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9  昔のルキアに戻ってくれないか? あなたの言う事なんてきかない

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 ミゲルは「僕は諦めない。絶対に君は僕を好きになり、僕なしではいられなくなるんだ」と意味のわからない事を言って去っていった。

 どうしたら、そんな事を思えるのか、私にはサッパリわからない。
 
 あの男、ルキアに散々悪口を言った事をもう忘れてるの?
 昨日の事なんだけど?

 もしかして、学生時代のルキアは、彼の事が好きだったの?
 そんな風には思えないけど、ミゲルが勝手にそう思ってるだけなのかな。
 それで、ルキアが意地を張っていると思い込んでるの?

 まったくもって迷惑だ。

 その日の晩、話をしてくれそうな夜勤のメイド達を集めて話を聞いてみたところ、昨日、使用人達が夜勤の勤務を終える少し前の時間帯に、全員が呼び出され、晩に寝室にいたのは私だったと証言するように言われたらしい。

 それだけならまだしも、そう言わなかった人間はクビにするし、どの貴族の家でも働けないようにしてやると脅されたんだそうだ。

 はっきりいって、今のミゲルにはそんな力はない。
 だけど、彼が爵位を継いでしまったら別だ。
 彼はこの家の当主になる。
 その当主に目をつけられたくないのもあるけれど、何より、どこにいっても働けなくなる事が怖かったんだそう。
 
 そりゃあ、皆、生活があるもんね。
 私もその点については、責める気にはなれなくなった。
 突然、職を失った上に、働き口がなかったら生きていく事が大変だもの。

 自分の事や家族を考えるのは当たり前だ。
 日本での職場の先輩は、息子さんがいじめを止められる立場にいたとしても、自分の息子がターゲットにさせたくないから、止めさせないって言ってたもんなあ。

 ただ、それを平気な顔して見ている人達がいるっていうのも納得いかないけど。

 今回の件も一緒だ。

 普通なら、嘘をついていたら、どこか後ろめたい気持ちになるはず。
 それなのに、そんな素振りが一切なかった人間に関しては、私の心は広くないので許さん。

 ほとんどの人は正直に話してくれたし、謝ってくれたので、その人達には、今後はこの様な事をしないようにとしっかりと伝えておいた。

 この家の当主は、現在はお父様である事。
 そして、この国では女性も爵位を継ぐ事を許されているから、ミゲルには継がせずに、私が爵位を継ぐと伝えた。

 その時に言われてしまったのが、私も気にしていた通り、ミゲルの家との契約違反にならないか、との事だった。
 お父様があの後、調べて、夕食の時に教えてくれたけど、爵位を継がせるという話については、ミゲルとお父様の口約束から始まった話らしい。
 口約束も一応、効力はあるみたいだけど、お父様はルキアを幸せにする事を前提に、彼に継がせる約束をしたみたいだから、浮気した時点でアウトだ。
 
 ミゲルの事だから、ピノとの浮気がバレても謝れば、ルキアは許してくれると思い込んでいたんだと思う。

 それが、その事実を知る前に、ルキアは、彼の言葉でショックを受けて死を選び、何の因果かわからないけれど、性格がほとんど正反対に近い私が入り込んでしまった。

 ミゲルにとっては誤算だったと思う。
 許してくれると思っていたルキアが、まるで別人になっていて、許してくれるどころか、離婚だと言い出し始めたんだから。

 ただ、あんな事を言っておいて、ルキアが許してくれると、よくもまあ、そんな都合の良い事を思えたな、ミゲルよ。

 多くの人間はあんな事を言われたら許さないと思うし、何より、その相手を嫌いになると思う。
 
 で、きっと、ミゲルは自分が好きだと思っている人から、あんな事を言われたらショックで泣くタイプの様な気がする。

 どうしたら、あの馬鹿と別れられるんだろう。

 そんな事を考えながら、気付かぬ内に眠りについていた。



 次の日からのミゲルは鬱陶しかった。

 朝、メアリーがやって来たと思うと、なぜか浮かない顔をしていたので聞いてみると、部屋の前にミゲルがいるという。

 何やら、私と偶然を装い廊下で会って、一緒に朝食をとるつもりらしい。

 お腹は減ったので、メアリーに朝食を部屋に運んでもらう様に頼むと、彼女は困った表情になった。

「どうかしたの?」
「若旦那様になんてお伝えしようかと…」
「しょうがないわね…」

 小さく息を吐いてから、窓際に置いている安楽椅子から立ち上がり、部屋の扉を開けた。

 すると、目の前に、ミゲルが立っていた。

 偶然を装うも何も、ただ待ってるだけやん…。

 ふと、素の自分が出てしまい、慌てて、ルキアモードに変更する。

「おはよう、ミゲル」
「おはよう、ルキア。偶然だね。良かったら一緒に朝食でも」
「ごめんなさい。あなたと関わらない様にするのが日課なの」

 伝えてから、すぐに扉を閉めて、メアリーの方に振り返る。

「メアリー、お断りしておいたわよ」
「ありがとうございます! …で、でも、大丈夫ですか?」
「ルキア! 今のはどういう意味なんだい?」

 トントンと扉を叩きながら、ミゲルが尋ねてくる。

 おかしいわね。
 伝わらなかったの?

「ミゲル、日課の意味を知らなかったの? 日課って言うのは、毎日」
「それくらいわかってるよ! 関わらない様にするなんておかしいよ! 僕達は夫婦だろ?」
「書類上はそうなってるわね…。迷惑だけど。でも、安心してよ。 近々、そうじゃなくなるから」
「どうして、そんなに意地を張るんだよ? 降参するから、昔のルキアに戻ってくれないか?」

 このままだと、しつこく話し続けそうなので、扉を開けて、彼を見上げて伝える。

「は? 戻ったら、あなた、また好き勝手するんでしょ? 何より、あなたの言う事なんてきかない。私には私の人生を選ぶ権利がある。私の人生にあなたはいらない」

 にっこり笑顔を見せてから、バイバイと手を横に振って続ける。

「次に会うときは離婚届にサインして持ってきてね?」
「……ルキア、君は…」

 ミゲルが、ぽかんと口を開けて、間抜けな顔をしていたけれど、気にせずに扉を閉めた。

 その後、ミゲルはそれ以上、何も言ってこなかったので、メアリーに食事を部屋まで運んでもらった。
 サービングカートに料理をのせて戻ってきたメアリーは、なぜか、悲しそうな顔をしていたので聞いてみる。

「メアリー、どうかしたの?」
「あの、若旦那様が…」
「ミゲルに何かされたの?」
「いえ。ルキア様の事を思ったら、悲しくなってしまって…」
「どういう事?」
「若旦那様、ルキアって、笑うと可愛いんだな、って言ってらして、離婚が遠退きそうだな…と」

 ルキアの容姿が褒められたのは嬉しい。

 でも、最悪だ。
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