149 / 226
:第6章 「ケストバレー」
・6-4 第150話 「ケストバレー:1」
しおりを挟む
・6-4 第150話 「ケストバレー:1」
ケストバレーは、鉱業都市だ。
人口は、主要な交易路から外れた、本来であればさほど人が寄りつかない僻地(へきち)にあるにも関わらず、五万以上を抱えている。
繁栄のきっかけは、今から数十年前、この地で金の鉱脈が発見されたことだ。
元々は、古王国時代にあった鉄鉱山の遺跡であり、人々からすっかり忘れ去られ、草木にうずもれた場所に過ぎなかった。
しかし、金が発見されたことでにわかにメイファ王国の直轄地に指定され、次々と人員が送り込まれて開拓された。
古王国時代に作られた街道は整備され痛んだ石畳は舗装し直され、谷の出入り口を守る城壁は遺跡となって半ば埋もれていた物の上に建て増す形で補修された。
鉱山で働く鉱夫たち。鋳造所で働く職人たち。必要な食料や燃料を運び込み、出来上がった製品を運び出していく運送業者。王国の重要拠点を守るために配備された兵士たち。そしてそういった者たちを当て込んで集まって来た商人。これら、谷に関わる者の家族。
それらの人々でひしめき合うケストバレーの活気と熱気は、源九郎たちがこれまでに通過して来た街道沿いのどんな街とも引けを取らないほどに賑やかであった。
さすがに、王都であり、交易の中心地であるパテラスノープルの繁栄には及ばない。だが谷という限られた空間にみなが肩を寄せ合って暮らしている分、密度、という点ではしのぐ面があるとさえ感じられた。
———プリーム金貨を破格の値段で買えるという噂を聞きつけてやって来た、旅の商人。
贋金作りという犯罪行為が行われていることなど知らず、大儲けができるぞと無邪気に意気込んでやって来た一団を装いながら谷にたどり着いた一行は、警備の兵士たちに特に呼び止められることもなく中に入ることができた。
どうやら目立つ行動をなるべく避けてやって来た甲斐もあったのか、陰謀を実行している側にはまだ、気づかれてはいないらしい。簡単な手荷物検査に応じ、「訪問の目的は? 」との質問に「休養と、商売」と答えただけで門をくぐることができた。
古王国時代の遺跡の上に作られた城壁は、その来歴をはっきりと確認することができる。
古い時代の、半ば埋もれてしまっている城壁は切り出して来た石を積み重ねて作られているのだが、メイファ王国の時代になってその上に積み重ねるようにして作られた新たな城壁は、レンガを四重に重ねて作った枠の中に土を入れて突き固めるという、簡略化された構造となっている。
城壁をくぐるとそこにはまず、この地を守る兵士たちの駐屯地や指揮所となる防御施設などが置かれている。王国の財政を支える重要拠点だからか防御は厳重で、騎兵の姿もあった。
「あれは、厄介じゃのぅ」
何食わぬ顔でてくてく歩いていた珠穂が馬の姿を目にした瞬間、編み笠の下で双眸を細め険しい表情を作る。
「厄介って? 」
「もしことが露見して逃げねばならなくなった時、騎兵に追われたら逃げきれぬ、ということじゃ」
源九郎がワケを聞くと、そう答えが返ってくる。
「そりゃ、確かに厄介だ」
サムライも渋い表情を作らざるを得なかった。
メイファ王国の直轄地であるケストバレーは、王都から離れているために直接国王が指示を出すのではなく、行政官を任命して統治を代行させる仕組みを取っている。
日本で言えば、いわゆる[代官]というやつだ。
王に代わってこの地を統治しているのはシュリュード男爵という人物だったが、彼も贋金作りに関わっている可能性を考慮しなければならない。
最悪の場合、今すれ違って来た大勢の警備兵たちがすべて、敵になるかもしれないのだ。
兵士たちは剣や盾、槍で武装しているだけではない。
珠穂が警戒するように騎兵たちもいるし、弓や弩などの飛び道具も持っている。
それも、何十、何百と、だ。
源九郎たちがいかに精鋭ぞろいであろうと、彼らの全員を敵に回してしまったら逃げきれないだろう。
「調査を進める前に、逃走方法をしっかり考えておいた方が良さそうだな」
犬耳をピンと立てて話を聞いていたらしいラウルがそう言うと、辺りを興味深そうにきょろきょろと見回していたセシリアを除いた全員が深刻な表情でうなずいていた。
お嬢様はどうやら、まだまだ当事者意識が十分ではないらしい。
「おねーさんも、他人事じゃねーだよ? 」
その様子を見咎めて、彼女の教育係ということになっている元村娘が軽く肘で脇をつつく。
「ふひゃんっ。ちょ、フィーナ、やめてくださいな! そこは弱いんですのよ? 」
「おらたち、これからあぶねーことになるかもしれねーってのに、のんきにしとるおねーさんが悪いだよ」
「あら、そんなの、なにも怖がる必要なんかありませんわ! 」
ジトっとした視線で見上げるフィーナに、セシリアはやたらと自慢そうな笑みを浮かべた。
「兵士たちなんて、私(わたくし)の名を聞けばみんなひれ伏すのですから! 」
「いくらおねーさんがお金持ちだって、そんなことがあるはずねーべ! 」
もちろん、元村娘はそんな主張を信じない。
もう一度お嬢様の脇腹を肘で小突くと、「はぁ~あ! しかたのねーお姉さんだべ」と呆れた吐息を漏らして歩くペースを速める。
「あっ、待ってくださいましっ! 」
その後をセシリアは慌てて追いかけてまたフィーナの隣に並ぶと、二人はなにやらごちゃごちゃと口論のようなものを始める。
ただ、その内容は他愛のないものだ。
本当に喧嘩をしているわけではないらしい。
(なんだかんだで、ずいぶん仲良くなったよな~)
二人に追い越された源九郎はその光景を微笑ましく思いながらも、鋭い視線をラウルへと向けていた。
注意深く周囲の音を収拾するためにピンと立てられていた犬耳が、ピコピコと動いている。
———何気ない風を装ってはいるが、犬頭はセシリアの言動に相当、気を揉(も)んでいるらしい。
(怪しい……。めちゃくちゃ、怪しいぜ)
源九郎の不審は、確信に変わりつつあった。
ラウルのことを怪しんでいるのは彼だけではなく、珠穂も同様だ。
編み笠の下から三白眼がじっと見上げている。
無邪気に互いを小突き合っているフィーナとセシリアの背後では、真剣な腹の探り合いが続いていた。
ケストバレーは、鉱業都市だ。
人口は、主要な交易路から外れた、本来であればさほど人が寄りつかない僻地(へきち)にあるにも関わらず、五万以上を抱えている。
繁栄のきっかけは、今から数十年前、この地で金の鉱脈が発見されたことだ。
元々は、古王国時代にあった鉄鉱山の遺跡であり、人々からすっかり忘れ去られ、草木にうずもれた場所に過ぎなかった。
しかし、金が発見されたことでにわかにメイファ王国の直轄地に指定され、次々と人員が送り込まれて開拓された。
古王国時代に作られた街道は整備され痛んだ石畳は舗装し直され、谷の出入り口を守る城壁は遺跡となって半ば埋もれていた物の上に建て増す形で補修された。
鉱山で働く鉱夫たち。鋳造所で働く職人たち。必要な食料や燃料を運び込み、出来上がった製品を運び出していく運送業者。王国の重要拠点を守るために配備された兵士たち。そしてそういった者たちを当て込んで集まって来た商人。これら、谷に関わる者の家族。
それらの人々でひしめき合うケストバレーの活気と熱気は、源九郎たちがこれまでに通過して来た街道沿いのどんな街とも引けを取らないほどに賑やかであった。
さすがに、王都であり、交易の中心地であるパテラスノープルの繁栄には及ばない。だが谷という限られた空間にみなが肩を寄せ合って暮らしている分、密度、という点ではしのぐ面があるとさえ感じられた。
———プリーム金貨を破格の値段で買えるという噂を聞きつけてやって来た、旅の商人。
贋金作りという犯罪行為が行われていることなど知らず、大儲けができるぞと無邪気に意気込んでやって来た一団を装いながら谷にたどり着いた一行は、警備の兵士たちに特に呼び止められることもなく中に入ることができた。
どうやら目立つ行動をなるべく避けてやって来た甲斐もあったのか、陰謀を実行している側にはまだ、気づかれてはいないらしい。簡単な手荷物検査に応じ、「訪問の目的は? 」との質問に「休養と、商売」と答えただけで門をくぐることができた。
古王国時代の遺跡の上に作られた城壁は、その来歴をはっきりと確認することができる。
古い時代の、半ば埋もれてしまっている城壁は切り出して来た石を積み重ねて作られているのだが、メイファ王国の時代になってその上に積み重ねるようにして作られた新たな城壁は、レンガを四重に重ねて作った枠の中に土を入れて突き固めるという、簡略化された構造となっている。
城壁をくぐるとそこにはまず、この地を守る兵士たちの駐屯地や指揮所となる防御施設などが置かれている。王国の財政を支える重要拠点だからか防御は厳重で、騎兵の姿もあった。
「あれは、厄介じゃのぅ」
何食わぬ顔でてくてく歩いていた珠穂が馬の姿を目にした瞬間、編み笠の下で双眸を細め険しい表情を作る。
「厄介って? 」
「もしことが露見して逃げねばならなくなった時、騎兵に追われたら逃げきれぬ、ということじゃ」
源九郎がワケを聞くと、そう答えが返ってくる。
「そりゃ、確かに厄介だ」
サムライも渋い表情を作らざるを得なかった。
メイファ王国の直轄地であるケストバレーは、王都から離れているために直接国王が指示を出すのではなく、行政官を任命して統治を代行させる仕組みを取っている。
日本で言えば、いわゆる[代官]というやつだ。
王に代わってこの地を統治しているのはシュリュード男爵という人物だったが、彼も贋金作りに関わっている可能性を考慮しなければならない。
最悪の場合、今すれ違って来た大勢の警備兵たちがすべて、敵になるかもしれないのだ。
兵士たちは剣や盾、槍で武装しているだけではない。
珠穂が警戒するように騎兵たちもいるし、弓や弩などの飛び道具も持っている。
それも、何十、何百と、だ。
源九郎たちがいかに精鋭ぞろいであろうと、彼らの全員を敵に回してしまったら逃げきれないだろう。
「調査を進める前に、逃走方法をしっかり考えておいた方が良さそうだな」
犬耳をピンと立てて話を聞いていたらしいラウルがそう言うと、辺りを興味深そうにきょろきょろと見回していたセシリアを除いた全員が深刻な表情でうなずいていた。
お嬢様はどうやら、まだまだ当事者意識が十分ではないらしい。
「おねーさんも、他人事じゃねーだよ? 」
その様子を見咎めて、彼女の教育係ということになっている元村娘が軽く肘で脇をつつく。
「ふひゃんっ。ちょ、フィーナ、やめてくださいな! そこは弱いんですのよ? 」
「おらたち、これからあぶねーことになるかもしれねーってのに、のんきにしとるおねーさんが悪いだよ」
「あら、そんなの、なにも怖がる必要なんかありませんわ! 」
ジトっとした視線で見上げるフィーナに、セシリアはやたらと自慢そうな笑みを浮かべた。
「兵士たちなんて、私(わたくし)の名を聞けばみんなひれ伏すのですから! 」
「いくらおねーさんがお金持ちだって、そんなことがあるはずねーべ! 」
もちろん、元村娘はそんな主張を信じない。
もう一度お嬢様の脇腹を肘で小突くと、「はぁ~あ! しかたのねーお姉さんだべ」と呆れた吐息を漏らして歩くペースを速める。
「あっ、待ってくださいましっ! 」
その後をセシリアは慌てて追いかけてまたフィーナの隣に並ぶと、二人はなにやらごちゃごちゃと口論のようなものを始める。
ただ、その内容は他愛のないものだ。
本当に喧嘩をしているわけではないらしい。
(なんだかんだで、ずいぶん仲良くなったよな~)
二人に追い越された源九郎はその光景を微笑ましく思いながらも、鋭い視線をラウルへと向けていた。
注意深く周囲の音を収拾するためにピンと立てられていた犬耳が、ピコピコと動いている。
———何気ない風を装ってはいるが、犬頭はセシリアの言動に相当、気を揉(も)んでいるらしい。
(怪しい……。めちゃくちゃ、怪しいぜ)
源九郎の不審は、確信に変わりつつあった。
ラウルのことを怪しんでいるのは彼だけではなく、珠穂も同様だ。
編み笠の下から三白眼がじっと見上げている。
無邪気に互いを小突き合っているフィーナとセシリアの背後では、真剣な腹の探り合いが続いていた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい
兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。
墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ
ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた
いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう
その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った
だけど仲間に裏切られてしまった
生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい
そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました
異世界転生漫遊記
しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
今度は自由に楽しく生きていこうと
決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
努力し続け、剣と魔法を習得する!
初めての作品です!
よろしくお願いします!
感想よろしくお願いします!
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる