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公爵騎士様の部下がやってきました1
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はじめての夜から二日後に、嵐は止んだ。
嵐の間私たちはほとんど抱き合っていて、お互いの存在がひとつになってしまったのではという錯覚を覚えたくらいだ。
「……止んでしまったな」
窓から空を見上げながら拗ねたように言うスヴァンテ様のお顔と口調は、まるで子供みたいだ。
私はそれを目にして、くすくす笑ってしまった。
……ちなみに。
私とスヴァンテ様の新たな『関係』は、渋々という様子ではあったけれど大神様に受け入れられた。
『その男に、私の聖女をやるのは業腹だが。……幸せそうな顔を見ていると、否とは言えぬ』
大神様にそう言われた時に、そんな顔をしているんだ……と改めて浮かれている自覚をしたものだ。
へらへらと笑っていると周囲に祝福するように光が弾けて、それを目にしたスヴァンテ様が感動しながら祈りを捧げはじめたのはちょっと面白かった。教会の人々も、これだけ信心深いといいんだけどなぁ。
「スヴァンテ様、そんなに残念がらないでくださいよ」
「心の底から残念だよ。君ともっといたかった」
とっても偉い公爵様なのに、本当に子供みたいだ。だけどそんな様子が愛おしく思える。
「また、ここに来てくださるんですよね?」
「当然だ。デートもするのだしな」
「えへへ、楽しみです」
頬を緩める私の額に、スヴァンテ様が口づけた。
この方、本当に触れ合いがお好きだな。わ、私も好きだけれど。
スヴァンテ様にこうされると、嬉しくて、幸せな気持ちになる。
勇気を出して私からもスヴァンテ様の唇に唇を押しつければ、彼の目が瞠られた。
「大胆だな、ニカナ」
「ダメですか?」
「……ダメじゃない」
抱きしめられ、頭をよしよしと撫で回される。ここ数日ですっかり馴染んだスヴァンテ様の体温が心地よくて、私は彼の胸に頬を擦り寄せた。
『誰か来るな』
「え……」
大神様のそんなつぶやきが聞こえたので、窓の外へと目を剥ける。すると騎士服を身に着けた人物が、馬の手綱を牽きながらちょうど山道を登ってきたところだった。
「ベンヤミンか」
私の視線の先の人物に気づいたスヴァンテ様が、ぽつりとつぶやく。
スヴァンテ様の言っていた『事情を話している部下』だろう。
私はスヴァンテ様から、そっと身を離そうとする。けれどその動きは、体にしっかりと回されたスヴァンテ様の腕によって阻まれてしまった。
「ス、スヴァンテ様?」
「なぜ、離れようとする」
そう言うスヴァンテ様の口調は、なんだか拗ねたものだ。そんな彼に私は必死の形相を向けた。
「いえ。見られたらまずいですよね!」
「なぜまずい」
「う、それは」
──私が世間で噂の淫婦で、追放聖女だから。その上平民なのだ。
私といるのを見られたら、スヴァンテ様のご迷惑になってしまう。そんな後ろめたさで胸が満たされ、苦しくなる。
嵐が止むまでは二人だけの世界だった。……正確に言えば大神様もいたのだけど。どこまで見られたかを想像するとちょっと気恥ずかしいので、敢えて考えないようになる。
二人だけの世界だったからなにも考えずにひたすらに互いを求めて、能天気に『デート』なんていう少し未来の約束をすることもできたのだろう。
だけど、『外』からの人間を目にした瞬間。急速に現実が迫ってきたように思えて、背中がひやりとした。
体を震わせていると、スヴァンテ様の大きな手が背中を優しく撫でる。
「……ニカナ。私が守るから」
そして、決然とした口調できっぱりと言われた。
「スヴァンテ、様」
私の瞳はいつの間にか潤みを湛えていて、涙が零れ落ちそうになる。その涙は、スヴァンテ様の唇によってそっと拭われた。
「スヴァンテ様、スヴァンテ様。いらっしゃいますか?」
焦り混じりの男性の声とともに、山小屋の扉がノックされる。スヴァンテ様は私の肩を抱くようにして伴い、扉へと向かった。
「ベンヤミン、私は無事だ」
「よ、よかったです!」
スヴァンテ様が声をかければ、安堵の声をとともに扉が開く。
そして、私とそう変わらないだろう年齢の青年が顔を出した。
ふわふわと質感の金色の髪と青い目を持つ、子犬のような雰囲気の美青年だ。育ちがよさそうな様子から見るに、彼も貴族なのだろう。
青年──ベンヤミン様は寄り添う私たちを目にして……険しい表情になる。
「──淫婦。スヴァンテ様を誑かしたのか?」
そして、小さな声でそうつぶやく。その瞬間、スヴァンテ様が勢いよく扉を閉めた。
「いっだぁ!」
山小屋へと半歩足を踏み入れていたベンヤミン様は、顔をぶつけたらしく悲痛な声を上げた。
どさりとなにかが倒れる重い音と、悶絶する声がそれに続く。
「スヴァンテ様!」
「あいつが、君に失礼なことを言うからだ」
自然に鋭くなる声で名前を呼べば、スヴァンテ様はいたずらが見つかった子供のような拗ねたお顔で言う。
「初対面のスヴァンテ様も、あれと大差なかったですよ!」
私はそう言いながら、扉をふたたび開ける。するとそこには剣を抜き放ち、怒りに溢れた表情をしたベンヤミン様が立っていた。その鼻は扉で擦り剥いたらしく、真っ赤になっている。
「ひ、ひえ」
私は怯えた声を上げながら、後退りをする。そんな私をスヴァンテ様は背後に隠してから、ベンヤミン様と向き合った。
嵐の間私たちはほとんど抱き合っていて、お互いの存在がひとつになってしまったのではという錯覚を覚えたくらいだ。
「……止んでしまったな」
窓から空を見上げながら拗ねたように言うスヴァンテ様のお顔と口調は、まるで子供みたいだ。
私はそれを目にして、くすくす笑ってしまった。
……ちなみに。
私とスヴァンテ様の新たな『関係』は、渋々という様子ではあったけれど大神様に受け入れられた。
『その男に、私の聖女をやるのは業腹だが。……幸せそうな顔を見ていると、否とは言えぬ』
大神様にそう言われた時に、そんな顔をしているんだ……と改めて浮かれている自覚をしたものだ。
へらへらと笑っていると周囲に祝福するように光が弾けて、それを目にしたスヴァンテ様が感動しながら祈りを捧げはじめたのはちょっと面白かった。教会の人々も、これだけ信心深いといいんだけどなぁ。
「スヴァンテ様、そんなに残念がらないでくださいよ」
「心の底から残念だよ。君ともっといたかった」
とっても偉い公爵様なのに、本当に子供みたいだ。だけどそんな様子が愛おしく思える。
「また、ここに来てくださるんですよね?」
「当然だ。デートもするのだしな」
「えへへ、楽しみです」
頬を緩める私の額に、スヴァンテ様が口づけた。
この方、本当に触れ合いがお好きだな。わ、私も好きだけれど。
スヴァンテ様にこうされると、嬉しくて、幸せな気持ちになる。
勇気を出して私からもスヴァンテ様の唇に唇を押しつければ、彼の目が瞠られた。
「大胆だな、ニカナ」
「ダメですか?」
「……ダメじゃない」
抱きしめられ、頭をよしよしと撫で回される。ここ数日ですっかり馴染んだスヴァンテ様の体温が心地よくて、私は彼の胸に頬を擦り寄せた。
『誰か来るな』
「え……」
大神様のそんなつぶやきが聞こえたので、窓の外へと目を剥ける。すると騎士服を身に着けた人物が、馬の手綱を牽きながらちょうど山道を登ってきたところだった。
「ベンヤミンか」
私の視線の先の人物に気づいたスヴァンテ様が、ぽつりとつぶやく。
スヴァンテ様の言っていた『事情を話している部下』だろう。
私はスヴァンテ様から、そっと身を離そうとする。けれどその動きは、体にしっかりと回されたスヴァンテ様の腕によって阻まれてしまった。
「ス、スヴァンテ様?」
「なぜ、離れようとする」
そう言うスヴァンテ様の口調は、なんだか拗ねたものだ。そんな彼に私は必死の形相を向けた。
「いえ。見られたらまずいですよね!」
「なぜまずい」
「う、それは」
──私が世間で噂の淫婦で、追放聖女だから。その上平民なのだ。
私といるのを見られたら、スヴァンテ様のご迷惑になってしまう。そんな後ろめたさで胸が満たされ、苦しくなる。
嵐が止むまでは二人だけの世界だった。……正確に言えば大神様もいたのだけど。どこまで見られたかを想像するとちょっと気恥ずかしいので、敢えて考えないようになる。
二人だけの世界だったからなにも考えずにひたすらに互いを求めて、能天気に『デート』なんていう少し未来の約束をすることもできたのだろう。
だけど、『外』からの人間を目にした瞬間。急速に現実が迫ってきたように思えて、背中がひやりとした。
体を震わせていると、スヴァンテ様の大きな手が背中を優しく撫でる。
「……ニカナ。私が守るから」
そして、決然とした口調できっぱりと言われた。
「スヴァンテ、様」
私の瞳はいつの間にか潤みを湛えていて、涙が零れ落ちそうになる。その涙は、スヴァンテ様の唇によってそっと拭われた。
「スヴァンテ様、スヴァンテ様。いらっしゃいますか?」
焦り混じりの男性の声とともに、山小屋の扉がノックされる。スヴァンテ様は私の肩を抱くようにして伴い、扉へと向かった。
「ベンヤミン、私は無事だ」
「よ、よかったです!」
スヴァンテ様が声をかければ、安堵の声をとともに扉が開く。
そして、私とそう変わらないだろう年齢の青年が顔を出した。
ふわふわと質感の金色の髪と青い目を持つ、子犬のような雰囲気の美青年だ。育ちがよさそうな様子から見るに、彼も貴族なのだろう。
青年──ベンヤミン様は寄り添う私たちを目にして……険しい表情になる。
「──淫婦。スヴァンテ様を誑かしたのか?」
そして、小さな声でそうつぶやく。その瞬間、スヴァンテ様が勢いよく扉を閉めた。
「いっだぁ!」
山小屋へと半歩足を踏み入れていたベンヤミン様は、顔をぶつけたらしく悲痛な声を上げた。
どさりとなにかが倒れる重い音と、悶絶する声がそれに続く。
「スヴァンテ様!」
「あいつが、君に失礼なことを言うからだ」
自然に鋭くなる声で名前を呼べば、スヴァンテ様はいたずらが見つかった子供のような拗ねたお顔で言う。
「初対面のスヴァンテ様も、あれと大差なかったですよ!」
私はそう言いながら、扉をふたたび開ける。するとそこには剣を抜き放ち、怒りに溢れた表情をしたベンヤミン様が立っていた。その鼻は扉で擦り剥いたらしく、真っ赤になっている。
「ひ、ひえ」
私は怯えた声を上げながら、後退りをする。そんな私をスヴァンテ様は背後に隠してから、ベンヤミン様と向き合った。
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