山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第二章 宮藤喜左衛門

第020話 和市

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 その小助が鬼無里へやって来たのは、今から一年ほど前のことだった。
 武士の入牢じゅろうには厳重な管理が敷かれ、何人もの役人を伴って、小助は鬼無里へと連れられてきた。
 割元である武兵衛は、そのために随分と骨を折ったことを今でも覚えている。

 牢に入ってからの小助といえば、これが本当に罪人かと思えるほど、至っておとなしく、不平不満を言うこともなく刑に服していた。

 それでも見張りを怠ることは許されないため、村では牢の近くに番小屋を建て、そこに月替りの番人を置いた。
 番人となるのは、村から選任された百姓で、農作業をせずとも生活していくだけの手当が支給された。

 番人としての仕事は、見張りよりも世話が中心となる。
 罪人と番人の関係とはいえども、互いは武士と百姓の身分であり、初めは緊張感をもって接する。
 だが昼夜問わずひと月も一緒にいれば、やがて緊張感も薄れていく。
 そのうちに、小助が罪人だということを忘れてしまう者も中には現れた。

 そのような者の一人に、百姓の和市わいちがいた。
 和市は、西京地区に住む長百姓の次男で、歳は二十歳を過ぎたあたり。
 まだ嫁の来手もなく、婿の貰い手もなく、長男を助けて日々畑仕事にいそしんでいた。

 山小屋の月番つきばんに命じられたのは、今年の春のことだった。
 家の手伝いをするよりは、自立して食い扶持を得たいという気持ちがあって、村役人から打診された時には、一も二もなく飛びついた。

 和市にとっては、番人の仕事はさして辛くもなかった。
 番小屋にこもって、与えられた仕事をこなしておけばいい。
 小助に三度の飯を出すのも、初めは慣れなかったがやがて当たり前のようにこなすことができた。

 和市には、小助は初めて間近で見る侍だった。
 小助は日々黙したまま胡坐あぐらをかいて、和市が何か世話をすればうやうやしく礼を言う。
 その態度は潔く、己が罪をじっくりと反省しているように見えた。
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