上 下
7 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈4〉何やら不穏です?

しおりを挟む

 
 午後は、各講師がハイクラスルームを交代で訪れ、自己紹介に加えて講義内容を細かく説明する時間だったため、大変充実した時間になった。
 集中していたおかげで、ヒソヒソイヤミ攻撃はあまり気にならず過ごせたレオナは、攻撃してないでちゃんと聞きなよ……後で困るよ? と少し老婆心が湧いていた。
 
 と同時に、エドガーにやたらと話しかけたり、隣に座ったりしているピンク髪の女子学生――自己紹介でユリエ・カトゥカと名乗っていた――がやたらと目の端に入り、度々敵意のこもった目線を向けられているようで、戸惑っていた。
 ユリエという名前にも、カトゥカという家名にも、覚えが全くないのにも関わらず、だ。
 まさか、エドガーのやつめ、昔一目惚れしただとか変なことを言っていないだろうな? と不安になるが、声までは聞こえないので、レオナの憶測でしかなかった。
 
 前の席のゼルには、休憩ごとに
「二人はどれを取るつもりなんだ?」
 や、
「俺、勉強は苦手なんだ……特に数字は眠くなる。レオナ嬢は?」
 や、
「シャルリーヌ嬢は、外交を取るってことは、国外に行く予定でもあるのか?」
 などと、非常に気安くポンポン質問を投げかけて来られるので、周りの学生達に聞き耳を立てられてしまっていた。
 
 公爵家と侯爵家令嬢であるからして、動向が気になるのは分かるが、あからさまだなあ、とレオナの溜息が止まらない。
 
「外交と攻撃魔法が見事に時間被るわね……剣術と王国史も」
 シャルリーヌが講義一覧を見て気付き、指摘してくれた。
「あら、本当だわ。選択講義はあまり一緒に受けられないかもしれないわね」
 届出の提出は明後日。一旦持ち帰って希望のスケジュールを組み、明日お互いに見せ合いながら相談しようということになった。
 
「なー、それ俺も入っていいか? どれを選べば良いのか、さっぱり分からなくてだな」
 ゼルが、一段低い場所からレオナ達の机に顎を乗せて、すまなそうに上目遣いで言う。
 レオナはシャルリーヌと顔を見合わせて、もちろんどうぞ、と笑った。なかなかあざといな! と思わず笑みが溢れる。
「助かる! ありがとな」
 またニカリ、と笑う彼は、自己紹介でコンラートを名乗った。
 コンラート伯爵家の領地は遠く、王都にタウンハウスがあるはずだが、ゼルは寮に入っているそうだ。
 ギリギリまで寝てたいからな! と何故か胸を張っていた。分かる! とレオナは心の中で同意する。

「やあ、レオナ……嬢」
 さてはジャンルーカに叱られたであろうエドガーが、休憩時間を見計らって、わざわざ話しかけに来た。
 レオナは、クラス中の視線が痛いほど刺さるのを感じて、ものすごく不快な気持ちになったが、表面には出さないよう努めた。
「はい、殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」
 礼は欠かさないことを心がけ、返事をすると
「ありがとう。同じクラスだね」
 とにこやかに言われた。
「左様ですね」
「私は剣術ではなく、王国史を取ろうと思うんだ。レオナ嬢はどう思う?」
 なんで私に聞くのだろう? と腑に落ちないが、とりあえず
「自国のことを深く理解するのは、大切なことかと」
 私は剣術取るけどね! と思いつつも、レオナは無難に答えた。
「そうか! 剣術でなくても良いかな!」
「それは……恐れながら、私には分かりかねます」
「そなたの意見を聞きたいのだ」
「……大変優秀な近衛の方々が、常にお側にいらっしゃるのであれば、殿下ご自身が鍛錬される必要は……ないのかもしれません。けれど、お決めになられるのは、殿下ご自身かと」
 
 アリスター第一王子もフィリベルトも一通り習っており、相当強いのは有名な話であるが。
 
「そうか、そうだな! ありがとう!」
 エドガーは満足そうに、ご機嫌で席に戻っていってくれたので、レオナはホッと息を吐き席に着く。
 
「なんだったの?」
「なんだったんだ?」
 
 シャルリーヌとゼルが聞いてくるけれど、そんなの私が聞きたい! とレオナは思った。


 
※ ※ ※


 
 一方ユリエは、イライラが止まらなかった。
 エドガーとレオナが普通に会話しているのを見て、動揺した。本当なら入学式の前に、エドガーと道でぶつかってフラグを立てなければならなかったが、近衛騎士に阻まれてしまい、あえなく失敗してしまったのだ。
 
 ユリエは、無意識に、落ち着きなく机をペンで叩く。
 迷惑そうに前の席の学生がチラリと振り返ったが、それには気付かないまま、何度も何度もノートをめくって内容を確かめる。
 何度もめくっているせいか、紙の端がくるんと癖づいている。
 

 ――このままでは、うまくいかない!

 

 ノートには、何人かの名前が書かれていて、マルやバツの印が付けられたり、矢印が付けられたりしている。
 
 その中の一人の名前を、ユリエは再度ぐるぐると囲む。
 タイミングを見計らって、隣のクラスに『彼』がいるかどうか、確認しに行こうと心に決めた。
 野良猫が居る場所は、その後に調べに行けば良い。
 この世界での|。

 
 自分の思う通りに進むだけだ。
 

 
※ ※ ※

 

「皆さんは、これからの王国を支えていく担い手です。たくさんのことをこの学院で学び、未来に貢献できるよう頑張って下さい。では、また明日」
 学院初日は、担任のカミロの挨拶で締めくくられた。
 ようやく終わった、とレオナは肩から力を抜き、深く息を吐いた。
 
 学院へはあくまで学びに来ているのであって、権力闘争やイヤミ攻撃のためではないとレオナは思うのだが――初日から家同士の探り合いや、異性を見定めるような姿勢を感じてしまい、精神的にとても疲れてしまった。
 
 特に婚活については、跡取り問題イコール貴族の死活問題ということもあり、学院が良縁探しの場になっている、とフィリベルトが言っていたのを思い返す。

 そんな公爵令息は、全てのアプローチを容赦なく叩き落としているので、『難攻不落の氷の貴公子』と呼ばれているのだが。
 薔薇魔女といい、この国の人達ってあだ名が大好きなんだなあ、とまたレオナは溜息をついてしまう。
 
 とにかくに巻き込まれたくはない。
 地味~に端っこ~で細々としていたい性格は、例え公爵令嬢に生まれ変わったとしても変わらない、とレオナは思っている。
 それが自分らしいといえばらしいが、とてもフランソワーズのように『いかにもあたくしですわよ』的な態度など取れるもんじゃない、と思わず頬杖をついたのだった。

 寮に帰るゼルとはクラスルームで別れ、シャルリーヌと二人で馬車広場に向かうと、ローゼン家の馬車の隣にバルテ家の馬車が停まっていた。
 バルテ侯爵家の紋章は右向きの鷲がモチーフになっており、対になる左向きの鷲の紋章はオベール侯爵家。
 シャルリーヌの姉であるカトリーヌの嫁ぎ先だ。
 
 バルテ侯爵家には七歳になる長男リシャールもおり、シャルリーヌは『私は気楽な真ん中でほんとに良かったわ~』と言いつつ、侯爵令嬢として学業もマナーも決して疎かにしない。
 レオナはそんな彼女を尊敬しているし、天真爛漫で誰とでも仲良くなれる明るい性格を、とても羨ましいと思っている。
 
「おかえりなさいませ。レオナ様、シャルリーヌ様」
 ヒューゴーが、馬車の前で完璧な礼をして迎えるのを見るや否や
「わー、余所行きヒューゴー! お久しぶりだー」
 シャルリーヌがからかうと
「相変わらずオレンジっすね」
 ヒューゴーも気楽に返す。
 
 確かに夕方にシャルリーヌのオレンジがかった金髪はきらきら眩しく見える。
「どういう意味!?」
「無駄に目にうるさいっす」
「だから、意味わかんないんだけど!」
「うふふ、仲良し」
 思わずレオナが漏らすと
「「仲良くはない」」
 ハモってしまう二人。
 
「楽しそうだね」
 後ろから柔らかなテノールが響いた。
「お兄様!」
「おかえり、レオナ」
 ふうわりとハグをされたレオナは、フィリベルトの品の良いベルガモットの香水を吸い込んで、安心する。
 
「シャル嬢も。今日はありがとう。また明日宜しく」
「はい、フィリ様。ごきげんよう。レオナ、また明日ね!」
 
 フィリベルトのスマートなエスコートでレオナが馬車に乗るのを見届けると、シャルリーヌはヒューゴーに『いーっ』という顔をしてから、馬車に乗り込んだ。
 ヒューゴーは素知らぬ顔で、そつ無くそれをお見送りする。
 バルテ家の侍従が苦笑を噛み砕きながら礼をし、公爵家の馬車は出発した。

「ユリエ・カトゥカ、ね…」
 馬車の中で、早速レオナが今日の様子を話しながら聞いてみると、聞いたことがない家名だ、とフィリベルトは言う。
 高位貴族のクラス、通称ハイクラスに配属されたからには伯爵家以上か、もしくは強い推薦(後ろ盾)持ちのいずれかであるはずなのだが。
 
「私も気になるな……調べさせよう」
 
 家名もそうだが、今日一日でエドガーに接近しすぎではないか、とレオナだけでなく、クラスメイトは感じていたはずだ。
 不敬にあたることはないだろうが、貴族令嬢であるなら品位の問題である。品位で言うならゼルもだが。
 
「ゼル・コンラート? コンラート伯には妻も子供もいなかったと記憶しているが……養子を迎えたことも知らなかったな」
 
 えぇぇ? とレオナがぱちくりしていると、フィリベルトは苦笑する。
「いや、私は少し王国事情から離れていたからな。この際色々まとめて整理しておくよ」
 去年一年間、フィリベルトは魔道具研究のため、東のブルザーク帝国に留学していた。
 離れていた、とは本当に物理的な距離なわけだが、彼のことだから、情報が欠けているようなことはないはずだとレオナは思う。
「まあ、学院に入るということは、それなりの身辺調査もされたはずだから、心配はいらないよ」

 
 そうですわね、と答えつつ、どこか胸がザワりとするのを感じるレオナであった。


-----------------------------

改稿2023/1/4
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

私はウルフ沙織。王子お一人だけを見つめるのはお預けのようです。

西野歌夏
ファンタジー
天敵はガッシュクロース公爵夫人。だけど、後半になるまでほとんと登場しません……。 主人公は23歳のものすごく貧乏な女子で、ガッシュクロース公爵夫人に執拗に狙われています。上司の命令で王子に会いに行くところから物語がスタートします。 基本的にはシンデレラストーリーにしています。 好きなのに、嫌いなフリをしてしまう沙織と、クーデーターを起こされる危機と常に背中合わせの王子の『恋と冒険の物語』を基軸として、思うようにならない状況が続きます。 ガッシュクロース公爵夫人:23歳の沙織が命を狙われたことになった因縁の相手。真麻、サテン、シルク、彼女は思うがままに高級な素材を駆使してファッションをリードしていた。1512年の公爵夫人。 ※完成した作品のパラレルワールドのアナザーラインを書いてます。キャラ設定など微妙に違います。気軽にお読みくださればと思います。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

処理中です...