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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈4〉何やら不穏です?
しおりを挟む午後は、各講師がハイクラスルームを交代で訪れ、自己紹介に加えて講義内容を細かく説明する時間だったため、大変充実した時間になった。
集中していたおかげで、ヒソヒソイヤミ攻撃はあまり気にならず過ごせたレオナは、攻撃してないでちゃんと聞きなよ……後で困るよ? と少し老婆心が湧いていた。
と同時に、エドガーにやたらと話しかけたり、隣に座ったりしているピンク髪の女子学生――自己紹介でユリエ・カトゥカと名乗っていた――がやたらと目の端に入り、度々敵意のこもった目線を向けられているようで、戸惑っていた。
ユリエという名前にも、カトゥカという家名にも、覚えが全くないのにも関わらず、だ。
まさか、エドガーのやつめ、昔一目惚れしただとか変なことを言っていないだろうな? と不安になるが、声までは聞こえないので、レオナの憶測でしかなかった。
前の席のゼルには、休憩ごとに
「二人はどれを取るつもりなんだ?」
や、
「俺、勉強は苦手なんだ……特に数字は眠くなる。レオナ嬢は?」
や、
「シャルリーヌ嬢は、外交を取るってことは、国外に行く予定でもあるのか?」
などと、非常に気安くポンポン質問を投げかけて来られるので、周りの学生達に聞き耳を立てられてしまっていた。
公爵家と侯爵家令嬢であるからして、動向が気になるのは分かるが、あからさまだなあ、とレオナの溜息が止まらない。
「外交と攻撃魔法が見事に時間被るわね……剣術と王国史も」
シャルリーヌが講義一覧を見て気付き、指摘してくれた。
「あら、本当だわ。選択講義はあまり一緒に受けられないかもしれないわね」
届出の提出は明後日。一旦持ち帰って希望のスケジュールを組み、明日お互いに見せ合いながら相談しようということになった。
「なー、それ俺も入っていいか? どれを選べば良いのか、さっぱり分からなくてだな」
ゼルが、一段低い場所からレオナ達の机に顎を乗せて、すまなそうに上目遣いで言う。
レオナはシャルリーヌと顔を見合わせて、もちろんどうぞ、と笑った。なかなかあざといな! と思わず笑みが溢れる。
「助かる! ありがとな」
またニカリ、と笑う彼は、自己紹介でコンラートを名乗った。
コンラート伯爵家の領地は遠く、王都にタウンハウスがあるはずだが、ゼルは寮に入っているそうだ。
ギリギリまで寝てたいからな! と何故か胸を張っていた。分かる! とレオナは心の中で同意する。
「やあ、レオナ……嬢」
さてはジャンルーカに叱られたであろうエドガーが、休憩時間を見計らって、わざわざ話しかけに来た。
レオナは、クラス中の視線が痛いほど刺さるのを感じて、ものすごく不快な気持ちになったが、表面には出さないよう努めた。
「はい、殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」
礼は欠かさないことを心がけ、返事をすると
「ありがとう。同じクラスだね」
とにこやかに言われた。
「左様ですね」
「私は剣術ではなく、王国史を取ろうと思うんだ。レオナ嬢はどう思う?」
なんで私に聞くのだろう? と腑に落ちないが、とりあえず
「自国のことを深く理解するのは、大切なことかと」
私は剣術取るけどね! と思いつつも、レオナは無難に答えた。
「そうか! 剣術でなくても良いかな!」
「それは……恐れながら、私には分かりかねます」
「そなたの意見を聞きたいのだ」
「……大変優秀な近衛の方々が、常にお側にいらっしゃるのであれば、殿下ご自身が鍛錬される必要は……ないのかもしれません。けれど、お決めになられるのは、殿下ご自身かと」
アリスター第一王子もフィリベルトも一通り習っており、相当強いのは有名な話であるが。
「そうか、そうだな! ありがとう!」
エドガーは満足そうに、ご機嫌で席に戻っていってくれたので、レオナはホッと息を吐き席に着く。
「なんだったの?」
「なんだったんだ?」
シャルリーヌとゼルが聞いてくるけれど、そんなの私が聞きたい! とレオナは思った。
※ ※ ※
一方ユリエは、イライラが止まらなかった。
エドガーとレオナが普通に会話しているのを見て、動揺した。本当なら入学式の前に、エドガーと道でぶつかってフラグを立てなければならなかったが、近衛騎士に阻まれてしまい、あえなく失敗してしまったのだ。
ユリエは、無意識に、落ち着きなく机をペンで叩く。
迷惑そうに前の席の学生がチラリと振り返ったが、それには気付かないまま、何度も何度もノートをめくって内容を確かめる。
何度もめくっているせいか、紙の端がくるんと癖づいている。
――このままでは、うまくいかない!
ノートには、何人かの名前が書かれていて、マルやバツの印が付けられたり、矢印が付けられたりしている。
その中の一人の名前を、ユリエは再度ぐるぐると囲む。
タイミングを見計らって、隣のクラスに『彼』がいるかどうか、確認しに行こうと心に決めた。
野良猫が居る場所は、その後に調べに行けば良い。
この世界での道は決まっている|。
自分の思う通りに進むだけだ。
※ ※ ※
「皆さんは、これからの王国を支えていく担い手です。たくさんのことをこの学院で学び、未来に貢献できるよう頑張って下さい。では、また明日」
学院初日は、担任のカミロの挨拶で締めくくられた。
ようやく終わった、とレオナは肩から力を抜き、深く息を吐いた。
学院へはあくまで学びに来ているのであって、権力闘争やイヤミ攻撃のためではないとレオナは思うのだが――初日から家同士の探り合いや、異性を見定めるような姿勢を感じてしまい、精神的にとても疲れてしまった。
特に婚活については、跡取り問題イコール貴族の死活問題ということもあり、学院が良縁探しの場になっている、とフィリベルトが言っていたのを思い返す。
そんな公爵令息は、全てのアプローチを容赦なく叩き落としているので、『難攻不落の氷の貴公子』と呼ばれているのだが。
薔薇魔女といい、この国の人達ってあだ名が大好きなんだなあ、とまたレオナは溜息をついてしまう。
とにかくそういったことに巻き込まれたくはない。
地味~に端っこ~で細々としていたい性格は、例え公爵令嬢に生まれ変わったとしても変わらない、とレオナは思っている。
それが自分らしいといえばらしいが、とてもフランソワーズのように『いかにもあたくしですわよ』的な態度など取れるもんじゃない、と思わず頬杖をついたのだった。
寮に帰るゼルとはクラスルームで別れ、シャルリーヌと二人で馬車広場に向かうと、ローゼン家の馬車の隣にバルテ家の馬車が停まっていた。
バルテ侯爵家の紋章は右向きの鷲がモチーフになっており、対になる左向きの鷲の紋章はオベール侯爵家。
シャルリーヌの姉であるカトリーヌの嫁ぎ先だ。
バルテ侯爵家には七歳になる長男リシャールもおり、シャルリーヌは『私は気楽な真ん中でほんとに良かったわ~』と言いつつ、侯爵令嬢として学業もマナーも決して疎かにしない。
レオナはそんな彼女を尊敬しているし、天真爛漫で誰とでも仲良くなれる明るい性格を、とても羨ましいと思っている。
「おかえりなさいませ。レオナ様、シャルリーヌ様」
ヒューゴーが、馬車の前で完璧な礼をして迎えるのを見るや否や
「わー、余所行きヒューゴー! お久しぶりだー」
シャルリーヌがからかうと
「相変わらずオレンジっすね」
ヒューゴーも気楽に返す。
確かに夕方にシャルリーヌのオレンジがかった金髪はきらきら眩しく見える。
「どういう意味!?」
「無駄に目にうるさいっす」
「だから、意味わかんないんだけど!」
「うふふ、仲良し」
思わずレオナが漏らすと
「「仲良くはない」」
ハモってしまう二人。
「楽しそうだね」
後ろから柔らかなテノールが響いた。
「お兄様!」
「おかえり、レオナ」
ふうわりとハグをされたレオナは、フィリベルトの品の良いベルガモットの香水を吸い込んで、安心する。
「シャル嬢も。今日はありがとう。また明日宜しく」
「はい、フィリ様。ごきげんよう。レオナ、また明日ね!」
フィリベルトのスマートなエスコートでレオナが馬車に乗るのを見届けると、シャルリーヌはヒューゴーに『いーっ』という顔をしてから、馬車に乗り込んだ。
ヒューゴーは素知らぬ顔で、そつ無くそれをお見送りする。
バルテ家の侍従が苦笑を噛み砕きながら礼をし、公爵家の馬車は出発した。
「ユリエ・カトゥカ、ね…」
馬車の中で、早速レオナが今日の様子を話しながら聞いてみると、聞いたことがない家名だ、とフィリベルトは言う。
高位貴族のクラス、通称ハイクラスに配属されたからには伯爵家以上か、もしくは強い推薦(後ろ盾)持ちのいずれかであるはずなのだが。
「私も気になるな……調べさせよう」
家名もそうだが、今日一日でエドガーに接近しすぎではないか、とレオナだけでなく、クラスメイトは感じていたはずだ。
不敬にあたることはないだろうが、貴族令嬢であるなら品位の問題である。品位で言うならゼルもだが。
「ゼル・コンラート? コンラート伯には妻も子供もいなかったと記憶しているが……養子を迎えたことも知らなかったな」
えぇぇ? とレオナがぱちくりしていると、フィリベルトは苦笑する。
「いや、私は少し王国事情から離れていたからな。この際色々まとめて整理しておくよ」
去年一年間、フィリベルトは魔道具研究のため、東のブルザーク帝国に留学していた。
離れていた、とは本当に物理的な距離なわけだが、彼のことだから、情報が欠けているようなことはないはずだとレオナは思う。
「まあ、学院に入るということは、それなりの身辺調査もされたはずだから、心配はいらないよ」
そうですわね、と答えつつ、どこか胸がザワりとするのを感じるレオナであった。
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改稿2023/1/4
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