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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-60 第76話 「頭領:1」
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・1-60 第76話 「頭領:1」
研ぎ澄まされた鋭利な刃。
騎士が持つのにふさわしい切れ味を持つ剣によって切り取られたフィーナの髪が、はらはらと、ゆっくりと空中を漂いながら落ちていく。
髪を切られる感触。
いつ、命を奪われてもおかしくないという実感。
こらえきれずに、フィーナはくぐもった悲鳴を漏らす。
「まっ、待ってくれ! 」
もはや、挑発しようとか、そんなことを考えていられる場合ではなくなっていた。
源九郎は慌ててそう言うと、かまえていた脇差を下ろし、左手の手の平を突きだして野盗たちを制止していた。
「わかった!
お前たちの言う通りにする!
だから、その子を傷つけないでくれ! 」
源九郎は、そう言わなければならなかった。
頭領がフィーナを傷つけることを躊躇うことはないと、そう思い知らされてしまったからだ。
「手に持っている武器を、ゆっくりと投げろ。
お前の手の届かない場所に、だ」
冷や汗を浮かべ焦燥感を隠せない源九郎の姿に、頭領は満足そうな微笑みを浮かべながらそう要求する。
フィーナを傷つけさせないためには、言われた通りにするしかない。
源九郎は持っていた脇差を言われた通り、自分の手が届かないところにまで投げ捨てなければならなかった。
「その場に跪け」
頭領の要求は、それでは終わらない。
続いて、源九郎がすぐに動くことができないよう、その場に膝を折って座れと命令される。
膝をついた状態からでは、立っている時と同じ機敏な動きはできない。
もはや野盗たちに対してなんの抵抗もできない、ということだったが、源九郎はこの命令にも従う他はなかった。
フィーナが、目を閉じたまま泣いている。
自分が人質に取られているために源九郎は抵抗することができず、野盗たちによって殺されようとしていることを、彼女は塞ぐことのできない耳を通して理解しているのだ。
ひっく、ぐすっ、としゃくりあげる少女の泣き声が、重苦しい、緊張で張り詰めた空間の中に、悲痛に響いている。
源九郎は、自身の唇をかみしめていた。
(映画みたいには、うまくいかねぇもんだな)
元特殊部隊員がさらわれた娘を救出するために単身で大暴れするという有名な映画では、主人公に徴発された敵役は激高し、「やろぅぶっ殺してやる! 」と拳銃を捨て、ナイフ1本で襲いかかって来るはずだった。
しかし、それと同じようにはいかない。
野盗の頭領は、冷酷で、徹底していた。
主への忠義のために。
自らの誇りや名誉などは、捨てた。
その言葉は、彼が騎士でありながらも、自分から進んで不名誉な生き方を受け入れ、主から与えられた任務を果たそうとしているのだという、そういう決意のこめられた言葉だった。
長老が、言っていた。
あの野盗たちは、ただの野盗たちではない。
辺境の村々を襲撃し、混乱させ、その村々を統治している国家にダメージを与えるために派遣されてきた、襲撃者たちだったのだと。
つまり、この頭領は、[元]騎士ではないのだ。
仕えている主が今でもおり、そして、その主への忠誠を果たそうとしている。
その、冷酷にしか見えない振る舞い。
それは彼がただ残酷であるからではなく、自身の忠義を果たすためにありとあらゆることを躊躇わない、自身の名誉や誇りを度外視して主にすべてを捧げるという覚悟ができているからこその行いなのだ。
だから頭領は、源九郎の挑発にも一切、乗ってこなかった。
(くそっ……!
どうすりゃ、いいんだ……! )
源九郎は、追い詰められていた。
頭領たちがこちらの挑発に乗って来てくれるのなら、なんとでもやりようがあった。
少なくとも、10人の野盗を倒して、ここまで乗り込んできたのだ。
頭領の技量は他の野盗たちを上回っているのに違いなかったが、しかし、源九郎が極めた殺陣の技をもってすれば、勝負になるはずだった。
だが、こんな風に人質を利用することを徹底されてしまうと、どうしようもない。
フィーナを傷つけさせないためには、抵抗する素振りを見せることさえ許されない。
源九郎は、言われた通りにその場に膝をつき、正座して見せていた。
両手は腿(もの)のやや内側に沿えるように置き、背筋はピンと伸ばして、顔をまっすぐ前に向ける。
武道の稽古などを受ける際に、そして撮影で[立花 源九郎]を演ずる際に見せる、[サムライ]としての姿だった。
自分はもう、抵抗しない。
源九郎が態度でそう示すと、頭領は手斧を持った野盗に視線を向ける。
「娘を見ていろ。
あの男には、私が手を下そう」
頭領は短い言葉でそう指示をすると、源九郎に向かってゆっくりと歩き始める。
源九郎の首を刎ねるつもりなのだろう。
頭領は右手で剣を持ち、剣の腹で左手の手の平をぺち、ぺち、と叩き、身につけた鎧を重そうにガチャ、ガチャ、と鳴らしながら、源九郎に近づいて来る。
その時、フィーナがその場に崩れ落ちるように膝をついた。
長老に続き、源九郎まで目の前で命を奪われるという現実に、立っていることができなくなったのだろう。
まだ年端もいかない少女に、それほどの恐怖を感じさせてしまっている。
(なんとか……、なんとか、しねぇと! )
このままでは、終われない。
源九郎は内心ではまだ諦(あきら)めずに、必死に反撃の糸口を探している。
フィーナを救えるのは、自分しかいないのだ。
正義のサムライは、立花 源九郎は、これほどの窮地(きゅうち)でも絶望しないし、必ず打開策を見つけ出すはずだ。
後、3メートル。
頭領は、1歩1歩、着実に源九郎へと近づいてくる。
タイムリミットは、もう、目前に迫っていた。
研ぎ澄まされた鋭利な刃。
騎士が持つのにふさわしい切れ味を持つ剣によって切り取られたフィーナの髪が、はらはらと、ゆっくりと空中を漂いながら落ちていく。
髪を切られる感触。
いつ、命を奪われてもおかしくないという実感。
こらえきれずに、フィーナはくぐもった悲鳴を漏らす。
「まっ、待ってくれ! 」
もはや、挑発しようとか、そんなことを考えていられる場合ではなくなっていた。
源九郎は慌ててそう言うと、かまえていた脇差を下ろし、左手の手の平を突きだして野盗たちを制止していた。
「わかった!
お前たちの言う通りにする!
だから、その子を傷つけないでくれ! 」
源九郎は、そう言わなければならなかった。
頭領がフィーナを傷つけることを躊躇うことはないと、そう思い知らされてしまったからだ。
「手に持っている武器を、ゆっくりと投げろ。
お前の手の届かない場所に、だ」
冷や汗を浮かべ焦燥感を隠せない源九郎の姿に、頭領は満足そうな微笑みを浮かべながらそう要求する。
フィーナを傷つけさせないためには、言われた通りにするしかない。
源九郎は持っていた脇差を言われた通り、自分の手が届かないところにまで投げ捨てなければならなかった。
「その場に跪け」
頭領の要求は、それでは終わらない。
続いて、源九郎がすぐに動くことができないよう、その場に膝を折って座れと命令される。
膝をついた状態からでは、立っている時と同じ機敏な動きはできない。
もはや野盗たちに対してなんの抵抗もできない、ということだったが、源九郎はこの命令にも従う他はなかった。
フィーナが、目を閉じたまま泣いている。
自分が人質に取られているために源九郎は抵抗することができず、野盗たちによって殺されようとしていることを、彼女は塞ぐことのできない耳を通して理解しているのだ。
ひっく、ぐすっ、としゃくりあげる少女の泣き声が、重苦しい、緊張で張り詰めた空間の中に、悲痛に響いている。
源九郎は、自身の唇をかみしめていた。
(映画みたいには、うまくいかねぇもんだな)
元特殊部隊員がさらわれた娘を救出するために単身で大暴れするという有名な映画では、主人公に徴発された敵役は激高し、「やろぅぶっ殺してやる! 」と拳銃を捨て、ナイフ1本で襲いかかって来るはずだった。
しかし、それと同じようにはいかない。
野盗の頭領は、冷酷で、徹底していた。
主への忠義のために。
自らの誇りや名誉などは、捨てた。
その言葉は、彼が騎士でありながらも、自分から進んで不名誉な生き方を受け入れ、主から与えられた任務を果たそうとしているのだという、そういう決意のこめられた言葉だった。
長老が、言っていた。
あの野盗たちは、ただの野盗たちではない。
辺境の村々を襲撃し、混乱させ、その村々を統治している国家にダメージを与えるために派遣されてきた、襲撃者たちだったのだと。
つまり、この頭領は、[元]騎士ではないのだ。
仕えている主が今でもおり、そして、その主への忠誠を果たそうとしている。
その、冷酷にしか見えない振る舞い。
それは彼がただ残酷であるからではなく、自身の忠義を果たすためにありとあらゆることを躊躇わない、自身の名誉や誇りを度外視して主にすべてを捧げるという覚悟ができているからこその行いなのだ。
だから頭領は、源九郎の挑発にも一切、乗ってこなかった。
(くそっ……!
どうすりゃ、いいんだ……! )
源九郎は、追い詰められていた。
頭領たちがこちらの挑発に乗って来てくれるのなら、なんとでもやりようがあった。
少なくとも、10人の野盗を倒して、ここまで乗り込んできたのだ。
頭領の技量は他の野盗たちを上回っているのに違いなかったが、しかし、源九郎が極めた殺陣の技をもってすれば、勝負になるはずだった。
だが、こんな風に人質を利用することを徹底されてしまうと、どうしようもない。
フィーナを傷つけさせないためには、抵抗する素振りを見せることさえ許されない。
源九郎は、言われた通りにその場に膝をつき、正座して見せていた。
両手は腿(もの)のやや内側に沿えるように置き、背筋はピンと伸ばして、顔をまっすぐ前に向ける。
武道の稽古などを受ける際に、そして撮影で[立花 源九郎]を演ずる際に見せる、[サムライ]としての姿だった。
自分はもう、抵抗しない。
源九郎が態度でそう示すと、頭領は手斧を持った野盗に視線を向ける。
「娘を見ていろ。
あの男には、私が手を下そう」
頭領は短い言葉でそう指示をすると、源九郎に向かってゆっくりと歩き始める。
源九郎の首を刎ねるつもりなのだろう。
頭領は右手で剣を持ち、剣の腹で左手の手の平をぺち、ぺち、と叩き、身につけた鎧を重そうにガチャ、ガチャ、と鳴らしながら、源九郎に近づいて来る。
その時、フィーナがその場に崩れ落ちるように膝をついた。
長老に続き、源九郎まで目の前で命を奪われるという現実に、立っていることができなくなったのだろう。
まだ年端もいかない少女に、それほどの恐怖を感じさせてしまっている。
(なんとか……、なんとか、しねぇと! )
このままでは、終われない。
源九郎は内心ではまだ諦(あきら)めずに、必死に反撃の糸口を探している。
フィーナを救えるのは、自分しかいないのだ。
正義のサムライは、立花 源九郎は、これほどの窮地(きゅうち)でも絶望しないし、必ず打開策を見つけ出すはずだ。
後、3メートル。
頭領は、1歩1歩、着実に源九郎へと近づいてくる。
タイムリミットは、もう、目前に迫っていた。
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