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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈5〉幼なじみをお守りするのです シャルリーヌside

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※別視点です。


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 私は、シャルリーヌ・バルテ。
 十四歳で、王立学院に入学したばかりの、バルテ侯爵家の次女。
 長女のカトリーヌは、昔から我が家と並んで双翼の侯爵家(戦乱の時代に高い武力で王家を守ったらしい。今はカトリーヌの夫であるセレスタン・オベール侯爵が、王国騎士団第一師団長を勤めている)、と呼ばれているオベール家に嫁いでいて、歳の離れた弟のリシャールはまだ七歳。ようやく家庭教師を付け始めたところで、これからバルテ家後継として色々叩き込まれるわけだけれど、さすが末っ子長男。散々甘やかされて育って来たので、早々に逃げられているみたい。私も甘やかしちゃっているんだけどね。

 そんな私が七歳になった年は、待望の世継ぎとして弟が産まれ、姉が婚約した年で、ローゼン公爵家の同い年の令嬢、レオナ・ローゼンの学友として公爵家に通うことが決まった年でもあった。
 オベール侯爵家との繋がりは姉が。家は弟が。となって私は、バルテ家の余り物になったと。幼心に悟った年だ。

 レオナは、四歳の時に毒を盛られたそうだ。

 今からちょうど十年前のその時、北の辺境領にある森で、原因不明の魔獣の大量発生であるスタンピードが起こった。
 
 マーカム王国は、瞬く間に大混乱に陥る。
 
 幸い、大陸周辺諸国と同盟を結んだことで、協力や援軍をすぐに得られ、王都に被害は及ばなかった。
 だが一方で、王国騎士団、王国魔術師団、北の領地領民には多数の死傷者、被害が出た。

 王国が被った損害は甚大であり、当時の騎士団長兼辺境伯のヴァジーム・ダイモン伯爵は、副団長ゲルルフ・ランゲンバッハ子爵(男爵から武功で陞爵しょうしゃく)に団長位を譲って王都を去ったぐらいに、特に北の辺境領の被害は凄まじかったそうだ。
 
 戦死した魔術師団長の席は、現在も空位のまま(当時の副師団長は去年勇退。現副師団長ラザール・アーレンツは、師団長の喪に服しているという理由で、師団長への昇任を拒否し続けている)で、ゲルルフの後任の副団長も長い間決まらず、去年ようやくブノワ伯爵家のジョエル・ブノワが就任した。
 
 北の領地は荒地となったが、ダイモン伯爵の尽力により、この十年でだいぶ復興したらしい。
 
 そんな混乱の最中、公爵令嬢が毒を盛られた事件は、公にならずひっそりと処理された。
 異常に気付いた家庭教師のエリデは、咄嗟にしつけを装ってレオナの手を打ち払い、毒入り紅茶から守ったそうだ。 
 レオナは、未だにそのことを知らない。
 厳しいエリデを疑いもせず、自身の至らなさゆえ、と粛々とマナー教育に励んだのだった。
 
 犯人は雇われたばかりのメイドで、殺す気はなかった、毒とは知らなかった、何者かに大金をもらって頼まれただけ、ということだった。
 雇い主が見つからないままにそのメイドは投獄され、その後、静かに獄死したそうだ。
 
 毒殺未遂事件の少し前には、ローゼン公爵家と並ぶピオジェ公爵家第一夫人の懐妊が発表されたばかり。
 第二夫人には娘が一人のみ――フランソワーズだ――であるからして、混乱に乗じた権力争い(当時、ローゼン公爵ベルナルドが宰相有力候補だった)や後継争い、王子の婚約者候補選定など、動機はいくらでも邪推できるが真相は未だ闇の中だ。

 ともあれ、当然そんなレオナの周辺は、過剰なまでに守られることとなった。
 一人は、冒険者出身で、スタンピードを生き残ったヒューゴー。執事のルーカスに冒険者ギルドでスカウトされ、護衛兼侍従候補となった。
 もう一人は、元男爵令嬢のマリー。同じ時魔獣に両親を殺され、領地も家も身寄りもなくなり、専属メイド候補として雇われた。
 マリーは元貴族のため魔力を有しており、執事ルーカスの教育でマナーや護身術は完璧である上に、魔術師団の特別講義(公爵家のコネ)を受けた、攻撃魔法の使い手でもある。

 そして、余り物侯爵令嬢の私は、レオナのお友達に選ばれた。『有事の際は身を呈して彼女を守る』お友達だ。直接命じられた訳では無いが、つまりはそういうことだろうと思っている。
 
 七歳で初めて会った彼女は、プラチナブロンドを肩まで伸ばし、背筋もピンとした小さなレディであったけれど、不安げな目――薔薇のような赤――で私を見て、
「あの、私、今までお友達って居たことがなくって」
 と、モジモジボソボソ言うので、聞き取るのが大変で。
「一緒に居ても――面白くないかもしれないけれど……あの! 仲良くしてくれたら、嬉しいわ!」
 でも、変に偉ぶらず、素直に話す態度が好ましかった。
「お会いできて光栄ですわ。どうぞシャルとお呼び下さい、レオナ様。たくさんお話しましょう」
「お友達に様はいらないわ、シャル。敬語もよ」
 
 嬉しそうに頬をポッと赤くして、はにかんだレオナは、可憐だった。
 この子を守るためだったら、まあいっか、と直感で思った。
 

 それから私達は、親友になった。
 レオナは恋に憧れていて、素敵な殿方とデートというものをしてみたい! のだそう。
 流行の恋愛小説を両腕に抱きしめて、この物語のように手を繋いでみたいの! とキラキラした瞳で語るのが常だった。
 じゃあ私は、というと、姉から結構えげつない『大人の恋バナ』を聞いているので、恋に夢見る気には到底なれない。
 大体お姉様は、旦那の愚痴と称して、妹に赤裸々な暴露をしすぎなのだ。生々しすぎる話にドン引きしながらも、聞いちゃう私も私なのだけれど。
 
「レオナは今、どういう殿方が理想なの?」
 学院の帰り、公爵家にお呼ばれして美味しいお茶を嗜む。
 ついでに好みを聞いておいてあげる私ってば、優しいよね!
 
「見た目のことは良く分からないのだけれど……男性として頼りがいのある方が良いわ! お話が合う方がいらっしゃったらなあ……」
 なんて、うっとり想像してらっしゃいますけど、貴族は基本自分では何もしないから。華奢な男性が多いですわよ、ご存知よね? あっ、ローゼン公爵閣下は別格よ? 閣下ってどうしてあんなにムキムキなの? 内勤なのに。
 
「頼りがいってことは、騎士団の方とか、かしら?」
 エドガーも多少ムキムキに鍛えたら良いのかな。
 いや、あの脳みそじゃ無理かあ。
 何より鈍感、空気読めない、俺王子だよすごいでしょ、かっこいいでしょ、っていうのがレオナいわく『生理的に無理』なんだもんなあ。可哀想に。残念。
 
「うーん……騎士様とお話合うかしら……」
 
 あ、ごめん無理かも。
 だってレオナったら歴史本とか小説とかが好きで、内向的だし、割と理屈屋だし、騒がしい場所や派手なことは苦手だし。
 騎士様達って良くも悪くも、貪欲で自己主張が強い方が多いのよね~。考えるより動けだし。レオナとは正反対だわ。
 せめて、お菓子やお茶が好きな方がいらっしゃればいいんだけれど、そういうものは『女子供が嗜むもの』っていう偏見もあるし。難しいなあ。
 
「実は私は、ちょっと諦めているところもあるのよ」
 眉を下げて、レオナはそう溜息をつく。
 
 恋愛結婚したい! って、公爵閣下に直談判したって聞いてますけど? フィリ様も、諸外国からのあなたへの縁談、跡形もなく叩き壊しまくってますわよ? 知らないと思うけど。
 
「呪われた瞳を持つ『薔薇魔女』の生まれ変わりだなんて、ね……」
 ふふ、いいの、今は想像だけでも楽しいもの! と紅茶を口に運ぶ彼女は、切なさを誤魔化すように、コソッと言う。
「そういうシャルは……やっぱりヒューみたいな?」

 ぐう、黒歴史!
 今となれば間違った初恋だったと自覚しているので、なかったことにして頂きたい!
 今すぐ記憶から抹消して下さい、お願いします。若気の至りです!
 年上の悪そうな人が、やたらカッコよく思える時期って、女なら誰にでもあるわよね! ね! ね!!

「もー、そのことはきれいサッパリ忘れてよね! ……どうかなあ? 私も貴族っぽい人は苦手かな。遠慮なく話したいっていうか」
「遠慮なくじゃれつきたいっていうか?」

 イタズラっぽく笑うレオナに、思わず半目になる。
 ヒューゴーとじゃれて見えるのは、単純に気安いだけなのよ。ああ見えて九歳も年上なのよね! あの男。童顔詐欺め。そりゃ、私なんて子供扱いですわよ。分かっていますわ。

「あ! ゼル様はどう? 貴族っぽくないし、遠慮もないわよ!」
 レオナったら、いかにも素敵な考えって感じに言うけれど残念! ゼルの狙いはあなたよ? 自分への好意には、ほんっとうにビックリするぐらい鈍感なんだから。
「……軽薄な感じって、好きじゃないのよね~。ゼルって絶対女性馴れしてる。年上っぽいのは良いけど」
「そっかあ……」
 
 気をつけてよね? フィリ様にはご報告済ですけどね?
 
「じゃあ、そろそろ帰るわね。遅くなっちゃうし。お茶ご馳走様、美味しかったわ」
 最近レオナは、自分でお茶を淹れるようになり、今日はその練習台でもあった。
「ええ、こちらこそありがとう! 楽しかったわ。また明日ね、シャル」


 余り物侯爵令嬢は、この弱気で優しくて、可憐で夢見がちな薔薇魔女様を、明日もお守りするのです。
 
 ――もちろん、それが楽しいからだけどね!



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2023/1/13改稿
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