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「……莉沙が、無事でよかった」
 思わず櫂斗が心の底からの声で言うと。
「そういう問題じゃないでしょ! あたしが無事でも、櫂斗、全然……あ、まだ無事?」
「無事です」
 一応、答える。
 とりあえず、キスされただけなので。と小さく呟いて。

 でも。
 さすがにあまりにも気持ちが悪くて。
 莉沙の腕の中で、震えが止まらない。
 そんな櫂斗を、莉沙は優しく撫で続けてくれて。

「とにかく。あんた自分のやったこと、わかってる?」
 穂高が怒りをギリギリまで押し殺している低い声で、問う。

「俺はっ……櫂斗が、好きなだけなんだ。櫂斗が……」
「だから櫂斗もあんたも男でしょ? 何気持ち悪いことゆってんのよ?」

 莉沙のセリフに、櫂斗も固まる。
 男が、男を好きってのは、やっぱり気持ち悪いのか、と。
 自分が今されたことは、確かに気持ち悪くて吐きそうなくらいだけれど、でも、男の自分が好きなのは男である朋樹だし。
 その同性を好きって気持ちを否定されるのは、辛い。

「とりあえず。あんた三年だろ? 出るトコ出たら、いろいろヤバイことになるけど」
「いいよ、穂高。大事おおごとにしないで」
 櫂斗が言った。
「え?」穂高が振り返る。

「受験生だから。いろんなこと、多分抱え込んじゃっただけでしょ? もう、二度とこんなマネしないって約束してくれるなら、誰にも、言わない。学校にも」
 櫂斗が、小さく首を振りながら言った。
「でも櫂斗……」
「いんだよ、莉沙。俺は、無事だから。未遂、だから。この人、こんなしょーもないことで人生棒に振らせちゃ、可哀想」
「……ほんとに、いいの?」
 莉沙が櫂斗の目を見る。

「俺のこと、好きってのは、ありがとね。でも、ごめんけどそれには答えられない。俺には大事な人がいるから」
 櫂斗が言うと、男が顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。
「思い余ってやっちゃったんだよね。よくないってわかってても、も、どーしよーもなかったんだろ?」
 黙ったまま、男は泣き続ける。

「でもさ。俺の前に、もう二度と現れないで。今度会ったら、さすがにその時は出るトコ出るし」
 崩れ落ちるように、力なくその場に座り込む男を、穂高もただ見つめることしかしない。
 本当は蹴り飛ばしてボコボコに殴り倒してやりたいけれど、誰よりも櫂斗がそれを望んでいないから。

「ココ、締めるから、出てってよ。そしたらもう、どこでもいいからどっか、消えて」
 櫂斗が言うと、男は黙ったまま部室を出て行った。
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