7 / 7
Ver.4-2
しおりを挟む
「サリエット・フィッシャー! お前の悪事、フーシェから聞いている! そのような性根の者と結婚などできるわけがない! 私はお前との婚約を破棄する!」
サリエットは冷めた気持ちで、王太子を見る。
「そ、そんな」
だが、一応哀しそうに顔を手で覆ってみた。
これがサリエットにできる演技の精一杯だった。
「王太子殿下!」
サリエットの父親であるフィッシャー公爵が前に進み出る。
サリエットは、心の中で願った。フィッシャー公爵が、サリエットのことをかばってくれることを。
「サリエットは公爵家から追放いたします! いえ、国内からも追放いたします! ですから、何卒お怒りをお鎮め下さい!」
やはり物語の強制力からは逃げられないのだと、サリエットは落ち込んだ。
何よりも、昔は大好きだったフィッシャー公爵から、ないものとして扱われるのだという事実がショックだった。
だが、フーシェが出てきてからのフィッシャー公爵は、もうサリエットの好きだったフィッシャー公爵とは全く違っていた。
尊敬する気持ちも、今ではすっかりしぼんでいた。だが、それでも血のつながりのある唯一の人間なのだ。だから、少しは信じたかった。
フィッシャー公爵はサリエットを助けてはくれなかった。いや、もしかしたらこの後のフーシェとの婚約の話も内内には進んでいるのかもしれない。だから、公爵家にとってあだにしかなりそうにないサリエットの存在自体が疎ましかったのかもしれない。
もはやサリエットなど、フィッシャー公爵家から不要なのだ。
もうサリエットが父親に期待しても、何も起こることはないのだ。
サリエットは大きく息をつくと、父親との決別を思って溢れた涙をぬぐった。
フーシェが現れる前までは、本当に大好きだったのだ。だから、その涙は本当だった。
「お父様、いえ、フィッシャー公爵様。お言葉の通り、私はこの国から去ります」
サリエットが公爵に告げると、公爵はホッと息をついた。王も王妃もホッとしている。
「最後に一つ、よろしいでしょうか」
サリエットの言葉に、王たちが冷たい顔で頷いた。
「神託が降りました。聖女が離れた国には、災いが降りかかると」
大広間がざわめく。
「な、何を言っている! 聖女は、聖女はフーシェのことだ! フーシェがこの国を離れるなどと言うことはない! サリエットがこの国からいなくなっても、誰も困りはしない! 最後に言いたいことがコレか!?」
王太子がサリエットに怒鳴りつける。
その王太子に寄り添うフーシェが、サリエットたちだけに見える顔で、バカにした顔をした。
フィッシャー公爵は憤怒の表情で、わなわなと震えている。
王たちも冷たい表情だ。
サリエットは分かりきっていた反応に、首を振る。
クロックがサリエットに歩み寄り、サリエットの手首をさらす。
そこには、美しい緑の石の腕輪が付けられていた。
「これが何か、ご存知ですか?」
サリエットが腕を上げる。
それを目に入れた人々の顔が、驚愕する。
王太子も、フーシェも、フィッシャー公爵も、だ。
「な、なぜお前がそんなものを持っているのだ! そ、それは偽物だろう! フーシェが本物を身につけているんだからな!」
王太子がサリエットを怒鳴る。
サリエットは息をついた。
「フーシェの持つものは偽物です。どうして、私がこの腕輪をつけているのか、殿下であればご存知でしょう。勿論、他の皆さまも」
どの顔も、信じられないという表情をしている。そして、フーシェに視線を向ける。
「そ、それは、私のものよ! お姉さま返して!」
フーシェがサリエットの腕につかみかかる。
が、バシン! という軽い音がして、フーシェが吹っ飛んだ。床にフーシェが突っ伏す。
「な! フーシェに何をする!?」
王太子が憤り、サリエットに近づく。
「聖女に与えられる腕輪には、加護が与えられています。そんなこと、ご存じのはずでしょう? 私を害そうとしない方がいいですわ」
「そ、その腕輪は、偽物だろう!」
「神託を受けない人間が加護を受けた腕輪をつけられるとでも?」
サリエットの言葉に、グッと王太子が言葉に詰まる。
「サリエットが……聖女だと言うのか……」
王も王妃の顔も衝撃で目を見開いている。
「もし、フーシェが聖女だった場合、私がフーシェを害そうとするのであれば、私が今のフーシェのように何度も倒れこんでいることでしょう。なのに、ルビーとルビーの家族、そしてクロック以外は、フーシェの言葉しか信じなかった。私は何度も違うと、言ったはずなのに」
「……そ、そんな……」
王太子が崩れ落ちる。
「サリエット……どうして、その証を見せなかったんだ……」
王の呟きに、サリエットは首をふる。
「私を信じてくださっているのなら、そんなものがなくとも信じてくださるでしょう? それに、偽物の証を信じている人に、本物を見せたところで、信じてくださるんでしょうか? 実際、父上……フィッシャー公爵様は見せても信じてもくださいませんでした」
フィッシャー公爵が首を横にふる。
「あれは……フーシェに騙されていたんだ!」
「いいえ。フィッシャー公爵様。あれがすべてです。あのとき、私は信用されなかったと理解したんですの」
あの日の夜のことを、サリエットは今も忘れていない。
一晩泣いて、そして、もし決別の時が来ても、もはや自分の父親ではないのだからと自分に言い聞かせたのだ。
「フーシェ、お前私たちを騙したな!」
気がついたフーシェに、王太子が怒鳴り付ける。
「ごめんなさい! ごめんなさい! どうしても、聖女だって……私は聖女のはずなんだって思いたかったの!」
フーシェが泣いている。その顔は、本当に後悔しているようにも見えた。
「我々を欺いた罪、死をもって償うがいい」
王の言葉に、フーシェが突っ伏す。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当に魔が差しただけなの! 私が王妃になれるはずだって思っていただけなの! 死にたくはないの! 謝るから、お姉さまにはお詫びをするから! だから許して!」
フーシェのガタガタと震える様子には、演技をしているとは感じられなかった。
だが、サリエットにとっては、もはやどうでも良かった。
「あなたは、私にとってどうでもいいわ。だから、王が決めればいいことよ」
王がホッとしてサリエットを見た。
「では、サリエット……いえ、聖女様は、この国にとどまってくれるのですね」
王をはじめとする期待を持った瞳に、サリエットは首を横にふる。
「私を信用しない人たちがいる国にとどまりたくはありません」
サリエットの言葉に、王と王妃が崩れ落ちる。
「サリエット……私と結婚すると言っていたではないか」
王太子がサリエットに近づく。
だが、剣を持ったクロックに阻まれる。
「私を一番最初に信じてくださらなかったのは、誰でもない殿下ですわ」
サリエットの初恋は王太子だった。だが、今となれば、過去のことだ。
「悪かった。本当に悪かった。サリエットのことを信じないなど、本当に私はどうかしていたのだ」
「その言葉を、もっと前に聞きたかったですわ。それでは、皆さまごきげんよう」
サリエットは美しいお辞儀をすると、きびすを返し大広間から出ていった。
その後ろをハローク一家とクロックがついていく。
その後ろについていこうとした貴族に、クロックが振り替える。
「我々以外は、聖女の加護から外れてしまっている。例えどこに行こうと、この国に降りかかる災いはその身に降りかかる。ついてきても同じだ」
着いていこうとした、貴族が崩れ落ちる。
大広間に、人々の嘆きと泣き声が広がっていく。
半年後、カーブ国は内乱が起こり、国そのものが滅亡した。
Ver.4完
サリエットは冷めた気持ちで、王太子を見る。
「そ、そんな」
だが、一応哀しそうに顔を手で覆ってみた。
これがサリエットにできる演技の精一杯だった。
「王太子殿下!」
サリエットの父親であるフィッシャー公爵が前に進み出る。
サリエットは、心の中で願った。フィッシャー公爵が、サリエットのことをかばってくれることを。
「サリエットは公爵家から追放いたします! いえ、国内からも追放いたします! ですから、何卒お怒りをお鎮め下さい!」
やはり物語の強制力からは逃げられないのだと、サリエットは落ち込んだ。
何よりも、昔は大好きだったフィッシャー公爵から、ないものとして扱われるのだという事実がショックだった。
だが、フーシェが出てきてからのフィッシャー公爵は、もうサリエットの好きだったフィッシャー公爵とは全く違っていた。
尊敬する気持ちも、今ではすっかりしぼんでいた。だが、それでも血のつながりのある唯一の人間なのだ。だから、少しは信じたかった。
フィッシャー公爵はサリエットを助けてはくれなかった。いや、もしかしたらこの後のフーシェとの婚約の話も内内には進んでいるのかもしれない。だから、公爵家にとってあだにしかなりそうにないサリエットの存在自体が疎ましかったのかもしれない。
もはやサリエットなど、フィッシャー公爵家から不要なのだ。
もうサリエットが父親に期待しても、何も起こることはないのだ。
サリエットは大きく息をつくと、父親との決別を思って溢れた涙をぬぐった。
フーシェが現れる前までは、本当に大好きだったのだ。だから、その涙は本当だった。
「お父様、いえ、フィッシャー公爵様。お言葉の通り、私はこの国から去ります」
サリエットが公爵に告げると、公爵はホッと息をついた。王も王妃もホッとしている。
「最後に一つ、よろしいでしょうか」
サリエットの言葉に、王たちが冷たい顔で頷いた。
「神託が降りました。聖女が離れた国には、災いが降りかかると」
大広間がざわめく。
「な、何を言っている! 聖女は、聖女はフーシェのことだ! フーシェがこの国を離れるなどと言うことはない! サリエットがこの国からいなくなっても、誰も困りはしない! 最後に言いたいことがコレか!?」
王太子がサリエットに怒鳴りつける。
その王太子に寄り添うフーシェが、サリエットたちだけに見える顔で、バカにした顔をした。
フィッシャー公爵は憤怒の表情で、わなわなと震えている。
王たちも冷たい表情だ。
サリエットは分かりきっていた反応に、首を振る。
クロックがサリエットに歩み寄り、サリエットの手首をさらす。
そこには、美しい緑の石の腕輪が付けられていた。
「これが何か、ご存知ですか?」
サリエットが腕を上げる。
それを目に入れた人々の顔が、驚愕する。
王太子も、フーシェも、フィッシャー公爵も、だ。
「な、なぜお前がそんなものを持っているのだ! そ、それは偽物だろう! フーシェが本物を身につけているんだからな!」
王太子がサリエットを怒鳴る。
サリエットは息をついた。
「フーシェの持つものは偽物です。どうして、私がこの腕輪をつけているのか、殿下であればご存知でしょう。勿論、他の皆さまも」
どの顔も、信じられないという表情をしている。そして、フーシェに視線を向ける。
「そ、それは、私のものよ! お姉さま返して!」
フーシェがサリエットの腕につかみかかる。
が、バシン! という軽い音がして、フーシェが吹っ飛んだ。床にフーシェが突っ伏す。
「な! フーシェに何をする!?」
王太子が憤り、サリエットに近づく。
「聖女に与えられる腕輪には、加護が与えられています。そんなこと、ご存じのはずでしょう? 私を害そうとしない方がいいですわ」
「そ、その腕輪は、偽物だろう!」
「神託を受けない人間が加護を受けた腕輪をつけられるとでも?」
サリエットの言葉に、グッと王太子が言葉に詰まる。
「サリエットが……聖女だと言うのか……」
王も王妃の顔も衝撃で目を見開いている。
「もし、フーシェが聖女だった場合、私がフーシェを害そうとするのであれば、私が今のフーシェのように何度も倒れこんでいることでしょう。なのに、ルビーとルビーの家族、そしてクロック以外は、フーシェの言葉しか信じなかった。私は何度も違うと、言ったはずなのに」
「……そ、そんな……」
王太子が崩れ落ちる。
「サリエット……どうして、その証を見せなかったんだ……」
王の呟きに、サリエットは首をふる。
「私を信じてくださっているのなら、そんなものがなくとも信じてくださるでしょう? それに、偽物の証を信じている人に、本物を見せたところで、信じてくださるんでしょうか? 実際、父上……フィッシャー公爵様は見せても信じてもくださいませんでした」
フィッシャー公爵が首を横にふる。
「あれは……フーシェに騙されていたんだ!」
「いいえ。フィッシャー公爵様。あれがすべてです。あのとき、私は信用されなかったと理解したんですの」
あの日の夜のことを、サリエットは今も忘れていない。
一晩泣いて、そして、もし決別の時が来ても、もはや自分の父親ではないのだからと自分に言い聞かせたのだ。
「フーシェ、お前私たちを騙したな!」
気がついたフーシェに、王太子が怒鳴り付ける。
「ごめんなさい! ごめんなさい! どうしても、聖女だって……私は聖女のはずなんだって思いたかったの!」
フーシェが泣いている。その顔は、本当に後悔しているようにも見えた。
「我々を欺いた罪、死をもって償うがいい」
王の言葉に、フーシェが突っ伏す。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当に魔が差しただけなの! 私が王妃になれるはずだって思っていただけなの! 死にたくはないの! 謝るから、お姉さまにはお詫びをするから! だから許して!」
フーシェのガタガタと震える様子には、演技をしているとは感じられなかった。
だが、サリエットにとっては、もはやどうでも良かった。
「あなたは、私にとってどうでもいいわ。だから、王が決めればいいことよ」
王がホッとしてサリエットを見た。
「では、サリエット……いえ、聖女様は、この国にとどまってくれるのですね」
王をはじめとする期待を持った瞳に、サリエットは首を横にふる。
「私を信用しない人たちがいる国にとどまりたくはありません」
サリエットの言葉に、王と王妃が崩れ落ちる。
「サリエット……私と結婚すると言っていたではないか」
王太子がサリエットに近づく。
だが、剣を持ったクロックに阻まれる。
「私を一番最初に信じてくださらなかったのは、誰でもない殿下ですわ」
サリエットの初恋は王太子だった。だが、今となれば、過去のことだ。
「悪かった。本当に悪かった。サリエットのことを信じないなど、本当に私はどうかしていたのだ」
「その言葉を、もっと前に聞きたかったですわ。それでは、皆さまごきげんよう」
サリエットは美しいお辞儀をすると、きびすを返し大広間から出ていった。
その後ろをハローク一家とクロックがついていく。
その後ろについていこうとした貴族に、クロックが振り替える。
「我々以外は、聖女の加護から外れてしまっている。例えどこに行こうと、この国に降りかかる災いはその身に降りかかる。ついてきても同じだ」
着いていこうとした、貴族が崩れ落ちる。
大広間に、人々の嘆きと泣き声が広がっていく。
半年後、カーブ国は内乱が起こり、国そのものが滅亡した。
Ver.4完
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる