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:第6章 「ケストバレー」
・6-5 第151話 「ケストバレー:2」
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・6-5 第151話 「ケストバレー:2」
谷を守るための軍事施設群を通り過ぎると、その先には居住区画が広がっていた。
畑などの食料の生産設備は見受けられない。
場所の限られた谷の中に五万を超える大勢の人々がひしめき合うように暮らしているのだ。広く場所を取る設備を置いておく余裕はないのだろう。
建物のほとんども、三階建て、四階建ての中層建築だ。谷の左右の斜面にも建てられる限りのものが作られている。
そこには鉱山都市ということから想像していた通り、大勢のドワーフ族たちが暮らしていた。
小柄だがガッチリとした筋肉質な肉体を持つ、赤い肌を持つ頑健な種族。
地球でも比較的広く知られていたそのイメージは、この世界でも変わらない。
彼らはその肉体的な特質を生かしてツルハシやハンマーを振るい地中から様々な鉱石を掘り起こすことを得意とし、生業としている。そしてその加工という分野についても、優れた技術を誇っている。
ドワーフの鍛冶師たちが代々受け継ぎ、発展させてきた技は門外不出とされ、独占されている。彼らにしか製造できない合金や加工法は優れた武具を生み出し、戦場に向かう人々はみなこぞって欲しがるほどだ。
パテラスノープルの市場にもドワーフが製造した武器や鎧が並んでいたが、取引される価格は一般的なものの倍以上もした。
優れた鉱夫として、また、鍛冶師の匠として知られる種族。
すでに何度かその姿は目にしてきていたが、このケストバレーのように大勢が集まっている姿を目にしたことはなかった。
なにしろ、街中ですれ違う人々の半分以上がドワーフ族なのだ。
彼らは家の軒先で真っ昼間だというのにジョッキを片手にビールを飲んでいたり、太くたくましい腕を組み合わせて腕相撲に興じたりしている。中には自分が鍛えた武具を熱心に磨いている者もいるし、専門用語を交えて熱い議論を交わしている者たちもいる。
(なんか、あんまり忙しそうって感じじゃないな)
居住区なのだから多くのドワーフたちがそれぞれ思い思いのことをしていてもなんの不思議もないのだが、本来なら鉱山や鍛冶場で忙しく働いているはずの時間なのにもかかわらず、女性だけでなく大勢の男性までもがいることに気づいた源九郎は、少しだけ違和感を抱いていた。
しかし、その感覚もすぐに消えてなくなる。
その場には思っていたよりも多くの、ドワーフ以外の種族が暮らしていることに気づいたからだ。
人間族はもちろん、猫人(ナオナー)族や犬人(ワウ)族、鼠人(マウキー)族もいて、それぞれの暮らしを送っている。
「案外、ドワーフ以外の人もいるんだな。俺はてっきり、鉱山都市なんだからドワーフしか住んでいないのかと思ってた」
「ああ、それはですね。ドワーフ族の方たちは職人気質の人が主流で商業とかそういう産業には興味がないというか、苦手意識を持っている方が多いんですのよ」
何とはなしに呟いた疑問に答えてくれたのは、セシリアだった。
「いくら鉱山都市とは言っても、鉱石を掘ったり、精錬したりするだけでは立ち行きませんわ。食べ物を生産する、あるいは運んできたり、その他の生活必需品を売ったり買ったり。ドワーフ族の方たちはそういうのを好まないというか、中には軽蔑している方さえいらっしゃいますの。ですから、こうしていろいろな人たちも住んでいるんですのよ」
「へぇ、詳しいじゃんか」
世間知らずではあるもののなにかと博識なところを見せるお嬢様にサムライが感心して見せると、「ふっふーん! 良い家庭教師がおりましてよ! 」と、彼女は得意そうに胸を張って見せた。
「おらだって、村じゃゆーしゅーだったんだべ……」
その姿を、フィーナがなんだか切なそうに見つめている。
語彙力は少ないものの簡単な字なら書くことができ、足し算、引き算くらいなら難なくこなせる、田舎の農村出身者にしては教育に縁があった彼女だったが、都会のお金持ちのお嬢様との差を見せつけられて複雑な心境なのだろう。
毎日豪華な衣装で着飾り、美味しいものを食べて、優雅に暮らして来た者。
懸命に働き続けてもやっと飢え死にせずに済むくらいで、生きることに必死にならなければならなかった者。
この世界の[格差]が具現化して、源九郎の前を歩いている。
(ちっ。やっぱあの神、ロクでもねぇ)
神には神の事情があるもののこういった状況になにもしないことに、サムライはほんの少しだけ怒りの感情を思い出していた。
やがて居住区を過ぎ去ると、そこは商業区だった。
谷の外から持ち運ばれた食糧や生活必需品を売り買いする人々で賑やかな一画で、一行ははぐれないように肩身を寄せ合わなければならなかった。
ドワーフ族の姿が減り、それ以外の種族が大半を占める。
セシリアの言う通り、商売といった行為をドワーフたちは好まないのだろう。
よく見ると、売る側には猫人(ナオナー)の姿が多い。王都で人質となっているマオも商人だったが、種族の文化として商売を好む傾向があるのだろうだろう。
まだ知らない種族や文化があるのかと思うと、それだけで楽しい気分になって来る。
盛んに取引が行われている市場の向こう側は職人街、その奥に砦の役目も兼ねている行政官の屋敷、貨幣の鋳造所、そして鉱山があるらしかったが、この日、源九郎たちは商業区よりも奥には進まなかった。
まずはここで調査を進めていくための拠点となる宿屋を探さなければならなかったし、万が一、贋金作りを行っている者たちにこちらの狙いがバレ、厄介ごとになった場合の対処方針、逃走ルート、手順などを決めておかなければならなかったからだ。
「まずは落ち着く先を決めよう。それから、この街が今、どうなっているのか、どこになにがあるのかを探る。具体的なことは今晩、この谷の地理と状況を大体把握してから、ということで」
「ああ、それでかまわねぇぜ」「異論はない」
旅人のための宿屋が数件並んでいる区画まで来て立ち止まったラウルの言葉に、源九郎も珠穂もうなずいてみせる。
「悪者をやっつけるんだべ! 」
「うふふ。きっと、事件は私(わたくし)が解決して見せますわ! 」
フィーナもセシリアも、気合は十分な様子だった。
もっとも、お嬢様の方はまた、調子に乗っていそうなところが不安要素ではあったが。
とにかく一行は、旅の目的地であったケストバレーに到着し、贋金事件の解決のために動き始めるのだった。
谷を守るための軍事施設群を通り過ぎると、その先には居住区画が広がっていた。
畑などの食料の生産設備は見受けられない。
場所の限られた谷の中に五万を超える大勢の人々がひしめき合うように暮らしているのだ。広く場所を取る設備を置いておく余裕はないのだろう。
建物のほとんども、三階建て、四階建ての中層建築だ。谷の左右の斜面にも建てられる限りのものが作られている。
そこには鉱山都市ということから想像していた通り、大勢のドワーフ族たちが暮らしていた。
小柄だがガッチリとした筋肉質な肉体を持つ、赤い肌を持つ頑健な種族。
地球でも比較的広く知られていたそのイメージは、この世界でも変わらない。
彼らはその肉体的な特質を生かしてツルハシやハンマーを振るい地中から様々な鉱石を掘り起こすことを得意とし、生業としている。そしてその加工という分野についても、優れた技術を誇っている。
ドワーフの鍛冶師たちが代々受け継ぎ、発展させてきた技は門外不出とされ、独占されている。彼らにしか製造できない合金や加工法は優れた武具を生み出し、戦場に向かう人々はみなこぞって欲しがるほどだ。
パテラスノープルの市場にもドワーフが製造した武器や鎧が並んでいたが、取引される価格は一般的なものの倍以上もした。
優れた鉱夫として、また、鍛冶師の匠として知られる種族。
すでに何度かその姿は目にしてきていたが、このケストバレーのように大勢が集まっている姿を目にしたことはなかった。
なにしろ、街中ですれ違う人々の半分以上がドワーフ族なのだ。
彼らは家の軒先で真っ昼間だというのにジョッキを片手にビールを飲んでいたり、太くたくましい腕を組み合わせて腕相撲に興じたりしている。中には自分が鍛えた武具を熱心に磨いている者もいるし、専門用語を交えて熱い議論を交わしている者たちもいる。
(なんか、あんまり忙しそうって感じじゃないな)
居住区なのだから多くのドワーフたちがそれぞれ思い思いのことをしていてもなんの不思議もないのだが、本来なら鉱山や鍛冶場で忙しく働いているはずの時間なのにもかかわらず、女性だけでなく大勢の男性までもがいることに気づいた源九郎は、少しだけ違和感を抱いていた。
しかし、その感覚もすぐに消えてなくなる。
その場には思っていたよりも多くの、ドワーフ以外の種族が暮らしていることに気づいたからだ。
人間族はもちろん、猫人(ナオナー)族や犬人(ワウ)族、鼠人(マウキー)族もいて、それぞれの暮らしを送っている。
「案外、ドワーフ以外の人もいるんだな。俺はてっきり、鉱山都市なんだからドワーフしか住んでいないのかと思ってた」
「ああ、それはですね。ドワーフ族の方たちは職人気質の人が主流で商業とかそういう産業には興味がないというか、苦手意識を持っている方が多いんですのよ」
何とはなしに呟いた疑問に答えてくれたのは、セシリアだった。
「いくら鉱山都市とは言っても、鉱石を掘ったり、精錬したりするだけでは立ち行きませんわ。食べ物を生産する、あるいは運んできたり、その他の生活必需品を売ったり買ったり。ドワーフ族の方たちはそういうのを好まないというか、中には軽蔑している方さえいらっしゃいますの。ですから、こうしていろいろな人たちも住んでいるんですのよ」
「へぇ、詳しいじゃんか」
世間知らずではあるもののなにかと博識なところを見せるお嬢様にサムライが感心して見せると、「ふっふーん! 良い家庭教師がおりましてよ! 」と、彼女は得意そうに胸を張って見せた。
「おらだって、村じゃゆーしゅーだったんだべ……」
その姿を、フィーナがなんだか切なそうに見つめている。
語彙力は少ないものの簡単な字なら書くことができ、足し算、引き算くらいなら難なくこなせる、田舎の農村出身者にしては教育に縁があった彼女だったが、都会のお金持ちのお嬢様との差を見せつけられて複雑な心境なのだろう。
毎日豪華な衣装で着飾り、美味しいものを食べて、優雅に暮らして来た者。
懸命に働き続けてもやっと飢え死にせずに済むくらいで、生きることに必死にならなければならなかった者。
この世界の[格差]が具現化して、源九郎の前を歩いている。
(ちっ。やっぱあの神、ロクでもねぇ)
神には神の事情があるもののこういった状況になにもしないことに、サムライはほんの少しだけ怒りの感情を思い出していた。
やがて居住区を過ぎ去ると、そこは商業区だった。
谷の外から持ち運ばれた食糧や生活必需品を売り買いする人々で賑やかな一画で、一行ははぐれないように肩身を寄せ合わなければならなかった。
ドワーフ族の姿が減り、それ以外の種族が大半を占める。
セシリアの言う通り、商売といった行為をドワーフたちは好まないのだろう。
よく見ると、売る側には猫人(ナオナー)の姿が多い。王都で人質となっているマオも商人だったが、種族の文化として商売を好む傾向があるのだろうだろう。
まだ知らない種族や文化があるのかと思うと、それだけで楽しい気分になって来る。
盛んに取引が行われている市場の向こう側は職人街、その奥に砦の役目も兼ねている行政官の屋敷、貨幣の鋳造所、そして鉱山があるらしかったが、この日、源九郎たちは商業区よりも奥には進まなかった。
まずはここで調査を進めていくための拠点となる宿屋を探さなければならなかったし、万が一、贋金作りを行っている者たちにこちらの狙いがバレ、厄介ごとになった場合の対処方針、逃走ルート、手順などを決めておかなければならなかったからだ。
「まずは落ち着く先を決めよう。それから、この街が今、どうなっているのか、どこになにがあるのかを探る。具体的なことは今晩、この谷の地理と状況を大体把握してから、ということで」
「ああ、それでかまわねぇぜ」「異論はない」
旅人のための宿屋が数件並んでいる区画まで来て立ち止まったラウルの言葉に、源九郎も珠穂もうなずいてみせる。
「悪者をやっつけるんだべ! 」
「うふふ。きっと、事件は私(わたくし)が解決して見せますわ! 」
フィーナもセシリアも、気合は十分な様子だった。
もっとも、お嬢様の方はまた、調子に乗っていそうなところが不安要素ではあったが。
とにかく一行は、旅の目的地であったケストバレーに到着し、贋金事件の解決のために動き始めるのだった。
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