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Ⅰ.スターディア

第13話 黒髪の騎士の生きる場所①

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 黒の森に朝が来る。
 小鳥のさえずる声が聞こえ、朝日が眩しいほどの光を放つ。

 重い瞼を開けば、木々の合間から青空が見えた。

 昨日はたしか、空が白み始めるころに目覚めたはずだ。
 肌を刺すような寒さで目を開けたのに、今朝はあたたかいままだった。
 体をすっぽりと包む外套に気がついて、はっとする。

「サフィード⋯⋯」

 ああ、そうだった。昨夜はサフィードがぼくを見つけてくれた。
 一晩中焚かれた火。繰り返し、与えられた水。
 頭も体も重くだるかったが、すっかり寒気はなくなっていた。
 横になっていた体を起こすと、外套がぱさりと肩から落ちる。朝の空気は冷たい。慌てて、もう一度体に外套を纏う。
 大きな外套からは懐かしい匂いがして、ぼくは口元までをすっぽりと覆った。

 すぐ近くに馬はいたが、騎士の姿はなかった。
 白馬の隣に、栗毛の馬が一頭。仲良く草をんでいる。
 そうだ。あの後、もう一頭の栗毛に乗ったセツは無事にサフィードに会えたのだろうか。

「サフィー、どこ?」
 急に不安になって、騎士の姿を探した。
 立ち上がった途端にぐらりと体が傾き、慌ててその場にしゃがみこむ。頭が重いのはまだ熱が残っているからだろうか。

「イルマ殿下!」
 林の中から、騎士が走ってきた。
「動かれてはなりません。まだ熱があるのです」
 サフィードは、手にしていたものを傍らに置き、ぼくの体を支えてくれる。
 ぼくは騎士の胸に顔を擦りつけるようにして抱きつき、大きく息を吸った。

「⋯⋯どうなさったのです? どこか痛みますか?」
 サフィードが心配気にたずねた。

「違う。サフィーの匂いを、確かめたくて」
「!?」
 サフィードは目をみはった。

「ゆうべ、この外套を貸してくれただろう? 昔、よく遊び疲れて眠ってしまった時を思い出した。サフィーがぼくを抱えたり、おぶってくれた時と同じ匂いがしたんだ」
「⋯⋯それは、御無礼を」
「なぜ? すごく安心したよ。この外套のおかげで、とてもよく眠れた。それに、ずっと側にいてくれただろう?」

 ぼくがそう言うと、サフィードは目を反らした。うっすらと頬と耳が赤くなっている。

「森の中で、少しですが木の実を見つけました。市場で買った食べ物もあります」
 そう聞いた途端に、おなかが減った。
 丸1日、何も食べていないのだ。
 サフィードは、起こした火で軽く干し肉を炙り、芋や木の実を灰の中に入れた。
 出来たものを冷まし、丁寧にほぐして渡してくれる。

「こんなものしか出来ず、申し訳ありません」
 謝る騎士に、ぼくは思わず笑ってしまった。
「サフィーはそう言うけれど、ぼくは火を起こすこともできないんだ。食べ物があるだけで十分だよ。昨日見つけてくれなかったら、今頃どうなっていたかもわからない」
 騎士の眉間にしわが寄る。

「私が殿下をお守りできなかったばかりに⋯⋯」
「そうじゃないよ。サフィーが探しに来てくれたから、ぼくはこうして生きている」
 騎士は、ぼくをまるで眩しいもののように見た。

「貴方という方は⋯⋯」

 ぼくはサフィードの言葉を待ったけれど、騎士はそれ以上何も言わなかった。



 お腹はへっているのに、少ししか食べられない。
 食事をした後は、急に体が重くなる。頭もぼうっとしてきた。
「また熱が上がってきたのかもしれません。もう少し休んでから参りましょう」
 焚かれた火の近くで横になりながら、セツのことをたずねた。

「セツなら大丈夫です。⋯⋯会った時は泣いていて大変でしたが」
「⋯⋯ああ」
 ぼくはセツの泣き叫ぶ姿を想像した。あれに勝てる者はいない。


 一昨日。

 サフィードは、昼の内に難なく一人で国境を越えていた。
 用心して城下町から最も遠い橋まで駆け、騎士が交代の時を狙った。
 フィスタに用心棒稼業に行く途中だと言ったら、兵士には軽い質問しかされなかったそうだ。
 日が暮れてから、橋を渡って森に少し入った街道で、ぼくたちは落ち会う手筈になっていた。

 暗闇の中を駆けてきた馬とセツは、興奮状態だった。宥めて落ち着かせ、その場で動かず待つようにセツを説得する。その後、サフィードはくだんの橋まで駆け戻ったのだ。

「⋯⋯殿下たちが越えられた橋にはもう、誰もおりませんでした。騎士たちが向こう岸に立っている姿が見えましたが、あとは寝ずの番の兵士がいるだけで」
 まるで何事もなかったかのようだったという。

 サフィードは辺りを駆け回ってぼくを探したが、すぐに見つけることは出来なかった。

 ぼくと白馬は街道を走っていたと思ったのに、いつ道をそれてしまったのだろうか。
 街道沿いにはいくつも小道がある。
 暗闇の中を夢中で白馬にしがみついていたから、あまりよく覚えていない。気がついた時には草の上で、夜が明けていたのだ。

「一旦セツの元に戻り、森の中にある街道沿いの村まで進むことにしました。殿下をお探ししようにも、暗闇の中、セツと一緒では自由に動けませんので」
「国境から一番近い村だよね」
 市場も宿もない、木こりたちの小さな村が森の中にある。

「でも、ユーディト様の騎士たちが、町からこちらまで迎えに来てくださっていました」
「ああ、ユーディト!」
「おかげで彼らにセツを任せて、殿下を探しに来ることができたのです」

 フィスタには、今回の顛末を書き連ねた書簡を送ってあった。
 国境を越えて黒の森を抜けるから、その先の町まで迎えに来てほしい。
 国王陛下と騎士団の統轄者である兄と、宰相の息子。その3人に頼めば、誰かが助けてくれると思っていた。身内よりも先に騎士を送ってくれたのがユーディトだったとは、なんて友達思いなんだ。

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