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15 最低な女? あなたもどうかと思うけど?

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 あの後、自分の署名したものが離婚届だと気が付いたミゲルは、扉をしばらく叩いてわめいていたけれど、騎士に捕まえられて、門の外へ放り出されたみたいだった。

 私としては無事に離婚が出来るのは有り難いけれど、ザック様を巻き込む形になってしまった。

 しかも、私の心を奪うだとかいう、訳のわからない戦いに。

 ザック様はその事については「僕にもメリットがあるから大丈夫だ」と答えてくれた。
 よっぽど、釣書に悩まされていたらしい。

 けれど、すぐに表情を暗くして、私に謝ってくる。

「逆に君を巻き込んでしまってすまない。噂が広がると、君には不利益になるかもしれない」
「それは大丈夫です。とにかく、離婚できるだけで気持ちの持ちようが違いますから。といいますか、こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ございません」
「別に気にしなくていいと言っているだろう。あ、それから、さっきの話は僕とミゲルとの話であって、君は了承していないのだから、僕とミゲルが君をとりあったとしても、君は勝った方を選ぶ必要もないから」
「何といいますか、ミゲルがザック様に勝てるとは思えないので、最初から勝利は決まっていると思うんですけど」
「こんな事を言うのもなんだが、俺も相手がミゲルだったら、不戦勝できそうな気がする」
「私が判断するんでしたら、もう圧勝ですよ」

 ミゲルが何を考えているかはわからないけれど、とにかく私はザック様からもらった、ミゲルの署名の入った離婚届に記入して、今日の内に、提出する事に決めた。

 そして、数時間後には無事に離婚届は受理され、私とミゲルは他人に戻る事が出来たのだった。

 後から、ドーウッド家が何か言ってこようとも、その件に関してはザック様にお願いする事になったからか、最初は私の家に抗議がきたけれど、お父様の方から話をしてもらったところ、大人しく諦めた様だった。

 そして、ザック様の方には、ミゲルから果たし状の様な手紙が届いたらしい。
 手紙を受け取った彼は迷惑というよりか「こんなものをもらったのは初めてだ」と面白がっていたので良かった。

 私の離婚が無事に成立したので、ザック様ともお別れか、と思っていたけれど、ミゲルがまだ私の事を諦めたわけではないという事と、勝手にザック様をライバル視しているという事で、引き続き、ザック様は私の面倒をみてくれる事になった。

 何より、自分のせいで他の令嬢から、何か言われるのではないかと気にしておられたというのもある。

 そして、そうこうしている内に、ザック様のお母様主催のお茶会の日がやって来た。

 今回、ザック様のお母様であるロゼッタ様は、招待客を選んでくださり、集まったのは、ロゼッタ様と同じ年代である、40代の御婦人方だった。

 若いのは私1人だけだ。

 彼女達に認められれば、これからの夜会でも何かと手助けをしてくれるはず。
 今回はクセのあるこ婦人方ではなく、 私の味方になってくれそうな方達を、ロゼッタ様が選んでくださっているので、少し気が楽だった。

 若いご令嬢達に比べたら厄介な事は厄介かもしれないけれど、皆さん、ご結婚されている事もあり、ザック様が私に良くしてくださっている事に関しての妬みはない。
 ロゼッタ様とは、お茶会の前にご挨拶してるから良いものの、集まった他4人の御婦人方とは、ルキアも初めて出会う人達だった。

 なぜなら、彼女がほとんど夜会に出席していないから。
 だから、それは向こうも同じ事だった。

 トルマリア公爵家の中庭にある白いガゼボの中で、簡単な挨拶を交わした後、お茶会が始まった。

「ここ最近、社交場では、レイング伯爵令嬢と、ドーウッド伯爵家の次男のミゲル様と、トルマリア公爵家の次男のザック様のお話でもちきりですのよ」
「お騒がせしてしまって申し訳ございません。ミゲル様から、とても酷い扱いを受けて別れる事を決めたんです。思い出すのも辛いのに、今更、私とよりを戻したいだなんて考えられません」

 尋ねてきた、侯爵夫人は目をキラキラさせて、私を見ていたけれど、俯いて悲しんでいるふりをすると、同情的な眼差しになって言う。

「たしか、初夜の日に女性を部屋に連れ込んでいたのよね? しかも、あなたを追い返して!」
「そうなんですか!? なんて酷い男性なんでしょう!」

 御婦人達の言葉に頷いてから、私は、ミゲルに言われた事などを包み隠さずに話した。
 もちろん、最初は悲しげに、でも、最後の方は負けてはいけないと思ったという強い意思を見せる様な話し方にすると、侯爵夫人が頷く。

「貴族の女性はなんだかんだと男性に虐げられているところがありますからね。家庭内では大した事はないのに! 何にしても、妻にそんな事を言う男性とは別れて正解です! よりを戻したいだなんて言語道断だわ! この場にロゼッタ様がいらっしゃるから、おべっかを使うわけではなく、私はザック様を応援するわ!」
「私の娘は、ドーウッド卿の事を笑顔の素敵な男性だと言ってたんですが、笑顔が素敵でも中身が酷ければ意味がないですね! その点、ザック様は落ち着いていらっしゃいますし、浮いた噂もありませんもの。きっと大事にしてくださるわ!」

 侯爵夫人だけでなく、他の人もミゲルに悪印象を持ってくれた様だった。

「ありがとうございます。でも、わたくしの事を、ミゲル様とザック様がとりあっているだなんていう噂ですが、あれは私がミゲル様と離婚できるように、ザック様が自分を犠牲にして手を打ってくださっただけで、ザック様には本当にご迷惑をおかけしていまして…」
 
 ロゼッタ様に目を向けて言うと、にこりと微笑んでくれてから、首を横に振る。

「迷惑だなんて本人は思っていないわ。あなたを助けられて良かったと言っていたし…。ただ、ドーウッド卿が本当に厄介だわ」

 ロゼッタ様は、ふうと息を吐いてから、困った顔をして左手を口元に当てた。

「どうかされましたか?」

 私が話を促すと、ロゼッタ様が口を開く。

「今は大人しくなったんだけれど、一時期は、ドーウッド卿がザックに騙されたといって、社交場でザックの悪口を言いふらしていたみたいなの。主人がさすがに黙っていられなくなって、ドーウッド家に警告をしてくれたから、大人しくなってはくれたんだけど、騙されてサインさせられた、なんて、言っていた様だけれど、そんな事はなかったのよね?」

 尋ねられたので、大きく頷いて、はっきりと答える。

「ザック様はちゃんと本人に確認しておられました。それに、自分の意思で書いているとミゲル様が話しているのを聞きました。ただ、気になったのですが、ミゲル様はサインされる際に、何についての書類にサインをしているか、という確認をされてなかったんです」
「自分の名前をサインするのにですか?」
「そうなんです。今、考えると、そんな方が、私の父から伯爵の爵位を継ごうとしていたなんて恐ろしい話ですわ」

 大きく息を吐いて言うと、御婦人方は顔を見合わせた。

「信じられないわ!」
「私の息子もそう賢いわけではないけれど、さすがに書面に何が書いてあるかは確認するわ!」

 ご婦人方が一斉に話し始めた。

 こうして、私にとっての初めてのお茶会は無事に終了し、次の日には、ご婦人方の連絡網の凄さに驚く事になる。

 もちろん、ロゼッタ様も協力してくださっているのもあるけれど、瞬く間に、私が話した内容は、貴族の間に知れ渡る事になった。
 そして、予想外の出来事が起こる事になる。

 それは、メアリーと護衛を連れて、夜会に来ていく為のドレスを仕立てに行った日の事。

 お店に入ると、私よりも前の時間にドレスを仕立てていた令嬢がいた様で、彼女が店の奥の部屋から出てきたところだった。
 パステルカラーのピンク色で、量が多く、ウェーブのかかった長い髪を背中におろしている、色の白い、とても可愛らしい小柄な令嬢だった。

 その令嬢の名前が出てこないので、ルキアは会った事がないようだけれど、相手の方は私を見て立ち止まると、憤怒の表情を浮かべ、私を指差して叫んだ。

「あなた! よくも、ミゲル様の悪い噂を流したわね!!」
「…はい?」
「嘘の噂ばっかり、最低な女だわ! ミゲル様が可哀想! こんな根暗で何の取り柄のない嘘つき女に騙されて!」
「会ってすぐに、いきなりそんな事を言ってくる、あなたもどうかと思うけど?」

 ザック様を好きだという女性から文句を言われる覚悟は出来ていた。

 まさか、ミゲルを好きだという女性から文句を言われる事になるなんて、予想もしていなかった。

「あなたを見たら何も言わないわけにはいかないじゃない! 私はミゲル様ファンクラブの会員ナンバー3番なんだから!」
「ミゲルのファンクラブ…」

 あまりの驚きに言葉を失った後、思い付いた事があり、口に出してみる。

「あなたのお家、後継者を募集していない?」

 私の問いかけに、女性は口をへの字に曲げた。
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