト仲間。彼女じゃ、ない。俺が付き合ってんのは、同じバイトの男子大学生、なんだ」
　ずっと、言いたかったけど、言えなかったこと。
　男である自分が、好きになって想いを伝えあったのは同じ男だという事実。
　二人がその事実を知ってどう思うか。それが、怖くて言えなかった事実。

「ごめんね、黙ってて。男の俺が、男の人好きって。だから、気持ち悪い、でしょ？」
「櫂斗」穂高が口を開いたけれど。
「気持ち悪いよね、ごめんね。俺、こんな気持ち悪いヤツだから。だから……」
「櫂斗！」
　言葉を続けて、泣きそうになった櫂斗の頬を、横から莉沙が叩いた。

「ざけんなよ、櫂斗」
　莉沙の怒っている声。
「勝手にこっちの感想、決めつけないでくれる？」
　穂高も、莉沙に近付いてきた。

「悪かったよ、一括りに“気持ち悪い”なんてゆって。それは、謝る」
　莉沙の言葉に。
「俺が気持ち悪いと思ったのは、ただ、好きな気持ちを体使って押し付けてきたことに対して、だ」
　穂高が続けた。

「好きだから抱いていいなんて、あり得ないだろ。それは、同性だろうと異性だろうと赦されることじゃない」
　冷静に穂高が言い切った。そして。
「あいつが櫂斗を好きだっていう、その想いに対しても。不快だって、そう思ったのは、正直、認める。だって、実際櫂斗の何を見て好きだっつってんだって話じゃん？」
　莉沙が言葉を捏ねる。
「あたしや穂高が櫂斗を好きなのは、あんたのこと結構いろいろ知ってるからなわけで、全然なんも知らないヤツが櫂斗を好きだから押し倒すなんて、そんなのふざけてるじゃん」

　櫂斗の頬を、莉沙が撫でる。その手は“叩いてごめん”と言っていて。
「俺だって、おまえのこと好きだよ、櫂斗」
「……いや、だからそうじゃなくて。俺が言ってる“好き”はそんなんじゃない」
「わかってるよ。ちゃんと、恋愛対象として、その……カレシがいるってこと、だろ？」
　櫂斗は黙って頷いた。