山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第二章 宮藤喜左衛門

第021話 咎人

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 そんなある日のこと、
「お侍様、毎日そんな暮らしをして退屈でねえかい?」
 和市は、食事を出す時何気なく話しかけた。

 定めでは、罪人と口を利くことは固く禁じられている。
 だがこの時は、日頃思っていることが、つい口をついて出てしまったのである。

 小助は、和市から初めて話しかけられたことに、一瞬眼を見開いて意外そうな顔を見せた。
 それからすぐに無表情に取り繕って、
「おぬしにはこの身、なんと見える?」
 溜息をつくようにして聞いた。

「いっつも平気そうなお顔をしとりますから、きっと平気なんだろうなあとは思うど」
「ははは…いかに平然としていようとも、斯様かような仕打ちが身に応えぬはずもない。心の内では泣いておる」
 小助は弱々しく笑った。

「そらもうらしいなあ。お侍様、おらにできることがあんならなんでもせうてくれや」
かたじけない…おぬしの如き優しき心を持った者がこの村におるとは…」
 小助は目頭を着物の袖で押さえてから、
「ではおぬしに折り入って話したいことがある。もそっと近くへ参れ」
 和市のことを引き寄せて耳元でささやくには、次のとおりである。

 自分が牢に入れられたのは、もとより町方より金銭を受け取り私腹を肥やしたとのとがもってで、これに関しては申し開きをするつもりはない。
 だが腹を斬らず斯様な仕打ちを受けてまで生き延びているには、わけがある。
 自分にはまだ幼い子がある。二歳になる娘である。
 その娘を残して、今この身が死ぬわけにはいかない。
 幸いなことに、秘かに貯めた金は今でも町方へと預けており、その所在は奉行には知られていない。
 自分が牢を出たあかつきには、数百両もの金が戻ってくる算段となっている。
 だが今は金より妻子に一目でいいから会いたい。
 ここを出してくれるのであれば、まずはお前に百両の金を支払うことを約束する。
 だから和市よ、どうか手を貸してはくれまいか。

 小助は、格子をへだてて和市の手を握り、涙を振り絞って語るのだった。

「お、お侍様、そんなわけがあったんかい。ならおらに任せてくらい」
「なんと願いを聞いてくれるか。ではまずはここから出るためののこぎりを用意してくれ。あとは脇差か何かあればいうことはないが、なければなたや包丁でも構わん。さすればあとはおぬしが月番のときに隙を見てここを抜け出す。おぬしには何も迷惑をかけぬゆえよろしく頼むぞ」

 純朴な青年和市は、武士を疑うということを知らなかった。
 次の月番が廻ってくると、さっそくのこぎりと鉈を持参して、番小屋へと赴いた。
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