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8  愛するようになる? 現実逃避はやめてね

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 本をミゲルの口から抜いて、なぜか、夜勤組でもないのに、輪に混じっていたメアリーに本を渡して、綺麗にしてもらう様にお願いした。

 ミゲルは歯に当たったのか、しゃがみ込んで口をおさえているので、頭に本の角を落としてやろうかと思ったけど、情けをかけて止めた。

 だって、痛かったらしくて泣いてたから。
 歯に当たったら痛いのはわかる。
 でも、泣かないでほしい。
 これ以上やったら、私が悪者になってしまう!

 考えた後、お父様の方に振り返って叫ぶ。

「お父様、私が彼を愛しているだなんて嘘です! 絶対にありえません! この人が自意識過剰なだけです!」
「違いますよ! 僕に好かれたいが為に、彼女は性格を変えようとしたんですよ! だからおかしくなったんです!」
「そんな訳あるか!」

 思わず、肘鉄を彼の腹に入れてしまった。

 しまった!
 令嬢らしくないツッコミを入れてしまった!
 しかも、立ち上がったとはいえ、相手はまだ泣いてるのに!

 ミゲルは腹をおさえてしゃがみこんだけれど、私の肘も痛い。
 どれだけ、ルキアの身体は弱いのよ!

「今日のお嬢様がおかしいのは確かです」

 夜勤の使用人の1人が口を開いた。
 昨日、ルキアを笑っていたメイドだ。

 視線を感じてミゲルの方を見ると、涙目で私を見ていた。

「あなた、使用人を買収したわね? それから、あなた達は買収されたのね! 信じられない!」

 ぐるりと使用人たちを見回すと、使用人の多くは下を向いて、申し訳無さそうな顔になった。

 もしかしたら、ミゲルの話に合わせないと、ミゲルの権限で解雇するなり何なり脅されたのかもしれない。
 とにかく、下を向いている子達だけ覚えておいて、後で話を聞かなくちゃ。
 というか、平気そうな顔をしている人間の方が少ないから、そちらを覚えておいて、その人達以外に話を聞こう。

 でも、まだ終わりじゃない。
 今日のところはミゲルを追い出す事は無理だとしても、ピノだけは追い出さないと。
 そうじゃないと、夜勤のメイド達になめられる。

「お父様。後で2人でゆっくりお話する時間をいただけませんでしょうか」
「もちろんだ」
「2人だなんて、僕も一緒に」
「うるさい!」

 ミゲルに向けた、お父様と私の声が重なった。

 

 

 結局、ピノは解雇にする事になったけれど、やはり、ミゲルの方はゴミ箱行きには出来なかった。
 使用人達がミゲルの浮気を認めなかったから。

 ミゲルの奴。
 どんな手を使ったんだろう。
 それは夜に、使用人達にゆっくり問いただす事にする。

 お父様には、信じてもらえない事を覚悟して、私とルキアの事情を話したところ、やはり、親子だからだろうか。
 私がルキアではないとわかってくれて、そこまで、ルキアが苦しんでいた事を知らなかったと声を震わせていた。
 
 やっばり、肉親だとわかるものなのかな。
 まあ、人が変わりすぎているというのもあるかもしれないけど。

 お父様の部屋で、1人掛けのソファーに向かい合って座って話をしていたのだけど、ルキアの話を聞いて、お父様は涙をこらえるようにされていたので、私も何も言わずに、お父様が何か話し出すのを待っていた。

 すると、お父様が俯いていた顔を上げて尋ねてきた。

「で、ルキアの死はミゲルが原因なんだな?」
「積もり積もったものはあるかもしれませんが、とどめをさしたのはミゲルです。今はルキアの声は聞こえませんけど、記憶は共有してますし、その時の彼女の辛さを考えると、今でも胸が痛いです」

 ルキアは自分がいじめられている事を親に言えていなかった。
 片親で一生懸命、育ててくれた父が、その事を知ったら、自分の事をがっかりして嫌ってしまうと思ったみたいだった。
 もちろん、その話はお父様にはしていない。
 そんな事を知ったら、お父様は傷付くだろうから。

 ミゲルが言っていた、いじめられているのは恥。
 そんな気持ちが、ルキアの中にあったみたいだった。

 私も学生の頃はいじめられていた事もあったし、気持ちはわかる。
 親には言えなかった。
 何より、いじめられていても、友達はいたから、親は私がいじめられているだなんて、思ってもいなかった。
 
 ただ、ルキアには友達がいなかった。
 だから、お父様には、もっと早くにその事に気付いてあげてほしかったという気持ちはある。
 もちろん、気付いてもどうしようも出来なかったかもしれないけど…。

 私がこの世界に生きていたら、ルキアと友達になって、いじめられていた事は恥なんかじゃないって伝えられたのに。
 私なんか、大人になったら、逆にいじめっこからビビられる人間になったよって、だから、あなたが変わりたいと思うなら今からでも遅くないんだよ、って伝えられたのに。

 何より、いじめる奴が悪いんだよ、って伝えたかったな。

「ルキア、ああ、その、君の呼び方はルキアでいいかな」

 お父様が困った様な表情で聞いてくる。

「それでかまいません。もちろん、レイング伯爵が、そう呼びたくないと言われるのなら別ですが」
「そんな事はない。それから、私の事もお父様と呼んでくれ。ルキアには何もしてやれなかった。だから、せめて君の力にはなりたい」
「ありがとうございます。あと、ルキアはお父様が何もしてくれなかったなんて思っていなかったです」
「…ありがとう」

 涙目のお父様につられたのか、私の鼻がツンと痛くなった。

「ルキア、君は本当に爵位を継ぐというのか?」
「ミゲルに継がせるわけにはいきません。それなら、私がなります。もちろん、貴族がどんなものか、はっきりとは把握できていないのですが」

 ルキアはあまり、社交場に出ていない。
 だから、その辺のマナーに関しては、教科書通りしか知らないので、イレギュラーが起こると対処しきれない可能性があった。

「そうか…。なら、君に新たな相手を見つければいいのかもしれないな」
「結婚している間は無理ですよ。それにバツイチをもらってくれる貴族がいるでしょうか…? 私の住んでいた世界では、人にはよりますが大した障害にはなりませんけど、この世界ではそうでもないんでしょう?」
「まあ、そうだが、気にしない貴族もいる。とにかく、まずは離婚だな。ミゲルの素行を調べる事にしよう」
「ありがとうございます。あと気になっていたのですが、ルキアとミゲルの結婚条件は、ミゲルが爵位を継ぐ事が絶対条件だったのでしょうか?」
「いや、そういう訳ではないが、もう一度、ドーウッド家と取り交わした書類を見ておく事にする」

 お父様とはこれから、定期的に話し合いをする時間を作る事を約束して部屋を出た。

 自分の部屋に戻ろうとしたけれど、私の部屋の前に、ミゲルが仁王立ちしているのが見えて、踵を返した。

「おい、どこへ行くんだよ? 部屋はこっちじゃないか!」

 見つかったか。
 
「あなたが立っているから、私の部屋じゃないかと思ったのよ」
「君に用事があったんだよ!」
「離婚してくれるの!?」
「そんな訳ないじゃないか!」
「あなたは爵位を継げないの。なら、私と結婚している意味はないでしょう?」
「ある! いいかい? 君は絶対に僕を愛するようになる! その時には、僕に爵位を継がせたくなるはずだ」
「そんな事が現実に起こるわけないでしょう? 現実逃避はやめてね」

 心底、嫌そうな顔で伝えると、ミゲルの表情が歪んだ。
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