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「いらっしゃいませ……あ、キョウさん」
 開いた扉に反応した櫂斗が、看板息子として満点とも言える笑顔を見せた。

 期末試験も無事終わり、店に復活した櫂斗の代わりに本日再び朋樹不在である。
 ほのかも今日はバイトに来ることができず、平日とは言え孤立無援の櫂斗が店内を忙しなく動き回っているわけで。
 そんな状況にもかかわらず、来店客に満面の笑みを見せて招き入れる櫂斗は、立派な従業員だろう。

「お。一人かい?」
「そおなんー。トモさんもほのかも、今日は来れないって。あ、良かったらカウンター座って。かーちゃんが相手するから」
「はいよ」

 杏輔は純也と二人連れだったが、言われるままにカウンターへと着いた。
 櫂斗は座敷にビールを届けている。

「ごめんね、バタバタしてて。今日はさっくんいないのね」
「そ。あいつ今一人で頑張ってるよ。あ、生二つとモズク酢。アラ炊きと小鉢セット。とりあえず」
 杏輔のオーダーに女将さんが素早く、けれどもしなやかにまるで忙しなさを感じさせない雰囲気でビールを用意した。

「お疲れさん。純也、他に何か食いたいもん、あるか?」
 ジョッキを軽くぶつけて喉を潤す。
「あー、じゃあ串盛り。あとキョウさん、マグロカツ食っていい?」
 材料に良い物を使っているからちょっとだけ、単価が高い。それに杏輔があまり揚げ物を好んで食べないことは知っているから。
 純也が可愛く甘える。
「何でも食っていいよ。おまえはもちょっと太れ」
「やだよ。キョウさんはもちょっと痩せなよ」
「ほっとけ」
 一応課長とその部下、ではあるけれど。
 杏輔がいかにも上司な雰囲気を出さないから、純也もはっきり物を言う。

 そんな二人のやり取りに構っていられる状況では、今日は、ない。
 女将さんもカウンター客のオーダーにだけ対応し、今日は調理だけでなくホールのサブとしてカウンターを出る。

 バイトが一人しかいないという状況はこの店の歴史上今までに何度もあって。
 今でこそ櫂斗が“使える”人材として店に出ているけれど、誰もバイトがいない日なんてことも過去にはあった。
 学生のアルバイトを雇っている以上、彼らの本業がわかっているからシフトの都合は無理強いできない。

 元々この店でホールのバイトをしていた女将さんだから、人手がない日は率先してホール内を動き回る。
 その方が性に合っていると思うから、本当は和装ではなくTシャツにパンツで店に出たいのだけど。
 最愛の夫に理想の女将像なんてものに仕立て上げられてしまった以上、仕方がない。
 だから、時々こんな状況になってジョッキをいくつも抱えてテーブルに運ぶのは楽しくて。

 櫂斗の動きと併せて阿吽の呼吸で片付けと提供をして。
 合間を縫って洗い物、からの小鉢への盛り付け。
 思っていた以上に動ける息子との連携は、予想外にノーストレス。
 少し額に汗を浮かべつつも、この状況を楽しんでいるわけで。

 さすがにタバコの使い走りだけは「ごめんなさい」と謝ったら、なんと大将が厨房から顔を出し、
「俺が行ってくる」なんて言うから、逆に客の方から「いいですいいです、自分で行ってきます」なんてことになり。

 忙しい中、いつもと違う“おがた”が見られたと、常連客は満足そうに帰って行った。
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